異世界ダンジョンでハーレムを作ろうとするのは間違っているだろうか   作:内密
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前回のあらすじ:ガンマ線バーストを撃った


逃走

「……うっ」

 

 キーンという耳鳴りによって目が覚める。

 全身の感覚が無い。だと言うのに、頭痛だけは消える事なく残っている。

 目だけを動かし、あたりを確認する。

 

「……」

 

 何も、なかった。

 この階層にあったはずの木や川が、全て消えていた。

 地面だけが、ただ不気味に残っていた。

 恐ろしい威力だ。これがガンマ線バースト。やはりロキ・ファミリアが居る時に使わなくて良かった。

 

「……」

 

 そしてこの頭痛からして、魔力をだいぶ持っていかれた。つまり魔法は正しく発動した。

 だから、勝った筈だ。

 

 ……でも。

 勝てたという実感が、何も湧いてこない。

 

「ぐっ……」

 

 魔力は今も回復していて、時間が経過するごとに頭痛が治まっていく。

 しかしまだ、ヒールするだけの魔力を回復するのには時間がかかりそうだ。

 

 どうにかして腕を上げる。すると肘から先がぶらりと垂れ下がった。

 こうなる事が分かっていたとはいえ、思わず笑ってしまう。

 

 パタリと腕を戻して、ダンジョンの天井を見上げる。

 

「……ああ。なんでお前は……」

 

 そして否応無しに分かってしまう。視界の端のマップから、モンスターを示す赤い影が。

 

 レヴィスはまだ、生きている。

 

「……くそ」

 

 エリクサーだ。エリクサーを使うんだ。

 まだ頭が痛む。魔力の不足を訴えている。しかし、ヒールを使う。使わなければならない。

 

 自身にヒールを掛ける。瞬間、意識が飛びそうになる。しかしそれをギリギリで堪える。

 まだまだ全快は遠い。しかし腕の骨はなんとか繋がった。腕を動かし、アイテムボックスからエリクサーを取り出し、一息に飲む。

 

 体が一気に暖かくなり、体の隅々が癒えていくのを感じる。

 俺は痛む頭を抑えながら立ち上がり、赤い点が存在する場所を睨み付ける。

 

「……何だ……?」

 

 そこにあったのは灰の山だった。

 灰……いや、そうか。

 すぐにレヴィスがしたことの合点が行った。

 

 レヴィスは全てを盾にしたんだ。自分以外の全てを。あの灰の量。この階層に居た全モンスターの死体だと見ていいだろう。

 しかし、一つ疑問が湧く。

 はたしてその程度で、ガンマ線バーストを防げるのか? ガンマ線バーストはこの階層全てを焼き払って見せた。

 数が多いとはいえ、あの程度のモンスター達がいくら集まったところで物の数にはならないんじゃないか?

 

 ……いや、どうでもいいか。

 

 俺は灰の山に近づいていく。

 レヴィスがどんな状態かは分からないが、何であれ生きているというのならば、決着を付けなければならない。

 一歩。また一歩。灰の山へ近づいていく。

 

 そして灰の山まであと十数歩といった所で、赤い点が揺れ動いた。

 

「……」

 

 同時に灰の山が崩れていく。

 一歩ずつ。その赤い点が動くたび、灰が崩れて、とうとうレヴィスが出てきた。

 

 酷い状態だった。

 身体の半分が見るも無残な状態になっていた。右腕は真っ黒に炭化していて、なんでまだ体にくっついているのか不思議なくらいだし、体部分も火傷の様に爛れていてドロドロになっている。顔もひどかった。瞼と頬が焼け落ち、垂れた瞼で眼球は塞がれ、顎が露出していた。レヴィスが着ている服はボロボロで、もともと際どい格好だと言うのに更に際どくなっていた。

 そんなレヴィスが、全身から煙を放ちながら灰の山から出てきた。

 

