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乙女ゲーム六周目、オートモードが切れました。 作者:空谷玲奈

第一章

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第三話 猫かぶりって楽じゃない

 

 さてさて、人生楽観視を数日でぶち壊された私がもがきながらも進めない、ストレス耐久の生活を送っていたある日。薔薇園の異名を持つ、色彩豊かな薔薇が咲き誇る温室で、私は悩んでいた。


 私は気が付いてしまったのだ。……と言うより、見て見ぬふりをしたくて頑張っていたけど目の前に聳え立って動かないそれに無視をするにも限界が来た。普通の三歳児だったら気が付かなかったかもしれないが、残念な事に私は普通の、素直で純粋な三歳幼児では無い。

 だから、気付いてしまった。気付かなければ幸せだったのに、気付いてしまった。


 私……使用人の人達に嫌われてる!!


 改めて自覚するとダメージが大きいな。心が抉られた。

 そういえば、エンディングでマリアベルは学園全員、今まで取り巻きをしていた人達にも手のひらを返した様に嫌われてたっけ……全自動だったから笑えてたけど、あれが自分に来たら私は耐えられない。しかもその上で攻略対象にすがりつくなんて……生き恥も良いとこだ。黒歴史どころの話じゃない。


 話がそれた。とにかく、私は使用人達に嫌われている。

 とは言え向こうは大人でこっちは三歳(見た目)、分かりやすい嫌悪を向けられる事は無いし意地悪もされない。したらクビだしね。あの(娘大好きを公言している)父が黙っているわけが無い。

 では何故私が気付いたかと言うと。


「あの、おみずを──」

「お持ちしましたお嬢様」

「……ありがとう」


 とか。


「髪がすこし──」

「今結わえます、お嬢様」


 とか。


「あの──」

「何でしょうか、お嬢様」


 とか。他にも色々あるけれど、問題は彼女達が皆無表情って事だよ。

 さすが元々乙女ゲームだった事もあって使用人も皆見目麗しいんだけどね、美形の無表情って怖い。しかも口調まで無機質だから余計に。何なの、皆感情無いの?


 しかも、それだけでなく。


「あの、お母──」

「お嬢様、奥様はお忙しいんですよ」


 って、毎回毎回お母様に話しかけようとする度邪魔されるし!

 忙しいとか嘘だよね?普通にお部屋にいらっしゃったじゃねぇか!親子のコミュニケーション邪魔すんな!


「……つらい」


 母親と話すのに何でこんな苦労しなきゃいけないんだ。早くお母様とお話しして離婚の原因を探らなくてはならないのに!


「……やさしかったのになぁ」


 離乳食になる前、私の世話をしてくれたお母様は優しくて可愛くて、私は一瞬で大好きになった。

 笑いかけてくれる度、言う事を聞かない四肢に対する怒りが消えていったのを覚えている。まぁその後の食事の時間は拷問に近いものがあったけど……うん、思い出すまい。

 そんな母が、父と離婚した原因。

 自分を愛してくれる人と、娘を置いて家を出た原因。

 想像がつかない。全く、一切、思い付かない。


「どうしようもない理由……とか?」


 家の事情、夫婦の事情、憶測は広がるがどれもピンとこないのは登場人物の情報が少な過ぎるから。

 過去五周、マリアベルは母親に対して全くの無関心であった為ゲーム内で母親に関する話題は皆無、名前すら出てこない。勿論キャラクターデザインも存在しない為私は六周目で初めてマリアベルの、延いては私の母の顔を知った。

 つまり過去五周実際に関わった攻略対象やヒロイン、お父様達の様に予備知識がゼロの状態なのだ。第一関門とも言える両親の離婚を止めるにはお父様側だけの情報では不十分、いやむしろお母様側の情報が無いと始まらない。

 だから何としてもお母様とお話をして情報を得たいのに……。


「というか、何で会えないのさ!」


 振り出しに戻る。うん、やっぱり会わない事には始まらないんだよ!

 思わず声を大にして叫んだ。そろそろストレスも限界なんです。

 一応公爵令嬢として、両手を振り上げて不満を叫ぶなんてはしたないまねをすべきでは無いのだが、ここなら大丈夫。この薔薇園は、日々年相応の言動に疲れた私が何とか一人になれないかと屋敷中を歩き回って見つけた場所なのだ。初めは神出鬼没な能面メイドがどっかにいるんじゃないかと緊張していたが、今ではがっつり椅子の上で体育座りなんかしちゃうくらいに慣れ親しんでいる。それだけ邪魔され続けているんだと思うと悲しいけど。


「……みみ、いたい」


「っ……!!?」


 ここは私しかいないから気を使う必要が無い……と今説明したのだが。

 撤回、人がいた。非常にマズい。今の私は完全に気を抜いていた。

 どのくらい?椅子の上に体育座り、からの胡座です。令嬢どころか普通に女子力低い、そして私は三歳児。

 絵面がシュール過ぎる。 


「え……ぁ、い、いつから……っ」


「おれの方が先だった」


「そ、そう……」


 つまり初めから見られていた、と。

  盛大な独り言も。体育座りから胡座に至るまでの流れも。

 泣いてもいいですか。


「……みぐるしいすがたを見せましたわ、ごめんあそばせ」


 今さら取り繕っても意味は無いが、開き直ってしまうには情報が少ない。

 まず……この子、誰?

