追っかけていたアイドルがイケメンと歩いている姿を目撃した俺は、バイト代はたいて買ったグッズを全て売り払い、ワキガで悩んでる北欧系超絶美少女ハーフ義妹に手術代としてあげたら、死ぬ程惚れられた。
※この作品はフィクションです。また作中で登場しているワキガの手術に関してですが、現在そんな画期的な手法はありません(有るかも知れませんがググっても出なかった)。作中独自の手術です。
2019/01/13 誤字修正、後書き追記
2019/01/17 活動報告に今後の予定を入れました、後書き追記
激怒した。それはもう怒髪天を衝くほどに激怒した。
彼女は言っていたじゃないか。
「こっそり彼氏を作るなんて信じられない。今まで応援してくれたファンに対する裏切り行為、私ならグループを抜けるっ!」
彼女のアイデンティティとも言える
「なんで楽しそうにイケメンと歩いてんだよ……!」
地元出身のアイドルで、天使とまごうほど可愛くて、すごくキッチリしているようでどこか抜けていて、実は味噌汁が好物で、握手会の時に手をぎゅっと握って微笑んでくれた彼女が、一体なんで彼氏なんかと歩いているのだ!?
不文律どころではない。彼女らのグループは公式に彼氏を作らない宣言をしていたのだ。人は人、自分は自分だったのか。グループメンバーにあれだけ言っておいて自分は良いのか!?
家に帰ってからの行動は早かった。グループがヒットする前どころか、最初期から集めまくった彼女のポスターやらキーホルダーやらカレンダーやらのグッズを、一つ一つ取り外してやった。そして警察がよくやる、押収した商品をメディア公開用に陳列するように、見栄え良く丁寧に陳列して写真を撮ると、ネットオークションにかけてやった。
落札金額は想像を絶していた。
確かに彼女のグッズに、中学の頃からのバイトやお小遣いのほとんどをつぎ込んできたが、それはせいぜい数十万くらいだろう。
しかしどうだ?
通帳には三桁万円の金額が書かれていて、何度も見返したがその数字は変わることが無くて、オークションサイトのマイページを確認しても、やっぱり同じ金額が書かれていて、結果的に信じざるを得ない状況になった。
しかしだ。あくせく働いて稼いだ金が元ではあるが、この金を見るのもイヤだった。どうしても彼女を思い起こすのだ。
彼女への投資なんかではなかった。デビューして間もない頃は、彼女らなんてヒットすることは無く、地下アイドル群に埋もれ、消えてしまうのだと誰しもが思っていただろう。俺もそう思っていた。しかし、その中でリーダーの彼女から、溢れんばかりの魅力を感じたのだ。彼女が地元出身という事もあり、俺はアホみたいに彼女にお金をかけた。他のアイドル達に埋もれ、いずれ消えさるのだと思っていても、少しでも長くアイドルを続けて欲しい、その一心だった。そう。彼女に使ったお金は投資では無く、捨てたつもりだった。それぐらいの覚悟があった。
それは愛と言うより、崇拝に近かった。しかし彼女がしたことは、ローマ法王が聖書を否定するような、それくらいの衝撃だった。
大人になったら「昔こんな売れないアイドルがいたんだぜ、でもすっげー輝いてたんだ」なんて話す未来を思い浮かべていたが、そんな彼女らのグループに転機が訪れたのは1つの動画だった。
最初に火が付いたのは日本では無くイギリスだった。
「WTF(what the fuck一体何だコレは!?)」
それはキャッチーながら重厚な音楽に和をブレンドして、切れの良いダンスを踊るメンバーの
動画の感想欄は外国語で溢れた。そして話題性を買われイギリスの大きなフェスに招待され、そこでメインステージでは無いものの大成功を収めると、それが話題となって日本に逆輸入された。
今でも思い出せる。あのときは父親の再婚相手である
おかげで俺はフェスに参加できた。
見た目厳ついオッサンやら、頭二つデカい兄ちゃんやらを押しのけ最前列に行き、数少ない日本人の同士達と枯れるまで叫んだ。ライブの終了後はその辺りの外人達(イギリス人だけでは無くフランス、フィンランド、ノルウェーなど多国籍の人たちが集まった)と語り合い、肩を組んで写真を撮って最高の思い出を作り、日本に帰還した。彼らは今も元気だろうか。
「はぁ」
この通帳のお金を見ていると、いろんな事を思い出す。複雑な思いがせめぎ合い、なんだか吐きそうになった。
俺はうがいでもしようと部屋を出て、階段を降りる。ついでにこの混沌とした感情が少しでも流れてくれる事を祈りながら。
俺は洗面所でうがいをするも、やっぱり気分は晴れなかった。ジュースでも飲みながらネットサーフィンでもするかと、リビングのドアを開ける。そして思わず顔をしかめた。
臭い。
その異臭の原因は分かりきっている。ソファーに座ってジュースを飲んでいる
彼女は
しかし天は二物を与えなかった。
レナは凄まじいほどの悪臭を放つ、ワキガだった。
俺はそのまま
『イジメの発生件数は増加傾向ーー』
ぷつりと、テレビが消される。不意にレナがこちらを向いたので、俺はすぐに視線をそらした。