 そしてレヴィスが全貌を表してようやく、ガンマ線バーストを食らっても生きていた理由に気付いた。

 レヴィスが盾にしたのは、ヴィオラスやヴィルガなどの木っ端だけじゃなかった。

 奴はこの階層に居たどのモンスターよりも強い奴を盾にした。

 ヴィスクムだ。レヴィスと融合して、lv.99となっていたヴィスクムを使ったんだ。

 身体の比率から見ても、ヴィスクムはレヴィスの体の殆どを構成していたとみて間違いない。

 俺が体内を粉々にしながら放った魔法を、体の殆どを犠牲にしてレヴィスは生き残った。

 

「……」

 

「……」

 

 俺達は互いに向き合った。そして無言で、剣を構える。

 

 最後の勝負は静かに始まった。

 

 体力は回復している。しかし刹那モードには足りない。刹那モードなしの俺が、レヴィスとまともに打ち合えるなんて付け上がりはしない。

 だから、一撃で決める。一撃で魔石と首を同時に狙う。

 

 刹那ブーストで飛ぶ。レヴィスは今、右半身を大きく負傷している。塞がれた瞼からして、右側の反応は鈍い筈だし、何よりあの右腕ではなにも出来ない。

 デュランダルとシュランダルを刹那の見切りで同時に抜き放つ。

 

「ごふっ」

 

 そして次の瞬間にはレヴィスの右腕が俺の腹を貫いていた。

 口からとめどなく血が溢れ、手から剣が抜け落ちた。

 

 理解が追いつかないまま、何が起こったのかを探るため視界を巡らす。

 だが、すぐに答えは分かった。

 

 レヴィスの右半身が治っていた。

 ただの一瞬で全ての傷を再生させたんだ。レヴィスは、それのみに集中していたんだ。

 リスクだって高い筈だ。自然回復にあれ程てこずっていたんだから、何の代償も無しに行える訳じゃ無いだろうに。

 でも、だからこそ、俺の虚を打つために今使った。

 

「冒険者。なんとも儚いものだ」

 

「……」

 

「冒険者は……人は、ただ腹を貫かれただけで死ぬ。出来るのは多少もがく程度だ。お前のようにな」

 

 レヴィスは、朗々と語りだした。

 

「だが怪人は違う。目を焼かれようと。腕が使えなくなろうと。例え腹に穴が開こうと。すぐにでも治すことが出来る。また戦える。お前が必死に与えた傷も、一瞬の間に完治出来てしまった」

 

「……」

 

「精々悔やむ事だな。冒険者でしかなかった自分を」

 

 レヴィスは俺の体から腕を引き抜く。

 しかし。

 

「……何をしている?」

 

 残された力を振り絞り、レヴィスの腕をつかむ。

 

「……」

 

 俺の役割は、一つ。こいつを殺す事だ。

 冒険者は諦めない。最後の……その瞬間まで。自身の役目を果たす。

 そして方法は有る。

 自爆だ。あれなら魔力に関係なく発動できる。

 自爆を──。

 

「ガッ」

 

 べきっという音と共に体が吹き飛ばされる。

 レヴィスが俺を殴り飛ばしたんだ。

 

「……ふん」

 

 レヴィスが遠ざかった行くのを感じる。

 そして、俺の意識も。

 

 駄目だ。立ち上がれ。頑張れ俺。意識を保て。

 

「ぐっ……」

 

 魔法を使え。いや、駄目だ。自爆の発動に魔力が必要だったら元も子もない。

 気力だ。気力で立て。

 血が抜け、震える体を鞭打ちながら、立ち上がってレヴィスを追いかけようとする。

 しかし敢え無く転んでしまう。

 もう一度立ち上がろうとするも、体に力が入らない。もはや腰から下の感覚すら無くなってきた。

 

 駄目なのか? もう八方塞がりなのか? 手立てはないのか?

