この素晴らしい世界に爆焔を! カズマのターン   作:ふじっぺ
<< 前の話 次の話 >>

3 / 15
かなり長いです。
1話と2話を合わせたよりも長いです。


休日は友達の家で

 

 学校が始まってから最初の休みがやってきた。

 そんなわけで、昨日は久々に目覚ましを設定しないまま布団に入ったわけだが、普通に朝に目覚めてしまった。時計を見ると、いつもよりは少し遅いが、それでも三十分程度だ。

 

 何という規則正しい生活。これではまるで俺がちゃんとした社会人のようではないか。

 

「あ、兄さんおはよう」

「おー、おはよー」

 

 ゆんゆんが早起きなのはいつも通りだ。

 こいつ、学校行ってない時から無駄に早起きだったからなぁ。そんで朝の散歩だって、誰かと仲良くなれないかなってソワソワしながら出て行くんだけど、結局誰にも話しかけられずにしょんぼりして帰ってくるんだよな。

 

 父さんと母さんは、早い時間から出て行ってしまった。何かの会議があるとか何とか言ってたっけな。族長だけあって、こういった事は多い。

 俺はゆんゆんと二人で朝の食卓につき、何気なく言ってみる。

 

「休みの日だし、めぐみんのとこに遊びに行ってみれば?」

「ぶっ!!!」

 

 ゆんゆんは、ちょうど飲んでいたスープを吹き出した。

 

「ごほっ、ごほっ! い、いきなり何を言ってるの兄さん!? しかもそんなに気軽に! そういうのって、もっと何日もかけて準備して、万全の体制を整えてから行くものでしょう!?」

「お前はどこに行くつもりだ」

 

 このコミュ障と仲良くしてくれとめぐみんに頼んでから、教室では二人が話している姿をよく見るようになった。まぁ、大体めぐみんがゆんゆんをからかったり、飯をたかっているだけではあるんだが、とにかく話し相手ができたというだけで十分だろう。

 

 そんな最近の二人の様子を見て提案してみたわけだが、まだまだハードルが高いらしい。

 

「休日に友達の家に遊びに行くのに、何をそんなに身構える必要があんだよ。気軽に行けばいいんだよ気軽に。『あーそぼー』ってさ」

「うぅ……だ、だって、断られたりしたらショックだし……兄さんもそうやって気軽に友達の家に行ってるの?」

「もちろん。よくぶっころりーの家まで行って、『毎日そけっとでシコってるぶっころりーくーん、あーそぼー』って言ってるよ」

「それぶっころりーさんはいいの!? 何も言わないの!?」

「いや、毎回泣きながら『頼むからやめてくれ!』って言ってくるけど」

「じゃあやめなさいよ!!! 本当に友達なんだよね!?」

 

 ぎゃーぎゃー騒ぐゆんゆんを見て、やっぱり友達慣れしてないなと思う。友達同士ならそのくらいは笑って済ませられるもんだ…………いや、ぶっころりーは泣いてたな。うん、次からはやめておこう。

 

 

***

 

 

 そんなこんなでめぐみんの家の前だ。

 俺とゆんゆんは、遊び道具を入れた荷物を持って立っている。

 ……あれ、というかここって。

 

「ひょいざぶろーさんの家じゃねえか」

「え、兄さん、めぐみんのお父さんのこと知ってるの?」

「あぁ、まぁ、ちょっとな」

 

 なるほど、めぐみんはあの人の娘か。道理で魔力がアホみたいに高いわけだ。

 ひょいざぶろーは魔道具店を営んでいて、強い魔力で魔道具……もといガラクタを生産している。最近見たあの人の商品と言えば、身に付ければ大幅に魔力値が上がるが魔法が唱えられなくなる、魔法使い専用のマントだ。たぶんあの人は頭がおかしいのだと思う。

 

 俺が魔道具の仕様を考案して、ひょいざぶろーさんに作ってもらうというタッグを組めば、真面目に世界を狙えると考えていた時期もあったのだが、あの人は頑として受け入れなかった。

 言われてみれば、ああいう妙な道を突っ走る辺り、親子だな……というか、今までひょいざぶろーさんの所は何度か訪ねているのに、めぐみんには一度も会わなかったんだなぁ。奥さんには会っているのに。人の縁ってのは不思議なもんだ。

 

 そんなことを思いながら、俺は後ろからゆんゆんを押す。

 

「ほら、行けって」

「ちょ、ちょっと待って! 何事にも動じないように、精神統一しなきゃいけないんだから! ドアをノックした瞬間、不意打ちが飛んできたらどうするの!?」

「だからお前はどこに行くつもりなんだよ。はようはよう」

「お、押さないで…………ねぇ、どこ押してるの!? 普通背中でしょお尻触らないでよ!!」

 

 何か言っているが無視だ。こいつの話をまともに聞いていると日が暮れてしまう。

 そうやっていると、ゆんゆんは観念したのかされるがままになり、ドアの前で立ち止まりゴクリと喉を鳴らす。

 

「に、兄さん……ノックって右手ですればいいの? それとも左手?」

「友達の家なら頭でノックするのが普通だぞ」

「頭……分かった。痛そうだけど……私、頑張る……!」

「ウソだよやめろよ。どこの変人だよ」

「……っっ!!!!!」

「そ、そんな睨むなよ悪かったって……」

 

 俺としては緊張をほぐしてやろうと思った冗談だったのだが、ゆんゆんは顔と目を真っ赤にしながら睨んでくる。そもそも信じるなよ。

 これでは埒が明かないので、俺はゆんゆんの背後から肩越しにドアを二度ノックした。

 

「ああっ!!!!! わわっ、わわわわわわわわわわ!!!!!!!」

「落ち着け、完全に不審者だぞお前」

 

 ガタガタと大きく震え始めた妹を見て、真面目に将来が心配になってくる。

 と、その時、ドアの向こうからバタバタと元気な足音が聞こえてきた。

 

 そして直後、バンッと勢い良くドアが開かれた。

 

「…………?」

 

 中から出てきたのはめぐみん……ではなく、よく似た小さな子だった。

 愛くるしい丸く大きな瞳で、きょとんとこちらを見上げている。

 

 それに対し、ゆんゆんはまだ震えながらも、何とか声を絞り出す。

 

「わ、わわ私、その、め、めぐみんさんのともっ、ともだ……」

 

 バタン、とドアが閉められた。

 ゆんゆんが固まった。辺りにはしばらく痛々しい沈黙だけが流れていく。

 

 やがて、ゆんゆんは肩を震わせながらこちらを振り返って。

 

「……ひっく……ぅぇ……ぐすっ…………ふぇぇええええええええええ!!!!!!」

「泣くな泣くな。頑張ったよお前は」

 

 そう言って頭を撫でてやるが、一向に泣き止む気配はない。

 うん、まぁ、かなり挙動不審だったしな、子供が怖がるのも無理はない。

 

 俺は溜息をつくと、ゆんゆんを後ろに下がらせて再びノックする。

 ドアはすぐに開き、先程の幼女が出てきてこちらを見上げる。

 

「お嬢ちゃん、一人? お兄ちゃん達はね、めぐみんのお友達なんだ。お姉ちゃんは家にいる?」

「姉ちゃんは部屋にいるよ! でもね、姉ちゃんが、新聞屋のお兄ちゃんと巨乳の女は、げきたいしろって言ったの!!」

「おー、えらいなー。でもな、お兄ちゃんは新聞屋じゃないぞー?」

「そうなの? でもそっちの女は巨乳!」

「ぐすっ……え、え……私、巨乳っていう程じゃ……」

「姉ちゃんと比べたらすっごい巨乳!」

「よーし、それはお姉ちゃんには言わないようになー。お姉ちゃんきっと悲しむからなー」

「わかった!」

 

 やばい、めっさ可愛いんですけどこの子……ホントこのくらいの年の子って天使だよなぁ。

 それにしても、妹に何言いつけてんだあのバカは。

 

「お嬢ちゃん、お名前は? お兄ちゃんはカズマっていうんだ、こっちのお姉ちゃんはゆんゆんな」

「我が名はこめっこ! 紅魔族随一の魔性の妹にして、家の留守を預かる者!」

 

 そう大きな声で言ってポーズを取るこめっこ。なにこれ抱きしめたい。

 魔性の妹というのも納得だ、この子に頼まれたら何でも買ってあげちゃいそう。

 

 するとこめっこは、ゆんゆんの方を向いて。

 

「お姉ちゃんがゆんゆんなんだ! 知ってるよ、ブラコンのゆんゆんでしょ!」

「ブッ……ち、違うよ!? 違うからね!? 余計なものは付けなくていいから!」

「じゃあブラコン!」

「ゆんゆんの方が消えちゃったの!? いらないのはブラコンの方だから! ゆんゆんが名前だから!!」

 

 ゆんゆんは涙目で、そんなことをこめっこに言い聞かせている。

 もう諦めてブラコンのゆんゆんって名乗ればいいのに。

 

 こめっこは、今度は俺の方を見て。

 

「お兄ちゃんはカズマ……うーん、似てる名前の人は知ってるんだけど……」

「似てる名前? どんなの?」

「クズマ! 変態教師のクズマ!!」

「よしこめっこ、お姉ちゃんの部屋はどこだ? あいつ剥いで縛って捨ててやる。泣いて謝っても許さん」

 

 やっぱりあいつは俺のことを舐め腐っているようだ。ここは一度キツイお灸を据えてやる必要がある。

 

「姉ちゃんの部屋はこっちだよ! さっき部屋から『はぁ……はぁ……んんっ……』って声が聞こえたから、中にいると思うよ!」

「!!!!!?????」

「ほう」

 

 玄関から家の中に上がったところでそんなことを言われ、俺の口元がニヤリと歪む。

 一方でゆんゆんは顔を真っ赤にして、俺の服の裾を掴んで止めた。

 

「に、兄さん、出直そう? めぐみんはちょっと立て込んでるみたいだし……」

「オ○ニーしてるだけだろ。行くぞ」

「ハッキリ言わないでよ! というか、それ知ってて行くってどういう神経してるの!?」

「お○にー?」

「オ○ニーっていうのはなごふっ!!!」

「ななななな何でもないよー! こめっこちゃんには、まだちょっと早いかなー!!!」

 

 俺の脇腹に肘を入れ、大慌てで誤魔化すゆんゆん。

 まぁいい、今はめぐみんだ。俺は服を掴まれてもお構いなしに、ゆんゆんを引きずるようにして進んでいく。

 

「くくっ、カメラを持って来てて良かったぜ。初めて友達の家に遊びに行ったっていう、ゆんゆんの大切な思い出を残す為のものだったが、もっといいモンが撮れそうだ」

「さいっっってい!!!!! 待って、兄さん待って! ねぇ、12歳には興味ないんじゃなかったの!? そんなにめぐみんがオ……ナ…………してるところ見たいの!?」

「あんな貧相な子供の体には興味ねえよ、ただあいつを脅せる材料が手に入ればそれでいい。それをネタに、生意気なあいつを奴隷のようにこき使ってやるぜ!!!!!」

「この人でなし!!!!! 兄さんには良心ってものがないの!?」

「何だそれ知らん!!!!!」

「どれい! どれい!」

「ちょ、こめっこちゃんまで何言ってるの!? ねぇ兄さん、本当に洒落にならないから! やめよう!? 流石にやめよう!?」

「ここが姉ちゃんの部屋だよ!」

「よっしゃああああああああああ!!!!!」

「ダメえええええええええええええええええええええええっっ!!!!!」

 

 バンッと勢い良くドアを開ける!