 テンペスト家に子供は一人、私だけだし使用人は独身か、子供がいてもすでに一人立ちしている人達ばかり。子供らしい子供は、私だけのはず何だけど。

 目の前にいる子は、私とそう歳の変わらない幼児だ。

 天使の輪が煌めく茶色い髪に、甘いミルクティーの様な亜麻色の瞳。少しつり上がった目元に同族として親近感を覚えるが、サラサラ靡くストレートヘアは妬ましい。毎日メイドに必死こいてセットして貰っている私への嫌味か。効果は抜群だ。


 でも……やっぱり誰だ。

 少なくとも攻略対象ではない。髪も目も、色が違う。


「わたくしはマリアベル、この家のむすめです。あなたはだれにきょかをえてここにいるのかしら」


 自分で言っていて、なんて生意気なんだと思う。初対面に対して上から目線すぎる、三歳児の発言では無い。

 でも、言い訳させて欲しい。私は、マリアベルなのだ。悪役と言う意味ではなく、私はテンペスト家の令嬢マリアベル・テンペストで、三歳であろうとそれ相応の振る舞いが義務付けられている立場にある。

 と言っても、私はずっとオートモードで暮らしてきた。例え今がマリアベルだからと言っても私の自我はオートモードの中ですでに確立されている。今さら身も心もマリアベルと言う公爵令嬢になど、なれる訳がない。強要されたら人格否定で訴えてやる。

 勿論だからといって責任を転嫁や放棄出来るとも思っていない。猫を被ってやり過ごすくらい、過去五回マリアベルを経験した私には雑作も無い事。

 被れる猫がマリアベルである事が問題だったんだけどね。気付くのが遅かった。


「わたくし、今ひとりになりたいの。出ていっていただける?」


 お願いだからこれ以上私に黒歴史を増やさせないで。


「……へんなしゃべりかた」


 どストレートな発言ありがとう。子供って正直だね。でも女の子に変なんて言ったらモテないぞ!


「ふつうにしゃべんなよ。さっき一人の時はふつうだったじゃん」


「……やはり、きいてらしたのね」


 一縷の望みを持ってたんだけど、木っ端微塵に粉砕された。


「会えないって、だれに?」


「…………」


「だれに?」


 ぐいぐいくるなこの子。 そんなに興味持つ様な事でも無いだろうに。

 答えたくないと態度で示しているはずなのに一切引く様子の無い少年に、結局私の方が根負けしてしまった。子供の『なんで?』攻撃って純粋過ぎて回避が難しすぎる。


「……お母様よ」


「お母様……って、きみの?」


「ええ、わたくしのお母様。忙しいからって、ろくにおはなしもできない」


 本当に忙しいかは甚だ疑問だけどね。今日も会いに行ったら対応してくれたのは能面メイドさんでお母様には会うどころか顔を見る事も出来なかった。


「……あいたく、ないのかもしれない」


 もしかしたらお母様は私に会いたく無いのかもしれない。

 それは私がずっと心の片隅に追いやり目を背け続けて来た事だった。何故会えないのか、それは相手が会いたがっていないから。そう考えるのが一番自然だろう。

 そうじゃない、そんなはず無い、何度も別の可能性に目を向けて来たけどどれだけ視野を広く持ったってお母様は私に会ってくれない。使用人達も、お父様も、忙しいんだとか疲れてるんだとか、会わせてくれない。


 そして、お母様自身も会いに来てくれない。


 たった一人の娘に母親として話す事すらままならないのに、会いたがっているのも会いに行くのも私だけ。今の私は大切な目的の為にお母様に会いたがっているけれど、本物の……正真正銘三歳のマリアベルだったとしても、きっと母を恋しがるだろう。三歳なんて母親にも父親にも沢山甘えたい年頃。何より子にとって、娘にとって母親は特別な存在で、父親がどれ程自分を愛してくれていてもやっぱり母親からの明確な愛情が欲しい。


「あいたいのは、わたくしだけなのかもしれない」


 口に出せば出すほどそれが事実の様に思えてくる。会いたいのも、親子の情が有るのも私だけなのではないか。そう思えてならない。

 優しそうに見えたのも、私の錯覚だったのだろうか。そうじゃないと思いたいけど私にはその判断材料が無い。


 言わば手詰まり。目の前は壁、ここを越えなければこの先の壁はどう変化するのか分からない、とても重要な関門なのに。


 沈む気持ちと同じく下がっていく頭。

 浮上させたのはあまりにもあっけらかんとした声だった。


「なら、きいてみればいいじゃん」


「え……?」


「きみのことすきかきらいか、お母さんにきけばいい」

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