第2話

 緋山さんは眉一つ動かさない。代わりにコーヒーを口に運ぶ。


 「これって、どういうことだと思いますか?」


 「生きている誰かがアカウントを乗っ取っていて、恵美さんのフリをして投稿している」


 やっぱり、まず最初にその線が浮かぶのは想定の範囲内だった。私も、クラスメートの誰もが最初はそう思った。


 「もしくは、恵美さんが実は生きていて、投稿している」


 あぁ、そのパターンは考えたことが無かった。だけど、それは有り得ない。お葬式に出て、恵美の遺体をこの目で見たんだから、間違いない。


 「他にいくつも考えられるけど、そもそも、現時点では不思議な話とは言えない。アカウントが乗っ取られるなんて日常茶飯事だ。成りすましだって、誰にでも出来る。続きは?」


 その他の可能性とやらも聞いてみたかったけど、確かにまだ話は途中なので、続けることにした。次の言葉を整理するために、ここで一口、カフェオレを飲む。


 「不思議な点は、2つあります。まず一つ目。まるで恵美が生きて、一緒に授業を受けてたかのように、授業中の出来事を投稿してるんです。例えば、先生が教壇でつまずいて笑いが起こった、とか。だけど、これだけならクラスメートによる成りすましで説明がつきます」


 いつの間にか、緋山さんはサラダを完食していた。目玉焼きに塩をふりつつも、目線はこちらを向けているので、続けることにした。


 「二つ目。ご家族の方曰く、恵美の部屋には亡くなって以降、誰もあげていません。にも関わらず、この投稿は、恵美の部屋からも発信されてるんです」


 ここまで言って、自分に鳥肌が立つのがわかった。そう、この投稿が、クラスメートを怖がらせている決め手だった。


 「恵美さんの部屋から投稿されてるって、どうやってわかったの?」


 その疑問は当然だった。私は用意していた言葉を返す。


 「最近の朝番組で、恵美の好きだったRAIN-BOWっていうアーティストが生放送で特集されたんです。恵美のアカウントは、TV画面の写真を撮って、SNSに投稿していました。勿論、あの子が亡くなった後の話です。部屋の様子も映ってて、棚やその上にある小物やぬいぐるみなんかも、全部恵美の部屋のものでした。生前に私も遊びにいったことがあるので、確かです」


 「なるほど。過去にアップされた画像の使いまわしじゃないわけだ」


 私にはどうやっているのかわからない。投稿だけを見ると、恵美が生きていて、今まで通りの日常を送っているようにしか見えない。緋山さんは机の上を指でトントンと叩いている。考えているのかな。


 「見せて」


 「え?」


 「恵美さんの投稿」


 「あ…はい、ちょっと待ってください」


 スカートのポケットから携帯を取り出して、アプリを立ち上げる。ほとんどのクラスメートが恵美のアカウントのフォローを外しているけど、私は外していなかった。恵美の投稿の中にこの愉快犯へ辿り着く糸口があるかもしれない。私の投稿を見られるのは嫌なので、恵美の投稿ページを開いてから携帯を渡した。


 『今日はちょっと寝坊しちゃったので、朝は簡単にトースト!お昼前にお腹空いちゃうかも』


 『数学の授業、微分に入ったけど、全然わかる気がしない…どうしよう』


 『現国の授業中、阿部先生が盛大にコケたのは、申し訳ないけど笑っちゃった』


 『朝のRAIN-BOW特集見れた!最高っ!!早起きして良かったぁ~!楽しみ過ぎて、予定より1時間も早く起きちゃった』


 『学校帰りにお気に入りのクレープ屋さん♪幸せ♪♪』


 緋山さんは淡々と私の携帯をスクロールしていく。どうでもいいけど、他人に携帯を預けるのってなんだか落ち着かない。見られて困るようなものも無いんだけど。


 「いつごろから投稿は再開されたの?」


 「えっと…確か、亡くなって2週間くらい経ってからです」


 最初はクラスメートの誰もが、悪質なイタズラだって怒った。だけど、あまりにもリアリティのある投稿の数々と、恵美の部屋が写ってる写真まで流れると、次第に不気味がる声の方が強くなっていった。


 「随分と社交的な子だったみたいだね。友人の投稿に対して、頻繁にコメントをやり取りしてる」


 「あ、でも、実際に会うと大人しい子でしたよ。メガネをかけてて、引っ込み思案で。恵美は転校生だったんですけど、最初はクラスに溶け込むのに苦労したみたいでした」


 色んなSNSが氾濫して、誰もが何かしらのアカウントを持ってる昨今、ネット上だとキャラが変わるのは、珍しい話じゃない。恵美もそんな一人だ。


 「死後の投稿は、人と絡まなくなってるね。生前は友人の投稿に対して、頻繁にコメントをやり取りしてたのに、死後は一切やらなくなってる」


 「それは、みんなから相手にされないってわかってるからじゃないですか?」


 「だとしたら、随分と分別のある幽霊だ。本当に愉快犯の仕業なら、むしろ今まで通り積極的に絡んで、怖がらせそうなものだけど」


 確かに、言われてみればそうだ。今でこそブロックしてる人も多いけど、そうなるまでは恵美のアカウントをみんなフォローしてたのだから。


 「時間、大丈夫?」


 一瞬、何を聞かれているのかわからなかった。壁の時計を見ると、とっくに学校に向かわないといけない時間だ。


 「…………走ります」


 奪い取るように携帯を取り上げて、自分の食器もそのままに、鞄を持って玄関を走り抜ける。朝から話し込んでたおかげで、すっかり遅刻しそうな時間だ。今朝の洗い物は緋山さんにやっておいてもらおう。

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