 中ではめぐみんがあられもない姿で自慰にふけっている…………こともなく。

 

 

「……人の家で何を騒いでいるのですかあなた達は」

 

 

 膝をついた、腕立て伏せの亜種のような筋トレをしていた。

 どうせこんなオチだろうと思ったよ。

 

 

***

 

 

「まったく、私がそんないかがわしい事をするわけないじゃないですか」

 

 

 そう言って、呆れた様子で溜息をつくめぐみん。

 居間には俺、ゆんゆん、めぐみん、こめっこの四人全員が集まり座っていた。こめっこは俺達が持ってきたお菓子をモグモグと頬一杯にして食べている。かわいい。

 

 ゆんゆんは未だにほんのりと顔を赤くしたまま。

 

「そ、そうだよね……めぐみんに限ってそんな、ね……」

「そうですよ、少し考えれば分かることです。あなたもクラスで二番目に優秀なのですから、もう少ししっかりしてください」

「うん、ごめんね…………でも、めぐみんはどうして筋トレなんてしてたの?」

「うっ……そ、それは……そう! 魔法使いと言えど、魔力が尽き最悪な状況に陥った時の為に、基本的な筋力は必要なのですよ!」

「あれ胸が大きくなるって筋トレだろ? 一時期王都で流行ってたっぽいけど、こっちにまで来てたのか」

「ぐっ!!!!! い、いや、その、ですね……」

「あ……そ、そっか……頑張ってめぐみん! 痛い痛い痛い!! 何するの!?」

「この私に、そんな可哀想なものを見る目を向けるのはやめてもらおうか!!!」

 

 めぐみんに掴みかかられ、涙目になるゆんゆん。

 別に12歳くらいでそこまで必死にならなくても。確かにあるえやゆんゆんは既にかなりのものを持っているとは思うが。

 

 めぐみんはひとしきりゆんゆんに不満をぶつけた後、まだ機嫌の悪そうな顔で改めて目の前のクラスメイトの全身を眺める。特に胸を中心に。

 

「……いつ見てもイラッとくる胸ですね。何ですか、私に対する当て付けですか」

「そ、そういうつもりじゃないよ! 自然と大きくなっちゃうんだから仕方ないじゃない!」

「だからそれも私に対する挑発ですか! この私の胸が不自然だとでも言うつもりですか!!」

「いたたたたたっ! 取れちゃう、取れちゃう!!」

「どうしたらこんな事になるのですか! あれですか、もしかしてそこの男に毎日揉んでもらっているのですか!!」

「な、何言ってるのめぐみん!?」

「そうだぞ、流石に毎日は揉んでない。三日に一回くらいだ」

「えっ」

「ちちちちち違うから! 無理矢理揉まれてるだけだから!!」

 

 ドン引きのめぐみんに対して、ゆんゆんは目に涙を浮かべ顔を真っ赤にして弁解している。

 

「ゆんゆん……あなた、ぼっちではなく、ビッチだったのですか……だから先程も、私が自慰しているなどという妄想を……」

「違うってば!!! ねぇ聞いてよめぐみん! 兄さんのセクハラなんて日常茶飯事でしょ!?」

「そうだぞ、めぐみん。それに、ゆんゆんがそういう妄想をしたのは、ただ単に自分もオ○ニーしてるからってだけだ。俺の妹がビッチなわけないだろ失礼な」

「……はい?」

 

 めぐみんは俺の言葉に固まり、それからゆっくりとゆんゆんへと視線を移す。

 そこでは、ゆんゆんが目の色と同じくらいに顔を真っ赤にさせて震えていた。

 

「なっ、ななななななななな何言ってるの兄さん!!!!! わ、わたっ、私が……そんな、オ、オナ…………なんて、す、するわけ……な、ないでしょ!!!!!」

 

 ゆんゆんはおろおろと目を泳がせて、そんなことを言っている。

 ……この際だ、言うしかない。

 

 

「いや、その…………今まで言えなかったけど、お前…………声漏れてるぞ?」

「!!!!!!!!!!??????????」

 

 

 部屋全体に衝撃が走った。

 皆がピクリとも動かず硬直する中、こめっこだけがマイペースにモグモグお菓子を食べている。

 

 俺はコホンと咳払いをすると。

 

「あー、わ、悪いな、もっと早く言うべきだったよな……と、とりあえず、その、するにしても、もう少し声落とした方がいいぞ……? 昨日なんて、ハッキリとお兄ちゃ」

「わあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!! あああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!!!!!!」

「……その、ゆんゆん、大丈夫ですよ。例えあなたが兄でオ○ニーするような子でも、私は友だ」

「あああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!! ああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!! ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!」

 

 

***

 

 

 お通夜でも、もう少し明るい空気が流れているだろう。

 しん、と静まり返る部屋の中では、こめっこがお菓子をモグモグする音だけがやたらと大きく聞こえる。

 

 ゆんゆんは……もう、なんかアレだった。表現するのもはばかられる程にアレだった。

 

 めぐみんがこちらに視線を送ってくる。

 何とかしろってか。どうしてどいつもこいつも、俺に無茶振りばかりしやがるんだ。

 

「……そ、そうだ! 俺、面白いボードゲーム持ってきたんだ! 皆でやろうぜ!!」

「いいですね! やりましょうやりましょう!!」

「…………」

 

 ダメだ。これ元に戻るんだろうな?

 そう不安に思っていると、こめっこがとてとてと、ゆんゆんの隣まで歩いて行ってその手を握った。

 

「ゆんゆん、あそぼ?」

「…………」

「わたし、ゆんゆんと遊びたいな」

「…………ぐすっ」

「ゆんゆんも、遊べば楽しいよ?」

「…………ふぇ、ひっく……ふぇぇぇえええええええええええ!!!!!」

「よしよし。みんなであそぼ?」

「ふぇぇ…………うん…………うん…………!」

 

 大天使こめっこ、グッジョブ!

 思わず俺とめぐみんは、こめっこに向けてぐっとサムズアップする。

 

 こめっこは、見ているだけで心が洗われるような、無垢な笑顔で言う。

 

 

「もうおなにーしちゃダメだよ?」

 

「殺してえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!! 誰か私を殺してえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

***

 

 

 俺が持ってきたボードゲームとは、人生ゲームというものだ。

 就職やら結婚やら色々な要素がある双六みたいなもので、ある日突然、天啓を得たかのように閃いて俺が考案したものだ。

 

「えいっ……あ、ま、また男の人と付き合うの……?」

「モテモテですね、ゆんゆん」

「う、うーん、これ喜んでいいのかな……」

 

 あれから相当苦労して、何とかゆんゆんはいつも通りに戻った。

 ゆんゆんは弄りがいのある子ではあるが、あのネタだけは封印しよう。洒落にならない。

 

「『彼氏が起業して失敗、借金を肩代わりする。-5000万エリス』…………ねぇ、私こんなのばっかりなんだけど」

「実にゆんゆんらしいと思いますよ…………『夫が他の既婚女性を孕ませ慰謝料を請求される。-200万エリス』…………さっきから何なのですかこのダメ男は!!! 捨てられないのですかこれ!!!!!」

「姉ちゃんダメ男に引っかかってるー! 『不動産王と付き合う。+10億エリス』……やったー! ふどーさんおーってなんだろ」

「えっ、付き合うだけで10億なの!? 結婚じゃなくて!? 私は付き合う度に借金が増えていくのに……」

「お前現実でも、男には本当に注意しろよ? ゆんゆんはすぐ騙されそうで、お兄ちゃん結構心配なんだからな…………『知的財産権が多数売れる。持っている知的財産権の数×5億エリス』」

 

 ゲームは完全に二極化しており、俺とこめっこの優勝争いと、ゆんゆんとめぐみんの最下位争いという構図になっている。

 しかし、すげーなこめっこ。このゲームでここまで俺についてくる奴は初めてだ。俺は持ち前の幸運のお陰で、こういった運の要素が強いゲームでは負け知らずなんだけどな。こめっこの、富豪と付き合い、適度に稼いだら別れて次の富豪へ、という悪女プレイがとんでもなくハマっている。

 

 これは最後まで勝負は分からなそうだと気合を入れていると、ゆんゆんがルーレットを回し、嫌そうな顔をした。

 

「……またセックスマス」

「せっくすせっくすー」

「あの先生、これ本当に全年齢向けなのですか? 明らかに成人向け要素があると思うのですが」

「俺が最初に作ったのはちゃんと全年齢向けだったぞ。そこから色々手がつけられた後のことは知らん」

 

 セックスマスというのは、まぁ、要するに子供が出来るかどうかのマスだ。

 ゆんゆんは心底嫌そうな表情で読み上げる。

 