レナはこのワキガで本当に悩んでいるようだった。小学から半ば登校拒否の引きこもり状態であったが、中学は輪をかけて酷かった。買い物ですらヨドバシやらアマゾンを有効活用……と言うより悪用して、ほぼ家で済ませている。なんとか私立の学校に合格し今年の4月に高校生となるのだが、このままでは中学の二の舞である。
レナは頭が良いわけでは無いが、悪いわけでもない。だから自分がこのままではまずいことを自覚しているし、実際にレナは出たがっていた。
でもレナの奥底にいる心が拒否しているのだ。それが顔と体に表れている。
レナとはあまり仲が良くないから、マリアさんに聞くところになるが、レナはこの辺りの人と会うのがどうしてもイヤらしい。
何もかもをリセットしたいのだろう。知らない場所で新たに始めたいのだろう。その気持ちはよく分かる。俺だって小学校でやらかした事件をリセットしたいと思っていたし、実際友達を何人か無くした。
そう、気持ちは分かるのだ。だからこそ亡き父親と亡き実母が残したこのマンションから、引っ越すことも了承している。転勤族だった両親だから、住居なんてさしてどうでも良かった。
マリアさんは涙ながらに感謝してくれたが、本当に住む場所なんてどうでも良かった。学校も電車で行ける距離だし、バイト先は学校に近いから関係ない。口には出してないが、書店が近くにあるから早く引っ越してほしいとさえ思っていた。
レナの視線から逃れるように、顔をそらした先には、リビングのテーブルに一枚のチラシが置いてある。それは有名な整形外科医の名前と、最新医療による治療の値段目安が書かれていた。
よくよく読まなくても、それはワキガの手術代で有ることが分かった。レナはいつもこういったワキガに関するチラシを集めては、マリアさんに話して喧嘩をしていた。お金のことで。
二人の
しかし、それは薬やらが非常に高価で、また普及していないことも相まって、馬鹿高いのだ。このチラシにはでかでかと三桁万円の数字が書かれているが、見る人が見れば安いのだろう。
実のところその最新医療の手術代金なんざ、ニコニコ現金一括払い出来るのだ。それは父の死亡保険が降りたからだ。父は保険を嫌っていたから、実母に無理矢理加入させられた非常に安価な保険にしか入って居なかったため、そこまで大きい金額ではない。しかし、払えるのだ。
だけどマリアさんは亡き父の
父は直感型の人間だった。しかしそれは大抵良い意味で当たる直感だった。旅行に行ったときは「なんだか嫌な予感がするから、ここに行くのはやめよう」なんて言い出したときは、ガン泣きしたが、その日地震が起きてその行こうとした場所が火事になったときは、父が
さて、当時他人であり、未亡人だったマリアさんが、色々困っているのを助けてあげたのも、ある意味大正解で、ある意味大失敗だった。マリアという名の通り、聖母のような女性が俺の母になってくれたのだ。しかし結婚後、間もなくして父はこの世をさった。悪い見方をすればマリアさんに俺を押しつけて、二度と会えない世界へ旅立だって行きやがったのだ。
父が亡くなったことで悲しみもしたけれど、破天荒でどこかねじが外れていた父だったせいもあって、そこまで大きな悲しみは感じなかった。むしろだ。ある程度社会を知り始めていたから、マリアさんに同情した。
自分とは一切血のつながっていない外人の子供が、自分の戸籍に入っているのだ。自分の娘と合わせて二人を育てなければならない。その心証は察するに余りある。
だから俺はなるべくマリアさんの助けになるように動いた。スマホ代も自分で払うし、ご飯は作るし、掃除はするし、洗濯はプライバシーの侵害にならないくらいまで手伝った。まあ同情どころか少し欲情してしまったのは、マリアさんが年齢を感じさせない程美人で優しいから仕方ないと思う。あまり体を密着するスキンシップは取らないで欲しい。ただ実の息子のように扱ってくれるのは感謝している。恥ずかしいけれど。
ともかくマリアさんは優しい。だからこそ俺に父のお金を使いたいのだろう。大学には費用がかかる。マリアさんがレナに「今有るお金は大学の学費に充てるのっ!」と俺を見ながら言ったときは、レナはハッとした表情をして、すぐ泣き出してしまった。レナもそのお金に手を出したくはないのだろう。そしてどうしようもなくなって、泣いてしまったのだ。
本音を言えば父の遺産は使ってくれて構わなかった。むしろ脳みそを掴まれるような悪臭から解放されるなら、是非使って欲しかった。ただ俺はレナと余り仲が良くない。未だにどう接して良いか分からないし、何よりレナは俺と距離を取っている。物理的にも、心情的にも。まあレナが距離を取るのは、マリアさん以外ほぼ全員だから、ショックどころかこれから先を心配してしまうのだが。
