魔王と一緒に爆死した後。
俺はエリスの元へと送られると思っていたのだが。
「……あれ?」
気が付くとアクセルの街へと戻っていた。
「おいおい、どうなってんだ? 実は死ぬ直前にテレポートで戻ってきてたのか?」
「あ……ああああ……」
俺が街までどうやって戻ってきたのか考えていると、隣から聞き慣れた、というより聞き飽きた声が聞こえてきた。
「っておい、アクア、お前も戻ってきてたのか。俺が魔王のやつをテレポートで連れ去った後、何があったんだ? 街まで戻ってきてるってことは、けっこうやばかったのか?」
「あああああ……ああああああああ……」
「おい、聞いてんのか? みんなはどうしたんだ? まだ戦ってるのか?」
「ああああああああああああああああああああーっ!!」
「ちょ、おまっ、襟元掴むな! お前マジでどうしたんだよ!? そんな怖い目に遭ったのか!?」
叫びながら掴みかかってくるアクアに、どうにも違和感を覚える。
というか、こんなことが前にもあったような……。
「どうしたじゃないわよっ! どうすんのっ!? ねえ、どうすんの!? これからどうすればいいのよっ!」
「分かった、分かったからちょっと落ち着け!」
涙目というか、すでに大泣きしているアクアを引き離して、なんとか落ち着かせる。
もう半信半疑どころではなく、ほぼ確信しているのだが、信じたくない事実を目の前の女神に問いかける。
「あの、アクアさん? もしかしてなんですけど、俺がここに来るのって初めてだったりします?」
「はあ? あんたなに当たり前のこと言ってんの? そうに決まってるじゃない。……もしかして文字の習得の時に頭がパーに……」
「ちげーよ! ちょっと確認しただけだ!」
やはり間違いない。
どういう訳か知らんが、俺はこの世界に来た最初の頃に戻ってきてしまっているようだ。
アクアがこの様子だということは、俺の記憶だけそのままで全部無かったことになってるってか?
「おいおい、嘘だろ……?」
「ちょっと! 嘆きたいのはこっちなんですけど!」
今まで死ぬ思いで魔王軍の幹部たちを倒してきたっていうのに、これからまたやらなきゃいけないのか?
考えただけでも頭が痛くなってくる。
「せめてこの世界に来る前だったら、駄女神じゃなくてチートを貰ってこれたっていうのに……」
「あんた、さっきからぶつぶつ一人で何言ってるの?」
「あんまりな現実を嘆いていただけだ。チートもなしにまた魔王を倒すなんてどんな無理ゲーだよ」
「あんた、私っていう素晴らしい恩恵を連れてきておいて何言ってるのよ! 魔王倒さないと帰れないのよ!? しっかりしなさいよ!」
その言葉にあの日の夜、憂い顔で帰りたいと言っていたアクアの顔を思い出す。
いつもおちゃらけているアクアがあんな顔をするなんて、思ってもみなかった。
「ったく、しょうがねえなぁ」
借金背負ったり、ぽんぽん死んだりと、あんまり良い思い出はないが、楽しくなかったかと聞かれれば嘘になる。
それに一回経験しているんだから、やろうと思えば借金も死も回避できるんじゃないだろうか?
そう考えると、なんだかわくわくしてきた。
「いいか、アクア。こういう時は取り敢えずギルドで冒険者登録をするのが鉄則だ。登録料で少し金を取られるかもしれないけど、そんときはそんときだ。ほら行くぞ」
「な、なんなのこのニート。さっきまであんなに憂鬱そうにしていたのに、急に頼もしく感じられるのは何故かしら?」
「ばっかお前。暇なニートってのは、異世界に来た時どうするかってのは常にシュミレートしてるもんなんだ。良いから大船に乗ったつもりで付いて来い」
このやり取りもなんだか久し振りに感じる。
前回はこの後、ギルドの場所が分かんなくて右往左往したんだが、今ではこのアクセルの街は勝手知ったる自分の庭みたいなもんだ。
俺は、通い慣れたギルドへの道をアクアを引き連れて歩いて行った。
やはりというかなんというか、登録料をバイトでもして支払おうとしたのだが、アクアが先走って前回同様エリス教徒のおじさんに憐れまれて千エリス恵んでもらった。
ありがたいけど、カッコつけた手前恥ずかしいからやめてもらえませんかね。
水晶のようなものに手をかざして、ステータスを計測する。
どうせまた貧弱ステータスなのだろうと、うんざりとした気持ちで待っていたのだが、どうにも様子が違うようだった。
「サトウカズマさん……。か、かなりの高レベルですね……。新規登録と言っていましたが、もしかして冒険者カードをなくされたのですか?」
「え?」
一言断って冒険者カードを見せてもらうと、そこにはとんでもないレベルのステータスが記述されていた。
おかしい。
本来であれば、貧弱ステータスが露呈して恥ずかしい思いをするはずだったのだが、レベルが既に異常なほど高い。ともすれば、俺の以前のステータスよりも。
レベルがそのままであれば、強くてニューゲーム的なものだと思えたが、如何せんレベルが大幅に上がっている。しかし、習得したスキルを見るに、俺の冒険者カードで間違いないように思える。
あっ、そうか!