 

「……まだだ」

 

 手立てが有るか無いかじゃないんだ。

 策が無くても、力が及ばずとも、失敗しても、敵が強くても。

 立向うのが冒険者だ。

 

 前を向く。レヴィスはまだ居る。立ち上がれ。近づくんだ。自爆で確実に倒せる距離まで。

 

 チクタクと、音が聞こえてきた。

目の前に懐中時計が落ちていた。先程時間を確認するのに使って、そのまま懐にしまっていたものだ。転んだ拍子に出て来てしまった。

 

いや、今これはどうでもいい。レヴィスに集中しなければ。

 

「……」

 

 だと言うのに、俺は懐中時計から目が離せなかった。

 何だ? 俺は何が気になっているんだ? この時計にレヴィスを倒す何かが有るとでも言うのか?

 そうして懐中時計を見つめているうちに針は進んでいき、懐中時計が示す時刻は丁度十二時を指し示した。

 

 ──そして光が全身を覆った。

 

「……な…に?」

 

 その光に呼応して、全身が変わっていくのを感じる。

 力があふれた。魔力が増えた。今まで不可能だった事が、一気に可能になったように感じる。

 

「これは……まさか」

 

 自身に鑑定を掛ける。

 

タナカ・タロウ 男 18歳

 

 lv.3 

 

 

力:S 999 耐久:S 999 器用:S 999 俊敏:S 999 魔力:S 999

狩人:E 魔導:E 剣士:F

 

 ……そう、か。

 そう言う事だったのか。

 

 俺は酷い思い違いをしていた。

 ステータスは寝たら更新されるのではなく……零時になると更新されるのだ。

 全く、酷い勘違いだ。

 俺は無能だ。今の今まで、色んな事を勘違いし続け、ミスをして、失敗を繰り返して。

 結局、冒険者だなんだといいつつ、俺一人で立ち上がる事は出来なかった。

 でも……俺には、例えミスをしても、失敗しても、カバーできるモノを幾つも与えられてきた。そして今も、俺に立ち上がる力を、立向う力をくれた。

 

 力は有る。支えてくれている。心はまだ、燃えている。

 なら俺が……冒険者がする事は一つ。

 

 キャラクター再設定を開く。神の恩恵の欄を確認すると、印がつけられていた。

 迷わず、神の恩恵を選ぶ。

 

【ランクアップしますか?】 

 

 Yes/No

 

 ああ。

 

「イエスだ」

 

 刹那。収まりかけていた光が更に輝きを増した。

 その光は階層中を駆け巡る。

 

「な、何ッ?」

 

 レヴィスが、こちらを向いた。

 

 俺がする事。

 それは最後の最後まで戦う事。

 レヴィスを倒す事。

 ──冒険者を、全うする事だ。

 

「はぁッ──」

 

 一番近くにあったデュランダルを拾い、刹那ブーストで斬りかかる。

 

「な──ぐぅッ」

 

 レヴィスがいびつな剣で受け止めた直後、そこからさらに刹那の見切りを発動する。

 デュランダルを押し込むように、レヴィスの体を袈裟切りにした。

 レヴィスの剣が切り裂かれ、血が舞い、俺の体力が回復していく。腹の傷も少しだけ良くなった。

 

「きさ──」

 

 刹那モード。宣言した直後、世界が赤く変化する。

 今の俺には刹那モードが発動するという確信が有った。それはランクアップにより増えた体力と、何より今日一日刹那モード使っていた感覚による確信だ。

 

 そして既に、使うスキルは考えている。今までレヴィスに一切見せてこなかった、刹那シリーズ最後のスキル。

 このスキルは最初使いこなせるとは思わなかった。何せ速度は普通で動きは単調。攻撃が当たった時に特殊な効果が現れたりもするが、当てなきゃ意味無いという事に他ならない。

 だから俺は今日にいたるまでこのスキルを使う事は無かった。しかし。

 刹那モードを発動している今なら。レベルが上がった今なら。

 レヴィスにだって通用する筈だ。

 

 既に傷を治し、剣を振るおうとしているレヴィスに対して、勢いのままデュランダルを構える。

 

