4-19 赫月の一日 Ⅲ
「――『王都の中心』、と?」
「えぇ、そういう話が出てまして。何か知りませんか?」
昼食を食べ終えた後、僕はリティさんを伴って王城へと向かった。
書庫にいるリンデさんにお願いしている『空白の時代』に使われていたという魔導言語や魔導記号の解読作業の進捗を確認するのと、同時にジーク侯爵さんなら何か知らないだろうかと考えた、という訳だ。
王城の一室で、昨日パウロくんから齎された情報と、中央広場を調べてはみたけれどそれらしいものが見つからなかった事。
その二つを語ってみせると、ジーク侯爵さんは腕を組んで考え込んだ。
「――……残念ながら、中央広場以外に思い当たる場所はないな」
「そう、ですか」
「うむ。もしも中央広場以外にそれらしい場所があるとするのならば、それこそ書庫の司書に尋ねてみてはどうかね?」
「フリーデリンデさんにですか?」
「左様。報告によれば、今の司書はかなりの本を読んでいると聞いておる。ならば、建国当時のこの国の資料なども目を通している可能性は高いのではないかね?」
ジーク侯爵さん曰く、どうやら王都フォーニアは建国して以来、何度か町を覆う隔壁とでも言うべき壁を取り壊しては改築し、そうして王都の面積を広げてきたそうだ。
――なるほど。
確かに改築を繰り返す事によって『王都の中心』と呼ばれた場所が、現在の中心地と同じ場所ではなくなってしまっている、という可能性もあるかもしれないし、一考の余地はあるね。
「――もしくは、エルナが世話になっていたオフェリア殿ならば何かを知っているやもしれぬ」
「オフェリアさんが?」
「うむ。〈アケラの剣〉は、聖教会の内部だけではなく外部に存在する敵を排除する存在であったはず。ならば、〈アケラの剣〉が敵を敵として判断するためには、そもそも国々の歴史や過去を学んでいなければならないというのが道理。エルナは知らずとも、彼女ならば何かを知っている可能性もあるであろう」
ジーク侯爵さんがくれた情報は僕も盲点だった。
昨日はパウロくんの情報に答えを見つけたような気がして慌てて飛び出す形になってしまった。あの時、オフェリアさんからも情報を聞いておけば何かが変わったのかもしれない。
「ありがとうございます。フリーデリンデさんに会ってから、改めて孤児院を訪ねてみます」
「うむ。我々の方でも中央広場におかしな真似をする者がいないか、見張らせておこう。何かあったら伝えよう」
「ありがとうございます」
ジーク侯爵さんに別れを告げて、僕とリティさんはそのまま書庫へと向かうべく、一室を後にした。
「ユウさん。今日は陽が暮れる頃からはアカリさんの公演もあるんですし、今日ぐらいはゆっくりしないんですか?」
書庫へと向かって歩いている最中、リティさんがそんな事を訊ねてきた。
「僕もゆっくりはしたいんだけどね。なんとなく、このまま放っておいたら何か厄介な事が起こるような、そんな気がしてならないんだ」
「でも、【敵対者に課す呪縛】の設置も進んでるんですよね?」
「進んではいるけれどね。あ、そっちも寄って進捗を確認した方が良さそうだなぁ」
「書庫に行って孤児院に行ってそっちも行って……。なんか大変ですね……」
「別に無理に付き合わなくても大丈夫だよ? なんならリティさんは先に孤児院に行っててくれても」
「だ、ダメですっ! 私はユウさんの護衛なんですからっ!」
てっきり、これ幸いにとばかりに抜け出すぐらいの真似をするかと思っていたけれど、どうやらリティさんは護衛という役目をしっかりとこなすつもりみたいだ。
赤崎くん達に至っては娼館がどうのとか言い出してきていたし、そう考えるとリティさんはやっぱり根は真面目なんだろう……根は。
――と、そんな事を考えながら歩いていると、前方から見知った顔をした人がやって来た。
「む、確か貴殿は――ユウ殿、だったか」
「ヴェルナー騎士団長、でしたね」
ファルム王国騎士団長にして、この国の貴族派貴族代表エルバム公爵家の嫡男、ヴェルナー・エルバム。『鑑定眼』という、他人のステータスを見る事ができるという魔眼の持ち主で、金色の髪に仄かに琥珀色がかった瞳の持ち主であり、整った顔立ちをした背の高いイケメン。
