2019年03月14日
熱を帯びる「空飛ぶクルマ」開発レース、欧米政府は支援を強化
Bell Helicopter社、Boeing社、Airbus社など航空機大手によるeVTOL(電動垂直離着陸機、俗称:空飛ぶクルマ)開発ニュースが相次いでいる。同様に、ベンチャーを中心とする開発モデル数も19年3月現在121と増え続けている。これにホバー・バイク(空飛ぶバイク)を含めれば、全世界で少なくとも155モデルが発表されているⅰ。
一方、EASA(欧州航空安全機関)やNASA(米連邦航空宇宙局)など欧米政府機関や国際団体、業界団体によるeVTOL支援も活発化している。今回は新しい交通サービスとして注目を集めているeVTOLの開発レースを追ってみよう。
航空機大手が本格参入するeVTOL
より多くの人を運び、より高く、より長く飛ぶことを追求してきた航空業界にとって、eVTOL(イーブイトール)は異端児かもしれない。
なぜなら、バッテリー駆動式eVTOLは、2名乗りでも飛行時間がせいぜい30分。到着地の状況で着陸できずに戻ってくることを考えれば、実質15分しか飛べない。高さも数百メートルと地面から機体が見える高さを飛ぶ。ビジネスジェットに比べても、現在のeVTOLは「空のスクーター」程度の性能しかない。
そんなeVTOL開発に、航空機製造大手のBoeing GroupやAirbus Group、ヘリ製造のBell Helicopter社やSikorsky社が本気で取り組んでいる。
18年秋、Airbus Groupのシリコンバレー研究所A3(エースリー)は、オレゴン州のテストサイトで同社eVTOL「A3 Vahana」の実験飛行を開始した。Vahanaは垂直離陸したあと、水平飛行では翼の浮力で巡航する可動有翼(Vectored Thrust)タイプだ。
一方、同グループのAirbus Helicopter社は、無翼(Wingless)タイプのeVTOL「CityAirbus」の開発も進めている。無翼タイプとは、ヘリコプターのようにプロペラの推力だけで水平巡航するタイプ。商業ドローンでお馴染みのマルチコプター・タイプとも呼ばれている。
このCityAirbusは、19年3月にジョージア州アトランタ市で開催されたHeli-Expoで初めてプロトタイプを公開した。バッテリー駆動で4名乗りをめざし、近々実験飛行を開始する予定だ。
Airbus Groupの競合相手、米Boeing Groupも19年1月に子会社Boeing NeXt社ⅱがバージニア州マナセッツ市で行っているeVTOLの試験飛行ビデオを公開した。
同社がPAV(passenger air vehicle)と呼ぶ実験機は固定有翼(Lift + Cruise)タイプで、今回公表したビデオは自律飛行および地上操縦システムの試験風景を収めている。現在、同機はもっとも難しい安定したホバリング(空中停止)や垂直離陸から水平飛行への移行などを検証している。
Bell Nexusのビジネスを分析する
このように航空機大手がeVTOL開発に熱をあげるのは、航空業界にとって久しぶりの新市場「UAM(都市航空交通システム)」が期待されるからだ。UAMとは短距離移動に航空機を利用するビジネスの総称だが色々な事業モデルがある。もっとも有望なのが空港と都心を結ぶ送迎ビジネスだ。
たとえば成田空港は、年間4260万人(2018年)が利用する。その大半は東京都内から、あるいは都内を経由するバスや電車を利用している。非常に大雑把だが、もし全体の3%が電車やバスの代わりにeVTOLを使って都心にゆくとすれば、年間利用客は推定で13万人。月間1万人の空港送迎客が見込めるというわけだ。成田空港から東京駅まで電車なら約1時間だが、eVTOLなら15分から20分程度で済む。旅客回転率を高めればハイヤーなみの料金で運行も可能だろう。
世界の主要空港で都心向けeVTOL送迎サービスが始まれば、数万機のeVTOL需要が見込める。大手航空機メーカーが目の色を変えるのもうなずける。
この送迎サービス向けに開発中の機体といえば、Bell Nexusが典型例だろう。19年1月、ネバダ州ラスベガス市のCES(国際家電見本市)でお目見えした同機は、2大ヘリコプター・メーカーのひとつBell Helicopter Textron社が実用化をめざす可変有翼(Vectored Trust)タイプのeVTOLだ。