「『ルーレットを回して5以下なら妊娠、それ以外は妊娠せず』……ねぇ、わざわざセックスマスなんて書かなくても、妊娠マスとか子供マスとかでもよくない?」

「俺に言うなよ、俺はこんなマス作ってねえっての」

「せっくすせっくすー」

「こ、こめっこ、その言葉は口に出さないようにしましょう。お父さんお母さんが聞いたらビックリするのです」

 

 めぐみんとこめっこの姉妹がそんなやり取りをしている間に、ゆんゆんがルーレットを回す。

 

「…………1。妊娠。…………もおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!! 何人目よおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 

 さっきからゆんゆんは、男に子供やら借金やらを押し付けられて逃げられるということを繰り返している。不吉過ぎる……お兄ちゃん、もっとこの子のことはしっかり見てあげるようにしよう。

 

 めぐみんもまた、憂鬱そうな表情でルーレットを回す。

 

「『夫が大貴族の一人娘に手を出す、一族を巻き込んだ大騒動に。-3000万エリス』…………また浮気しやがりましたよこの男!!!!! これでも別れない私もどんだけバカ女なのですか!?」

「姉ちゃん、変な男に捕まっちゃダメだよ?」

「大丈夫です、こめっこ。ゆんゆんならともかく、この私に限ってありえないですよ。はぁ、それにしてもゲームとは言え、ストレスが溜まりますね……」

 

 そうこうしている内にゲーム終盤。

 俺とこめっこはハイレベルな争いを続けていたが、じわじわと差が開いていき、俺の優勝が近付いて来る。

 

 こめっこは唇を噛んで悔しそうにしている。

 

「む、むぅ……」

「ははは! 残念だったなこめっこ、このままいけば俺の勝ちだ! まぁ、男に頼ってばかりの人生じゃ限界があるってこった。やっぱ最後に頼りになるのは自分の力! 勉強になったな、こめっこ!」

「将来は貴族の家に婿入りしてダラダラするのが夢の男が何か言っていますよ」

「兄さん、大人げない……」

「え、なんだって? もしかして、自己破産した奴等が何かゴチャゴチャ言ってるのか? 悪いな、最下層からの声は聞こえにくいんだ。おいこめっこ、何か聞こえるか?」

「んー……」

 

 こめっこは少し考えるような様子を見せた後、視線をゆんゆんとめぐみんに移し。

 

「……ふっ」

「「あっ!!」」

 

 鼻で笑った。

 二人はそれはそれは悔しそうで、上から見下ろすのがとても楽しい。

 

 俺は勝利を確信してルーレットを回す。

 

「『女神アクア降臨。行動を共にする』……おいおい、ついに女神まで味方に…………あれ、でもこれ、アクシズ教の女神か…………いや、女神は女神だ! これは勝負あったなこめっこ!」

「その女神は使えないよ! わたし、分かるもん! ……『大悪魔バニル召喚。行動を共にする』」

「はっはっはっ、悪魔なんか呼び出しちまって大丈夫かこめっこ! 悪いが、俺はこの女神の力で一気に…………『アクアが城壁を全壊させる。-50億エリス』…………は?」

「だから言ったのにー。『バニルが見通す力を発動する。好きな相手の知的財産権を全て奪い、その数×10億エリス』……カズマお兄ちゃん、知的財産権全部ちょーだい!」

「ちょ、まっ、なんだその悪魔!! チートじゃねえかふざけんな!!!」

 

 それから俺は女神アクアに散々足を引っ張られ、逆にこめっこは大悪魔バニルの力でとんでもない追い上げを見せる。

 そして……ついに。

 

「『バニルと一緒に魔道具店のダンジョン出張を始めて大成功。+100億エリス』……やったー!」

「ぬ、抜かれた…………は…………?」

 

 この土壇場で、こめっこに追い抜かれてしまった。

 あまりの展開に頭が追い付かず、かすれた声しか出てこない。

 

 しかし、少しすると、ふつふつと怒りが湧き上がってきた!

 

「何なんだよ…………何なんだよこの駄女神はあああああああああああああああああああああああああ!!!!! 何かする度に問題起こして金ふっ飛ばしやがって!!!!! この女神にしてあの信者ありってかちくしょうがああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!」

 

 俺は悔しさで顔をしかめながら、敗北を覚悟してルーレットを回す。

 今度アルカンレティアに行って、アクシズ教団本部でも襲撃してやろうか。

 

 そう考えていた時。

 

「…………『女神エリス降臨。行動を共にする』」

「むっ、それはやっかい……『バニルと一緒に冒険者のレベル上げを手伝い、代わりに不良在庫を全て買い取ってもらう。+20億エリス』」

 

 アクアの駄女神っぷりに女神への不信感を持っていた俺だが、エリスと言えば国教とされているエリス教が崇める幸運を司る女神だ。

 おそらく、頭のおかしいアクシズ教徒が崇める駄女神なんかとはモノが違うはず!

 

 俺はエリス様に祈りながらルーレットを回す。

 

「頼むっ…………『エリスと一緒に最高純度のマナタイト鉱山を掘り当てる。+7777億エリス』…………よっしゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!」

 

 あまりの嬉しさに、俺は立ち上がり高々と右腕を掲げた!

 勝った! これは勝った!! エリス様こそ俺の勝利の女神だった!!!

 

 今度エリス教に入信しようかな、などと考えている間に、こめっこは黙々とルーレットを回している。

 

「『バニルと一緒に世界最大のダンジョンを攻略する。+200億エリス』……カズマお兄ちゃんの番だよ!」

「はっはっはっ、たったの200億ぽっちか! 大したことねえなぁ、大悪魔とやらも! よーし、見てろよこめっこ、結局最後は運なんだよ!! これだけの大金があれば、いくら駄女神がやらかそうが痛くも痒くもねえ!!!」

 

 そう言って自信満々に回したルーレットは7を示す。

 

「7か! 幸運の女神様がついてる俺に相応しい数字だな! どれどれ…………『アクアが魔王城に特攻。それに巻き込まれた結果、魔王と一緒に爆死。蘇生不可。ゲームオーバー』…………」

「とうっ! …………ゴール! やったやった! わたしが一番だね!!」

 

 ………………。

 あんまり過ぎる結末に、口をあんぐり開けたまま固まってしまう。

 えっ……ゲームオーバーって…………は?

 

 そうしていると、先程まで聞こえなかった声がだんだん聞こえてくるようになった。

 

「流石は私の妹です! こんな男に負けるはずはないと信じていましたよ!!」

「やったね、こめっこちゃん! ふふっ、兄さんもたまには痛い目見ないとね!」

「我が名はこめっこ! 紅魔族随一の魔性の妹にして、人生ゲームを制する者!!」

 

 もはや何も言い返す気力も起きない。

 すると、それをいいことに、ゆんゆんとめぐみんの二人がニヤニヤして。

 

「どうしました、先生? もう私達の声は聞こえているのですよね? 何しろ、同じ最下層の仲間なのですから」

「ううん、違うよめぐみん。だって兄さんは死んじゃったんだもん。ビリだよビリ」

「ほほう、ビリですか! つまり四人中四番目ということですか! 周りは年下の女の子しかいないのに、一番下ということですか!」

 

 こ、こいつら……!

 思わずぷるぷると腕が震えてくるが、この二人は何も間違ったことは言っていないので、何も言い返せない。

 

「でも、すごいよね、一マスしかない蘇生不可の即死マスに…………ぷふっ」

「えぇ、しかもこの男、最後に何て言ってました? 『7か! 幸運の女神様がついてる俺に相応しい数字だな!』…………ぶふっ、くくくっ」

「ふふふっ、わ、笑わせないでよめぐみん……あ、でも、魔王討伐報酬って1兆エリスなんじゃなかった? やったね、兄さん! 1兆7777億エリスも稼いだんだよ!」

「死んだら全部パーですけどね!」

 

 めぐみんのその言葉の直後、二人は同時に大きな笑い声をあげた。

 

 ……何だろうこれ。何なんだろうこのクソアマ二匹!!

 ヒクヒクと顔を引きつらせて耐えていた俺も、そこでぷっつんといった。

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!! やってられっかこんなクソゲー!!!!!!! アクシズ教滅びろよ何だあの駄女神ふざけんなああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!!!!」

 

 

 気付けば俺は、さっきまで遊んでいた人生ゲームを破壊していた。

 

「ちょっと、兄さん暴れないでよ! もう、一番年上のくせに、一番子供っぽいんだから!!」

「素直に負けを受け入れたらどうです。物に当たるのは格好悪いですよ」

「うるせえよ絶壁女にオ○ニー女!!!!!」

「ぜっ、絶壁女と言いましたか!? おい誰のどこが絶壁なのか言ってもらおうじゃないか!!! そのケンカ買ってやりますよっっ!!!!!」

「オ、オ○ニー……女…………わあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!」

 

 

***

 

 

 しばらくして、俺とゆんゆんとめぐみんの三人は、こめっこの前で正座していた。

 

「家の中でケンカしちゃダメだよ、やるなら外でやりなさい!」

「「「ご、ごめんなさい……」」」

 

 主に大人げなくスキルまでぶっ放した俺のせいで、居間はとんでもないことになっていた。

 仕方がないので三人で片付けを始め、こめっこは少し離れた所で腕を組んで立っている。

 

「姉ちゃん! そこ剥がれてるの見なかったことにして隠しちゃダメ!」

「ぐっ……し、しかしこれはどうしようも……」

「ゆんゆん! なんでゴミの前でおろおろしてるの!」

「えっ、で、でも、ゴミでも人の家の物だし、勝手に触れていいものなのかなって……」

「カズマお兄ちゃん! 姉ちゃんのパンツ覗いてないでちゃんと掃除して!」

「ばっかこめっこ! せっかく気付いてなかごばふっ!!!!!」

 

 そんなこんなで、どうにか部屋をそれなりの状態まで戻した。疲れた……。

 最後に少し前まで人生ゲームだった残骸を捨てていると、こめっこがにかっと笑って。

 

「それ面白かった! また遊びたい!」

「おー、そっかそっか。壊しちゃってごめんな、今度また持ってきてやるからなー、あのクソ女神がいないやつを」

「それより、アダルトな内容を何とかしてくださいよ。こめっこどころか、私達にも良くないと思うのですが」

「うん……間違いなく全年齢向けじゃないよね……」

「でもゆんゆんも楽しそうだったよ! 子供たくさんいて!」

「こ、こめっこちゃん、子供はたくさんいれば良いってわけじゃないんだよ……?」

「そうなの? じゃあ、せっくすやめればよかったのに」

「やめられるならやめたかったよ!」

「おいゆんゆん、なんかそれだとお前がセックス依存症みたいで、お兄ちゃん胸が痛いから言い方何とかしてくれ」

 

 この会話を何も知らない第三者が聞いていたらどんな顔をするのかと考えると、頭が痛くなってくる。とりあえず俺は警察に連行されそうだ。

 こめっこは俺の言葉は理解できなかったのか首を傾げていたが、すぐにゆんゆんの方に明るい笑顔を向けて。

 

「でも、ゆんゆんえらいっ! ちゃんと我慢できたね!」

「え、我慢? 何のことかな、こめっこちゃん?」

 

「だってゆんゆん、せっくすはたくさんしたけど、お○にーはしなかったよね!」

 

「ふぇぇええええええええええええええええええええええええ!!!!!」

 

 ゆんゆんが大泣きし始めた。こめっこ、恐ろしい子……!

