東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 社会 > 紙面から > 5月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【社会】

<人質司法を考える>(上)無罪の医師「逮捕から実質的刑罰」 「やっただろ」拘束105日

写真

 日産自動車の前会長カルロス・ゴーン被告(65)を巡り国内外で議論となったのが、否認すれば身柄拘束が長期化し、「人質司法」とまで言われる勾留の在り方だ。通算で百三十日間、東京拘置所に収容されたゴーン被告。十九日で最初の逮捕から半年となるのを前に、人質司法について考えた。 (小野沢健太、山田雄之)

 真夏日となった二〇一六年のある日。東京都内の病院に勤務していた医師の男性(43)は、患者の女性にわいせつな行為をしたとする「身に覚えのない罪」で逮捕され、東京・霞が関の検察庁舎で担当検事と向き合っていた。

 認否を尋ねられた男性は「やっていません」。すると、検事は「火のないところに煙は立たないんだ」とすごんだ。男性は振り返る。「犯人だと決めつけられた気がした。もう、黙るしかなかった」

 警察署での取り調べは連日、朝から晩まで続いた。黙秘することにした男性は、腰ひもがくくりつけられたパイプいすに座り、刑事の前で無言のまま一日を過ごした。

 自白を強要するような取り調べはなかった。だが、逮捕から二十日余りたった最後の取り調べで、刑事は露骨に言い放った。「おまえ、やってるんだろ」

 起訴後、東京拘置所での勾留に移った男性を待っていたのは、三畳の独房だった。秋の気配が深まり、朝は特に冷えた。独房内は湯が出ず、毎朝配られる温かいお茶で顔を洗った。

 何もすることがなく、寝て起きるだけ。「この先どうなってしまうんだろう」。仕事は? 三人の子を養えるのか? 接見に訪れる妻から、アクリル板越しに子供の様子を聞くたびに涙が止まらなくなった。

 裁判所には立て続けに保釈を求めた。しかし検察側が「証拠隠滅の恐れがある」と保釈に反対したこともあり、いずれも却下。三度目となった初公判後の請求で、ようやく認められた。季節は冬になっていた。

 男性は今年二月に東京地裁で無罪判決を勝ち取ったが、身柄拘束は百五日間にも及んだ。「やってもいないのに何で…と、精神的にも肉体的にもつらかった。認めてしまえば早く出られたんでしょうか。否認すれば勾留が続くという現状は、絶対によくない」

 ゴーン被告が百三十日間にわたり身柄拘束されていたのも、東京拘置所の独房だった。「経営のカリスマ」の逮捕は世界に衝撃を与え、日本の刑事司法の問題点にも注目が集まった。

 「訴追されずに何日も勾留されている」「精神的な圧力に常にさらされている」。欧米メディアがこぞって取り上げたのが、「人質司法」の問題だった。

 国内で根強かった批判が海外からも向けられたことに、検察幹部らは「自白を取ろうなんて全く思っていない。ゴーン氏の考えをしっかり聞こうとしているだけ。関係者との口裏合わせなど、証拠隠滅の恐れがある以上、身柄拘束は当然だ」と激しく反論した。

 だが、医師の男性は検察の論理に首をかしげる。「証拠隠滅の恐れという理由だけで、私はなぜあれほど長く勾留されなくちゃいけなかったのか。判決が出るまでは推定無罪のはずなのに、逮捕の瞬間から実質的な刑罰が始まっている」

<勾留> 容疑者や被告を刑事施設で身柄拘束する手続き。証拠隠滅や逃亡の恐れがあるとして、検察官が裁判官に請求し、認められれば起訴まで最長20日間拘束できる。起訴後も同じ理由で拘束が続くが、被告側の保釈請求を裁判官が認めれば釈放される。

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】