レナが他者から距離をとる理由のひとつは、間違いなく自身の悪臭だろう。正直に言えば俺もレナがいる部屋に一緒にいたくない。おいしさが半減するから、いっしょに食事も取りたくない。同じ部屋にいると体調不良になるくらいだ。このストレスから解消されるなら、返済が辛いのだとしても、奨学金を借り、バイト掛け持ちしながら大学へ行く。複雑な母子家庭だから、奨学金は格安(低金利)のが下りるだろうし、俺のできが良ければ一部免除されるかも知れない。
もちろん「臭くてストレスが半端ないから手術して」なんて、そんな直接的なことは彼女達に言えなかった。そもそもレナとはほとんど話さない。だから話すのは必然的にマリアさんにだった。
「自分はどうとでもなるから、レナにお金を使って欲しい」
しかしマリアさんはその言葉を聞いて、目を見開くと、泣きそうな顔で首を振るのだ。震える腕で俺を抱きしめ、涙声でありがとうやら、thank youなんて繰り返し言うものの、しかし決して使おうとはしなかった。
俺が部屋に戻ってすぐにマリアさんは帰宅したようだった。二十分もせずにご飯だと呼ばれ、短時間で用意したにしては豪華な食事を、三人で囲んだ。
三人でご飯を食べている間、俺はやっぱりこの苦痛(悪臭)に耐えていた。それも何度目か分からない母娘のケンカを聞きながら。
さっさと食事を済ませ、皆の食器を洗ってから部屋に戻ると、視界に通帳を見つける。いやな物を思い出したと、ポケットに手を入れる。するとなにかの紙がつぶれる音がした。
その紙を取り出して広げてみると、通帳残高の少し少ないぐらいの金額が、それはもうデカデカと書かれたチラシが入っていた。
俺はすぐさまそのチラシを部屋に落ちていたコンビニ袋に入れると、その中に通帳とカードと印鑑を入れる。そして机の上にあるメモ帳に、アイドルリーダーの誕生日及び、俺のカードの暗証番号を書くと、それも袋に入れた。
それからすぐに部屋を出ると、レナの部屋をノックする。
マリアさんとのケンカがまだ尾を引いているのだろう。ウザったそうな顔で俺を見ると、
「何?」
とぶっきらぼうに話す。
俺はあまりの臭いで、中学生とは思えない程大きな胸の横、臭いの元である腋を見つめた。そして小さく息を吐くと、これ以上吸い込まないようにしようと思った。
俺は先ほどのビニール袋をレナの前に出す。しかしレナは困惑しているようだ。俺は呼吸を止めているせいで、だんだん苦しくなり、俺はレナの手を掴み無理矢理持たせると、部屋を出て自室に戻った。
そしてすぐさまアロマを使って、レナのくっさい臭いを上書きし、リラックスしながら今日何をするかを考える。俺は壁や棚一面がすっきりしているのを見て、なんとなくだが、遊ぶ気にはならなかった。
「勉強でもしようかな」
辛いことがあると仕事に逃げる大人がいるらしいが、その理由が少しだけ分かった気がした。
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一体どうすれば良いのだろうか。
母は私の苦しみを一切分かってくれない。この臭いに私はどれだけ苦しめられた事か。
学校に行くのがいやだった。
女子に仲の良い友達は居ない。この臭いもそうだが、私のこの造形もまた、あいつらはいやだったらしい。ただ男子はたまに声をかけてくれる人も居た。しかしそれはほぼ私の体が目当てなようで、
電車に乗るのがいやだった。
何かしらの空間で閉じ込められるのがいやだった。私の体から溢れる腐臭は、辺りの笑顔を枯れさせるのと同時に、小さな悪意となって私に向うからだ。だから電車やバスに乗っていると全員が敵に見えた。だけど乗客にとって敵なのは私なのだ。
コンコン、と部屋がノックされる。叩き方で分かる。コレは
アイドルを追っかける気持ちの悪い義兄だ。
見た目はまあそれなりにイケメンではある。しかし彼は自分が自由に使えるお金を全てアイドルグッズに替えるほどのファンだった。アイドルに人生を捧げてるような、そんな兄だった。
以前、
私は立ち上がると、ドアを開ける。
「なに?」
ドアの前にいたのはやっぱりヤマトだった。大和はじろりと私の胸元を見た後に、小さく息をつく。
その低俗な視線は、クラスメートと同じだった。何でこんなヤツと一緒に暮らさなければならないのだろう。私は何度母さんを恨んだことだろうか。義父さんはいい人だったのに、なんで彼はこんなのなんだろう?
だけど私がヤマトの悪口を言うと、決まって母さんはヤマトの肩を持った。手伝いもしてくれるし、要らないと言ってもお金を入れてくれるし、今まで出会ってきた子の中で一番良い子とまで言った。そしてそう思うのは私が悪いみたいに言うのだ。
ヤマトは私の前にコンビニの袋を差し出した。
「え?」
ヤマトは何も言わなかった。代わりに私の手を掴み袋を持たせると、すぐに部屋を出て行ってしまった。
「なんなの……」
私は渡された袋を開ける。一番先に目に入ったのはワキガの手術費用が書かれた、チラシだった。そしてその隣にあったのは。
「通……帳?」
ヤマトが手術費用を捻出したのだ。自分の手術費用ではない。私の手術費用を。一体どうして私にこのお金を? 一体どうやって捻出したのだろう?
