人工衛星など,宇宙機器用の潤滑剤としては,潤滑油および固体潤滑剤が使用条件に応じて使いわけられています。宇宙用潤滑剤の要求性能,使用例,問題点などについて解説します。
人工衛星に使用されている潤滑油は
人工衛星はきびしい環境条件のもとで飛行しています。使用される潤滑油はどのような油で,その要求性能などを教えてください。
解説します。
人工衛星には姿勢制御機構,アンテナ駆動機構など各種の駆動機構が搭載されています。これら宇宙機器用の潤滑剤としては,現在,潤滑油および固体潤滑剤が使用条件に応じて使いわけられています。
1. 宇宙の環境条件
宇宙において,潤滑剤は(1)微少重力 (2)高真空 (3)広い温度範囲:-100~+150℃ (4)放射線 というような地上にない特殊環境にさらされています。(1)の微少重力という環境下では,油潤滑の場合に地上で一般に行われているような重力給油法が適用できません。しかし,一方,自重による負荷を考慮しないでよいため,軸受やしゅう動部にとってはむしろ有利であるといえます。問題は(2)の高真空です。スペースシャトルや宇宙ステーションの飛行高度である高度450km程度で圧力は10-4~10-6Pa,静止衛星の飛行高度36000kmで10-9Pa以下となります。このような高真空下では,蒸気圧の高い油やグリースは使用中に蒸発してしまうため長期間宇宙で使用することは難しいです。加えて,アースセンサ,スターセンサ,各種分光器のようなレンズや鏡などの光学系を有する機器では,蒸発物による表面の汚染を極度にきらうという問題もあります。このような機器には固体潤滑剤を使わざるをえません。(3)の広い温度範囲における作動要求,(4)の放射線下での使用も油やグリースを宇宙において使用することをためらわせる原因となります。
宇宙環境は潤滑油,グリースにとって容易ならぬ環境にありますが,それでも密封され,温度コントロールが可能な機器には高度に精製された鉱油系潤滑油が用いられてきました。
近年真空用潤滑油としての蒸気圧の低い潤滑油の開発が急速に進み,なかには蒸気圧が10-9Paという驚異的な性能をもつものが市販されるに至っております。
2. 宇宙用潤滑剤
宇宙で用いられる潤滑剤は,潤滑性に優れていることはもちろん蒸気圧の低いことが要求されます。この要求に合致するものとしてパーフロロポリエーテル油(以下PFPE油)が用いられるようになってきました。PFPE油はCF2を基本として,間にOをはさんだふっ素系合成油で,耐熱性,耐薬品性にすぐれており,高い粘度指数をもっています。他の潤滑油と比較してとくに優れている点はその蒸気圧にあります。商品化されている直鎖PTFE油の蒸気圧は20℃において10-10Pa以下,100℃においても10-6Pa台にとどまります。表1にPFPE油の諸性質を示します*1。また図1に構造式を示します。このPFPE油を基油としたグリースはNASAにおける真空中長期作動試験においてすぐれた成績をおさめ,一般に知られるようになりました*2。
表1 PFPE油の特性
* 200℃,3日 ** 149℃,22hr |
図1 PFPE油の化学構造 |
筆者らは上述の試験に登場したPFPE系グリースで内径20mmの深溝型玉軸受♯6204を使い,10-4Pa中,2000~4000rpmの回転数で24400時間(総回転数:3×109回)の試験をおこないました*3。結果を要約しますと,高真空中,長期運転にもかかわらず,
(1)軸受の精度低下は認められなかった。
(2)赤外線分光分析では,グリースの劣化は認められなかった。
(3)基油であるPFPE油の使用前後における分子量分布の変化はなかった。
(4)グリースの蒸発減量は約10%であった。
この結果においても,PFPE油を基油としたグリースは高真空中において長期潤滑が可能であるといえます。
3. 宇宙機器における使用例
(1)デスピンベアリングアセンブリ(DBA)
スピン安定型の衛星は20~150rpm程度で回転しながら一定の姿勢を保つ円筒型の衛星です。通信アンテナなどをつねに地球に向けておくために衛星の回転と逆方向に,衛星と同一回転数で回転させておくDBAが搭載されており,その支持部にはころがり軸受が用いられています。潤滑はグリースを用いています。
(2)フライホイール
三軸制御衛星には姿勢制御の基準となるフライホイールが搭載されており,これにより姿勢の安定を図っています。図2に一例(Teldix社製)を示します。宇宙用駆動機構のうちでもっとも高速で回転する機構はフライホイールです。三軸制御衛星では3個のフライホイールを毎分数千回転という高速で回転させ,回転を制御する際に発生する逆トルクを利用して衛星の姿勢制御を行っています。フライホイールは容器中に納められており,温度制御も行っているため,ホイールを支えるころがり軸受は油潤滑されています。
図2 姿勢制御用フライホイール(Teldix社) |
4. 問題点
先に述べたように,無重力下では重力給油法が適用できないため,毛細管現象を利用した潤滑法が行われますが,給油量が少ないため高負荷に耐えられません。もう一つの問題はPFPE油の反応性であります。直鎖上PFPE油,とりわけフォンブリンZ25は高荷重下で鉄と反応し,ルイス酸,ふっ化金属をつくります。ふっ化金属が触ばいとなって急速に分解し*4,潤滑性を失います。また,分解の際にアウトガスを発生します。これらの事情からPFPE油の用途は,現在のところ,軽荷重下での使用に限られています。
<参考文献>
*1 逢坂洋之助:PETROTECH,8,9(1985)840.
*2 E.L. McMurtery:NASA TM-86480 (1984).
*3 K.Seki,M.Nishimura:Proceedings of International Symposium on Tribochemistry,Lanzhou,China,(1989)193.
*4 S.Mori,W.Morares:NASA TP-2883(1989).
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