企業調査から顧客体験と経営指標の関係を解き明かす

2018年07月31日



【POINT】

  • エクスペリエンス投資の経営的価値に気付いていない経営者の率いる企業は、知らぬうちに市場から退場宣告を受けることにつながりかねない
  • 「従来型投資」と「エクスペリエンス投資」の違いは、投資の「戦略的意図」から導かれる
  • 経営的価値は業種や業態によって異なる。業界固有の経営目標設定モデルから自社にもっとも当てはまる指標を検討し、ビジネスケースを定義する
 

顧客体験の経営的な価値はどこにあるのか

顧客体験の経営的な価値はどこにあるのか

カスタマーエクスペリエンス(顧客体験)は特に目新しい概念ではない。それなのに今、なぜこれほど注目を集めているのだろうか。投資対象としての顧客体験に、どれほどの経営価値があるのか。エクスペリエンス投資の経営的価値を、定量的に紐解いてみたい。

まずは以下の数字をご覧いただこう。これは後ほど触れる、エクスペリエンス投資の主な定量的効果だ。

顧客体験の経営的な価値はどこにあるのか

その前に「顧客体験」という言葉に触れておきたい。日本語の語感だけにとらわれていると、その価値を見失いかねない。顧客体験とはもちろん、使い勝手のよさであるとか、ちょっとした気の利いた付加価値、だけを指すのではない。そうした側面も顧客体験の一部には含まれるが、本質的には、企業の存続意義そのものを問うような、極めて重要な概念だ。

生活のため、娯楽のため、自己実現のため、人々はさまざまな動機から、対価を払って効用を得る。その動機や効用のありようは、大量消費社会が終焉を遂げ、価値観が多様化、個別化したことで、不可逆的に変貌を遂げた。デジタル化はその牽引役の最たるものだ。人々がいつ動機を持ち、どのように対価を払い、いかに効用を得るか、あらゆる時点でデジタルは大きな影響を及ぼし得る。そのすべての過程で、人々は想い、考え、感情を動かす。人々と企業のあらゆるやり取りが、顧客体験なのだ。人々の知覚する効用のすべてと言っても良い。

経営陣は顧客体験の価値に気付いているか

経営陣は顧客体験の価値に気付いているか

ところが顧客体験は、企業にとって極めて厄介な面を持っていると言える。なぜなら、それは目に見えにくく、捉え難いものだからだ。目に見えないがため、良し悪しを判別しにくく、価値を実感しづらい。

そもそも企業の存続理由は、人々や社会に価値を提供し、それに見合った利益を受け取ることにある。提供価値と利益は、数字として定量化できる。損益計算書、バランスシート、キャッシュフローがそれだ。経営者は経営戦略として意思決定した事業投資や資源投資の妥当性を、経営指標によって判断する。

では顧客体験に対する投資は、経営指標のどこにインパクトを与え、どのようなリターンをもたらすのか。これを経営陣が把握できなければ、エクスペリエンス投資は画餅となってしまう。

顧客体験が競争優位となり得る理由

一方でさらに恐ろしいのは、エクスペリエンス投資の経営的価値に気付いていない経営陣の率いる企業の置かれている状況だ。そうした企業は、顧客体験が自社の強みになるように変革するという動機付けができておらず、既に気付いている企業が提供する顧客体験との差は開いていく。競争相手は同業他社だけではない。人々から、市場から支持される企業かどうか、にかかっている。「気付いているかどうか」が企業競争力の差異をもたらし、事業継続性を揺るがす。「気付き」が無ければ、知らぬうちに市場から退場宣告を受けることにつながりかねない。経営陣は、顧客体験が自社にとってどれほどの経営課題なのか、真剣に検討しなければならないのだ。