 それを見ためぐみんは大慌てで慰めに入る。

 

「大丈夫です、大丈夫ですよゆんゆん! こめっこは意味を分かっていませんから! こめっこ! ゆんゆんにオ○ニーとか言ってはいけません!」

「ご、ごめんなさい……泣かないで、ゆんゆん?」

「ふぇ……ぐすっ……ひっく……っ!!」

 

 5歳児に泣かされて慰められてる12歳の姿がそこにはあった。み、見てられねえ……。

 あまりにゆんゆんが泣くので、こめっこもおろおろとしている。俺はこめっこをゆんゆん達から少し離し、隣に座らせて頭を撫でる。

 

「よしよし、こめっこは悪くないからなー? ほら、お菓子あるぞお菓子!」

「やったー! わたし、悪くない!」

「……あの、先生。元凶はあなたなのですが、忘れていませんか?」

 

 そうだったっけ。うん、忘れた。

 それからしばらく、めぐみんがゆんゆんを慰めているのを眺めながら、こめっこと二人でお菓子をモグモグ食べていると。

 

「カズマお兄ちゃんは先生なんだよね? 何でも知ってるんだよね?」

「おー、先生だぞー。でも何でもは知らないなー、知ってることだけだ」

「ふーん? あのね、せっくすをすれば子供ができるんだよね?」

「……お、おう、そうだな、うん」

「じゃあさ!」

 

「せっくすって、何をすればせっくすなの!?」

 

「ごふっ!!!」

 

 食べていた菓子を喉に詰まらせ咳き込む。

 まだ目に涙を浮かべているゆんゆんも、それを慰めているめぐみんも、こちらを見て固まる。俺が視線を送ると、すぐに逸らされてしまった。

 

 おいふざけんな、どうすんだこれ。

 こめっこは好奇心でキラキラと目を輝かせて、俺の答えを待っている。……やめて! そんな目で見ないで! つーか、こめっこは女の子なんだから、こういうことは女が教えるべきだろ!

 そう思って再びゆんゆん達を見るも、あいつらは一向に視線を合わせてくれない。

 

 …………よーし分かった。分かったよ!

 それならハッキリキッパリ言ってやろうじゃねえか!!!!!

 

 

「こめっこ、セックスってのはな、男の子のお○んちんを女の子のおま」

「「わあああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!」」

 

 

 言い終える前にゆんゆんとめぐみんが真っ赤な顔で止めに入る!

 

「何ストレートに言おうとしているのですかあなたは!!! もっとこう、オブラートに包むとかそういうことは考えられないのですか!?」

「うるせえな! お前らが俺に任せたんだろうが! 大体、いつかは知らなきゃいけないんだから別に今でも」

「こめっこちゃんはまだ5歳なのよ!? 早過ぎるわよ!!」

「姉ちゃん、ゆんゆん、わたし聞こえなかった! カズマお兄ちゃん、今なんて言ったの!」

「こ、こめっこダメです! あ、その、そうです! 男女が仲良くすることをセックスというのですよー!」

「ふーん? じゃあカズマお兄ちゃんと姉ちゃんもせっくすしてるんだ! 子供できるの?」

「誰がこんなダメ男の権化みたいな男としますか!! 怒りますよこめっこ!!!」

「おいコラ、俺もキレたいんだけどお前に。というかお前みたいな平面、こっちからお断りだ!」

「平面!!!」

 

 俺とめぐみんは取っ組み合いのケンカを始め、ゆんゆんはこめっこを何とか納得させようとあれこれ言い繕っている。

 俺はめぐみんの顔面を鷲掴みにしながら。

 

「『ドレインタッチ』ッッ!!!」

「あぐぅぅっ……!! な、なんですかこのスキルは……!!」

「ひゃははははははははっ!!! 魔法も覚えてない12歳のメスガキごときが、この俺に勝てるとでも思ったか!!!!! 覚悟しろよ、これから裸に剥いて縛って吊るして写真撮影してやんよおらああああああああああああああああああああああっっ!!!!!」

 

 どさっと、何かが落ちる音がした。

 

 めぐみんが力尽きたわけじゃない。

 このスキルで全力を出すと、体力が貧弱なめぐみん相手だと洒落にならないことになってしまうことから、手加減してじわじわと弱らせているのでこんなに早く終わるわけがない。

 

 音がした方に恐る恐る視線を送り……固まった。

 目に映るのは、床に落ちて魔道具の素材らしきものがはみ出ている袋に、呆然と立ち尽くす二人の人物。

 

 こめっこが元気良く言う。

 

 

「あ、お父さんお母さんお帰り!」

 

 

***

 

 

「出て行け」

「はい、すいませんでした……」

 

 仁王立ちしている厳格そうな男に対して、素直に頭を下げる俺。

 めぐみんとこめっこの父親、ひょいざぶろーはそれはそれはお怒りだった。

 当たり前だ。もし俺が家に帰ってゆんゆんが他の男から同じことをされていたら、自分でもちょっと何するか分からない。

 

 夫の隣で成り行きを見守っていた奥さん、ゆいゆいは小さく笑いながら、なだめるように。

 

「まぁまぁ、あなた。このくらいは、ほんのじゃれ合いに過ぎないでしょう。そこまで目くじらを立てなくても」

「……裸に剥いてどうのこうのと聞こえたが?」

「じょ、冗談ですって、冗談! 本当にするはずないでしょう、はははは」

「めぐみん、あれは本当にただのじゃれ合いなのか?」

「いえ、犯されそうになりました」

「はぁ!? おいめぐ」

「出て行け」

「はい、分かりました……」

 

 いよいよ強烈な敵意を向けられ、大人しく退散することにする。通報されないだけありがたいと思っておこう。元々、俺はゆんゆんの付き添いに過ぎない。当の本人は急に知らない人が増えて、部屋の隅で小さくなっているが。

 そうやって妹を心配しつつも、とぼとぼと歩き始めた時。

 

 何かが腰にしがみついてきた。

 驚いて振り向くと、こめっこが悲しい顔でこちらを見上げていた。

 

「もっとあそぼ?」

 

 ……ああもう、抱きしめてうりうりってしてやりたい!

 しかし、いくら何でも怒り心頭な父親の前でそんなことをするわけにもいかないので、俺は心を痛めながらこめっこの腕を…………そうだ。

 

 ニヤリと口元が歪む。

 

「……ごめんなこめっこ。お兄ちゃん、お前のお父さんに出てけって言われたから、出て行かないといけないんだ」

「そうなの?」

「あぁ。お兄ちゃんも本当はもっとこめっこと遊びたいんだけどな。他に面白いオモチャも沢山あるんだけどな。でもしょうがないんだ、お前のお父さんに出てけって言われちまったんだから」

「…………」

 

 こめっこは少し黙った。

 そして、ひょいざぶろーの方を向いて。

 

 

「お父さんきらいっ!」

「っっ!!!!!?????」

 

 

 クリティカルヒット。ひょいざぶろーは膝から崩れ落ちた。

 奥さんはそんな成り行きを見てくすくすと笑い。

 

「こめっこ、大丈夫よ。お父さん、カズマさんにもっと居てもらっていいって」

「ほんと!? やったー! お父さんすき!!」

 

 大天使こめっこのお陰で、どうやら俺は追い出されずに済んだようだ。

 ひょいざぶろーは悔しそうに顔をしかめて。

 

「ぐっ……こ、こめっこが……こめっこが淫獣の毒牙に……! この男と商談する時は、娘達がいない時を指定して警戒はしていたのに……ぬかったか!!」

「なっ、そんなことしてたんですか! ひょいざぶろーさんとは結構会ってるのに、不思議とめぐみん達には今まで会わなかったんだなと思ったんだ! そういうことか!!」

「当たり前だ! お前のような、吐いた息で女を孕ませるような男を娘に会わせられるか!! 大人の間ではお前の悪評は有名だが、子供は知らないからな!!」

「こんの、人が下手に出てれば調子乗りやがって! 何が吐いた息で孕ませるだコノヤロウ!! こちとらまだ童貞だっつの!!!」

「黙れ娘には手は出させんぞ! せっかく、『悪魔に最も近い男クズマ』を始めとした呼び名まで広めたのに……!!」

「お前かあああああああああああああああああああああああっっ!!!!! おいふざけんなよ何してくれてんだ!!!!! つーか娘の心配してる暇あったら、まともな魔道具の一つでも作れってんだこのガラクタ職人!!!!!」

「ガラクタ職人!!!!!」

 

 今度は俺とひょいざぶろーのバトルが始まり、せっかく先程片付けた居間は、あの時以上に荒れまくることとなった。

 

 

***

 

 

 夕食の時間となり、俺達は全員でちゃぶ台を囲んでいた。

 ちゃぶ台の上では、鍋がぐつぐつと煮えている。食材の調達や味付けなどは全て俺がやった。

 

「……美味い」

「なんでちょっと悔しそうなんすか」

 

 ひょいざぶろーの表情に、俺は文句を言う。

 まぁ、美味いのは当然だ。食材は良いのを選んだし、俺は料理スキル持ちなのだから。

 