プロペラは、騒音低減と安全性確保のためダクトと呼ばれる筒状のフレームに収められているが、その直径だけで約2.5メートルに達する。6機のダクトを機体の周りにまとめ、水平飛行では、ダクトと短い翼で浮力を得る。今回展示されたのは実物サイズだが、Nexusが試験飛行を開始するのは数年後となるだろう。
実物を見るとわかるが、Bell Nexusは40フィート(12メートル)四方という標準的なヘリポートの大きさにギリギリ収まる巨体だ。たかだか5名(1名はパイロット)を運ぶのに総重量は3250kgの「こんな巨体が必要なのか」とつい疑いたくなる。
2名乗りのAirbus社 A3 VahanaやBoeing NeXt社PAV(passenger air vehicle)が軽乗用車なら、Bell Nexusはトラックといったイメージだろう。
Bell社はなぜ、このような大型で堅牢な仕様にこだわったのだろうか。それは安全性と運用時間の最大化を目指したためだ。
商業航空機は少々の風や雨、雪でも離発着する。であれば、空港が運行している限り空港送迎サービスは止められない。同じ厳しい気象条件に耐える機体を考えるとBell Nexusのような頑丈な機体となる。
それであれば「既存のヘリコプターで送迎サービスをすれば良い」という疑問も湧く。米国ではBlade社が、ブラジルではVoom社がヘリコプター送迎サービスを展開している。
ヘリコプターの問題は騒音と安全性だ。特に、地下鉄などを遥かに超える騒音問題は深刻で、頻繁に都心に着陸することはできない。Bell Nexusがダクト方式を採用した最大の理由は「騒音の低減」にある。同機は地下鉄構内や高速道路(100デシベル以下)程度をめざしており、実現すれば都心の中高層ビルで離発着ができるだろう。
また、ヘリコプターはローターがひとつしかないので、故障が起こればすぐに墜落の危機に結びつく。一方、6つのローターを持つBell Nexusならひとつ止まっても、すぐに墜落しない。理論上、ヘリコプターに比べ、複数のローターを持つeVTOLは安全性が高いといえる。
ただ、Nexusなみの堅牢な機体となれば、価格は大型ヘリコプターや小型プライベート・ジェット並になると予想される。一般個人が買える価格ではない。
垂直統合モデルは登場するか
航空業界は、機体メーカーと運行事業者(航空会社)に分かれている。数年後にやってくるだろうeVTOL/UAM業界も、この水平分離モデルになるのだろうか。少なくとも、Bell社やBoeing社、Airbus社などの既存航空機メーカーは、同モデルを目指している。
一方、郊外からの通勤や都市内の渋滞緩和を狙う独Lilium社や米Joby Aviation社ⅲなどのベンチャーは、機体製造から実際の運行までをまとめる垂直統合モデルを検討している。なぜ、Lilium社やJoby社は運行まで手掛けようとしているのか。
航空機事故では約75%をヘリコプターが占めるといわれ、航空機全体の事故率は10万飛行時間あたり約0.175に対し、ヘリコプターは7.5にまでハネ上がる。操縦が難しく、パイロットのミスを招きやすいとはいえ、機体も主ローターがひとつしかなく機構が複雑で故障が墜落につながりやすい。
そのためヘリコプターは「運用コストの6割をメンテナンス費用が占める」と言われるゆえんだ。しかも、メンテナンス期間は、運行できないので収益も減少する。ただ、機体メーカーからみると、この保守作業や部品供給が大きな利益をうむ。これがヘリコプター水平分離モデルの収益構造だ。
Lilium社やJoby社は、水平モデルでは機体価格が下がらないと見ている。大量生産すれば価格は下がるが、eVTOL操縦にはパイロット資格が必要だ。自動車免許のように簡単に資格を得ることはできないので、個人向け大量販売は難しい。また、ビジネスの黎明期に個人が墜落させれば、eVTOL自体の普及が阻害される。数百万台という自動車並の大量生産はありえない。
そこで有望なのが「安くて壊れない機体を作って、自分で運行する」考え方だ。機体価格が高いからといって、利用料金を上げれば普及しない。しかし、自社で機体を開発し、安い運用コストで長年使えば利益が確実に得られる。販売だけをめざす水平モデルでは、メンテナンス・レス設計は行えない。つまり「メンテナンスを最小にして、最大運行時間を確保し、運行料金を押さえつつ全体の収益を確実にする」。これが垂直統合の大きなメリットといえる。
