提督の憂鬱 作:sognathus
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大井がそれを見掛け、心配するように話し掛けます。
振り向いた提督の顔には珍しく疲労の度合いを確かに示す隈がありました。
「た、大佐大丈夫ですか?」
「ん……ああ。単に寝不足なだけだ」
「一体どうしたんですか?」
「いや、なに。偶にある本部からの訓練指示に二一駆逐隊を編成したものがあってな」
「二一……えーと……」
「初春、子日、初霜、若葉だ」
「ああ、はい」
「訓練の代わりにで警備任務を兼ねた出撃をさせたんだ」
「ええ、それで?」
「あいつらも突出して練度が高いというわけではないが、お前と同じように定期的に遠征や警備に長く従事してきたこともあって特に練度が低いということもない。だろう?」
「私はもう88ですけど、確かに駆逐隊の子たちは平均で50以上はいってますからね」
「そうだ。だからちょっと警備は警備だがここの近海ではなく、あいつらの練度に丁度よさそうな海域に行かせたんだ」
「北方海域、モーレイ海だ」
「モーレイ……」
大井はその海の名前を聞いて少し考えた。
確かにあそこは練度の低い艦娘には確実にキツイ所だが、少し前に改二にもなった初春が率いる二一隊なら、容易とは言わないまでも攻略は数をこなせば可能な気もした。
「その顔、出撃させる前の俺と同じ事をかんがえているみたいだな」
「えっ、そ、そうですか?」アセアセ
「そう、俺も数をこなせばあそこの目標の最終ラインまでは行けると思っていた。だが実際は……」
「上手くいかなかったんですね?」
提督は大井の言葉に少し苦い顔をしながら肯定した。
「ん……まぁな」
「被害が大きかったんですか?」
「被害はまぁ、毎回中破が2人出るくらいの程度だった。問題だったのは……」
「だったのは?」
「初春以外のメンバーがちょっとな……」
「え? 子日ちゃん達に何か問題が?」
大井はそこで心底驚いた顔をする。
提督がまるで自分の部下を批判するような事を言ったように聞こえたからだ。
たしかに上司である以上、それも軍属である以上、その関係において指導的立場からキツイことを言う事もあるだろう。
だが自分たちの提督はどちらかというと、功を焦らず時間をかけて確実な成果を目指す堅実な戦略を取るタイプだ。
そんな彼がそんな事を言うのは大井にとっては本当に意外だった。
「ん、誤解するなよ。別にあいつらが何か失敗をしたとかいうわけじゃないんだ」
「と言いますと?」
「出撃した時な、あの時に限ってあそこの海域が結構荒れていたんだ」
「はぁ」
「おかげで進路通り向かおうとしても気付いたらコースから外れていたり、順調だと思っていたら途中で敵に遭遇して相手をしている内に進路を見失ったりして結構大変だったんだ」
「なるほど」
「そういうわけもあってなかなか目標地点まで辿り着けずに出撃と撤退を繰り返していたんだが」
「ええ」
「途中で初春が何となく今回は不調に終わりそうだと予感したんだろうな。あいつが出撃はもうこれで終わりにしないかと進言してきたんだ」
「初春さんが……」
「あいつらに原因が無い事は俺も分かっていたし、初春自身も単に運が悪かった程度にしか思ってなかったと思う。そんなに悔しそうな顔をしていなかったからな」
「そうですね、私もそう思います。初春さんならあまり無理はしないでしょう」
「だから俺もあいつの進言を受け入れて出撃を終わらせようとしたんだ。訓練の名目は既に十分果たしていたしな」
「そうですね」
「だがそうしようとしたら……」
「あ、もしかしてその時に……?」
大井は提督の声が微妙に低くなった事に気付いた。
「そうだ。子日達が異議を唱えてきたんだ」
「子日ちゃんが……。やっぱり悔しかったから……?」
「そんな感じだった。あと、艦隊のリーダーだった初春に多少申し訳ない思いもあったみたいだ。初霜と若葉も直ぐに子日に賛同してきたからな」
「あ、何となく想像できます」(あの2人は子日ちゃんと比較するわけじゃないけど真面目なタイプだもんね)
「初春も最初は三人を説得しようとしていたんだがな、子日達があまりにも熱く挑戦を訴えるものだから途中でその熱意に圧されてしまったんだ」
「ああ、折れちゃいましたか」
「ああ。……それが長い戦いの始まりだった」
「え?」
そこまで話した提督は、今度は声だけでなくその表情も明らかに沈鬱になった。
重苦しい雰囲気を放ち始めた提督に大井は動揺した声をつい出してしまった。
「艦隊が駆逐艦のみで編成されている関係上、今回は被害は中破のみで納まっていたが大破の被害を受けたとしても修復に消費する資材は知れているだろう?」