 むすっとしている父親とは対照的に、こめっこはそれはそれは幸せそうな顔で大きな肉を頬張っていた。かわいい。

 こめっこには、せっくすやらお○にーといった言葉は言わないようにと口止めはしてある。言うこと聞く代わりに、その意味を教えろと言われてしまったが。それに、めぐみん曰く、こめっこは『絶対やるなよ!?』とか言われると逆にやりたくなる性格らしく、不安は残る。

 というか、紅魔族は全体的にそういう奴が多い。俺もちょっとそういう所はある。

 

「おいしいね! おいしいね!! お肉久しぶり!!」

「私、初めて先生と知り合えて良かったと思いましたよ」

「お前は普通に褒められねえのか。ったく、ほら、ゆんゆんも食えよ」

「う、うん……」

 

 こいつの人見知りは相変わらずだな……。

 すると、奥さんがニコニコと笑いながら。

 

「ゆんゆんさん、でしたっけ? 娘と仲良くしてくれてありがとうね」

「あ、い、いえ、私の方こそ、めぐみんにはいつも助けられ……て……?」

「ちょっと、何故そこで詰まるのですか。助けているでしょう、いつも。そもそも、私がいなければあなたはぼっちなのですよ」

「お前もな」

「ふむ、ゆんゆんさんは族長の娘だったね。流石、礼儀正しく良い子だ。将来はきっと良い族長になってくれるのだろう。まったく、それに比べてこの男は。同じ屋根の下で暮らしているはずなのに、どうしてこうなった」

「ぐっ……人の金とスキルで作った料理食ってるくせに……!」

 

 ひょいざぶろーとは、初対面の頃こそはまともに商談しようとしていたのだが、あまりにも頑固で折れない為に今では商談に行くというよりはケンカに行くと言った方が正しい。能力だけは本当に凄いものがあるので、俺としても中々諦めきれないというのがたちの悪いところだ。

 

「あの、そろそろ本当にまともな魔道具作りません? ひょいざぶろーさんの力があれば、真面目にてっぺん狙えますって」

「何を言っている、ワシはいつだってまともな魔道具を作っているぞ。今日も歴史に残るレベルの物を生み出してしまった。なんと、飲むと大量のスキルポイントが得られる最高級のスキルアップポーションだ!」

「……デメリットは?」

「相当な高レベル冒険者でないと効果が出ない。それと、飲んでから一定時間が経過すると、冒険者カードが初期化される」

「舐めんな」

 

 本当に勿体無い。

 俺なんかレベルを上げまくって元々貧弱だった魔力を少しでも上げようと努力して、その上でドレインタッチなどで上手くやりくりしてるってのに、このガラクタ職人やあの爆裂狂はアホみたいな魔力をアホみたいなことにしか使わない。

 どうなってんの神様、才能の振り分け方おかしいだろ。

 

 俺がこの世の理不尽に頭を痛めていると、奥さんは穏やかな目でゆんゆんの方を見て。

 

「本当にゆんゆんさんは、大人しくて手のかからなそうな良い子ねぇ。家の娘はどうもやんちゃで、男の子みたいなところがあるから羨ましいわ」

「あははっ、そういえば姉ちゃん男の子みたいだよね胸とか! ゆんゆんはおっきいのに!」

「なっ……ゆ、ゆんゆんが無駄に大きいだけなのです! 私はまだ12歳ですし、これから成長だって望めるはずです!」

「……めぐみん、大きく産んであげられなくて、ごめんね…………」

「やめてください……やめてくださいよお母さん! 何ですかその悲しそうな目は!! 認めません、絶対に認めませんよ!! 私は大魔法使いになって巨乳になるのです!!!」

「あの、めぐみん? 巨乳なんていい事ないと思うよ? だって私くらいでも、最近ちょっと肩が凝って痛い痛い痛いやめてえええええええええ!!!!!」

 

 めぐみんはゆんゆんの双丘を鷲掴みにして、もぎ取ろうとしている。

 俺はそれを眺めながら、奥さんに。

 

「ゆんゆんは大人しそうに見えて、身内には結構容赦無いですよ。学校で自己紹介の時に、椅子蹴り倒して俺に殴りかかってきましたから、そいつ」

「あらまぁ、意外ねぇ」

「あれは兄さんがバカなこと言うからでしょ!!!」

「ワシはまだこの男が教師をやっているなど信じられないのだが……何かやらかしていないだろうな?」

「先生の授業は意外と分かりやすいですし、里の外の話も勉強になっていますよ。言うことを聞かない生徒のパンツを奪ったり、保健室で休んでいた私に添い寝しようとしたり、ちょっとアレなところはありますが」

「…………」

「ごめんなさい」

 

 ギロリと睨まれ、即座に深々と頭を下げる俺。

 くっそ、上げて落としやがってめぐみんの奴!

 

 すると奥さんがフォローに入ってくれる。

 

「まぁまぁ、あなた。例えカズマさんが本当にめぐみんに手を出したとしても、ちゃんと責任をとってもらえばいいでしょう。カズマさんは大商人ですし、人柄も色々言われていますけど、実際は困っている人に手を差し伸べてあげられる優しくて良い人ですし、あと大商人ですし」

「あのお母さん、私にも選ぶ権利というものがあると思うのですが。あと欲望がだだ漏れているのは気のせいですか? 主にお金関係の」

「あら、そんなことはないわよ。私はあなたの為を思って言っているの。夫がろくに稼ぎもしない甲斐性なしだと、妻や子供がどれだけ苦労するか分かっていますからね」

「…………」

 

 ひょいざぶろーがとても気まずい表情で目を逸らす。奥さんの笑顔が怖いです。

 そんな奥さんの視線から逃れるように、ひょいざぶろーはごほんと咳払いをすると。

 

「……まぁ、ワシもカズマは性根まで腐っているとは思っていないが。紅魔族のよしみで援助もしてくれるしな……しかし、娘が嫌だと言っているのなら、無理に結婚させるわけにもいかんだろう」

「いや別に、俺もめぐみんと結婚したいなんて思ってないですけど」

「何だと!? この可愛い娘のどこが不満だ!!」

「面倒くせえなあんた!!!」

「はぁ……もうこの話はやめませんか? 先程からお兄ちゃん大好きなゆんゆんが、すごく不安そうな顔をしていますし」

「ええっ!? そ、そんな、私は、別に……」

「……ふむ、そういえばゆんゆんさんとカズマは、兄妹でも血は繋がっていないのだったね」

「あらあらまぁまぁ」

「あ、あの、違います! 違いますからね!? 私は、そんな、兄さんのこと、す、好きとか……その顔信じてないですよね!?」

 

 そうやってゆんゆんが、顔を真っ赤にして色々言い訳している時だった。

 ずっと鍋に集中していたこめっこが顔を上げて。

 

 

「ゆんゆん、カズマお兄ちゃんのこと好きなの? せっくすするの?」

 

 

 そんな爆弾を投下した。

 

 一瞬静まり返る食卓。

 直後、ひょいざぶろーがとんでもない目でこっちを睨んだ! こ、こええ!!

 助けを求めてゆんゆんとめぐみんに視線を送るも、二人はただ俯いて嵐が過ぎ去るのを待っている。こ、こいつら……自分達は関係ないって逃げるつもりだな! いや、確かに大元の原因は俺だけど!! でもこいつらだってゲーム中はセックスセックス連呼してただろ!!

 

 これには流石の奥さんも、柔らかな笑顔を引きつらせて。

 

「こ、こめっこ? どこでそんな言葉覚えたの? 意味は知っているの……?」

「カズマお兄ちゃんが教えてくれた! 意味も知ってるよ! せっくすするとね、子供ができるんだよ!!」

 

 アカン。

 もうひょいざぶろーの方など、恐ろしくて見ることもできない。

 どうしよう……ホントにどうしよう……。

 

 奥さんは恐る恐るといった感じに。

 

「で、でも、どんなことするのかとか詳しいことは、流石に知らないわよね……?」

 

 こめっこは答える。

 それはもう、明るく眩しい天使の笑顔で。

 

 

「知ってるよ! 男の子のおち○ちんを、女の子のお○んこに入れるんだよね! ねぇねぇ、おま○こってなに?」

 

 

 それはどのくらいの時間だったか。

 一秒にも満たない一瞬だったかもしれないし、数十秒に渡るものだったかもしれない。

 そんな、時間の感覚が狂うくらいにぽっかりと、空白の時間が訪れ…………。

 

 そして。

 

 

「『カースド・ライトニング』ッッッ!!!!!」

「『リフレクト』ッッッ!!!!!」

 

 

 俺とひょいざぶろーの大声が重なり、直後凄まじい轟音と衝撃が小さな居間に広がった!

