第一話 こんにちは、赤ちゃん
一周目の時はとにかく驚いた。
目を開けたらいきなり高校の始業式、しかも何か絢爛豪華って言葉が似合いそうな建物で行われるそれについていける人間はいないと思う。内心混乱を通り越して発狂していたが、私の意思が一切反映されない表情と言動に今思うと本当に良かった。
もしありのままの私が露見していたら悪役令嬢ではなく変質令嬢の二つ名がついていただろう。嫌すぎる。
二周目は、夢であってくれと言う切実な願いが99.9%叶わないと言う事実に内心泣きながら過ぎていった。
三周目からは、もう開き直った。
だってどんな行いをしようと、嫌われようと、私に出来ることなど何もない。何たって私は自分の意思で喋れない動けないのだから!所謂、オートモードってやつだ。
私は全自動の体を知らぬ間に得ていたのである。嬉しくは無い。
そして今、五周目のエンディングを迎えた。
音が聞こえなくなり目を閉じたわけでもないのに視界が一気に暗くなる。
時間にして、数秒後。目を開ければ毎度お馴染みである高等部の始業式──
「………?」
開いた視界に映ったのは、パステルピンクの天井。
いやいや、なんで?今までの展開上私がいるのは体育館のはず。
「マリアちゃん、起きた?」
「っ………」
困惑していた私の耳に届いたのは、野太い男性の声でも聞こえやすさを重視した女性の声でもなく。綺麗で、優しくて、よく耳に馴染んだ女性の声だった。
そして視界の端に見えていたてすりを掴む手。 短く切られた爪から、ゆっくりと視線を上げていく。
パステルパープルの双眸。大きくて丸くて、幼い印象のたれ目。緩く編まれた金髪に繊細な装飾の髪飾りがよく似合っている。顔面偏差値桁外れが量産される二次元の世界では地味な印象を受けるが、それでも充分可愛らしい女性だ。
でも……誰?今までの五周で一度も見た事が無い人だ。
「マリアちゃん、起きたならお着替えしようね」
「っ……!!?」
そう言って、両脇に手がかかる。混乱する中ゆっくりと持ち上げられた私は、自分が今までどんな場所にいたのかを知った。
天井の色から想像はしていたが、パステルピンクの壁。バルコニーへと続く窓は丸みがあって可愛らしい。白を基調とした猫足の家具はどれも高級感の漂う上品な造りだ。そして極めつけは、天蓋のついたベビーベッド。
そう、天蓋のついた『ベビー』ベッド。
勿論ついさっきまで私が寝ていた物の事だ。
「ぅ、あぁぅ!」
「マリアちゃん?」
『どうなってるの!』と、叫んだはずなんだけどなー。何で私の口から出るのは言葉になりそこなった平仮名の残骸なんでしょう。五周している間に私本体の言語力が幼児以下になったとか?ナニソレ泣キタイ。
……あれ、今私喋った?
「どうしたの?お腹空いたの?」
心配そうにあやしてくれる女性は恐らく私、マリアベルの母だろう。たしかマリアベルが五歳の頃に離縁して親権は父に渡ったとか……何周目かで言っていた気がする。自己主張が出来なかったから聞いてなかったよ。
「うーぁ、ぁー」
「マリアちゃん、今日はいっぱいお喋りするね」
やっぱりこれは私の声らしい。どうやら全自動機能は稼働していない様で、期待はがっつり裏切られた。
オートモードがアイデンティティじゃなかったのか。全員攻略したら後は好きにやってくださいと?無茶言うな。
「あー、ぁーぅ」
「ご機嫌だね、良い夢みたの?」
真逆です。むしろ今が夢なら良いのに。
何度試してみても私の口から出るのは単語にすらなっていない平仮名、それも『あ行』だけ。
ベビーベッド、あ行だけの発言能力、そして小柄な女性に持ち上げられる身体。
これは、どうやら確定だろう。
マリアベル・テンペストの六周目の人生が始まった。
場所はアヴァントール魔法学園高等部二年の始業式ではなく、全自動機能も無し。
──『赤ん坊のマリアちゃん』として。