私はすぐにドアを叩きつけるように開けて、ヤマトの部屋に駆け出した。そしてヤマトの部屋を殴りつけるようにノックすると、少ししてドアが開いた。
「どうした?」
私は言葉を発せなかった。
ヤマトの部屋には無かった。あれだけ壁一面に貼っていたポスターは無くて、ほんの少し日焼けした壁しか無かった。CD、写真集、パンフレットなどが置いてあった棚はほぼ空っぽだった。アイドルの顔写真が貼られたペン立てには、ライブの時に使うペンライトがたくさん立てていたのに、今は何もない。タオルもTシャツも帽子もキーホルダーも。荷物が置いてあるのは机の上に広げられていた勉強道具と小物類。そして、コルクボードに貼られた写真だけだった。
その写真はイギリスで知り合ったらしい老若男女と肩を組んで笑っていた。その隣にはお母さんの実家で撮った写真が貼られていて、そこには私も映っていた。
部屋が広々として見えた。何も無くなってしまっていた。
声を出そうとして声を出せなかった。
ヤマトは私の持つ通帳を見て、フッと微笑むと。
「気にしなくていい。ちょうど春休みだし、都合が付いたときに行っておいで」
と言った。
結局ヤマトがドアを閉めるまで、何も言うことは出来なかった。私はこぼれる涙をぬぐいながら、重い足取りでお母さんの元へ向った。
お母さんは私の顔を見て、持っていたリモコンを放り投げた。私は相当酷い顔をしていたのかも知れない。
「一体どうしたの!?」
近寄って私の肩に手を乗せる母さんに、私は持っていた通帳とチラシを渡した。
「ヤマトの………このお金は…………っ!?」
お母さんは通帳を持って絶句していた。わなわなと手が震えていて、瞳孔が収縮している。私と同じように目の前に有るものが信じられないようだった。
「ヤマトの部屋にあったグッズが、無いの。何にも無いの……。ポスターもTシャツもCDも本も……何にも無いの……」
お母さんはヤマトがあのアイドルにどれだけうつつを抜かしていたか知っていたはずだ。気持ち悪いぐらい所狭しと並べられていた、あのグッズ群を見ていたはずなのだ。
「ヤマト……」
呟く母さんの胸に顔を押し当て、声を殺して泣く。お母さんの冷たいけれど柔らかな手が、私をなでてくれた。
「おがあさん、どうじよう」
「…………レナには言ってなかったんだけど、実は……お兄ちゃんはずっとレナのことを心配していたのよ?」
「……んぇ?」
私は押し当てていた顔を離し、お母さんを見つめる。眉根を下げ、何かを懐かしむような表情で、お母さんは話し始めた。
「お兄ちゃんね、ずっと言ってた。自分の大学はバイトと奨学金でなんとかするから、レナにお父さんのお金を使ってくれって」
「う、うそ……」
「嘘じゃないわ。ずっと貴方のことを心配していたの。でもね私はお父さんのことがあるから、あのお金はどうしても使いたくなかった。絶対に。だから私はずっと断っていたの」
お母さんの言うとおり、義父は私とお母さんを窮地から救ってくれた。だからお母さんはヤマトを何が何でも立派に育てると誓っていたはずだ。
「ヤマトの決意は分かったわ。もう売ってしまった物はどうしようもないし、お兄ちゃんに感謝してつかいましょう」
売ってしまった物は、どうしようもないと聞いて、私は顔をお母さんの胸に押しつける。涙は涸れることはなくて、ボロボロと頬を伝っていく。
「……だからお兄ちゃんはとても優しいって、言ったでしょう?」
「…………うん」
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レナからそのことを聞いたときは、嘘だ、と一瞬思いもした。しかしヤマトならするかも知れない、そうとも思った。
ヤマトは本当の両親の影響で、非常に成熟した思考を
しかしヤマトはその異常な光景を、まるで雨期の雨のように、それは逃れられない仕方ないことだと受け止めていた。
ヤマトに聞くところによると、昔から破天荒だったらしいが、奥様が亡くなられてからは、ブレーキが無くなったかのように悪化していったらしい。
「親父がどんな人かって? 一般人に擬態した世捨て人かな」
ヤマトの辛辣な父親評を、私は否定できなかった。
そんな父親だからこそ、ヤマトは自立せざるを得なかったのだろう。親がいないことが多かったから、どうすれば良いかを思考実験し、出た結論に則ってアルバイトを始めた。そしてヤマトは問題が起こるごとに自問自答して回答を出し、学校に通っていた。自立どころか社会を拒否し、家で惰眠を
私が彼と籍を入れたのは、お金の問題を解決してもらった事が切っ掛けだが、一番はレナとヤマトの事があったからだ。レナはヤマトの父親のおかげで、現状を打破できそうだった。
多分彼も同じ気持ちだったのだろう。彼の息子であるヤマトのことは、私がよく見ていたから。でなければ資産家でもない彼と、恋人らしき事もセックスすらもせず、籍を入れるなんてあり得るだろうか。
そう、私と彼に有ったのは打算と一方的な哀れみだった。
彼にとって息子のヤマトは、人生の重しでありながら、自分がながされないように沈める碇だった。彼は奥様を亡くしてから、すぐにでもこの人生から旅立ちたかったのではないかと私は思っている。だから私がヤマトと交流するのを見届けることで、碇が外れ、ようやく行けると、逝ってしまったんだろう。でなければ、あんな死に方なんてしない。
ヤマトは父親が亡くなってから、私へ最初に言った言葉は、泣き言でも恨み言でも無かった。「ごめんなさい」なんていう、私に対する謝罪だった。
彼が亡くなったと聞いて、顔を見て、それでも涙は出なかった。だけどショックを受けているようで、それでいて困惑したようなヤマトの謝罪を聞いてからは、涙が止まらなかった。