エクスペリエンス投資の内実

エクスペリエンス投資の内実

では、市場から支持される企業であり続けるためのエクスペリエンス投資とは何か。既存事業の成長投資、新規事業投資のような他の経営戦略投資と同様、エクスペリエンス投資の対象も、経営資源の多様な領域にわたる。各社のビジネスモデルや注力領域、業態、現在の経営環境や顧客動向、自社の目指している戦略的方向性などによって、エクスペリエンス投資ポートフォリオの内訳は各社各様となるであろう。ただ、各業界に共通する要素を取り出すならば、次のような領域が挙げられる:

・ 人材:企業風土の変革組織構造の再編、人事制度の刷新、人材育成や新規人材登用など

・ 業務プロセス:提携やアウトソースを含む業務構造の組み直し、部門間や部門内のワークフロー見直しなど

・ テクノロジー基盤:対面や店頭からデジタルまで様々な顧客接点の刷新、顧客接点を下支えする基盤整備や基幹系の連動性など

投資領域の具体例としては、専任役員や横断組織の設置、補完的サプライヤーや物流パートナーなどとの戦略的提携、接客評価制度や新しいスキル研修、新しい会員リワード制度の設置、店舗カードとオンラインIDの統合、マイページ機能を盛り込んだサイトリニューアルやアプリ提供、顧客分析基盤の充実、などが挙げられよう。こうして見ると明らかなように、「従来型投資」と「エクスペリエンス投資」に、見かけ上の境界線は無い。違いは、投資の「戦略的意図」だ。もちろん戦術レベルや施策レベルにおいては、顧客体験の構築に固有の要素は存在する。だがここで重要なのは、各投資領域がどのように人々の顧客体験を変え、総体的にどのような顧客体験を目指すのか、その一貫したグラウンドデザインの有無なのだ。一連の投資が、顧客のライフサイクル全体をカバーする顧客体験をより良いものにするため、周到に計画されたものなのか、あるいは、自社の特定領域の効率向上や、特定部門の事情に主眼が置かれたものなのか。その違いは、極めて大きい。

エクスペリエンス投資の想定効果

エクスペリエンス投資の想定効果

戦略的投資を企画する過程では、その合理性や必要要件を検討し、一定期間で投下される概算コストと想定効果を組み立て、「ビジネスケース」を定義することになる。ビジネスケースは戦略投資計画書であり、実行計画書ともなり得る。エクスペリエンス投資には様々な直接効果と間接効果が考えられるだけでなく、計測できる経営指標としては間接効果の割合が大きくなるかもしれない。そのため、エクスペリエンス投資の価値を理解した経営陣は、自社の所属する業界や業態の状況を鑑みて、総合的な観点から投資効果を判断することになる。

このエクスペリエンス投資の投資対効果という命題について、ひとつのモデルを提示しているのが、米調査会社Forrester Researchだ。同社は欧米各国の多様な業種の企業にコンサルティングサービスを提供し、多くの知見を蓄積。この知見を「Forrester Customer Experience Index (CX Index)」と呼ばれる方法論およびデータセットとして保有している。

そこでアドビはこのForresterに、顧客ライフサイクル全体をカバーするエクスペリエンス投資がビジネスに与えるインパクトの評価を依頼した。Forresterは、北米、欧州、日本を含むアジア太平洋地域の企業と組織1,269社を対象とした調査を実施し、傾向を分析。その結果をレポートとして発表している。その概要を見ていこう。

「顧客ライフサイクルの全体をカバーして捉える」ことの重要性

市場や消費者から選ばれる企業は、現代においては「顧客体験がビジネスの中心的な存在なのだ」と気付いている。こうした企業をアドビは「エクスペリエンスビジネス(顧客体験中心型ビジネス)」と呼んでいる。同様にForresterでは、企業をふたつの集団に類型したモデルとして、「エクスペリエンス中心型ビジネス(EDB)」と「従来型ビジネス」を提唱している。EDBの定義の詳細は同社レポートを参照して欲しいが、ある企業がどちらに分類されるかは、調査対象企業に対する成熟度アセスメントによって算出されているため、客観的で、定量的なモデルだ。このモデルを使って同社は、調査した企業と組織を詳細に検討し、EDBと従来型ビジネスとの傾向を導き出したのだ。そのハイライトは次の通り。