 

 

***

 

 

「わぁぁ、お空綺麗だね!」

 

 

 ひょいざぶろーが放った黒い稲妻は、俺の魔法によって真上に逸らされ、居間の天井に大穴を空けた。結果として、頭上には満天の星空が広がっている。今日が雨じゃなくて良かった。

 ひょいざぶろーは奥さんの魔法によって眠らされ、俺は土下座していた。

 

「こめっこのこと、本当にすみませんでした……天井の方もちゃんと直しますので……」

「いえいえ、顔を上げてください。こめっこも、全て知ったというわけでもないようですし。それに、天井も元は主人の魔法です。あの人に直させますから大丈夫ですよ」

「いえ、手伝わせてください……お願いします……」

 

 確かにひょいざぶろーくらいの魔法使いであれば、この風穴もすぐに何とかなるのだろうが、全て任せてしまうのはあまりにも申し訳ない。大元の原因はやっぱり俺なのだから。

 

 それから、なんと俺とゆんゆんは今日は泊まることになった。

 ゆんゆんはともかく、俺は流石にダメだろうと思い断ろうとしたのだが、奥さんが何度も何度も誘ってきたので、ついに根負けしてしまった。

 

 俺が最後に風呂からあがって居間に戻ってくると、ひょいざぶろーと一緒にこめっこもすーすーと寝息をたてていた。まぁ、今日は色々あったしな、疲れるのも無理ないか。ちなみに、天井は応急処置として大きなシートで覆われている。

 俺は奥さんに案内され、空き部屋に通される。まさか俺が誰かと一緒に寝るわけにもいかないので、居間ではひょいざぶろーと奥さんとこめっこ、めぐみんの部屋でめぐみんとゆんゆん、そしてこの部屋で俺一人が寝ることになる。

 

 奥さんが妙ににこやかに部屋から出て数分後、何故かめぐみんを連れて戻ってきた。

 そのまま、めぐみんは奥さんに背中を押されて部屋に入ってくる。

 

「お母さん、何ですか? もしかして、こめっこの件で、先生と一緒に私にも説教するつもりですか? それなら、ゆんゆんだけお咎め無しというのは納得いかないのです!」

 

 そんな文句を言いながら、めぐみんは自分の背中を押す手を払って振り返った……のだが。

 

 バタン、と目の前でドアが閉められた。

 その直後に。

 

「『ロック』!」

 

 外から、そんな奥さんの声が聞こえてきた。

 

 …………。

 俺は唖然としてめぐみんの方を見るが、めぐみんも似たような表情でこちらを見てくる。

 

 めぐみんが慌ててドアをドンドンと叩く。

 

「ちょ、何やってるんですかお母さん! 出してください!!」

「めぐみん、あなたにとって、ゆんゆんさんは大切な友達だというのはよく分かります。でも、だからってカズマさんを譲るというのは違うわよ!」

「何を言っているのですかあなたは!? というか、年頃の娘を男と一緒に部屋に閉じ込めるとか、母親としてどうなんですか!?」

「大丈夫、カズマさんは意外と優しくしてくれる人だと思うから!」

「大丈夫じゃないですよね!? 主に私の体やあなたの頭が!! いや、あの、本当に洒落になってませんから! ここを開けてください! 開けてくだ…………開けろおおおおおおおおおおおおっっ!!!!!」

 

 めぐみんの叫びも虚しく、奥さんは鼻歌交じりに去っていってしまったようだ。

 あぁ……この家はひょいざぶろーやめぐみんだけじゃなく、奥さんの方もかなりアレだったのか……。

 

 めぐみんはバッと振り返り。

 

「そうだ窓! 窓なら開いて…………ない!?」

 

 どうやらここまで綿密に仕組まれていたことらしく、窓も魔法で開かなくされているらしい。

 完全密室だ。というか、トイレとか行きたくなったらどうすんだよこれ。

 

 めぐみんはごくりと喉を鳴らし、恐る恐るゆっくりとこちらを見た。

 正直、今すぐこの状況を何とかすることはできるが、ここまで切羽詰っているめぐみんというのも見ていて楽しいので乗っかってみることにする。

 

 俺はもぞもぞと、この部屋に一つしかない布団に入り。

 

「そんじゃ、寝ようぜ。ほら、お前もはよう」

「何故そんな自然に寝る流れになっているのですかおかしいでしょう!!!!!」

 

 ダメか。そりゃそうか。

 でも、ゆんゆんの奴も全然一緒に寝てくれなくなったし、この機会に久々に人肌の柔らかさと暖かさを感じたいんだけどなぁ。

 

 俺は寝返りを打って。

 

「うーん、めぐみんが一緒に寝てくれたら、この状況を打破できる方法が思い付きそうな気がする……」

「思い付いてますよね!? その余裕を見るに、すぐにでも何とかできるのですよね!?」

「うーん……ダメだぁ……このままだと思い付かないまま寝てしまうー……」

「こ、この男……!!!」

 

 ギリギリと歯を鳴らして顔をしかめるめぐみん。

 くくっ、そんな顔をしても無駄だ。そう、この状況は俺でなければどうにも出来ないという事実がある限り、俺の優位性は揺らがない! 12歳の女の子には布団なしで寝るのも辛かろう!

 

 めぐみんはジト目でこちらを見ながら。

 

「先生、12歳は興味ないとのことでしたが、本当なのですか? 私のパンツを覗くわ、ゆんゆんの胸を揉むわ、今だって……」

「それは本当だっての。お前のパンツを覗くのはアレだ、見てはいけないモノって見たくなるもんだろ? お前だって『決して覗いてはならん!』とか言われたら覗くだろ?」

「……な、何でしょう、絶対何かおかしいのに、少し納得してしまった自分がいます……!」

「あとゆんゆんの胸を揉むのは、単に感触が気持ちいいからだ。目の前にモフモフした猫とかいたら、撫でたくなるだろ? それと同じだ」

「た、確かに猫をモフモフしたいというのは分かりますけど! え、お、同じですか……!?」

「で、今お前と一緒に寝たいってのは、単に抱き枕代わりにしたいだけだ。小さな女の子ってのは、どんな高級抱き枕よりも気持ちいいからな。だからはよう」

「おかしいです! 絶対おかしいですって!!」

 

 くっ、無駄に粘るなこいつも。

 俺は少し長めの溜息をついて。

 

「そんな警戒すんなよ、エロいことはしないって」

「し、信用できません!」

「あのなぁ、百歩譲ってゆんゆんやあるえみたいな発育の良い子ならまだ分かる。でもお前みたいなちんちくりんを食って、俺に何のメリットがあるんだよ? 12歳とかアウトだよ? しかもここでやっちゃったら、責任とって一生お前を養うんだろ? やだよ」

「……あの、もっと言い方とかないのですか? あなたのクズっぷりは留まることを知りませんね本当に」

「立ち止まったら負けだと思っている」

「何格好つけてんですか最悪ですよ!」

 

 めぐみんは、俺には何を言っても無駄だということが分かったのか、部屋中に視線を彷徨わせる。自力で何とかする方法を探しているようだが、どうせ無駄だ。

 案の定、少しすると、めぐみんは俯いたまま動かなくなってしまった。

 

 そして長い葛藤のあと。

 めぐみんは、諦めて布団の中に入ってきた。

 

「きゃー! めぐみんったら大胆―!」

「私が爆裂魔法を覚えた後、最初に撃つ相手が今決まりましたよ」

 

 何やら物騒なことを言っているが、そんなのは関係ない。俺は今この時を生きる男だ。

 俺は布団の中でこちらに背を向けているめぐみんの方へ、もぞもぞと近寄って行く。

 そんな俺に、めぐみんは不安げな表情でちらちらと視線を送り。

 

「あ、あの、先生? ダメですよ……それ以上はダメですよ! いや、本当に勘弁してください!! 抱きつくのはダメです!!」

「分かってる分かってる」

「じゃあ何でこっちに来るのですか!? 待って、ダメ…………ひゃああああああああああ!?」

 

 俺はぎゅっと思い切りめぐみんを抱きしめた。

 おー、これは中々。もうあんまり覚えてないけど、ゆんゆんとは違う良さがあるなぁ。

 

 俺の腕の中でめぐみんが騒ぐ。

 

「やっ、ちょ、ちょっと、離して……あの、お願いですから……ダメです、ダメですってば……!」

「んー、やっぱ女の子を抱いてると落ち着くなー。うりうりー。安心しろよ、本当にこうしてるだけでいいんだって。エロいことはしないって言ってるだろ」

「……せ、先生……待って……本当に……もう……っ!」

「はぁぁ、女の子って何でこんないい匂いして柔らかいんだ…………こら暴れんな抱き枕、何なら麻痺か睡眠の魔法使ってもいいんだぞ? 俺としてもそっちの方が楽でいいし」

「…………ぐすっ」

「ごめん悪かった、調子乗った」

 

 泣くのは卑怯だろ……。

 慌てて俺が離れると、めぐみんは目を拭って仰向けになって天井を見上げる。

 

「泣けば手を引いてくれるのですね……いい情報を……ひっく、知りました……」

「いや、ホントごめん。泣くとは思わなかったんだマジで……お前意外と突然の逆境に弱いんだな。殴る蹴るされて叩き出されるかと思ってたんだが」

「私のこと、なんだと思っているのですか……ぐすっ……父以外の男性に、初めて抱きしめられたのですよ……」

「そ、そうだよな、悪い……」

「もういいですよ……やめてくれましたし……」

 

 まだ目を潤ませているめぐみんに対する罪悪感がすごい。

 考えてみれば、知り合ってまだ一週間くらいの男と同じ布団で寝てるってだけでも相当アレなのに、抱きしめられるってのは流石にな……。

 何となくめぐみんには何やってもいい的な感覚があったけど、そんなことはなかったようだ。当たり前か。一応まだ12歳の女の子だしな……。

 

 それからしばらく沈黙が漂う。

 俺もめぐみんも、二人並んで仰向けでただ天井を見つめるだけだ。

 

 ……うん、気まずいです。もうこの辺にしておこう。

 

 と、布団から出ようとしたが、その前にめぐみんが静かな声で。

 

「私のお父さんとお母さん、爆裂魔法のことを話したらどんな反応をすると思いますか?」

 

 …………何故こいつは急にシリアスっぽい空気をぶっ込んでくるんだろう。

 こんな空気を出されたら、俺も真面目に答えるしかないわけで。

 

 俺は目だけを動かして、ちらりと隣のめぐみんを見たあと。

 

「ひょいざぶろーさんは、何だかんだ分かってくれるんじゃないか。バカな道突っ走ってるって点では、お前と似たようなもんだし」

「バカな道とは何ですか! 我が歩むは最強への道……そう、覇道です!」

「はいはいすごいね。……けど、奥さんはかなり反対するかもな」

「……先生もそう思いますか」

「あぁ。あの人は子供にはそんな茨の道じゃなく、安定した道を歩んでほしいって思ってるだろうな。というか、そっちの方が大多数だとは思うが」

「ですが、私にも譲れないものがあります。例え親相手でも」

「知ってるよ。だからバレないように気を付けろよ。今日の奥さんの行動力見る限り、もしバレたらマジで冒険者カード取り上げられたり、勝手に操作されたりするのもありえる」

 

 この夜だけでも、あの奥さんの凄まじさはよく分かった。アレだ、目的のためには手段を選ばないタイプだ。もちろん、本人は娘の為を思っているのだろうが。

 めぐみんは困ったように小さく笑い。

 