本当に謝罪すべきだったのは私の方だったのかも知れない。彼の父親が亡くなった一因は私なのだから。
ヤマトの父親が亡くなったことは、私達に大きな傷跡を残した。
レナは彼の死によって、好転しかけていた負の気持ちがぶり返し、引きこもりに戻った。
ヤマトは元々お手伝いをしてくれる子だった。それが父親が亡くなってから、より一層手伝いをするようになった。自分の時間を削ってでも。
ヤマトは成熟した思考を持ち合わせていると同時に、家族に対して愛を持ちたかったのだろう。それはレナの手術代を出したことからもよく分かる。
それは反面教師なのだろう。彼の父親はああで、そしてそのまま死んでしまったのだから。
ヤマトがしていたであろう自問自答の結論によっては、家族という者は完全な他者になっていてもおかしくはなかった。だけどヤマトは家族を他人と定義せず、愛を与えるものと定義してくれたのは本当に良かった。ただ自分が愛を与えられなかった反動なのか、彼の愛はすこし重い。自分の大切な物を売り払ってまでくれる愛は、嬉しい反面少し恐い。
それでもヤマトの家族は幸せだと思う。現に私は幸せだ。そしてヤマトがレナに対して愛を見せてくれたから、より幸せになった。
ただヤマト自身も愛に飢えているように見える。しかたない。彼は家族から貰える愛をほとんど貰うことが無かったから。
もしヤマトが結婚するなら、ヤマトを本気で愛してくれる人でなければ、許可を出さないようにしなければならない。
そして私はヤマトに愛を与えよう。過剰に接触しよう。彼は恥ずかしそうでありながらも、彼は嬉しそうだった。
ただ、私はこの家族の愛をヤマトに与え続けられるだろうか。
ヤマトは博識で、非常に察しが良い。たまに私の心情を見透かしているような気がするのだ。彼の父が亡くなった時もそうだった。そして私が求めている言葉を耳元で紡がれ、優しい笑顔で肩を叩かれると、家族の愛ではないそれ以上の感情が胸の中で暴れ、私の全てをさらけ出して抱きしめたくなってしまう。
それから少しして自己嫌悪に陥いるのだが、私はきっとヤマトを抱きしめてしまう、そんな予感がしていた。
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俺がレナにお金を渡してからも、俺とレナの関係は相変わらずだった。
基本的に顔を合わせない。会話は必要最低限。むしろ以前より悪化した印象がある。
黙々と俺とレナは食事をとり続ける。マリアさんが俺らのどちらかに話しかければ、どちらかが喋るだけ。
「そうだ、来週レナの手術をすることになったの! 申し訳ないけれどその日のご飯は自分で用意して頂戴」
とマリアさんが俺にそういうも、
「分かった、その日は何か作って食べるよ」
「……」
レナは何も言わない。お金を渡してからレナは本当に何も言わなくなった。俺にお礼の言葉も無い。まあ、俺はいやな思い出のあるお金を押しつけただけだから、別になんとも思ってないが。
マリアさんはレナを見て眉根を顰める。レナはその顔を見て、一瞬俺に視線を向けるもすぐに外し、慌てた様子でテレビのリモコンに手を伸ばした。
彼女がテレビをつけると、お笑いタレントが司会をしているバラエティが映し出された。
ぼうっとそれを見ていたら、ある場面で息をのんだ。
もう見慣れたどころか、写真に近い絵を描くことさえ出来るであろう、あのアイドルリーダーが映っていた。それもやけに見覚えのあるイケメンと、一緒にテレビに出ているではないか。
いや、ニュースであれば理解出来た。砲撃やら、金曜日されたりでの公開処刑ならば。どうせおつきあいしてんだろ、俺は知ってるんだよって。
しかしコレはニュースではない。バラエティである。
しかもこのイケメンの前に『兄』と書かれたプレートが見うけられるのは、気のせいだろうか。
お、落ち着こう。
俺は般若心経を呪文のように唱えながら、絞りたてのオレンジジュースを口に入れる。テレビではアイドルリーダーの名前が呼ばれ、隣のイケメンとともに画面に大きく映った。
『そうですね、兄さんとは一緒に買い物に行くぐらい仲が良いんです!』
「ぶっっっゲホッゲホッ」
「ヤマトッ!?」
マリアさんは信じられない物を見たかのような形相で俺を呼ぶ。たとえて言うなら、目の前で人が轢かれたかのような。
「だ、大丈夫」
いや全然大丈夫じゃない。頭の中は真っ白で、しかし何かしないといけないような気がして、何かを考えようとして、何も考えられなくて。
テレビの中であのアイドルは笑いながらばしばしイケメンを叩いている。イケメンはまんざらでもなさそうな表情で、何かを言っていたが、内容が全く頭に入ってこなかった。
その代わりにアイドルの顔が映る度に、売ってしまったグッズ達が、走馬燈のように頭に浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。
初めて買ったTシャツはプリント物で非常に安っぽかった。初めて買ったタオルも普通のタオルと比べたら短いし小さかった。それをぶんぶん振り回しながら、当時数少ない同士達と一緒に声がかれるまで歌った。動画が人気を博してからはグッズ売り場は戦場だった。さっさと並ばなければ欲しいものは売り切れるから、時には前日から並んでいたこともあった。あのグッズ一つ一つに何かしらの思い出があった。
不意に尋常じゃ無い程の吐き気が襲ってきた。俺は箸を置くと
「ご、ゴメン。ご飯はもういいや。ちょっと気分が悪いから……皿洗いは朝やるよ」
そう言ってすぐさま席を立ち、自分の部屋へ向った。
