4-12 魔導書
僕に与えられた、【スルー】という【
これは神々の介入とは関係なく、僕らの根底にある性格や環境といったもので生み出された、謂わば特徴がそのままスキル化したとでも言うべき代物だ。
いや、もっと正確に言うのなら、「向こうの世界で死んだ僕に適したスキル」とも言える。
もっとも、僕はもちろん、みんなだって厳密には「地球の日本で高校生をしていた人間である」とは言い切れない。
みんなは神様に、僕はみんなによって生み出された存在であるが故に、少しSFチックな考え方をするならば、「地球の日本で高校生をしていた者達をコピーしたもの」と解釈する事ができるけれど、こんな考えは袋小路だし、それはさて置き。
僕が出会った二柱の神。
最初に邂逅を果たした『叡智』を司る神ルファトス様曰く、僕の【スルー】は神の力をもその対象としてしまう代物だとかで、〈加護〉をもらうのもそれなり以上に苦労していた。
同じくラティクスで出会った上級神――『精霊神』のアーシャル様から〈精霊神〉の加護を受ける際も、それなりに苦労した。
まぁ、苦労したのは僕じゃなく、〈加護〉を与える側が、だけど。
さて、僕が未だに見つめている【混沌】と呼ばれる魔導書。
その内容は、僕の【スルー】にあまりに酷似していた。
魔導書に書かれている内容によれば、どうやら【混沌】を司る者は「人としての定義から外れ、レベルを上げる事ができない」らしい。
これは僕が存在力をスルーしてしまうのと同じような結果を齎せるけれど、この魔導書ではその詳細は書かれていない。
次に、僕で言うところの【精神干渉無視】に近い効果も持っているらしく、それ以外にも【突き破る一撃】と同じく結界の干渉すら無視して相手に攻撃を与えるといった内容もある。
理解が及んでしまえば、さっきまでの動揺していた気持ちもゆっくりと凪いでいく。
「……【混沌】、なるほど。ある意味正しいね、これは」
皮肉っぽく口を突いて出た言葉に、ミミルが首を傾げた。
「これ、【混沌】の名が示す通り、ありとあらゆる魔法法則とでも言うようなものを正面から覆すような代物として、【混沌】の名がつけられているんだ」
『……? どーゆー意味?』
「無秩序に全てをひっくり返している、とでも言うべきかな。抽象的な意味で言えば、この魔法は因果や法則を無視してしまう代物みたいだね」
――僕の【スルー】と同じく。
だから、この【混沌】という魔法系統は僕の【スルー】と酷似しているのだ。
『――解析完了。マスターのスキルツリーに新たなスキル習得を確認』
「え? ウラヌス、表示してくれる?」
さりげなく習得と表示してきたウラヌスに目を丸くしつつ声をかけると、目の前には懐かしいスキルツリーが表示された。
――『【スルー】と【混沌】の融合により、新たなスキルが誕生しました』。
――『【秩序の混沌】・【乖離結界】が【スルー】によって吸収され、【
――『【干渉魔法無視】と【混沌属性】の融合により、スキルが変化します。【
――『【突き破る一撃】と【混沌属性】の融合により、スキルが変化します。【
僕のスキルツリーの一部に現れた――【混沌】に大別され、【スルー】。
それはまるで、僕の【スルー】をなんだか酷く攻撃的な方向へと変化させるものであった。
「――……へぇ。面白いね、これは」
他のみんなも魔導書との相性によっては戦力面を大幅に強化できるかもしれない。そう考えれば、この【混沌】の魔導書は色々な意味で僕にとっては有益な代物だと思う。
実際、スキルが大幅に戦闘向きなものに変わったのは、嬉しくない訳じゃない……けど、そもそも僕のステータスは幼女に走り負け、力でも負けるレベルな訳だからね。防御面やちょっとした小細工には色々と使えそうな気がしなくもないけれど、その辺りは要検証、といったところかな。
「ウラヌス、このまま【混沌】の魔導書を解析しておいて。ついでだからここにある魔導書、全部記憶してもらうから」
『――諾。ミミル、協力を要請します』
『あいあいがってん!』
ビシッと敬礼したミミルとウラヌスに魔導書関連を任せる事にして、ともあれ僕は本題――つまりは『空白の時代』に関する書物を探し始めた。