「顧客ライフサイクルの全体をカバーして捉える」ことの重要性

エクスペリエンス中心型ビジネスを選出するため、8業種の企業を対象に成熟度アセスメントを実施した結果

Forresterは顧客と企業との関わり合いのライフサイクルを6つの段階、すなわち認識、調査、購入、利用、問い合わせ、行動と置いている。これは、相手がまだ企業の提供する商品やサービスに対する認知やニーズを持っていない段階から始まり、購入を経て、商品やサービスを継続的に利用する様子を模式化している。そのどの時点でも、顧客と企業との間では何らかのコミュニケーションが発生し、それが顧客体験として知覚される。良い顧客体験は相手にとっての価値を生み、悪い顧客体験は相手を遠ざける。顧客ライフサイクルのどの時点だけが重要ということはなく、その全体をカバーして捉えるべきだ、ということが判る。

業界固有の経営指標

一言で「顧客体験」といっても、その経営的価値は業種や業態によって異なる。そこで Forresterは、調査対象となった企業や組織を8つの業界に分類したうえで、EDBと従来型ビジネスとを比較し、エクスペリエンス投資の経営的価値をモデル化している。

業界固有の経営指標

エクスペリエンス中心型ビジネスは、業界固有の目標に対するパフォーマンスも高い    

この業種固有の経営目標設定には、同社の知見が凝縮されている。例えば、長期的な信頼関係にもとづいた生涯にわたる長期的な口座取引の総量が重要な金融業界では、市場からの信頼度のバロメーターとして、株価の市場期待値との差異が考えられる。メディア業界やエンターテインメント業界では、日常的に接するコンテンツ消費の定常的な満足度が広告収入やサブスクリプション収入に直結するため、顧客満足度水準が指標となるだろう。最終消費者との直接取引ではなく中間事業者への間接材提供が主流となるような製造業では、取引先企業を含むサプライチェーンの関係者全体からのロイヤルティが、継続的取引において重要だ。また小売業では、最寄品や買回品から専門品や非探索品まで、消費者がモノを購入するときに想起されるか、探索されるかどうかが問われるため、ブランド資産価値が重視される。

自社ならではのビジネスケースを

自社ならではのビジネスケースを

Forresterの提示する業界固有の経営目標設定モデルを参考に、自社にとってどの経営目標設定がもっとも当てはまるかを検討してみると、エクスペリエンス投資の経営的価値を測定する指針となる。また、これからエクスペリエンス投資のビジネスケースの定義、あるいは審査をしようとする経営陣や各事業領域の責任者などのビジネスリーダーにとっては、投資領域の優先度、投資の進め方、狙うべき効果の整合性を見極めるうえで、参考になるだろう。そして、まだ経営陣の認識が薄い企業であれば、顧客体験が競争優位となり得ることの数値的裏付けとして、あるいは先行企業と自社を比較するベンチマークとして参照すべきだろう。

エクスペリエンス投資の経営的価値を定量化するのは容易な作業ではないが、その方法論が存在するだけでなく、実際に取り組み、先行し、実際に効果を上げている企業は間違いなく実在する。エクスペリエンス投資の重要性を自社内で広め、議論を巻き起こし、顧客体験中心型ビジネスへの変革を推進するためにも、Forresterの提供するレポート『エクスペリエンス投資がビジネスに及ぼすインパクト』を参照して欲しい。また、レポートのハイライトを示したインフォグラフィックも役立つだろう。

 

UNITE編集部


関連資料

優れた顧客体験が競合差別化要因になると気付いている企業は、それを実現すべくエクスペリエンス投資に注力している。その投資はどのような経営価値をもたらすか、企業調査とForresterのモデルから導出する。    


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