ドアを開けると一番に出迎えてくれるのは、水着姿の彼女だった。照りつける太陽をバックに、天使のような笑顔をこちらに向けてくれる彼女は、今は居なかった。彼女が居た場所に日焼けが残っているだけで、彼女自身がいなかった。部屋のどこを見渡しても居なかった。
「う、うそだろ……」
ただ呆然と何も無い壁や棚を見る事しか出来なかった。
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「皿洗いは朝やるよ」
そう言うヤマトは顔面を蒼白にしたまま部屋を出て行った。普段なら最低限流しへ食器を持っていくのだが、今回はその余裕すらもなかったのだろう。テーブルの上には食べかけの料理がそのまま置かれている。
余裕がないのはレナも一緒だった。今にも泣き出しそうな顔で口を開閉させ、ヤマトの出て行ったドアとテレビを交互に見ていた。
テレビではヤマトが心底惚れ込んでいたアイドルが、笑顔でアサリの味噌汁について語っている。
思わず頭を押さえる。
レナをせっついたつもりだったが、まさかの事態に発展してしまった。
レナはヤマトにお礼を言いたかった。しかしレナはヤマトに言いあぐねていた。理由は分かる。あまりにすれ違いの期間が長くて、どう話しかけて良いのか分からないのだろう。
レナはヤマトの事を同じ家に住む赤の他人とでも思っていた。レナの態度はそれ相応だ。しかしヤマトは違った。
レナも私も、自分の身を削ってでも助けるべき人であったのだ。レナはヤマトのことを何考えて居るか分からなくて、自己中で、自身をいやらしい目で見てくる変態、なんて言うが、それはほぼ勘違いといえる(全否定は出来ない)。
ヤマトの態度は私から見ても素っ気ないように見える。しかしヤマトは口には出さず、小さな気遣いをしっかりしていた。レナが醤油が欲しくなりそうと分かれば、レナの近くに置いたり、喉が痛そうなレナを見れば、テーブルの上にこっそりのど飴を置いたりする。それもレナが嫌いな苦みのあるのど飴では無く、好物であるフルーツ味ののど飴をだ。
レナは今までヤマトから優しくして貰っても、大抵気が付かなかった。でもお金を貰いヤマトを意識するようになって、レナは気が付いてしまったのだ。ヤマトから非常に多くの愛を受けていることに。
レナはそのお礼もしなければならなかった。だけどその思いは大きすぎて、どう伝えて良いのか分からないのだろう。すれ違いの件もあって、レナ自身で伝えるのは難しいと私は思っていた。
だから私はこの場で手術の件を口にした。そしてレナに早くお礼を言えと、目で訴えたのだ。レナは逃げ出した。イジメの時と同じように逃げ出した。そしてテレビをつけて場を変えようとした。逃げの一手としては良い手であるかも知れない。しかし映し出された番組は、ヤマトの心を削り、ヤマトの決意とレナへの愛情を証明する結果となった。
ヤマトがグッズを手放したのは、断腸の思いだったのだろう。何年も前から自分のお小遣いやアルバイトのお金をそそぎこみ、他国に行ってまで応援していたのだ。だからこそあそこまで蒼白に…………人間は死ぬ以外に、あんなに蒼白になれるのか。
「お、お、にぃちゃ………」
起きてしまったことは仕方が無い。
「……後でお礼を言いなさい」
もう戻れないのだから、先がどうであろうと踏み出さなければならないのだ。
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レナの手術が上手くいったことは、マリアさんから聞いた。義が付くとはいえ、兄妹間なのに直接メッセージが来ないことは、俺とレナの関係を物語っていると思う。
確かにレナは、地べたにおでこをこすりつけてしまいそうな程カワイイが、ワキガのせいで俺は余り興味がわかなかった。むしろ殴りたくなる事さえあった。
テスト前で必死に勉強しているときに、居間でテレビを見ながら悪臭を放っていれば、そりゃぁ文句も言いたくなる。
しかしそれはレナがわざとそうしているわけではないし、むしろ解消の努力をしている事を理解していたから、レナには全く何も言わなかったし、言えなかった。
レナに悪印象を持つのは何もワキガだけでは無い。性格もまたそうだ。イジメ、引きこもりのせいもあって少し卑屈なところもまた、俺がレナに悪印象を持つ理由の一つだ。
これもレナが引き起こしたことでは無い。レナの美貌が原因っちゃ原因なのだが。
俺もレナにもう少し前向きになってはどうかと一度話したこともある。前向きなヤツは話してて楽しいし、何より友人が多く出来る。友人が多く出来れば多少の悪口にも対抗できるし、何よりいじめっ子の存在自体がどうでも良くなるはずだ。
しかし彼女のイジメの根底となったワキガのことも有って、レナに反発されて終わった。
今回の手術で俺がレナに対して持っているマイナス面の二つの内一つは確実に解消される。そしてそのイジメの根底となったワキガの解消により、自分に自信を持つようになり、性格も変わってくるのでは無いかと淡い期待もしている。
とはいえだ。ワキガが解消され、性悪が前向きになったところで、今まで最低に近いぐらいしか交流していない俺らだ。今更レナにどう接して良いかは分からないし、逆もまたしかりだろう。
多分このまま最低限の接触だけで、俺達兄妹はすごしていくのだろう。
俺がジュースを飲んでいると不意にスマホが振動する。それはマリアさんからのメッセージだった。曰く『前に言ってたけど、帰るのが遅くなるから。ご飯食べててね』との事だ。
今日は一番好きな物を食べよう、そう思った。悪臭から解放される記念すべき日。祝うべき日に適当な料理なんて、そんな味気ない事はしたくない。
冷蔵庫でつけ込んでいた鳥のもも肉を取り出すと、壁につるしていたフライパンをコンロの上にのせ火をつける。