これはあれだ、魔王を討伐した際に貰えた経験値のおかげか。
ということは、俺は魔王を倒したのだろう。
二周目にさえならなければ、魔王を倒した英雄として優雅に暮らせたというのに……。
「サトウさん?」
「ああいや、なんでもないです。実はそうでして、このまま再発行って出来ます?」
「大丈夫ですよ。手数料として、登録代と同じ千エリスいただきますが」
俺はそれに喜んでで同意し、冒険者カードを受け取った。
「カズマさん、いつの間にスキルなんて覚えたの? レベルも高いし……。ただ者じゃないかもとは思ったけど、実は凄い人なの?」
アクアまでもが軽く尊敬の眼差しを向けてくる。
いつもであればそんなことは絶対にありえないことで、その態度が俺のことを本当に知らないのだということを思い出させて一抹の寂しさを感じた。
「どうしたのカズマ? 泣いてるの?」
「泣いてなんかねーよ。いいからほら、カエル倒しに行くぞ」
「あっ、ちょっと待ちなさいよ!」
泣いてなんかいないが、少し目が痒かったので袖でゴシゴシと目を擦る。
気持ちを切り替えて、俺たちは因縁深いカエルを討伐しに街を出た。
「『狙撃』っ!」
遠距離から矢を番え、カエルへと放つ。
幸運値に物を言わせた『狙撃』スキルのおかげで、矢はカエルのこめかみへと吸い込まれていった。ちなみに、弓矢はギルドからの支給されたものを使用している。矢を回収することが条件だが、ありがたいので借りてきた。
矢を回収しに行くと、どうやら脳天を貫通していたようだ。
伊達に魔王を倒した訳ではない。
最早カエルごとき、俺の敵ではないのだ。
……だというのに。
「や、やるじゃないカズマ。これは私も良いところを見せないとね!」
「ば、ばか、止まれ! お前、カエルは遠距離から狙撃で倒すって言ったじゃねーか!一人で先走るんじゃねー!!」
カエルの恐怖をまだ知らないアクアは、光る拳を掲げて一人突進していく。カエルに打撃は効かないってギルドのお姉さんが言っていたのを、早速忘れていやがる。
「くらいなさい、ゴッドブローォォオ!!」
アンデッド相手には無類の強さを発揮するアクアの攻撃も、カエル相手には相性が悪い。
「だああああああああ! 結局こうなるのかああああ!!」
俺は、剣を片手に駆け出した。
「ありがどぉぉ。カズマさん、助けてくれてありがどねぇぇぇ」
「わ、分かったから、引っ付くな! ほら見ろ! 俺まで粘液塗れじゃねーか!」
半ベソをかきながら礼を言うアクアを、俺は引き剥がしていた。
こいつわざとか? わざとなのか?
結局俺まで粘液塗れになってしまった。
だけど……。
「まったく、お前はほんと変わらないな」
「カズマさん、なんでそんなに笑ってるのよ。ま、まさか粘液塗れの私を見ていやらしい妄想を……」
「するか! ただ少し、安心しただけだ」
そう、安心した。
どこまでいってもアクアはアクアで、こいつがいればこの世界でも面白おかしくやっていける。そう確信出来たから、安心したのだ。
「ほら、帰ってひとっ風呂浴びて、飯でも食いに行こうぜ」
粘液塗れのアクアをおんぶして、帰路へと着く。
まずはめぐみんとダクネスを仲間にして、またあの家でみんなで暮らそう。
やってやろうじゃないか。
この素晴らしい世界で、二周目を。
設定を少し変更しました。
ご迷惑をおかけして申し訳ございません。