禁書と指定されている理由は、やはり魔導書ばかりではないみたいだった。
この国の歴史を書いたもの以外にも、聞いた事もない国の歴史書まで置かれていたり、その種類も冊数もかなりのものみたいだ。魔導書の検索と検閲はミミルとウラヌスに任せて、僕が探すのは歴史関係の書物がまとめられている書架に絞っている。
「……これは……?」
数多くの本を手に取りながらパラパラと捲っていく中で目についた、一冊の本。その本は手書きのもので、見た事もない文字が多く使われていた。
この大陸で使われている文字は僕も憶えている。というのも、魔導具を作るためには翻訳機能は邪魔になるだけで、しっかりと理解して解析する必要があったからだ。日本語は表現が被るものも多いし、その細かい意味を知らなくちゃ魔導具造りに差し支えてしまう。
見た事もない文字ばかりが書かれている本は前後の文脈から何を指しているのかを推測して、文字の規則性がないか確認するために一字ずつログウィンドウに書き込み、保存していく。
解らないものに時間を費やしてもしょうがないので、解らないものは書き込んで放置して、次々に抜粋を繰り返す。
そうしてしばらく経った頃、入り口あたりから誰かが呼ぶ声がして戻っていくと、そこにはフリーデリンデさんが立っていた。
「飲み物、そこにある」
「あぁ、ありがとうございます」
「それで、私が読めそうなものは?」
欲望に忠実とでも言うべきか、それとも本の虫らしい活字中毒なのか。フリーデリンデさんは僕に要件を伝える為に声をかけたというよりも、自分が読めそうな未知の本に興味が向いていたようだ。
「いくつかはあるけれど……そうだ。フリーデリンデさん」
「リンデでいい。それと、堅苦しい言葉もいらない」
「あ、そう。じゃあ、リンデさん。未知の言語を解読しながら本を読んでみる気、ある?」
答えを待つ必要もなく、フリーデリンデさんはコクコクと凄まじい勢いで頷いてみせ、眠たげな瞳を輝かせながら僕を見ていた。
早速、ちょうど呼ばれた時に僕の方で文字を抜粋した一冊を手渡すと、小さな手で抱きしめるように本を受け取り、何やらすんすんと匂いを嗅ぐような仕草を見せた。
「これは……いいものです」
「……そう、だね?」
恍惚としながら古い本を嗅覚から楽しむという、どこか僕には理解できない動きを見せるフリーデリンデさんに、僕は引いてしまいそうだよ。
埃とか被っているんじゃないかと思えるけれど、ここにある禁書は状態保存の魔法が全てにかけられているようで、そういったものは見当たらないし、まぁ本人が喜んでいるなら水を差すのも野暮というものだし、放置でいいよね。
「その本、どうも見た事がない文字が幾つも使われているみたいなんだ。僕の方でも幾つか法則性みたいなものを見つけようとしてるんだけど……」
「そういうのは私得意。問題ない、私にやらせて」
「そ、そっか。じゃあまたそれと同じような本があったら呼ぶから」
突然早口で捲し立てられて仰け反る僕を他所に、フリーデリンデさんは早歩きでさっさと行ってしまった。
あの様子なら、僕よりもずっと早く文字の読み方を解いてくれそうな予感を抱きつつ、飲み物を手に取った僕は一休みして、再び文字の海へと飛び込んだ。
気が付けば外は茜色に染まる程に時間が経ってしまっていたようで、書庫内も魔導具が淡い光を灯して、影を揺らしていた。
今日の調べ物はこれぐらいで切り上げようかとミミルとウラヌスに告げ、本を読み続けていたせいで首が凝ってしまったらしく、揉みほぐしながら書庫へと戻ると、リティさんが椅子に座って眠っていた。
リティさん、涎垂れてるよ……。
「リティさん、今日は帰るよ」
「……ふぇ? あ、ユウさん~」
にへらと寝惚けたまま笑みを浮かべたリティさんの姿に思わず苦笑が浮かぶ。なんていうか、警戒心とかそういったものがなさ過ぎる姿を見ていると、僕まで力が抜けてしまいそうだ。
どうにかリティさんを起こして書庫の入り口へと向かうと、フリーデリンデさんが一心不乱にノートに何かを書き記しながら、広げた禁書の一冊と向き合っていた。