また、eVTOLにもシェアード・エコノミーの影響がある。自動車業界は消費者に大量のクルマを販売した。おかげで車の価格は下がったが、都市の通勤渋滞や駐車場不足は慢性化し、維持費用は高くなって若者の車離れ現象を起こした。
自動運転車が数年後にやってくる。そのとき都市の交通容量の最適化を目指すなら「車は所有ではなく、共有(シェアード)へ」と移る。世界最大の共有サービス事業者、米Uber Technologies社が、eVTOLとカーシェアーの統合を狙っているのは、こうした理由だ。
将来、UAMビジネスでは水平分離と垂直統合が混在することになるだろう。空港の送迎サービスなどは、既存航空会社が一貫サービスをする水平分離モデルにメリットがある。一方、渋滞の激しい都市や過疎地などでは、eVTOLメーカーが運行も行う垂直統合モデルが有利と思えるからだ。
誰がeVTOL開発競争のトップを走るのか
冒頭にBoeing社やAirbus社などの航空機大手を紹介したが、彼らがeVTOL開発をリードしているわけではない。開発競争といえば、米国勢では、Joby Aviation社やKitty Hawk社、欧州勢ではドイツのVolocopter社とLilume社などがトップ・グループを形成している。
10年以上前からNASAとの共同研究を進めてきたJoby Aviation社は、誰もが認めるトップランナーだ。巡航速度時速200マイル(時速320km)、航続距離150マイル(240km)のJoby S4は可動有翼(Vectored Thrust)タイプ。4人乗り純電動eVTOLとして実験飛行をカリフォルニア州で繰り返している。
一方、Kitty Hawk社は18年3月に2人乗り、固定有翼(Lift+Cruise)タイプのCora(コーラ)を発表し、現在ニュージーランドで実験飛行を繰り返している。
欧州では、ドイツのVolocopter社が有名だ。16個の小型プロペラをつけた無翼(Wingless)タイプのVolocoputer 2Xは、17年10月に初飛行に成功したあと、パイロットによる実験飛行を繰り返している。
同社は最近、ビジネス開発に積極的で、ADAC Luftrettung社と救急搬送サービスに関する実証実験を開始した。独ミュンヘン市で航空機を使った緊急搬送サービスを提供しているADAC社は、Volocoputerによる緊急搬送が地上の救急車両によりも迅速で安全であることを確認する。
実証プロジェクトはコンピュータ・シミュレーションによる研究を経て、実証機による実験飛行を行う予定で、期間は約1年半、予算は50万ユーロ(57万ドル)を予定している。そのほか同社はシンガポールやアラブ首長国連邦でも公開試験飛行をおこなっている。
また、ドイツのLilium Aviationは、可変有翼(Vectored Thrust)タイプのLiliume Jetを2017年4月に初飛行させた。翼に小さなダクト・ファンを36個並べた機体はユニークで、将来5人乗り、航続距離300kmを目指している。
こうして全体を見渡すと、本格的な試験飛行に入っているJoby S4、Kitty Hawk Cora、Volocoputerの3社が開発レースのトップ集団といえる。そのすぐ後ろには、Lilium Jet、EHang 184(中国)やOpener BlackFlyなどが追従し、その後ろをA3 VahanaやWorkhouse SureFlyなどが走っている。
eVTOL支援を強化する欧米政府機関
こうした民間の活発なeVTOL開発に対して、各国政府や国際機関、業界団体などが支援活動を活発化させている。
2018年10月EASA(欧州航空安全機関)は、欧州のエアー・タクシーおよびeVTOL(電動垂直離着陸機)の安全運用規制となる耐空証明ⅳの指針を発表し意見募集をおこなった。
興味深いのはEASAが同ドラフトで「最低限の規制基準」を目指している点だ。つまり、娯楽用や商業用eVTOL開発を促進する姿勢をEASAは明確にしている。耐空性認証は、目的や運用に応じて柔軟性や制約条件が多岐に渡るが、たとえば旅客輸送VTOLでは乗客座席が5席以下、最大離陸重量が2000キログラム以下と定めている。
また、欧州各地でUAMI(Urban Air Mobility Initiative)も動き出している。UAMIは、地方自治体、市民、企業などが共同で都市航空交通システムの実験を行うプロジェクトで、Airbus社を中心にEurocontrol(欧州航空航法安全機構ⅴ)やEASAなどが参加している。