照り焼きを作っているときの匂いは本当に好きだ。焼き鳥などもそうだが、醤油やたれがフライパンや網の上で熱せられる時に放つ、あの食欲を刺激する香ばしい香りがたまらなく好きだ。レナはそんな匂いを打ち消すような臭いを放つから、レナのいるところでは余り食べたくなくなってしまった料理でもある。
俺は軽く炒めて肉に火を通すと、一緒に温めていたタレとからめ、皿に盛り付ける。その横に千切りキャベツとスライサーで千切りにしたキュウリを混ぜたものを乗せると、プチトマトをのせて彩りをよくして完成。
ああ。この匂い、たまらない。
昼から残っていたお味噌汁を温め、ご飯を盛り付けると、すぐに食べ始めた。
しっかりつけ込んだのが良かったのだろう。肉全体に味が行き渡っていて、どこを噛んでも舌から同じ味が伝わってくる。またほんの少し唐辛子を入れたのも良かった。小さな辛みは肉の味を壊すことなく、上手く引き立てていて、一緒に食べていたご飯もどんどん減っていく。
もう一杯食べようか、そう思いながらお肉を口に入れたときだった。
レナが帰宅したのは。
玄関が開く音がして、俺は思わず体を震わせる。大好物を食べているときに来るレナは、泣きながら邪気を放つ悪魔のようなものだ。抑えたくても抑えきれず、消臭剤をも打ち消し、広がっていく悪臭。
手術は上手くいった、とは聞いた。果たして、現在どうなっているのだろうか。
パタパタとスリッパで歩く音がだんだんと近づいてくる。そして俺は口に残っていた肉と唾をゴクリと飲み込む。
普段なら建物に配慮せず、勢いよくドアを開けるはずだった。しかし今日はなぜかゆっくりとノブが動き、そっとドアが開かれた。
「お、お兄ちゃん……」
お兄ちゃん、その言葉を聞いたのはいつぶりだろう? 父さんが存命だった頃か。体を小さくして、か細い声で俺を呼ぶと、ゆっくりリビングに入ってきた。
俺はすぐにその違いに気が付いた。
日本人には見られない美しいプラチナブロンドの頭を少し下げ、垂れ目の青い瞳が俺をうつしている。その表情はとても不安そうで、今にも泣き出しそうにも見えた。
「うそだろ……」
俺は思わず立ち上がっていた。
足が椅子にぶつかり、ようやく立ち上がっていることに気が付いた。床が傷つくことを気にせず乱暴に椅子をしまうと、ゆっくり一歩一歩、レナに近づいていく。
「臭わない! 臭わないよ、レナっ!」
「お兄ちゃんっっ!!」
飛び付いてくるレナをぎゅっと抱きしめその場でグルグルと回る。レナの白く美しいうなじからは、悪臭は一切感じない。むしろ。
「ああ、レナ、良い香りがする。シャンプーだ、シャンプーの香りがする! 良いにおいだよ、レナ!」
髪からは家ではかいだことの無い、フローラルな香りがしていた。
「おにぃぢゃぁぁん!」
「レナぁ、よかったぁぁぁぁああああ!」
レナとの思い出が走馬燈に過ぎていく。初めて出会ったときの衝撃。美しさに悪臭を足してマイナスになったあの日から、大好きな照り焼きが味わえなくなったあの日、俺の試験が近いって言うのに居間でテレビを見ながら悪臭を蔓延させたあの日。
もうその苦しみを味わうことは無いのだ!!!!!!
いつの間にか俺は泣いているようだった。レナの肩に俺の涙がこぼれていた。
「お……お兄ちゃん、泣いてるの? 泣いてくれているの?!」
気が付けばレナは俺の顔を凝視して驚いていた。
「ば、ばかっ、恥ずかしいからこっち見んな」
俺はレナの小さな頭を自分の胸に押しつける。瞳からは溢れんばかりの涙が出ていて、俺はレナを抱き寄せながら、片腕で涙をぬぐった。
それからどれくらい時間が経っただろうか。俺もレナも落ち着くのに結構な時間が必要だったようだ。ふと視線を移せば、ドアのところでマリアさんが笑顔で涙を流していた。
俺はあまりの出来事に周りが見えていなかったのだろう。幸せそうにこちらを見るマリアさんに俺の泣き顔を見られたかと思うと、俺はなんだか恥ずかしくなって顔をそらした。そしてレナの頭、と言うより髪を見てあることに気が付いた。そして色々合点がいった。
嗅いだことの無い、この匂いの理由がようやく分かった。
「レナ、髪切ってきたんだな」
レナの薄いピンク色の唇がぴくりと動く。化粧なんてほぼしていないのに、その肌は白くて綺麗でみずみずしい。ただ今は泣きまくったせいで、少しみずみずしすぎるかも知れない。
切ったばかりであろうオデコの前髪を優しくなで、
「似合ってるよ、すごく可愛い」
本心からそう言った。泣きまくったせいで目は赤くなっているし、ずっと頭を俺に押しつけていたから髪は少し乱れていたし、顔が涙とほんの少しの鼻水でグチャグチャで……だけどなぜかとても可愛らしかった。
レナは耳まで真っ赤になると俺の胸に頭を押し当てた。
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一体何が起きたって言うんだ。
映し出されているテレビには、週末の映画番組が放送されていて、演技が評価されている女優さんが古びた洋館を歩いている。女優さんの周りは非常に暗く、いかにも何かが出てくる雰囲気をかもしだしていた。
バタン、とドアが閉まる音がする。女優さんが恐怖に顔を歪めるのと同時に、俺の手がぎゅぅぅぅと引っぱられる。
俺は視線を腕に向ける。そこにはレナが女優さんと同じように顔を恐怖に染め、俺の手を必死に掴んでいた。
一体どうしてこうなった。
確かに俺はレナに対してしてあげたことは、感謝されることであるとはおもう。だけどそれはそれだ。しかし同じ家に住む赤の他人で、ミジンコぐらいの感情しか持ち合わせていなかったであろうレナが、こうまで変わるだろうか?
