「養豚場はウイルスの海に浮かぶ草舟のようなものだ」-。岐阜県獣医師会長のたとえ話に、現場の痛みと苦悩が色濃くにじむ。人も追い詰められている。もはやワクチン接種の時ではないか。
現場は限界に近づいている。いやすでに、精神的にも、肉体的にも、そして経済的にも、恐らく限界を超えている-。
去年の九月、二十六年ぶりに岐阜市で発生して以来、愛知と岐阜を中心に計二十二例。愛知県では発生前の飼養頭数の14%に当たる四万七千頭、岐阜県では四万一千頭、三分の一強が、これまでに殺処分されている。
手塩にかけた豚たちを「むだに死なせてしまった」と自らを責める養豚農家、「もう現場に行きたくない」と作業に携わった県職員-。それぞれの祈りもむなしく、いまだ収束には至っていない。
吉川貴盛農相は、感染リスクが高い地域を指定して、監視対象農場内をいったん空にしてしまう、予防的殺処分の検討に入ったことを明らかにした。
健康な豚もすべて殺して、感染の拡大を防ごうというのである。
国内では二〇一〇年、口蹄疫(こうていえき)の流行を食い止めるため、宮崎県で一度だけ実行されたことがある。
豚舎が空っぽになってしまえば、たとえ国などの補償があったとしても、養豚農家は存続の瀬戸際に追い詰められることになる。現場の負担も想像を絶するものになるだろう。「(それよりも)ワクチンを接種してほしい」という声は一層強まった。しかし、吉川農相は「(ワクチンの接種は)最後の最後」とかたくなだ。
ワクチンが接種されると、国際獣疫事務局(OIE)から「非清浄国」と認定され、拘束力はないものの、豚肉の輸出がしづらくなる。非清浄国からの禁輸も困難になるという声もあり農林水産省がためらう気持ちも理解はできる。
しかし、農水省によると、ワクチン接種後、国内で一年以上豚コレラの発生がなく、その後のワクチンの使用がなければ、清浄国への早期復帰の道は開かれる。
日本の清浄国認定は、昨年の九月からすでに「停止」の状態で、収束が遅れれば、結局は清浄国への復帰も遅くなるのではないか。
「大規模農場での発生」が、ワクチン接種の目安の一つ。先月十七日に感染が判明した岐阜県恵那市の養豚場では、約一万頭が飼育されていた。もはや「最後の最後」を考える時だろう。
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