「ええ、まぁ……。あっ」
大井はそこで提督が言いたい事が理解できた気がした。
被害が出てもそんなに資材を消費しない駆逐艦たち。
という事は後は修復に掛かる時間だけ……。
「あの、結果的に何回くらい出撃したんですか?」
「気付いたか。ああ、出撃した数は44回だ」
「よ、よんじゅう……」
「そう。つまり消費した高速修復剤は176個」
「ひゃ、ひゃく……!」
「結局その犠牲のお蔭で何とか目標地点には到達できたが、その達成に湧く子日達はともかく初春がな……」
「疲労、じゃないですよね。やっぱり責任感……?」
「ああ。出撃しながら消費した修復剤を数えていたんだろうな。任務を終えた後は一人だけ暗い顔をして部屋に戻って行った」
「うわぁ……」
「そしてそれに付き合った俺はこの通り寝不足だ」
提督は苦笑交じりにワザとらしく大きく腕を広げて見せた。
大井はその姿からはを見て、提督から哀愁も漂っているよな気がした。
「少しくらい大佐も休んだらどうです? 私、加賀さん達に代行をお願いしてきますよ?」
「……気持ちは有り難いが、初春の奴が立ち直るまではここを堅持しておきたいんだ」
「大佐……」
自分の進言を聞き入れず、あくまで仕事に従事しようとする提督に大井は心配した顔をする。
「そんな顔をするな。確かに寝不足だが俺はあいつらほど過酷な事はしていない。ずっと部屋で指示をしていだけだしな」
「でもだからって、私たちと大佐は体力が……」
「分かっている。けどまぁこれは俺の我儘だ。悪いが今は通させてくれ」
「無茶よ……」
「大井、ありがとう。だが大丈夫だ心配するな」
「月並みなセリフですね。お蔭で信憑性が薄いですよ?」
「耳に痛い」
「……分かりました。何か困ったことがあったら言って下さいね? 私もできるだけサポートしますから」
「悪い」
「いいえ♪」
「……」
「な、なんですか?」
ここまで言い終えた大井だったが、ふと気づくとそんな自分を微妙に眉を寄せて見つめる提督に気付いた。
「いや、お前って意外に優しいんだな」
「……は?」
『優しい』という言葉が自分にとって意外だと言われ、大井はその言葉が提督から出た事に身体が衝撃に襲われた。
「いや、俺はお前は何となく男には淡々としたイメージがあったんだ」
「な、何を……」
「お前と北上は特に仲が良いだろ? その仲の良さを見ていたらいつの間にか俺の中でお前のイメージができあがっていてな」
「だから私が女にしか興味が無いと……?」
提督が言いたい事を何となく理解した大井が冷めた声でじろりと提督を睨む。
「そこまでは言わないが、北上とあそこまで仲が良いから男よりかは女とつるむ方が性が合っているんだろうな、てな」
「……」
「大井?」
「大佐」
先程とは打って変わり満面の笑顔で大井は提督に言った。
その眩しい程の笑顔に、提督はその代わり様に心中に何故かざわめきを覚えた。
「ん?」
「あなたはひとつ誤解をしています」
「誤解……?」
「ええ、そうです。私は確かに北上さんは大好きですよ? それはもう親友だから。北上さんとならそれ以上の関係でも構わないくらい」
「ああ」
「でもだからって……」
「うん?」
満面の顔から一転、一瞬俯いたと思った大井は今度はかなり不機嫌そうな顔でこう提督に一喝した。
「私が男(大佐)に興味が無いと結論付けられるのはすっ……ごく遺憾です!」
「……」
「大佐、私が一度でも大佐を毛嫌いした事がありましたか?」
「……ないな、多分」
「多分じゃなくて絶対にないはずです!」
「……そうだな」
「ええ、そうですよ。だから、ね? 分かりましたか?」
「……? 何をだ?」
「……っ」ピキ
提督のタイミングの悪い鈍感ぶりに再び笑顔となった大井のこめかみに青筋が立つ。
これはもうしっかり説明してやらねば。
その何とも言えない威圧感を放つ大井の笑顔に提督は自身の失言を理解し、冷汗を垂らしながら言った。
「俺はまた何か……?」
「大ありです!」
その日、大井が自身について提督に持たれた誤解を解くのに説教と怒りのコンボが夜明け近くまで炸裂した。
おかげで彼女の話が終わる頃には初春も気を取り直し元気な姿で執務室に現れたのだが、その訪れた先には心身ともに疲弊しきって机に突っ伏している提督の姿があったという。
二一駆逐隊の出撃任務のお蔭で昨日は本当に疲れ果てていました。
流石に実際に駆逐艦だけで出撃していたわけではなく、最初は+航空戦艦、空母→+潜水艦、空母→+高速戦艦、空母、と言った具合に変えていき夜明け近くにやっと達成しました。
結局、最後の選択が個人的に一番正解だったような気がします。
というかバケツの残りがヤバイです。
どうしよう……(汗)