元エルナさんの婚約者であるという彼が僕に気が付いたのは、恐らくは彼の『鑑定眼』が僕の【スルー】によって表示されなかったからだろう。
「ちょうど良かった。貴殿に伝えておきたい事があったのだ」
「僕に?」
「あぁ。――今夜、仕掛けとやらは完成するらしい」
「……ッ!」
ヴェルナー団長さんは、貴族派にありながらも今回の事件を止めようとしている側だ。それが演技であるとするならこの言葉を疑わなくてはならないだろうけれど、エルナさん曰く、ヴェルナー団長さんは信用できる存在らしい。
だとすれば――完成するというのは恐らく貴族派と、延いては〈星詠み〉が狙っている何か。
「こっちでも警戒しているが、先にも言った通り俺は表立って動けない。そちらは何か掴んでいるか?」
「そう、ですね。騎士団によって捕らえられていたパウロくんから聞いた話によると、『王都の中心』がどうのという話でしたが」
「『王都の中心』だと……? 中央広場……は、どうやら違ったようだな」
僕の表情を読み取ったのか、ヴェルナー団長さんはそう告げるなり片腕を組んで顎に手を当てた。
「……考えられるのは、
「そういえば、今夜は
エルナさんの話によると、確か魔物が暴走するとかって日だったかな。
それにクーリルが言うには、『魔素酔い』とやらが起こる程度に魔素が濃くなる一日だって話だったはず。
魔素が濃くなるっていう状況がどういう事なのかはいまいち分からないけれど、
「……膨大な魔力が、必要になる……?」
「何か判ったのか?」
「あ、今のユウさんは考え事に没頭しているみたいなので、話しかけても無駄ですよ。こうなっちゃうとこっちの声も聞こえてないと思いますし」
――王都内の器物損壊事件。
――『空白の時代』に使われていたとされる何かとの関連性。
――『王都の中心』。
そして――
それらの状況を考慮しつつ、僕はリンデさんから預かっていた『空白の時代』に使われていたとされる、幾つかの魔導言語と記号の解読文のメモをポケットから取り出した。
「ウラヌス。この解読文と、赤崎くん達に以前ちらっと話した転移魔導陣の自作に使っていた記号や言語に類似する箇所を割り出してくれるかな」
《諾。――およそ六十パーセントの類似、及び互換性を確認。王都内に描かれた謎の紋様は、マスターの作ろうとしている魔導陣と似た働きを持つと推測されます》
「……クソッ、見落としてたのか……!」
――――今更ながらに符号した事実に歯噛みする。
今の今まで気付かなかった自分が、腹立たしい。
「ユウさん、何か判ったんですね?」
「……うん。恐らく貴族派――いや、貴族派を利用している〈星詠み〉が行おうとしているのは、この町そのものを〈門〉にしようとしているんだ」
「……そ、れって、世界樹の時と同じように……?」
以前ラティクスを襲った魔族は、世界樹を〈門〉として利用する事で、このリジスターク大陸に攻め込もうとしていた。それは寸でのところでなんとか止める事ができた訳だけれど、何も魔族が世界樹だけに狙いを絞っていたとは限らなかったのだ。
半年程前――つまりは僕らがエキドナを倒したほぼ同じぐらいの時期に、魔族はこの王都を狙って動き出していたんだろう。
今回僕は、赤崎くん達とかも住む屋敷を貰える事になって、冒険者カードと腕輪に使われている【召喚】と【送還】の二つを解析しながら、魔導車と屋敷を繋ぐ転移魔導具を作る約束をしていた。
けれど、どうにも色々と立て込んでいたせいで後回しになりがちで、頭の隅で考えている程度でしかなかった。
その旨を告げた上で、更に僕は続けた。
「――構想はある程度纏まってはいたんだ。けれど、問題があった」
「問題ですか?」
「うん。転移させるっていう魔導具を作るには、どうしても膨大な魔力が必要だって試算されたんだ。その点を解決させない限り、どうしようもない」
――けれど、
「という事はまさか……! 王都に魔族が流れ込んでくる可能性があるという事、か……?」
「まだ断定できる状況ではありませんが、可能性はあります。リティさん、急ごう」
「は、はいっ!」
「一体何のために魔族などをこの王都に……――いや、俄には信じられんが、こちらも最悪の事態に備えておく。女王陛下には俺から伝えておく。貴殿は急げ」
「お願いします!」
