「空母いぶき」で首相を演じた佐藤浩市

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 映画「空母いぶき」が5月24日の公開を前に荒れている。首相を演じた佐藤浩市(58)が、原作を連載する「ビッグコミック」誌で語った発言が物議を醸しているからだ。

「(総理大臣役を)最初は絶対やりたくないと思いました(笑)。いわゆる体制側の立場を演じることに対する抵抗感が、まだ僕らの世代の役者には残っているんですね」

「ストレスに弱くて、すぐにお腹を下すっていう設定にしてもらったんです」

 これがSNSでは「潰瘍性大腸炎の安倍首相を揶揄している」、「原作を勝手に変えるな」とまで言われて大騒ぎ。だが、作品にはもっと重大な問題があるという。

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 試写を見た映画評論家が語る。

「佐藤さんは首相として、敵国と戦闘に入るべきなのかを悩み抜く姿を立派に演じていますよ。役者が演ずべき人物に自分なりの解釈を加えるのは自然のことですからね。そもそも彼のインタビュー全文を読めば、安倍さんを揶揄しようなんて意図がないことは明白ですし、主役は『いぶき』艦長の西島秀俊と、副艦長の佐々木蔵之介。佐藤さんは『いぶき』に乗っているわけでもありません。それよりも問題は、映画がはっきり言ってつまらないことですよ」

「空母いぶき」で首相を演じた佐藤浩市

 いきなり「つまらない」とは、何とも大胆な指摘である。原作では、中国の工作員が尖閣諸島に上陸。続いて中国軍が先島諸島を占領し、自衛官に死傷者が出て、島民も人質に取られる中、最新鋭戦闘機F35Bを積んだ空母「いぶき」が先島諸島の奪還に向かうのだが……。

「映画も島を武装集団が占領するところから始まります。ところが、占領されたのは波留間群島とかいう架空の島で、敵も3年前に建国された民族主義国家という架空の国。新興国なのに潜水艦や空母まで保有している軍事大国なんてあるわけないじゃないですか。しかも、その敵が描かれないんです。最新鋭の戦いですから、戦闘シーンがモニターとレーダーばかりになるのは仕方がないにせよ、潜水艦の機影が見えることはあっても、“攻撃を受けた!”とか自衛隊員の声ばかり。さらに艦内でのセリフが多く、『いぶき』の乗組員の他、5隻の護衛艦の乗組員までいるから登場人物も膨大。隊員たちはみな帽子を被って、同じ制服だから、もー誰が誰だかわかりませんでした」(同・映画評論家)

 セリフと登場人物の多さといえば、大ヒットした「シン・ゴジラ」を思い出すが、

「この作品を見て、改めて『シン・ギジラ』はよくできていたと思いました。ゴジラは肝心なときには出てきましたし、観客は内心ではゴジラの味方をしつつも、自衛隊を応援できた。ところが『空母いぶき』には、敵が出てこないわけです。艦隊もCGばかりで、応援しようにも自衛隊員は誰が誰だかわからない……。自衛隊は何をやっているんだと思ったら、エンドロールに協力・防衛省の文字はなかった。防衛省の協力が得られなかったから迫力がなかったのかもしれません。現実には中国が台頭し、本気で尖閣を狙っているのは紛れもない事実。あの国を刺激したくないというわけでしょうが、中国も韓国も平気で日本を悪者にした映画を作っています。今回は中国に気を遣いすぎじゃないですか」(同・映画評論家)

撮影協力はしていません

「シン・ゴジラ」はもちろんのこと、“ガルパン”ことアニメ番組「ガールズ&パンツァー」まで、自衛隊が出演する映画・ドラマに防衛省は積極的に撮影協力をしている。まさか、今回は中国を慮って協力を断ったのだろうか。軍事ジャーナリストは言う。

「かつては、あまりにも露骨に実在の国を敵と見なした映画には協力しなかったことはありました。しかし、北朝鮮の工作員に支配された自衛隊員が叛乱を起こし、最新鋭機を乗っ取るという映画『亡国のイージス』にも防衛庁(当時)は協力しています。もっとも、最初はそういう内容だから断ったところを、当時の石破茂長官が再考を促して協力したという経緯がありましたけどね。自衛隊も毎年夏の富士総合火力演習では、島が略奪されたという想定の演習をやっていますからね。今さら敵が中国と言われても、防衛省だって協力できないことはないと思いますよ」

 そこで、防衛省に聞いてみた。

「はい、『空母いぶき』への撮影協力は行っておりません」(広報担当)

 なぜ協力しなかったのか。

「特段の理由はありません。協力の要請がなかったからです」(同)

 え? 要請されてなかったのか。ならば協力の必要はない。ではいったい、何に遠慮して架空の国としたのだろうか。

 原作の「空母いぶき」に関しては、元防衛大臣の小野寺五典氏も月刊「正論」誌上で絶賛したことがある。

〈あまりにリアルで驚きました。正直に言いまして、私が防衛大臣のとき(平成24年12月~26年9月)には、特に尖閣をめぐって中国と緊迫した局面がありました。海上自衛隊の護衛艦が射撃用のレーダーで照射されるなど、さまざまな威嚇行為がありました。そうした中で私たちが経験した緊張感を共有している、と思いました。〉(「正論」16年2月号)

 原作のリアリティを絶賛しているのだ。

 一方、映画の公式ページには言い訳がましい説明が……。

〈原作は「沈黙の艦隊」「ジパング」などの超ヒット作で知られる巨匠・かわぐちかいじ氏の同名コミック。現在も連載中の同作だが、映画化にあたっては、日々変わりゆく昨今の国際情勢をふまえて、はオリジナルの設定と展開も加え、遠くない未来の1日の物語、つまり24時間の物語として描かれる〉

 原作者のかわぐち氏は5月10日の「ニュースウォッチ9」で、この作品を描いた意図を説明している。

「『いぶき』という漫画に託して、アメリカと中国の覇権主義みたいなものに対して、日本はどういう立ち位置でいたらいいのかを模索したいなと。みんなで考えていけば、たぶん道が出てくるんですよ。ところが目を背けて見ないことにしようと、ずっとやっていると答えは出ないですね。だからみんなでどうしたら一番いいのかを考えましょうと」

 観客にそんな思いは届きそうにない。

週刊新潮WEB取材班

2019年5月16日 掲載