「カードを見られるだけでもマズイですかね? もう習得候補のスキル欄の中に爆裂魔法が入っているのですが」

「マズイ。見せるな。母親ってのは特に厄介なもんだ。例えば俺が朝起きて初めてアレでパンツを汚してた時、こっそり風呂場で洗おうと思ったら、母さんが待ち構えてて何も言わずに手を出してきたんだぞ」

「や、やめてください、先生の赤裸々体験談とか聞きたくないです。分かりました、カードの管理には常に注意しておきます」

「特に、上級魔法を習得できるくらいにスキルポイントが貯まった後は気を付けろよ。その状態でカードが見つかったら、本当に言い訳できない。問答無用で上級魔法を習得させられるかもしれん」

「肝に銘じておきます…………先生、もし爆裂魔法のことがお母さんにバレて猛反対されたら、その時は一緒に説得してくれますか?」

「えー……」

「そ、そこは格好良く『分かった、任せとけ』とか言うところではないですかね、教師的には……」

 

 俺にそんな立派な教師像を求められても。

 というか、まともな教師だったら奥さんの味方になるべきなんじゃないのか。

 

 俺は少し考えて。

 

「まぁ、説得できそうなら説得するよ」

「何ですかその『行けたら行く』みたいな感じは! 説得する気あるのですか!? ないですよね!?」

「あるって。説得できそうならお前に味方するし、説得できなそうだったら奥さんに味方する」

「お母さんに味方する場合もあるのですか!? こ、この裏切り者! このっ、このっ!!」

「いてえ! いてえっての!! あのなめぐみん、人生、勝ち馬に乗るってのは大事で」

「うるさいです聞きたくないです! まったく、ちょっとでもあなたを頼りにした私がバカでしたよ!!」

 

 そう言って、ぷいっとそっぽを向いてしまうめぐみん。

 でもそんなこと言われたって、無条件で子供の味方をするってのも、子供からの人気は出るかもしれないけどどうかと思うんだよなぁ。

 

 俺は頭を動かして、隣でそっぽ向いて寝ているめぐみんの後頭部へ視線を向けると。

 

 

「とりあえず俺がどっちにつくかは置いといてさ、バレたら俺のところに来いよ」

 

 

 そんな俺の言葉に、めぐみんはゆっくりとこちらを向く。

 その顔には拗ねたような、むすっとした表情が浮かんでいる。

 

「……裏切り者になる可能性がある人のところに行けというのですか」

「そんなもん俺じゃなくても全員に言えんだろ。お前、何があっても自分の味方をしてくれるって断言できる人いるのかよ。言っとくけど、ゆんゆんは絶対止めるぞ」

「…………」

「誰が味方してくれるか分からないなら、とりあえず俺を選んどけよ。少なくとも現時点では俺はお前が爆裂魔法を覚えるのを止める気はないし、交渉だってそれなりに出来る方だ」

「……でも、旗色が悪くなったら寝返るのでしょう」

「そうだな。けど、話はちゃんと聞いてやるよ。お前の話を聞いて、奥さんの話を聞いて、その上で俺はどうするか決める。まぁ、場合によってはお前を説得することになるかもしれないが、少なくともお前が納得するまで、お前の冒険者カードは触らないし、誰にも触らせない」

「…………」

 

 めぐみんが目を丸くしてこちらを見ている。

 俺はニヤリとして。

 

「今のちょっと格好良くないか? お前の冒険者カードは~っての」

「……ふふっ、その言葉が無ければ満点だったのですが」

 

 めぐみんはくすくすと、やけに楽しげに笑う。

 そんな面白いこと言ったつもりはないんだけどな……むしろ結構決めたつもりだったんだが。

 

 そんな俺の複雑な気持ちをよそに、めぐみんは胸元から冒険者カードを取り出した。

 急にどうしたのかと思っていると、なんとそれを俺に差し出してきた。

 

「先生に預けます。誰にも触らせないよう、守ってくださいね?」

「え、お前これ、どうやってそこに入れてたんだよ。挟めるわけねえだろ、すとんと垂直落下するだろ」

「そこはどうでもいいでしょう空気読んでくださいよ!!! あと、垂直落下とか失礼にも程があるのですが!!!!!」

「分かった分かった、預かればいいんだろ。へー、これがめぐみんのカードかー、ちっ、なんだよこの魔力、ムカつくな。折りたくなってきた」

「やめてくださいよ!? あの、先生を信頼して預けるのですからね?」

「お、なんだよ初級魔法ならもう覚えられるじゃねえか生意気な! あー、指が勝手にー、指が勝手に動いてスキル欄へー」

「あああああああああああああっ!!!!! 何やってんですかバカなんですか!? やっぱり返してください早く!!!!!」

 

 数分程、布団の中でカードの奪い合いを続けた後。

 結局、めぐみんは俺からカードを取り返すことができず、俺の隣で寝たまま顔だけこっちに向けて悔しそうな視線を送っている。

 

「……頼みましたからね」

「おう、任せろ任せろ。ただ、覚えておけよ。俺の機嫌一つで、お前がせっせと貯めたスキルポイントは初級魔法に消えるからな。つまりお前は俺の奴隷だ」

「本当に最悪ですよこの男!!!」

「あー、指が勝手にー」

「わああああああああああ!!! ごめんなさい先生はとてもイケメンで良い人です!!!」

「なんだ、よく分かってんじゃねえか。あとはそうだな……ほら、あれだ、俺に日頃の感謝とかないの? まだ一週間くらいだけど」

 

 そうニヤニヤ笑いながら、俺は冒険者カードを軽く振る。

 くくくっ、これは良いモンを貰ったな、文字通りめぐみんに対する切り札だ。

 

 俺の言葉を受け、めぐみんは俯き、しばらく黙り込んでしまう。

 ……あ、あれ? まさかまた泣いちゃった……? 

 俺が慌てて謝罪と慰めの言葉を言おうとした時。

 

 めぐみんが顔を上げた。

 そこには明るく無邪気な、歳相応のいい笑顔があった。

 

「先生、ありがとうございます。先生がいてくれて、本当に良かったです」

「……俺、さっきからお前が困ることしかしてないんですけど」

「ふふっ、そうですね。先生は困った人です。でも……爆裂魔法のことで反対せずに、ここまで面倒見てくれる人なんて、おそらく先生だけだと思います。先生は口では人としてどうかと思うことばかり言いますが、それでも私が助けてほしいと言えば助けてくれる人ですよね」

「人をツンデレみたいに言ってんじゃねえよ。大体、俺のことよく分かってるみたいに言ってるけど、まだそんな長い付き合いでもないだろ。お前大丈夫だろうな、あのゲームじゃないけど本当にダメ男に騙されないだろうな、先生ちょっと心配だよ」

「私を誰だと思っているのです、紅魔族随一の天才ですよ? 人を見る目はそこらの人間よりもずっとあります。それに、先生とは長い付き合いであるゆんゆんも、あなたのことが大好きみたいですしね」

「あいつなんてそれこそ騙されやすい女の典型だろ……」

 

 やはり男女別クラスというのが問題あるのだろうか。いや、でもお兄ちゃんとしては、ゆんゆんが他の男と関わる機会はできるだけ減らしたいな。

 

 それにしても、まさかめぐみんの好感度がここまで高かったとは意外だ。

 よし、これなら上手く誘導すれば、もしかしたら。

 

「お前が俺に感謝しているのは分かった。だが、俺としては口だけの感謝はいらない。行動で示してもらおうか」

「…………」

「具体的には、俺が満足するまで抱き枕に」

「台無しですよ本当に」

 

 先程までのいい笑顔はどこへやら、一気にいつものジト目に戻る。

 くそっ、この流れならいけるかと思ったのに。

 

 すると、めぐみんはくすっと笑って。

 

「……逆ならいいですよ」

「は? 逆?」

「こういうことですよ」

 

 ぎゅっと、なんとめぐみんの方から抱きついてきた。

 小柄ながらも柔らかい女の子の体が押し付けられるのを感じる。

 これは流石に予想していなかったので、驚いて固まっていると、めぐみんは俺の胸に顔を埋めてくる。

 

 ……あれ? これってまさか。

 

「え、なに、お前俺のこと好きなの? ごめん、俺の恋愛対象範囲は14歳からだから、お前とは付き合えない。でもお前なら、その内もっといい男を見つけられるよ」

「あの、勝手に勘違いして勝手に振って、人の人生に黒星つけるのやめてもらえませんか?」

「なんだよ違うのかよ。まぁでも良かったよ、好きな男に振られた可哀想な子はいなかったんだな」

「そんなちょっといい話っぽくされても。あ、言っておきますけど、先生の方から抱きつくのはダメですからね。また泣きますからね」

「その自分からならいいけど相手からは嫌だっていう女の子の気持ちが、俺には理解できないのですが」

「童貞には理解できないでしょうね」

「童貞言うな! ちっ、それじゃ、妹が家族であるお兄ちゃんに胸を揉まれて嫌がるのが理解できないってのも童貞が原因なのか!」

「いえ、それは童貞でも理解した方がいいですよ、人として」

 

 なるほど分からん。

 めぐみんの体温を全身に感じながら、人生の難しさを知る。

 

 そのまましばらく会話もなく、俺はただぼーっと天井を見上げる。

 うーん、確かに抱きつかれるってのも心地いいことは心地いいんだけど、やっぱ抱きつく方が好きだな俺は。なんか飽きた。

 というか、こいつさっきから静かだけど、寝てんじゃねえだろうな。俺の胸に埋まったままだから分からん……もし寝てたら顔に落書きしてやろう。ゆんゆんにも、一度おでこに『友達募集中』って書いたことがある。あの時の右ストレートは効いた。

 

 ゆんゆんと言えば、今はどうしているのだろうか?

 めぐみんの部屋で、一人で寂しくめぐみんの帰りを待っているのだろうか?