兎にも角にも、夜がタイムリミットだと言うのなら一刻も早く『王都の中心』とやらを割り出し、阻止する必要がある。
王城内で失礼と知りながらも、即座に『
書庫に突っ込んできた僕らを見てリンデさんがビクッと震えながら顔をあげたのはともかく、僕は容赦なくリンデさんの目の前まで速度を落とさずに接近した。
風圧で山積みになった本が崩れ、リンデさんがあわあわと手を左右に振って慌てた後で頬を膨らませて僕を睨みつけた。
「……非常識」
「それは悪いとは思ってるんだけど、今はそれどころじゃないんだ。リンデさん、昔王都が築かれた時の資料とか残ってない?」
しばし無言で僕を責め立てようと、睨みつけたままだんまりを続けようとしていたらしいリンデさんだけれど、どうやら僕が急いでいると理解してくれたようだ。
一つ深い嘆息をした後で気を取り直してくれた。
「王都が築かれた時の資料は、二百年ぐらい前の火事で消失しているらしい」
「……そんな……! じゃあ、この王都に……」
絶望するかのように呟くリティさんを見かねたのか、リンデさんはちらりと彼女を見てから僕に向かって問いかけた。
「……何が知りたい? 知りたい情報を聞いてくれれば、私が知ってるものなら言える」
「『王都の中心』と呼ばれる場所に該当するであろう、全ての場所を」
リンデさんはこくりと頷くと瞑目して思考の海へと潜り込んだ。
数秒か、或いは数分か。
沈黙を貫いていたリンデさんは、ゆっくりと目を開けてから続けた。
「……該当する場所は、三つ。中央広場と、今はもう大通りになってしまっている場所。それと――ディートフリート劇場」
「ディートフリート劇場……?」
「ディートフリート劇場はフォーニアの北寄りの場所にある。けれど、昔は王都の中心地はあの場所だったらしい。だからファルム王国を代表する劇場はあそこに建てられたとか。ただ、ディートフリート劇場はそういう逸話が残っているだけで定かじゃない。確証は、ない」
「大通りになってしまったっていう場所については?」
「それも噂の範疇を出ていない。その辺りに出店している店がかつては王都の中心地にあったと言い張っているけれど、やっぱり確証はない」
となると、可能性としてはまだディートフリート劇場の方が可能性は高い。
――とは言え、だ。
せっかく教えてくれたリンデさんの情報を疑うのはおかしな話ではあるけれど、いくらなんでも中途半端な情報を鵜呑みにしたまま動いていて、いざ両方とも違っていたら目も当てられないというのが実情だ。
できるのなら両方を調べておきたいけれど、今夜がタイムリミットだと言うのなら、あまり悠長に考えている場合じゃない。
「……リティさん。その大通りの店の方を調べるの、任せていいかな」
「ユウさんはどうするんです?」
「僕は予定通り孤児院に行って、情報を確認する。いずれにしてもディートフリート劇場は調べる必要があるだろうし、情報を確認したら僕もそっちに向かうから、リティさんは大通りの方を調べておいてほしい」
「……分かりました。でも、気をつけてください。ユウさんの戦闘能力は皆無に等しいはず。今は人手が不足しているから仕方ないかもしれませんが、絶対に無理だけはしないでください」
いつものポンコツぶりとは全く異なる、真剣な目をしてリティさんが僕へと告げた。
なんだかんだ、リティさんは年齢だけは僕よりもずっと上な訳で、真剣な場面になった時はしっかりと対応できる人だ。かつてラティクスでも彼女に物事を託す事ができたのだから、今回だってきっと大丈夫だろう。
僕は信頼した上で、リティさんの肩を叩いた。
「リティさんに心配される程、僕ってポンコツじゃないけど?」
「っ!? ひ、酷すぎますっ、ユウさんのバカー!」
信頼はしているけれど、リティさんに心配されるのはどうにもむず痒くて、言わずにはいられなかった。
◆
王城を出て、僕はそのまま単独で『
さすがに人の波をすり抜けるような運動能力はないし、上昇しすぎなければそこまで怖くはないしね。いざという時はちゃんと緊急着陸用の重力制御魔導具もつけてあるし、心配はしていない。
先程まで眠っていてもらったミミルにも出てきてもらい――とは言っても胸ポケットに収まって顔だけ出しているけれど――、ウラヌスと一緒に更なる魔導陣の解析を急いでもらう。