UAMI加盟の自治体は、スイスのジュネーブ市、独のゲント市やハンブルグ市、ベルギーのブリュッセル市、フランスのトゥールーズ市やヌーヴェル=アキテーヌ地区、オランダのアントウェルペン市などで、最近、英国のダーハム市(County Durham)が参加した。英国北東地区に位置するダーハム市は、ドローンやモビリティー関連企業が集積しており、学術関連の支援環境も充実している。
一方、米国でもNASA(連邦航空宇宙局)やFAA(連邦航空局)、AUVSI(国際無人機工業会)が支援活動を活発化させている。
たとえば、2018年10月15日、NASAは「UAM Grand Challenge(以下、UAM GC-1)」を発表し、本格的な研究開発と支援を開始している。これは、UAMの開発課題を設定して、業界および関連コミュニティからの参加者を募集する一種の技術コンペティション。
最初の課題であるGC-1は、2020年後半に開催予定で、eVTOL機体の性能評価および安全性シナリオを完了する内容になっている。GC-1のシナリオには、エンジンやモーター・トラブルなどの非常時における機体性能およびフライト・エンベロープ(飛行包絡線)も含む本格的な評価となる。
また、2021年にはGC-2を実施し、機体と空域管理サービス事業者の両者により、安全性と統合運行シナリオを完成する。このシナリオは実際のUAM運用を想定し、機体認証および運用承認の課題を克服することを目的とした。
このグランド・チャレンジはFAAも支援しており、その成果はFAAのeVTOL耐空証明などに反映されることになる。NASAは19年春に、グランド・チャレンジの一環として本格的なワークショップを2回開催する。
商業eVTOLの開発には少なくとも「200億円と10年の歳月」が必要だ。実際、開発競争の先頭を走るJoby社は10年以上の歳月を費やし、100億円以上の資金調達をしている。長年の経験を持つ大手航空機メーカーでも苦労するeVTOL開発だけに、2020年には淘汰が活発化し撤退が増えるはずだ。
実際、今年に入って乗客を乗せるパッセンジャーeVTOLをやめ、貨物を運ぶキャリアeVTOLに開発方針を切り替えるベンチャーが増えている。そう考えれば、メディアを騒がせているeVTOL機体ブームは、今年から来年ぐらいでおさまるだろう。
しかし、ブームが終わってからが本格的な勝負だ。離発着施設や管制システムなど、eVTOLのエコシステム全体を考えれば、多くのビジネスチャンスが広がっているからだ。
ⅰ開発モデル数は学術団体AHSおよびニュースレターなどの資料を元に筆者が積算している。この数字は基本的にコンセプトしか発表していない企業/団体もあり、すべてが実際に機体開発を進めているわけではない。また、研究目的だけのプロトタイプ機体なども含まれている。未発表で検討や研究を進めている企業や団体を含めると俗に200モデルを超えると筆者は見ている。
ⅱBoeing NeXt社は、UAM(都市航空交通システム)関連事業を推進する部門で、Boeingの子会社Aurora Flight Sciences社とeVTOLを共同開発している。
ⅲホームページなどに掲載されている社名はJoby Aviationだが、米連邦航空局に登録されている機体の製造メーカー名はJoby Aeroとなっている。本レポートではJoby Aviationとする。
ⅳ耐空証明(Airworthiness certificate)とは、航空機の強度・構造・性能が安全性および環境保全のための技術上の基準に適合するかどうかを検査し、その基準に適合していると認める証明である。
ⅴEurocontrol は通称で、正式名称はEuropean Organisation for the Safety of Air Navigation。1963年に設立された欧州における航空交通管制システムの管理や計画をおこなっている国際機関である。
ⅵUAMIの公的ポジションは、EC(European Committee)が支援するハイテク支援プログラムEIP-SCC(European Innovation Partnership on Smart Cities and Communities)の一部。
関連書籍
米国の最新商用ドローン事情を分析した日本初のビジネス書
『ドローンビジネスレポート -U.S.DRONE BUSINESS REPORT』
(小池良次 著/内外出版社刊)