提督の憂鬱   作:sognathus
<< 前の話 次の話 >>

354 / 398
山城が秘書艦を務めていたある日、提督は執務に勤しむ傍ら何かを思い出したらしく、傍らで書類の確認をしていた彼女に声を掛けた。


第×32話 「雰囲気」

「山城」

 

「ん? なーに」

 

「指輪だ。いるか?」

 

「え?」

 

提督は引き出しから指輪が納められていると思われる小箱を出した。

 

「お前もう練度が最高になっただろう。一応用意はしておいた」

 

「あ……」(そっか、もう私そこまで来てたんだ)

 

「あくまでお前にその気があるなら、だ。俺はお前が姉を慕っている事を知っている。能力を上げる為と割り切るのも方法の一つだが……」

 

「……ん」スッ

 

山城は恥ずかしそうに提督と視線を合わせない様にしながら手を突き出した。

 

「ん?」

 

「……いい。ちょうだい」

 

「いいのか?」

 

「もう、何度も確認するほど信用できないんですか?」

 

「いや、そうじゃないが。なんか意外でな」

 

「……じゃぁいい」ムスッ

 

山城は内心凄く舞い上がっていたがそれを悟られるのも癪なので少し突き放してみることにした。

勿論それは本心からの行動ではなく、あくまで提督を動揺させてその様を楽しもうと言う僅かな悪戯心だった。

だが……。

 

 

「ん、そうか。まぁ気が向いたらいつでも言ってくれ」

 

「!?」

 

提督は動揺するどころかあっさりと机面に視線を落とし執務の続きを始めた。

山城は予想外過ぎるこの反応に言葉を出す事も出来ず目を白黒させる。

 

「ん? どうした?」

 

「え……あ……」

 

「無理に受け取らなくていいと言ったろ? これくらい想定してたさ」

 

「あぅ……」

 

「これと同じように艦娘同士がより絆を深め合う事によって能力を向上させる仕組みが開発されればいんだがな。今度それとなく親父に伺ってみるか……」

 

「ぁ……ぅ……」

 

「山城、そこの書類取ってくれ。ん? 山城?」

 

「……」

 

「どうしたんだ黙りこくって」

 

「……っ」ジワッ

 

「……おい?」

 

俯いて黙りこくっていた山城が突如唇を震わせて涙を滲ませたので提督は慌てた。

その様こそ山城が見たかった提督の姿だったのだが、残念なことに今の彼女のにその余裕は無いようだった。

山城は視線を床に落としたまままるで悪戯をした子供が親にその事を謝るような態度でぼそぼそと話し始めた。

 

「嘘です……」

 

「え?」

 

「嘘です。指輪欲しいです。ちょうだい……」ポロポロ

 

「……俺はまた……。すまん」

 

とうとう涙を零しながらそう懇願してきた山城に、提督は自身の浅慮と気の効かなさを痛烈に反省しながら言った。

 

「ううん、私もさっきので自分のそういう所が凄く嫌になった……から」

 

「指輪、貰ってくれるか?」

 

「うん……ちょうだい」コク

 

「ほら」スッ

 

「……ぁ、きれい……」パアッ

 

少し回り道をしてしまったが、山城は掌に置かれた指輪の箱を開けて顔を輝かせた。

 

「一応、渡した指輪には全て名前を刻印してある」

 

「え?」

 

「知らなかったか?」

 

「え、どこ……ないですよ?」

 

「内側だ」

 

「内側? 内側って……あ」

 

「な?」

 

 

確かに指輪の内側に文字が刻印してあった。

それは大抵の女性なら嬉しくもこそばゆく思える演出だった筈だが、提督のそれは一般的なケースからややズレていたようだった。

その証拠に文字を見つけた時の山城の目は一瞬喜色に染まったが、その後直ぐに“何だこれは?”という疑問に満ちた目に変わっていた。

 

「……ねぇ」

 

「うん?」

 

「なんで漢字なんですか?」

 

指輪の内側には『山城』と、達筆な行書体でそう刻印されていた。

なまじその字が綺麗なせいで力強さすら感じた。

その雰囲気は明らかにケッコン指輪が本来放つ温かなものとは異なっている様に山城は感じた。

 

 

「その方がより自分の物だという気がしてな。それに内側だからこそ目立たないから良いと思ったんだ」

 

「妙な心遣いね……。というかこんな所に掘った職人も凄いですね。凄く字も綺麗」

 

「流石に掘るのは無理なんじゃないか? 熱か何かを利用したんだろう」

 

「へぇ……だとしたら綺麗にできるものですねぇ」

 

「そうだな」

 

「ね、はめてもいい?」

 

「その為の物だろう。いちいち許可を取る必要はない」

 

「……もうちょっと雰囲気考慮してくれてもいいじゃ……あ」

 

山城は提督のその素っ気ない態度と相変わらずの妙なセンスに苦笑しながら指輪をはめようとしたが、何かを思いついたのかその手は指輪を摘まんだまま途中で止まった。

 

「ん? どうした?」

 

「……」スッ

 

「うん?」

 

先程と同じように手を突き出してきた山城を提督はその意図が解らず見返す。

すると山城は右手で指輪を持って提督に差し出してきた。

 

「はめて」

 

「俺が?」

 

「うん」

 

「なるほど……。分かった」

 

山城の意図を理解した提督は彼女から指輪を受け取り、その細い指に手を取りながらそっとはめた。

 

スッ……。

 

 

「ん……ふふ♪」

 

「どうだ?」

 

「うん、良い感じよ♪」

 

「そうか」

 

「うん!」

 

「仕事しろよ」

 

「ちょっと眺めてからでいいですか?」

 

「ああ」

 

「ありがとう大佐。……本当に、ね」

 

子供のような純粋な笑顔で山城は本当に嬉しそうに提督にそう言った。




山城のケッコン後の母港ボイスいいですね。
初めて聞いた時は意外過ぎて思わず聞き直しましたw

香取とユーは潜水艦狩りと補給艦狩りで順調に育っています。
しかし最初の改造可能レベルが35以上なので、戦力的にマシになるのはもうちょっと先になりそうですね。


※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。