第四十話 最後の砦……でもないか
暖かな日射し、芳しい花の香り、爽やかな風。
真新しい制服に身を包んだ、あどけない少年少女達。
普段ならば微笑ましいと思っていられる青春の開幕だが、私が背負っているのはそれに似つかわしくない暗雲である。
マリアベル・テンペスト、十二歳。
今日からアヴァントール学園中等部の一年生です。
「マリア、そろそろ離して」
「後三分……」
「それもう七回目。HR始まっちゃうから」
ギュウッと握り締めた両手の中でケイトの制服にはくっきりと皺がついてしまっている。かれこれ三十分近く、私はケイトの行く手を阻んでいた。
寮の玄関で一時も離れたくないと駄々を捏ねる彼女にみたいな図だ。どうしよう客観視すると自分の行動が鬱陶しすぎる。勿論実際は傍迷惑なバカップルのお別れシーンではないが。
中等部の二年生に編入となるケイトはそのまま教室に、そして新入生である私は入学式に出席する。
一人で入学式に出るのが心細い、と言うのも多少あるが……何より、ケイトを教室に向かわせるのが不安なのだ。
もし王位継承権第二位の人とか、闇が深すぎで真っ黒に病んでしまっている人とかと同じクラスだったらと思うと……!
「マリアも、入学式から遅刻なんて幸先悪いでしょ」
「うん……」
正論過ぎてぐうの音もでませんでした。
何だろう、最近の私やたらとケイトに子供扱いされてません?元々私よりも冷静で達観していて、ツッコミ役に回ることが多かったけど。
結局うだうだする私の頭を一回撫でてから、ケイトは自分の教室へと向かっていった。
一人残された私は……重い足取りで入学式の行われるホールへと向かった。
× × × ×
「えーっと、クラスCは……」
派手に飾られたホールにキョロキョロしながらも、さっき受付で貰った生徒手帳を見ながら自分の席を探す。
アヴァントール学園の入学式は生徒が自ら席を探す。教室に集まって皆でー、とかではない。 時間までに自分で席を見つけて、始まるまではそこで待つスタイル。クラスが書かれている生徒手帳もホールの入り口にある受付で名前を言って受け取るため、自分自身のクラスを知るのも今日が初めてだ。
アヴァントール学園は財有るものが集うため、事前に知らせて親同士の画策を防ぐとかなんとか……前に聞いたような気がする。
そんな小説みたいなことが本当にあるのか……多分あるんだろうな、何たって事実は小説よりも奇なり。そしてここは乙女ゲームの世界で私はほんの十二年前まで全自動悪女やってた訳ですから。
「あ、あった」
階段を下って、前から三列目。映画館みたいに足下の所に書かれたクラスCの文字。出席番号分数えて席に座った。
結構先に来ている人がいるけど、私の探している人物はまだのようだ。開始時間まで後少しだし、もうすぐ来るかな。
誰を探しているかは、言わずとも分かるだろう。
「おはよう!あ、お前も同じクラスなんだ、よろしくなー!」
聞こえてきた明るい声に、つられたように上がった数名の声。
前からの友達なのだろう。同じクラスになれた事への喜びを分かち合う者達は、これぞ青春の始まりたる光景だ。周りも楽しそうにはしゃぐ彼らに対して微笑ましいといった様子だ。
多分、今身を固くしているのは彼らの誰かに恋をしているが故に緊張している人か、もしくは私だけだろう。
「サーシャ、クラスどこだったー?」
新しく現れた男子生徒が、輪の中心にいる男子に話しかける。
サーシャ。それはさっき私の探していた人物の愛称。『会いたかったから』が頭につくのではなく『出来ることなら避けたいけど』が 語尾につく理由で探していた。
サーシャこと、サーシア・ドロシー。
赤い髪に、オレンジがかった赤い瞳をした爽やかイケメン。
そして、私がまだ出会っていなかった最後の攻略対象者。