そうして孤児院に向かっていると、孤児院へと続く道に見知った顔を見かけ、僕はそのまま彼女の目の前に急降下した。
「うわっ!? って、な、なんだよ、お前かよっ!」
「こんにちは、ハンナさん」
赤髪の、ちょっと気の強い少女ハンナさん。
僕が作った魔導結界を設置してくれている、アイゼンさんの旧友ランドルフさんの弟子であり、初日から僕に噛み付いてきていた少女である。
突然空からやってきた僕に目を白黒させていたハンナさんは、僕が外した『
「ところで、こんな所で何してるんです?」
「あ、あぁ。この近くで設置作業やってんだけど、休憩になったからな。ちょっと古巣に顔出そうと思って」
「古巣? この先は孤児院ですけど」
「知ってんのかよ。あぁ、そうだ。アタシはあそこの出なんだよ」
「ならちょうど良かった。僕も向かっているので、歩きながらでいいですか?」
「なんでお前と一緒に歩かなきゃいけないんだよ……」
ブツクサ言いつつも、僕が歩くと横に並んでハンナさんも歩き出した。
初日は食いついてきたり、なかなか面倒そうな性格をしていそうな雰囲気だったけれど、最近はどうも態度も軟化してきているというか。相変わらず口は悪いんだけれど、それでも頑なに僕を拒絶するような素振りを見せようとはしない。
それはそれでやりやすくて有り難いんだけれども、なんだか調子が狂うような気がしてならないんだよね。
「……その魔導具。それ、空飛べるん、だよな? 自作、なのか?」
「えぇ、そうですよ。重力制御、風を噴出させて推進力にする機能、それと非常時の反重力結界をつけた魔導具です」
「……やっぱお前、スゲェんだな」
「はい?」
「師匠が言ってたんだ。アイゼンさんでさえ、お前を認めてるって。しかもザーレ商会にまで腕を買われてるってさ」
カツカツと石畳を踏み鳴らしながら歩いている僕らの間に、妙な沈黙が流れた。
何を言おうか逡巡していると、再びハンナさんが口を開いた。
「アタシも、早く一人前になって師匠に認めてもらいたいんだ。
「そう、なんですか」
「あぁ、そうだよ。周りからは若くして実力を認められて、天才だとかなんとかって言われてっけど、アタシより年下のお前が、すでに師匠とかと肩を並べてるってんだから、笑っちまうよな」
「肩を並べてるって事もないと思いますけどね」
「謙遜も過ぎれば嫌味だぞ? お前の作った魔導式は全部綺麗で無駄もない。ああいう風に町中全体に散らばめて一つの魔導陣を完成させるなんて発想だって、アタシにゃ思いつかなかった。アタシなんかと違って、お前は本物だ」
……なんとなく湿っぽい空気を感じつつ、それでも僕はこれだけは言いたかった。
「ハンナさんだって、ランドルフさんに認められているんですよね? だったら、そんな卑下するような言い方するのは、周りに失礼じゃないですかね」
「……師匠だってそう言ってたよ。でも、実際そうだろ。アタシより年下でそんだけ仕事ができんだから……」
「そもそも、ハンナさんって幾つなんです?」
「アタシは今年で十六だ」
「僕は今年で十七ですけど?」
……………………。
「……え、っと。お前、アタシより年上、なのか?」
「まぁそんな事だろうと思ったけれど。どうも僕、童顔らしいからね」
アルヴァリッドの冒険者ギルドで初めてミーナさんに会った時、僕は成人じゃないとさえ言われていたからね。
まぁ、なんとなく僕が実年齢よりも若く見られるのは避けて通れないらしい事ぐらい、僕だって理解しているよ。
気にはしてないよ、気には。
ただちょっと、子供扱いされたくないお年頃だという事実を小一時間程かけて滾々と説明してあげたい気分ではあるのだけれど。
「……なんか、ごめん」
「謝られる方がなんだか惨めになる事もあるってこと、知っておいた方がいいんじゃないかな?」
青筋を立てて語る僕に、ハンナさんは引き攣った顔で笑みを浮かべて頷いた。
ともあれ、僕らは孤児院へと辿り着いた。
「あれ、ハンナ姉にユウ兄じゃん。珍しい組み合わせだな」
「やあ、パウロくん。昨日は情報ありがとうね」
「おう、気にすんな! んで、どうしたってんだ? エルナ姉なら来てねーけど」
「ちょっとオフェリアさんに話があってね」
「そっか。おーい、クソババアー! お客ー!」
