2018年12月26日のNHKニュースウォッチ9で、伊藤詩織の活動を肯定する視点での番組が放送され、それをツイッター公式アカウントが#Metoo運動と関連付けていることが分かりました。
これは放送法ないし放送倫理違反ではないでしょうか?
- NHKニュースウォッチ9の伊藤詩織に関する放送内容
- 伊藤詩織が訴えた山口敬之による性被害は不起訴
- 放送法と放送倫理
- #Metoo運動=犯罪事実の存在を前提
- 「司法制度の欠陥?」に触れないNHK
- 無罪推定原則(推定無罪原則)の観点から
- まとめ:名誉毀損等にはあたらなそうだが
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NHKニュースウォッチ9の伊藤詩織に関する放送内容
放送の趣旨は『実名で「性被害に遭った」と訴えた伊藤詩織氏が、日本における#Metoo運動の火付け役となり、性被害に遭った女性達が勇気づけられ、伊藤氏もまた性被害者を支援する活動を行っている。』というものです。
一見すると、何ら問題は無いように見えます。
しかし、この放送には重大な事実が省かれています。
「訴えた性被害は不起訴になっている。」ということを。
伊藤詩織が訴えた山口敬之による性被害は不起訴
暴行被害訴える28歳女性が手記出版 詩織さん、姓も公表 - 産経ニュース
詩織さんは2015年、元TBS記者の男性から性的暴行を受けたとして準強姦容疑で警視庁に被害届を提出。しかし東京地検は昨年7月に嫌疑不十分で不起訴とした。詩織さんはこの処分を不服として検察審査会に審査を申し立てたが、今年9月21日付で「不起訴相当」との議決を受けた。同月28日には男性に損害賠償を求める訴訟を起こしている。
「元TBS記者の男性」とは山口敬之を指します。
NHKのニュースウォッチ9では山口氏の名まえは出てきませんでしたが、彼女が出版した手記には彼の名まえが書かれていますから、彼女が訴えた被害事実は彼に関するものであると公には認識されてることでしょう(それとも、複数の被害に遭っているとでも言うのでしょうか?)
山口氏は「性交渉はあったが準強姦ではなく合意の上だった」と犯罪事実を否定。
検察は嫌疑不十分で不起訴とし、検察審査会も不起訴相当の議決をしています。
ネット上では「起訴猶予による不起訴だ」というデマも一部あるので注意しましょう。
さて、このような状況の問題について、NHKの放送内容は正当なのでしょうか?
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放送法と放送倫理
放送法
第四条 放送事業者は、国内放送及び内外放送(以下「国内放送等」という。)の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない。
一 公安及び善良な風俗を害しないこと。
二 政治的に公平であること。
三 報道は事実をまげないですること。
四 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。
放送法4条4号の「意見が対立している問題」の話になると思われます。
これは放送倫理・番組向上機構(BPO)においても規定があります。
(一部抜粋)
放送は、意見の分かれている問題については、できる限り多くの角度から論点を明らかにし、公正を保持し なければならない。 放送は、適正な言葉と映像を用いると同時に、品位ある表現を心掛けるようつとめる。また、万一、誤った表現があった場合、過ちをあらためることを恐れてはならない。
ニュースウォッチ9は「多くの角度から論点を明らかに」 しているでしょうか?
#Metoo運動=犯罪事実の存在を前提
NHKは日本における#Metoo運動のさきがけとして伊藤氏を紹介しています。
「#Metoo運動」とは何でしょうか?
定義は在りませんが、概ね「性被害に遭った(と主張する)者が、パワハラ等の社会的圧力によって被害を公表できなかったところ、勇気を出して公表し、その姿を見た他の性被害に遭った女性も性被害を公にして社会全体に問題提起をし、過去・現在・未来の被害救済をする」というものです。
「社会全体に問題提起」というものの中味も、「ある特定の業界において性被害が蔓延していること」であったり「性犯罪にまつわる司法制度の欠陥」を訴えるものまで多種多様です。
伊藤氏の著作においては、後者の「性犯罪にまつわる司法制度の欠陥」を訴えているようです。
しかし、"Metoo運動"は「犯罪事実が存在していることを前提にしている」ということが分かります。
伊藤氏の場合、少なくとも刑事司法上は「犯罪事実は認められない」と判断されています。
このような状況でNHKが#Metoo運動の一環であるとして取り上げることは、放送法上・放送倫理上、正当なのでしょうか?
「司法制度の欠陥?」に触れないNHK
もちろん、「司法制度の欠陥?」ということを問題提起するのであれば、評価は少し違ったでしょう。
現在の具体的な司法制度が絶対的に正しいものであって、それに反する報道・主張は一切許されないとするならば、それは表現の自由にとって極めて危険な状況と言っていいでしょう。
しかし、NHKがニュースウォッチ9で行ったことはそのような問題提起ではなく、単に伊藤氏個人の活動の根拠となっている犯罪事実が存在しているという前提で、専ら彼女の活動をいわば「宣伝」するだけの内容です。
彼女の活動を無条件に「応援」する放送は、「意見の分かれている問題について」「できる限り多くの角度から論点を明らかにし、公正を保持」しているのでしょうか?
無罪推定原則(推定無罪原則)の観点から
司法制度そのものを題材にしない以上、「性犯罪者」とされた山口氏(放送では元の所属含め、氏名も全く出ていないが)の扱い方が問題になります。
刑事司法上は無罪推定原則、民間報道上は推定無罪原則と呼ばれる規範があります。
それは大要「有罪判決が出るまで被告人或いは容疑者は無罪であるものと扱われる」というものです。
「嫌疑不十分という不起訴理由は嫌疑がまったく晴れたわけではないから、疑いをかけても良い」という考えを持つ者が居たとすれば、それは無罪推定・推定無罪原則に反しています。
そもそも性交渉の任意性が問題となる事件は「嫌疑なし」という場合はかなり限定されます。
現在、日産のカルロス・ゴーン容疑者について連日報道が賑わっており、放送の中では「ゴーンはけしからん」と断定する話も為されています。しかし、流動的な状況のため、そのような主張は「犯罪事実があったと仮定した話」であるとして受け取るのが通常です。
しかし、山口氏の場合は既に刑事司法的には決着がついた話ですから、「仮定の話」としては受け取りません(民事が残っているが「性被害」という言葉をNHKが使っていることから、民事を念頭に置いたものとは決して言えない)。
単なる民間放送でもこのような扱いは問題であるのに、ましてや公共放送としてのNHKの放送であるというのは、大変に問題があると思います。
まとめ:名誉毀損等にはあたらなそうだが
- NHKは不起訴処分の事実を省いている
- 「#Metoo運動」として犯罪事実が存在している前提で放送している
- 司法制度の問題ではなく、伊藤詩織の個人的活動を宣伝するだけになっている
- よって、「意見の分かれている問題について、できる限り多くの角度から論点を明らかにし」ていない
- また、推定無罪の原則に反している
放送の趣旨や山口氏の情報が一切出ていないことからは、これが山口氏に対する名誉毀損等にあたるかはかなり怪しいと思います。
しかし、このような放送が続くとすると、刑事司法としては不起訴処分となった元容疑者が、未来永劫、放送によって間接的に貶められるということになります。
また、それを狙った美人局も横行しそうです。
NHKが当該事案については不起訴処分になっていることを指摘し、司法制度を問題視するのであればともかく、それをしていないNHKの放送は、放送法ないし放送倫理に反しています。
以上