Ghost Account
円山 樹
第一章 亡霊の呟き
第1話
def create_target_strings(args):
target_chars = ""
if not any((args.digits, args.lower, args.punctuation, args.upper, args.white)):
target_chars = string.ascii_lowercase + string.ascii_uppercase
else:
if args.digits:
target_chars += string.digits
if args.lower:
target_chars += string.ascii_lowercase
if args.punctuation:
target_chars += string.punctuation
if args.upper:
target_chars += string.ascii_uppercase
if args.white:
target_chars += string.whitespace
return target_chars
「なんですか?それ」
仕事の邪魔にならないようにしなくちゃ。そう思っていたけど、ノートPCに表示された意味不明な文字の羅列を見て、つい声をかけてしまった。
「プログラム。C言語」
ディスプレイ上の意味不明な文字列は、こうしている間にも次々と下に伸びている。
「C言語ってなんですか?」
「プログラム言語の1つだよ」
テーブルの上にサラダ・トースト・目玉焼きの順で朝食を並べる。あと、コーヒーとカフェオレも運ばなきゃ。キッチンに戻って、ポットからコーヒーを注ぐと、淹れたての豆が香った。この匂いが好きで、ついブラックのまま飲んでみたくなるけど、いつも私の舌の未熟さを思い知らされるだけだった。
「そもそも、言語っていうところがピンと来ないです。その意味不明な文字の羅列が、どうして言語なんですか?」
こぼしてしまったら大変なので、ノートPCから少し離れたところにコーヒーを置く。リビングがこれだけ広いと、キッチンからテーブルまでお皿を運ぶのも、なんだか遠く感じる。エプロンをはずして、カフェオレと一緒に緋山さんの向かいに腰掛けた。
「どんな言語も、最初は意味不明な文字の羅列にしか見えないよ。アラビア語だってそうだろう?プログラムには、文法もあるし構文もある。プログラマによって鈍りや方言まである。話し相手が人間かコンピュータかの違いでしかない。言語と呼ぶに相応しいよ」
コンピュータと話す、という表現に奇妙な感覚を覚えた。まるで機械を生き物のように扱う感覚。前に見た古い映画に出てきたハッカーは、確かこんなことを言っていた。
『よーしよし……いい子だ!』
あれは作中のキャラ作りではなく、本当にそういう人種だったりするのかもしれない。
「何のプログラムを書いてるんですか?」
マウスすら使わず…と言うより、マウスが無い。キーだけでどうやって操作してるんだろう。緋山さんはタイピングを緩めることなく、こちらを一瞥もせずに答えた。
「パスワードの解析プログラムの一種。処理を効率化できそうなアルゴリズムを思いついてね、ちょっと試したくなったんだ」
アルゴリズムってなんだろう…と、思うだけにしておいた。質問をすればするほど知らない単語が出てきそうだから。なにより、もう朝食なんだから、そろそろ仕事を中断して欲しい。もしかしたらお皿を置いたことにも気づいていないかもしれないので、声をかけてみる。
「ご飯、冷めちゃいますよ。食事にしましょう」
テーブルの上に鳴り響いていたタイピング音がようやく止まってくれた。何時から作業してたんだろう。私が起きてきた時には既に空だったカップとポットが、その長さを物語っていた。
「ありがとう。いただきます」
この広いリビングに2人だけというのは、未だに落ち着かない。BGM代わりにTVをつける。何インチあるのかな。TVまで距離はそれなりにあるはずだけど、それを感じさせない大きさだ。朝番組から流れる天気予報によると、今日は一日曇りらしい。壁一面の窓から見える空は既に灰色一色だった。心なしか、その脇にある観葉植物も、元気が無いように見える。日差しは無いけど、床暖房のおかげで部屋全体は無駄なく暖かかった。
「ところで、緋山さんってSNSに詳しいですか?」
「質問の意味がよくわからない。SNSという言葉からして抽象的だから」
ソーシャル・ネットワーク・サービス。
の、略だっけ。確かに大小色々なSNSが存在する昨今、狭義から広義までその解釈は分かれる。
「すみません、質問を変えます。代表的なSNSの一つである、Twitterについてです。あれの内部的な仕組みってご存知ですか?」
我ながら、またも抽象的な質問だなと思う。でも、帰ってきた言葉は期待以上のものだった。
「ソースレベルの仕組みを知るのは製作者だけだけど、なんとなく察しはつくよ。あのサービスは、昔からあるチャットやブログの変形でしかないからね」
確かに、コメントのやり取りはチャットみたいなものだし、140文字制限のブログを毎回投稿しているとも考えられる。
「でしたら、ぜひお聞きしたいことがあります。不可解なことが起きてるんです。私のクラスも、すっかりそれで怯えきってしまって…」
向かいの彼はサラダを淡々と口に運んでいる。焼きたてのトーストの匂いがまだ香ばしい。マーガリンを塗ると、すぐに溶けてトーストを黄金色に染めた。
「1か月前に、クラスメートの恵美っていう子が交通事故で亡くなりました。彼女はTwitterをやってて、当然、亡くなって以来、その更新は途絶えました」
私はトーストを一口齧る。だけど、この不可解な事件を思うと、どうしてもその味に集中出来なかった。
「なのに……最近……その更新が再開したんです。恵美のアカウントが、生前と同じように、投稿を繰り返しているんです」
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