 その姿は容易に想像できる。多分、膝抱えてるなあいつ。で、時々「めぐみんまだかな……」って呟いてんだ。

 

 ……しょうがない、もう本当にこの辺にしておこう。

 女の子とくっついて寝るという目的は果たせたし、十分だ。

 

「よし、そろそろ行くか。ほら、どけどけ。寝てねえだろうな、ケツ揉むぞ」

「起きてますよやめてください。というか、あれ、脱出するのですか? 先生のことですから、このまま朝まで私の体を楽しむのかと思いましたが」

「その言い方は誤解を招くからやめろ。そろそろゆんゆんが、寂しさで一人しりとりとかやり始めてる頃だと思ってな。それに女子にとってお泊りの一番の楽しみって、夜のガールズトークなんじゃねーの知らんけど」

「私にガールズトークとか求められても。爆裂トークなら朝まで語れる自信ありますが」

「……お前はそういう奴だったよ」

 

 布団から出てドアの方に歩いて行くと、後ろからめぐみんもついてくる。

 俺はドアに手をかざして。

 

「『ブレイクスペル』!」

 

 俺が唱えると、ドアには魔法陣が浮かび上がり…………バンッと弾かれた。

 

「……え、おい、どんだけ魔力込めたんだよあの奥さん! この家には力の使い方がおかしい人しかいねえのか!」

「はぁ……まったくですよ。こんなくだらないところに無駄に力入れて……」

「いや、爆裂魔法覚えようとしてるお前も大概だからな? しょうがねえな……」

 

 俺は再びドアに手をかざして唱える。

 

「『セイクリッド・ブレイクスペル』!」

 

 今度は手応えありだ。

 ドアに魔法陣が浮かび上がり、パリンと何かが崩れた音がする。

 かなりの魔力を込めたので、若干のだるさが体にまとわりつくが、これも仕方ない。

 

 それを見ていためぐみんは感心したらしく。

 

「おぉ、先生って何でもできるのですね。冒険者ってそこまで悪いものでもないのでは?」

「便利なのは確かだな。けど、どのスキルも補正の関係で本職には及ばないから、器用貧乏になりがちだ。パーティーでは、それぞれの役割を明確にして動くことがほとんどだから、役割ごとに特化した職業の方が喜ばれる。ここテストに出るぞー」

「なるほど! それなら大火力に特化した私の爆裂魔法も喜ばれるのでは!」

「お前は特化し過ぎだ」

「むぅ……でも、先生はパーティーを組んでも、別にお荷物扱いされることはないのですよね?」

「まぁな。冒険者の強みはフットワークの軽さで、どんな状況でも仲間のフォローに回れることだ。まっ、俺くらい機転が利くからこそ出来る芸当なんだけどな!」

「ほうほう、つまり先生が狡猾でえげつない事ばかり考えるドス黒い思考回路の持ち主であるからこそ、冒険者でも高いレベルで活躍できるというわけですね」

「おい、言い方言い方」

 

 そんなことを言い合いながら部屋を出て、めぐみんの部屋へと向かう。

 そしてドアを開いて妹と感動の再会…………となるはずが。

 

「……こっちもロックされてんですけど」

「念には念を……ということなのでしょうか。まったく、あの母は……」

 

 めぐみんも流石に呆れた様子で、うんざりとした表情になっている。

 俺は溜息をついて手をかざす。

 

「『セイクリッド・ブレイクスペル』!」

 

 奥さんの魔法が解除される…………が、ぐらっときた。あー、だるい……。

 壁に手をついて体を支えていると、めぐみんが心配そうに。

 

「だ、大丈夫ですか?」

「ちょい魔力が切れかかってるだけだ。ったく、なんで妹の友達の家でこんなに魔力使ってんだ俺は」

 

 昼間のケンカでは無駄にスキルをぶっ放し、夜にひょいざぶろーの上級魔法を防ぎ、奥さんが無駄に魔力を込めた魔法の解除。途中でめぐみんからドレインタッチで魔力を吸ってはいるが、あれも大した量ではなかったので、ガス欠するのも当然だ。

 

 そうしていると、目の前のドアが開いて中からゆんゆんが出てくる。

 

「あ、めぐみん! これどうなってるの、突然ゆいゆいさんが魔法で……めぐみんは兄さんのところに行ってたんだよね? 一体何の話を…………え、めぐみん、泣いてたの? 目元が……」

「っ……こ、これは何でもありませんよ。それより、事情は説明しますから、とりあえず中に……」

「…………兄さん? めぐみんに何かしたの? めぐみんが泣くなんて相当なことだと思うけど……ねぇ、何したの?」

 

 ゆんゆんは無表情でそんなことを言ってくる。

 あの、怖いんですけど……俺の妹がこんなにヤンデレなわけがない。

 何をしたのかと聞かれれば、同じ布団に寝てぎゅっと抱きしめたわけだが、それをそのまま言ったらどうなるのだろう。あまり想像したくない。

 

 俺達はめぐみんの部屋に入って、ゆんゆんに事情を説明する。

 めぐみんが泣いた理由は、偶然部屋に紛れ込んでいた生きのいいタマネギを処理したせいだとめぐみんが言い訳したが、ゆんゆんは絶対信じていない。当たり前だ、そもそも言い訳する気があるのかそれ。

 

 説明を聞き終えると、ゆんゆんは不安そうな目で俺を見てくる。

 

「えっと、兄さん、その、めぐみんとは何もなかったんだよね……?」

「何もねえって。俺がお前達にするのは軽いセクハラくらいで、本当に一線を越えちゃおうとするのは相手が14歳以上の時だけだ。だから心配するな」

「心配だよ、兄さんの頭が」

 

 安心させようとしたのに、何故か失礼なことを言ってくる妹。

 めぐみんは俺にジト目を向けた後、ゆんゆんをなだめるように。

 

「この男は口ではえげつない事ばかり言いますが、実際にやらかす度胸はありませんって。少し二人で布団の中でモゾモゾしましたが、本当に大したことはありませんでした」

「そ、そっか、それなら良かっ…………ねぇ、今何て言ったの?」

「よし、それじゃ俺はもう行くわ。かなりだるいし、やっぱり今日は泊まっていかずに自分の部屋でぐっすり眠るよ。ゆんゆん、めぐみんの家の人に迷惑かけないようにな」

「待って、なに平然と何もなかったみたいに帰ろうとしてるの? めぐみんと布団の中で何があったの? ちょっと、兄さん? ねぇ……おい」

 

 俺は少しフラつく体で部屋を出て行こうとする。後ろでゆんゆんが何か言っているが聞こえない。だって今ぶん殴られたりしたら結構辛いし……。

 そうやって内心ではかなりの緊張感を持ってこの場から退避しようとしていたのだが。

 

 ぎゅっと、後ろから服の裾を握られ止められた。

 俺は冷や汗をだらだら流しながらゆっくり振り返って。

 

「……ゆ、ゆんゆん。あのな、今お兄ちゃん結構あれだから」

「分かってるわよ。だから、はい」

 

 そう言って片手を差し出してきた。

 なんだろう、見逃してやる代わりに金をよこせとかそういうことだろうか。いつの間にそんなたくましくなったんだこの子は、お兄ちゃん少し複雑です。

 

「……五万くらいでいい?」

「私のことを何だと思ってるのよ! 違うわよ、魔力尽きかけてるんでしょ? 少しくらいなら持っていっていいわよ」

「……え、マジで? 妹相手にちゅーちゅーしていいの?」

「その言い方はいかがわしいからやめてほしいんだけど……いいわよ。途中で倒れちゃったりしたら大変じゃない」

 

 ……あぁ、なんて良い子なんだろう俺の妹は。

 もうこれからゆんゆんへのセクハラは、たまにしかしないようにしよう!

 

 俺達の様子を見ていためぐみんは首を傾げて。

 

「もしかして、魔力を吸い取るスキルがあるのですか?」

「おう、俺がお前の顔面を鷲掴みにしてやったやつだよ。魔力だけじゃなくて体力も吸っちまうが」

「先生は本当に色々なスキルを持っているのですね……では、私からも提供しましょうか。体力はともかく、魔力量には自信ありますし」

「そ、そんな、二人いっぺんにだと!?」

「だから、そのどことなく卑猥な言い方は何とかならないのですか」

 

 めぐみんはジト目になりながらも、ゆんゆんと同じく片手を差し出してくる。

 俺は二人の心優しい少女達に感謝して手を伸ばし。

 

 ふと、あることを思い付いた。

 

「あ、そうだ。実はこのスキル、心臓に近い所から吸った方が効率が」

「張っ倒すわよ」

「ごめんなさい」

 

 二人から魔力をもらうと、体のだるさも大分とれてきた。

 俺は体の調子を確かめるように腕や足を伸ばして。

 

「二人共ありがとな、そんじゃ俺は帰るよ。お前らもガールズトークで盛り上がるのはいいが、あんまり遅くまで起きてんじゃねえぞ」

「ガ、ガールズトーク! う、うん、それすごく友達っぽい!! ねぇ、めぐみん、ガールズトークしよっ!!」

「いいですよ、女子同士で嫌いな人の悪口で盛り上がるやつですよね? ではまず、ゆんゆんがクラスで一番苦手そうな、ふにふらの悪口からいきましょうか」

「ええっ!? ガールズトークってそういうのなの!? 恋バナとかそういうのじゃないの!? 私、兄さん以外の人の悪口なんて言いたくないんだけど……」

 

 お兄ちゃんの悪口はいいのか妹よ……。

 

 俺は少し肩を落として部屋を出る前に、ゆんゆんの様子を盗み見る。

 相変わらずめぐみんの適当な物言いに振り回されているようだが、それでもとても楽しそうにしていて、見ているこっちも自然と口元が緩む。

 今日は色々と散々な目に遭ったが、妹のこんな様子を見せられては、お兄ちゃんとしては全て許してしまえそうになる。

 

 俺は胸をほっこりさせて、静かに部屋を出た…………が。

 最後に、背後からこんな会話が聞こえてきた。

 

「あ、そうだめぐみん、兄さんと何があったのか、ちゃんと教えてね?」

「えっ、そ、それは、もう説明したではないですか。ですから、タマネギが」

「今度、お弁当にハンバーグ二つ入れてあげるからさ」

「お母さんにドアを魔法でロックされ途方に暮れる私に、先生はまず布団に入って『めぐみんが一緒に寝てくれたら、何か良い方法を思い付くかもしれない』というような事を言ったのです。それで」

 

 俺はめぐみんの家を出て、夜の里を歩きながら決意する。

 魔力が回復したら、まずは自分の部屋のドアを全力でロックしよう。

 



※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。