『隣座って良い?』
そう言われたときは反射的に許可したが、あのときは心臓が飛び出るかと思った。ウサギのすぐ横にトラが座るような、そんな感じだった。
しかもだ。こんなに大きなソファーなのに、なぜか俺の近くに座る。一体なぜ? しかも体が触れそうなくらい近づかれ、パーソナルスペースなんて無くなってしまっているかのようだ。ホラー映画が始まってからは、『その、手を握ってもいい……?』と言われ、手とはいえ肌と肌が触れ合っている。
あまりの変わりように、違和感を禁じ得ない。彼女は何か悪い物でも食べてしまったのだろうか。病気にでもなってしまったのだろうか。実は今日が週末ではなくて終末なのだろうか。これから大地震が来て火山が噴火でもするのだろうか。
レナは今も集中してテレビを見ている。そのレナの目は非常に綺麗だ。マリアさん譲りの蒼い瞳は、見ているだけで吸い込まれそうになる程美しい。また少したれた目尻は、本人の性格がどうであれ、優しい印象をこちらに与えてくれる。そしてこの絹のように美しいプラチナブロンド。俺が一生かけて髪の手入れをしても至ることの出来ないであろう、なめらかでみずみずしいその髪は、まるで一つの生き物のようだった。
テレビがCMに入ったのだろう。急に軽快な音楽に変わり、レナがこちらを向いた。目に掛かった前髪を耳にかけ、首をかしげながらこちらを見る様は異様に艶めかしくて、思わずどきりとして視線を下に向けてしまった。
「どうしたのお兄ちゃん……もしかして……臭い?」
レナはそう言って俺の手を離すと、少しだけ身を離した。
まずい。そう思った。ただでさえレナのトラウマになっている『臭い』だ。それはもう払拭されたし、気にしなくて言いのだと俺は伝えなければならない。でなければ、レナはまた臭いを気にしてしまう。
俺はすぐにレナに身を寄せ、顔を近づける。臭さなんてこれっぽっちも感じないし、むしろレナが最近使い始めたシャンプーの香りがする。そういえばレナはあの日からこのシャンプーを買い始めた。
「良いにおいだよ、レナ」
レナは嬉しそうに、それも照れくさそうに顔を下に向ける。そして少し赤い顔をあげると、俺の目をじっと見つめた。
レナはやっぱり美少女だ。よくよく見なくても分かっていたことではあるが、こうまじまじと見るとそれが身にしみて分かる。そしてぼうっとレナを見ていると、だんだんと体が近づいてきているような。
あれ、なんか近くね?
あの、何で俺の腕をがっしり掴むんですか?
その、顔を真っ赤にして体を震わせているのはなぜ?
「お、おにいちゃん。その、ね……」
「な、なんだ?」
レナの緊張が俺にダイレクトで伝わり、俺もまた一緒に緊張してしまう。
「その、ね。言いたいことがあって……」
「言いたいこと?」
「そう」と蚊が飛ぶようなか細い声で言うと、レナは小さく深呼吸する。
「あ、あのね……い、いつも、ありがとっ、
……さて、お気づきかと思います。申し訳ございませんが、俺達のラブコメはこれからだEND(打ち切りエンド)です。
これ以上は別作品 (マジエロ)に多大な遅延が発生するため、打ち切ります。元はマジエロのヒロイン考えてたら生まれたレナさんですし。ここまで考えた設定を忘却するのがもったいなくて、適当に書いていたら出来ちゃった//(照れ顔)ですしおすし。
一応この後の展開を簡単に書いておきます。
ただレナさんはリーダーさんに対して複雑な感情を持っていたので、自分からは接触しようとはしませんでした。しかしリーダーさんが超絶美少女のレナさんを気になり、話すうちにヤマト君の義妹であることを知ります。
最近ヤマト君来ないんだけど何でだろう、とリーダーが軽い口調で言うと、レナさんが号泣し、私のせいなんです、と告白。そしてレナさんがワキガ(と美貌)でいじめられていたこと、自分の持つほとんどのお金をつぎ込んだグッズ類を全て売り払い、手術代に当ててくれたこと。グッズを売り払ってしまったことで罪悪感が生まれ、顔見せ出来なくなってしまった(ライブに行けなくなった)ことを話す。(実際は勘違いでグッズを売り払ってしまったことで、いまさらどーしよ状態なだけ)
アイドルリーダーは感銘を受け、ヤマト君を大層気に入る。ちなみにその美談(実際は色々な勘違い)は、そのアイドルグループメンバー全員が知ることになり、ヤマト君の株は限界突破。
アイドルグループはレナさん経由でヤマト君にグッズあげたり、チケットあげたりします。色々交流している内にアイドルリーダーはヤマト君に好意を寄せてしまい、グループ脱退。『好きな人が出来てしまいました。もう心を偽れません。ファンには申し訳ございませんが、脱退して告白しようと思います』と会見で言うのですが、「脱退して告白」というワードに世間が(なぜか)感銘を受け、好意的に受け入れられる。そして女優へ……(かなりのご都合主義で草)。
今度はレナさん、アイドルリーダーの三角関係勃発。(がメインですが、意外なことにヤマト君はモテるのでもう少し大きな多角関係になります。拾うかは分かりませんが、マリアさんのフラグも投げてますし、実は作中でもう一人のヒロインの伏線を投げてます)
なぁんてストーリーを妄想してました。マジエロが落ち着いたら続きを書くかも知れませんが、そもそも需要あるのかコレ。個人的には好きなのですが……。
2019/01/13 ※日間ランキング入りするとは思ってもいませんでした……ありがとうございます、非常に嬉しいです。マジエロが落ち着き次第、連載版を執筆しようと思います。
2019/01/17 感想で多くのお褒めの言葉をいただき非常に嬉しいです。この場を上げてお礼申し上げます。またこれ以降、基本的に感想の返信いたしません。ただしっかり読ませていただき、今後の作品を作る上での参考であったりモチベーションアップにつなげたいと思います。
長々とお読みいただき、誠にありがとうございます。
※ちなみに当方の他作品は、今作品とぜんぜん毛色が違うので、マジで注意してください。