「リンデさん、今日は帰るよ」
「ん。明日もよろ」
「あー……。まぁ、明日も来るね」
王都内のゴタゴタが終わるまでは、どっちにしても僕は予定がない状態だしね。今日得られた情報を他のみんなに教えれば、明日は同行者が増えたりもするかもしれない。
そう考えると、何か禁書――というより魔導書対策として、呪いやら何やらの対策を取れるような魔導具が必要になるのかな。僕はスルーできたけれど、他のみんなは厳しいだろうし。
呪い対策はウラヌスとミミルに解析してもらったし、対策用の魔導陣はすぐに用意できそうだ。それ以外にも、今後魔族とぶつかり合うと考えるなら、防御結界とかもつけれるような首飾りでも作った方がいいかもしれない。
そんな事を考えつつ王城を歩いていたら、前方からジーク侯爵さん。それに、何やら真剣な面持ちをしている赤崎くんとエルナさんが歩いてきて、僕を見つけるなり小走りで駆けてきた。
「ユウ殿!」
「どうしたんです?」
「ふむ、無事なようで何よりだ」
小首を傾げ、事情が呑み込めない僕がエルナさんと赤崎くんを見やるけれど、二人も真剣な表情を崩そうとはしなかった。
「実は、シンジ殿が〈星詠み〉と遭遇したようでな」
「〈星詠み〉と?」
「あぁ。いかにもって感じの占い師っぽい見た目もしてたし、自分でそう名乗ってたから間違いないと思う。でも俺、〈星詠み〉ってのが貴族派と組んでるなんて知らなかったから、とっ捕まえたりもできなくて……」
「あぁ、そういえば赤崎くんは〈星詠み〉の件も知らなかったよね。それで、わざわざここに来てどうしたの?」
「悠、一刻も早く王都を出た方がいい」
要領を得ないままの僕に、赤崎くんはまっすぐ僕を見つめて続けた。
「〈星詠み〉が言ってたんだ。――「このまま王都に留まっていたら、いずれは同胞の一人を失う事になる」って」
「同胞の一人って言うと、僕らの中の一人がってことかな?」
「そうだと思う。俺達の事を異界の勇者って言ってた」
――〈星詠み〉。
今回だけに関わらず、ラティクスの一件からも間接的には敵とも言える立場にいると思われる、魔族の占い師。
発狂しかけていたオルトネラさんが言っていた「〈星詠み〉の占いは絶対だ」という言葉を鵜呑みにするのなら、なんらかの予知系の魔法というかスキルを持つ一族だと僕は考えている。
「赤崎くん」
「なんだ?」
「僕らは王都を出るべきじゃない、と思う」
「な、なんでだよ? だって、さっき俺も聞いたけど、〈星詠み〉ってのの占いは当たるんだろ?」
「だからこそ、だよ。その情報を僕らが手に入れているのを理解しているのなら、赤崎くんに告げた占いは占いじゃない可能性が高いと思うんだ」
確かに、〈星詠み〉の占いは当たるのかもしれない。
けれど――そもそも赤崎くんに告げられた言葉が、はたして本当に占いの結果を告げたものなのかと言われれば、その根拠はない。
詰まるところ、貴族派に協力している〈星詠み〉が、「僕らを王都から遠ざける為についたブラフである」という可能性も否定できないのだ。
ヴェルナー・エルバムが言っていた通り、貴族派がこの王都の器物損壊を指揮していて、そこに〈星詠み〉が介入しているんだとしたら、僕らがこの真相に辿り着かれてしまうのは困るはずだ。〈星詠み〉が先手を取ってきたと考えると、なおさらにブラフである可能性は高まる。
そうした考えを口にすると、それぞれ考え込むように虚空を見つめた。
「――なるほど。だが、そうではない可能性もあるのでは?」
「えぇ、僕もその可能性を捨て去った訳じゃありませんよ。だから、打てる手をなるべく打っておかないと、ですね」
例えどちらであったとしても、このまま放置しておくつもりはない。
とりあえず、魔導書でみんなの戦力の底上げと、『空白の時代』に関係するかどうかはともかく、町中の騒動の本当の目的を暴くこと。
いずれにしても、悠長に構えている場合ではなくなってきた、かな。
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