相変わらずの悪童というか、それらしい空気を纏ったパウロくんに案内されながら孤児院の奥へと進んでいく。
そうして曲がり角を曲がろうとした、その瞬間。
パウロくんの頭が横合いから伸びてきた手によって掴み上げられ、文字通りに身体もろとも宙に浮いた。
「パ・ウ・ロ……? お前はいつになったらその口の悪さを直すんだろうねぇ……?」
「痛ててててッ! はーなーせーー!」
ジタバタと暴れるパウロくんを鼻を鳴らして落としたオフェリアさんは、今しがた浮かべていた般若のような顔から一転、ハンナさんに向かって笑みを浮かべた。
「ハンナじゃないかい」
「ただいま、オフェリア母さん」
「少し見ない間にすっかり美人になったねぇ。――結婚の報告かい?」
「んなっ!? ち、違うわよっ!」
エルナさんの時も結婚の報告がどうのと言っていたけれど、どうしてオフェリアさんはそんなに結婚話が好きなんだろうか。
ともあれ、ハンナさんと旧交を温めていたオフェリアさんは、僕へと視線を向けた。
「それで、今日はどうしたんだい?」
「オフェリアさんに訊きたい事がありまして」
「アタシにかい?」
「はい。――元〈アケラの剣〉である、あなたに」
「……なるほどね。パウロ、ハンナ。アタシは少し話す事があるからね。アンタ達は自由にしてな」
何を言わんとしているのかを察してくれたのか、オフェリアさんの表情は真剣なものへと切り替わり、奥の一室へと案内してくれた。以前、パウロくんが捕まった時に話をした、相変わらず質素だけれど清潔感のある部屋だ。
お互いに向かい合って椅子に腰掛け、僕は早速とばかりに口火を切った。
「オフェリアさん。『王都の中心』と呼ばれる場所に、何か心当たりはありませんか?」
「……なるほどね。昨日来た時に何かに気が付いたようだったけれど、どうやらハズレだったみたいだね。まぁ、十中八九そうだろうと思ったけれどね」
「話が早くて助かります」
パウロくんから『王都の中心』という話を聞いていたのは、オフェリアさんも耳にしていた。そのおかげで、何がどうなっているのかと深くは聞かずとも、オフェリアさんは納得してくれたようだ。
「この王都の過去を知ってる連中なら、まず間違いなくディートフリート劇場を思い浮かべるだろうさ」
「ディートフリート劇場、ですか。聞けば、どうやらこの王都が築かれた際には王都の中心地だったそうですが……」
「おや、知ってたのかい。そう、ディートフリート劇場は間違いなく王都の中心地だったよ。かつての英雄、ファルム王国の初代国王であるディートフリートは、あの劇場があったあの場所で建国を宣言したとさえ言われているぐらいだからね」
やっぱり、ディートフリート劇場が『王都の中心』であるという事はどうやら間違いないらしい。
――となると、恐らく貴族派が何かの仕掛けを完成させるというのは、今夜中にディートフリート劇場で何かを起こす、という事だろうか。
「それで、何がどうなっているんだい?」
「えぇ、実は……――」
貴族派と〈星詠み〉。
この二つが協力しながら王都に何かを仕掛けているという事。
それに、それが僕の読みが正しければ、恐らくは魔族を転移させる〈門〉をこの王都に仕掛けようとしている可能性が高い事。
それらを説明し終えると、オフェリアさんは深刻な面持ちのまま黙考した。
「――もしそれが本当なら、王都は悲惨な事になるだろうね」
「それを阻止するのが、今の僕の目標です」
「なるほど、分かったよ。そういう事なら、アタシも元〈アケラの剣〉の隊長として、聖教会に協力を要請しておこうじゃないか。万が一にも魔族がこの町にやってきたりしたら、戦力は多いに越した事はないからね」
「ありがとうございます。――でしたら、早速僕はディートフリート劇場に……」
そう言って話を切り上げ、立ち上がろうとした――その時だった。
突然廊下を走る何者かの慌てるような声が聞こえてきて、扉が乱暴に開かれた。
「ユウ! 王都内にあったあの悪戯書きが、急に光り始めたみたいだ!」
「なん、だって……?」
扉を開けたハンナさんが齎した情報は、紛れもなく凶報であった。
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