高めは禁物。内角にはリスクが伴う。野球界で古くから言い伝えられているゾーンに、柳は140キロ前後のストレートを投げ込み、三振の山を築いた。
「ここの風を見てね、左打者には引っ張らせようと。序盤は少し窮屈に投げているように見えたから」。甲子園には右翼から左方向に吹く浜風は、この日のような晴天時は強くなる。伊東ヘッドコーチがバッテリーに指示した理由は、ここにある。引っ張らせても飛ばない-。
柳が招いた最大のピンチが5回の2死二、三塁。左の近本への初球(142キロ、ボール)、2球目(141キロ、ファウル)が高めのストレートだった。ここでカウントを稼ぎ、目線を上げさせた。3球目からは一転して低めに散らし、遊撃への小飛球に打ち取った。
フライボール革命の興隆で、打者は低めの球を本塁打する確率が飛躍的に高まった。投手は高めのストレートを磨く必要性に迫られている。
トラックマンでの詳細な分析の結果、柳の球質は回転数、ホップ成分など球界でもトップクラスであることが判明。「高めが有効」という最先端の機器と同じ結論を導き出したのが、西武黄金期を支えた名捕手の目だった。
「(スピード)ガンでは驚く数字を出さないけど、柳の高めの真っすぐには力があったから。逆に低めは少し垂れる」と伊東ヘッドは看破。春季キャンプの段階で、柳に「高めを磨け」と指示した。意図的に高めに投げるのは言われてすぐにできるわけではない。伊東ヘッドの経験に裏打ちされた眼力と、機械のデータが一致。柳が磨いてきた高めの140キロが、阪神打線をねじ伏せた。
この日の柳が投げた高めのストレートは全12球。ファウルを3球、空振りを2球奪い、凡打も2つ。ボール球(5)にせよ、打者の意識を高めに向かせる効果はあったはずだ。球速表示に惑わされず、球場の風を読み、高めを使う。緩を生かしたのは140キロの「急」だった。