提督の憂鬱 作:sognathus
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ユー改めローを自称する様になった彼女は、改造の報告をする為に執務室に向かいました。
「ユーちゃん改めローちゃんです! はい!」
「やっと見た目と中身が一致するようになったな」
「ふふっ、ホント。見た目はもう完全にこっちの艦になったわよね」
「むぅ……瑞鶴さん、ロウちゃんそんなに前はおかしかったですか?」
「えぇ? あはは、そうね。わたしは前の方も良かったと思うな。なんか大人しそうに見えて凄く人懐っこいところのギャップが良かったし」
「それ本当ですか? えへへ、それは嬉しいです!danke ですって♪」ダキッ
「きゃっ、もう甘えん坊さんねぇ♪」ナデナデ
「え、そうですか? Knuddel(クヌドエツ)おかしいですか?」
「え? クヌ、何? 大佐……?」
「俺に聞くなよ。多分雰囲気から抱擁の事だと思うが、俺もその言葉は聞いたことないな。ロー、抱擁は Umarmung(ウムアルン)じゃないのか?」
「……」(あ、ドイツ語が全く解らないわけじゃないんだ。でもよくそんな単語知ってるわね)
「あっ、えっとね。ドイツの人達はアメリカの人達みたいにあんまり人の前でえっと……は、ハグ? はしないの。でも手紙やチャットとかでは結構愛情表現みたいな言葉は使われてて、さっきのはその時に使うんだよって」
「ほう、スラングのようなものなのかもしれないな。あっちでは常用されててもこっちでは殆ど知らない辺り、辞書にも載ってはなさそうだ」
「うん、そうかも。というわけで大佐にもクヌドエーツ!」ダキッ
「……」ポスッ
「ふぁ?」
(あ、キャッチされた)
「あ、あれ? 大佐、どうしてローちゃんを高い高いするんですか?」
「あまりにも勢いがあったからついな。軽くて助かった」ヒョイ
「きゃっ……わぁ、あはは♪」
(なにあれ、もう完全に父親に遊んでもらってる子供みたいじゃん)
「ま、挨拶はこんなもんでいいだろう。これからも宜しくなロー」
そう言うと提督は抱え上げていたローをゆっくり下ろすと、その頭を撫でながら改めて彼女に歓迎の言葉を贈った。
ローは嬉しそうに撫でられながら笑顔で直ぐに言葉を返す。
「はい! ローちゃんをこれからもよろしくです! ローちゃん、たっくさん頑張って大佐のお役に立ってみせますって♪」
「ああ、期待しているぞ」
「本当に明るくて元気な子よね」
「そうだな。元気過ぎてこっちが疲れるくらいだ」
「ぷっ、なにそれぇ、あはは。大佐まだそんな歳じゃないでしょ?」
「ふっ、まぁな。さて、仕事を……ん? どうした瑞鶴?」
提督がふと先程まで普通に話していた瑞鶴が何か意味ありげにこちらを見つめている事に気付いた。
その様子は特に緊張感があるような張りつめたものではなく、何か行動をするのを迷っているような感じで、彼女は何やら口元に手を当ててそわそわしていた。
「……手洗いか?」
「えっ、ちょ、ち、違うわよ! えっと、何て言うかえーと……」(ローがハグしてるの見たらわたしもしてみたくなっちゃった、なんて恥ずかしくて言い難いようぉ……)
「? まぁ、準備ができたら手伝ってくれよ。俺は先に手を……」
ギュッ
「……」
「!?」
不意に後ろから現れて提督を抱きしめる加賀に、提督は慣れた様子で沈黙し、逆に瑞鶴はあまりにも突然の事にギョッとした。
「……何してる加賀?」
「ふふ、隙ありです」
「そういう事言ってるんじゃない。一体いつの間……いや、それはもういい。考えるだけ無駄な気がするしな」
「では続きをして構わないという事ですね?」
加賀はそう言うと後ろから抱き付いている姿勢から提督の前に回って更に接吻ができそうな態勢をとろうとする。
が、当然提督は止めた。
「やめろ。お前を暫く秘書艦の候補から外すぞ」
「それは絶対嫌です。ごめんなさい、失礼しました」
「瑞鶴さん、これくらいどうって事ないですよ」ヒソ
「!」ビクッ
加賀は去り際に瑞鶴にそう耳打ちすると意外にもすんなり部屋を出ていった。
「……なんだったんだ」
提督は呆れた顔で溜息をつくが、彼女の不意打ち的な行動は既に珍しいものではなかったので、軽くかぶりだけ振って気を取り直すと再び執務を再開する為に筆を執った。
瑞鶴がそんな提督の袖を掴んだのは、ちょうどその時だった。
ギュッ
「ん?」
「……ぁ」
「なんだ?」
「あ、えっと……」
「ああ、さっきの事か。どうした? 結局俺に用だったのか?」
「あ、うん。え、えっとね」
「ああ」
「わ、わたしもその……大佐にギュッとして欲しい、な?」
「……」
(やった! 言えた!)ドキドキ
「してやったら満足して仕事に専念できるな?」
最早理屈を言ってはぐらかす気も起らない辺り、俺も甘くなったな。
提督は瑞鶴の願いを受け入れながら胸の裡で自分の事をそう考えていた。
「う、うん! ただちょっとわたしもやってみたかっただけだから! それしてもらったらもう凄く満足よ!」パァッ
「分かった。じゃぁ軽く……て、胸当てまで外すのか?」
「え? あ、うん。なんかせっかくだし、駄目?」
「いや、そうしたいなら別にいいが」
「ありがと♪」
スル……トスッ
「よしっ!」
瑞鶴は上半身に着けていた胸当てを外して着物だけになると、気合を入れる様に力の入った目で軽く自分に声を掛ける。
提督はその様子を珍しものを見る様な目で見ていた。
「……」(ただのハグでここまで気合を入れる奴は初めて見たな)
「じゃ、じゃぁいい?」
「ああ」
「それじゃ……」
ギュッ
「ん……」
「……瑞鶴」
それは正確にはハグではなかった。
ハグは挨拶代わりに軽く抱き合うのが一般的に認知されているものだが、瑞鶴のそれは抱き合う姿勢ではなく、彼を自分の胸元に抱き締めるものだった。
それはどちらかというと愛情の篭った抱擁に近く、提督は瑞鶴の胸の柔らかさと仄かに甘く感じる匂いに包まれながら、その雰囲気に流されない様に気を入れ直さなければならなかった。
「あ……なに大佐? あんまり喋らないでよくすぐったい……」
瑞鶴は嬉しそうに顔をほんのり朱に染めながら提督の言葉に反応する。
「そう感じるのは自分の所為だろ。これはハグじゃないぞ」
「ん……ごめん、どっちかというとこうしたかったの」
「……」
提督はその言葉を聞くと、それ以上は何も言わず大人しくなった。
彼女がその事をちゃんと認識して、これが自分の望みだとはっきり言う以上、苦言を呈するのも野暮に感じたからだ。
「あー、早くわたしも大佐とケッコンしたいなー」
「少なくとも翔鶴よりかは先にできるだろ……んぐ」
「こらっ、そういう結果だけ求めてるわけじゃないのよ。えいっ」
瑞鶴はそんな雰囲気を考えない事をいう提督を懲らしめるように更に窒息しない程度に自分の胸に彼の頭を抱きしめるのだった。
遅れましたが、呂500になりました。
ユーもいいけど、こっちも良いですね。
ただ、本当に彼女は独特の言葉遣いなのでキャラとして動かす時にちょっと苦労します。