 無銘の刹那。無名の参。

 

 赤い世界の中。先ほど斬った勢いを殺さず、そのまま回転し、無銘の参の力を相乗してレヴィスに叩きつける。

 

「ガッ」

 

 無銘の刹那。

 このスキルは、刹那シリーズの全てのスキルの中で一番特異なスキルだ。

 まず命名規則が違う。

 そしてなにより、他のスキルが速さを求める中……このスキルだけは別のモノを求めていた。

 力と技だ。

 

「ハアッ」

 

 無銘の刹那を発動すると、体の中に別の誰かが入って自分を操作されるような感覚に陥る。そして自分にない技術と力強さでもって敵を攻撃する。

 

 その力と技術は、ガードしてようとしてなかろうと、触れた相手を強制的にノックバックさせる。

 今、レヴィスの体は大きくのけぞった。

 無銘の参は勢いよく相手に飛び掛かり、斬りかかる攻撃。隙が大きいが、その分威力は高い。

 そして、のけぞった状態からなら繋がる。

 

 無銘の刹那。無銘の壱。

 

「──」

 

 肩口から腰まで、黒いオーラを纏ったデュランダルで斜めに袈裟切りにする。

 完全に切り落とした。だと言うのに魔石を切った手ごたえが無い。

 

「ッ」

 

 返すように振るわれたレヴィスの剣がこちらに迫る。

 何て奴だ。身体を二つに分けられたと言うのにまだ剣を振るうのか。

 よく見れば斬られた所が盛り上がり、激しい煙を立てながら治っていっている。

 こいつ不死身か?

 

 しかし、剣の速度は確実に落ちている。落ち着け、弱ってはいる。

 俺はレヴィスの歪んだ剣を避けつつ、次に放つ技の準備をする。

 

 無銘の刹那。無銘の伍。

 

「ッ?」

 

 デュランダルを構えた瞬間、雷が体に迸る。

 そして、間髪入れずに発動する。

 

 無銘の刹那。伍の追。

 

「ゴボっ」

 

 伍の追は、無銘の伍で出た雷が付与されている状態でのみ発動できる。

 そして伍の追の攻撃は、手を相手の体に打ち付ける発勁のような動きだ。発勁は、当たると相手を硬直させ、この硬直はノックバックで仰け反るよりも長い時間続く。

 この時間を使えば、大技を出せる。

 lv.99となったレヴィスの魔石が今どこに有るのかは分からない。ならば、どこに有っても問題ないような攻撃をすればいい。

 

 一瞬で根こそぎ抉り取る。

 

「ッ、なんだお前は……何なんだッ」

 

 しかし、まだ硬直が治る時間では無いと言うのに、レヴィスが叫びながら飛び掛かった。

 

 俺が何かだって? そんなのレヴィスもとっくに知っているだろう。

 

「俺は……冒険者だッ」

 

 無銘の刹那。奥義・滅。

 

「ッ──」

 

 刹那モードによって強化された体が、無銘の刹那の奥義を一瞬にして解き放つ。

 奥義の一つである滅の動きは、全力で走りながら放つ息をも吐かせぬ連続攻撃。その一撃一撃が、レヴィスの体を解体してく。

 

「ガ……ァ」

 

 しかし、魔石は破壊できなかった。

 目の前に居るレヴィスは既に満身創痍だ。身体に切り傷が無い場所を探る方が難しい。

 

 だが俺にとって作戦成功は一つ。レヴィスを始末するという事。

 だから、レヴィスが死なないというのなら。延々と、その体を斬り続ける。

 レヴィスが死ぬその時まで。

 

 無銘の刹那。奥義──。

 

「ッ……」

 

 そして、更に奥義を発動しようとした瞬間、レヴィスが怯えたような表情でこちらに背を向けた。

 そしてボロボロの体を引きずりながら逃げ出した。

 

「……は?」

 

 何だそれ。ここまで来て、それか?

 ふざけるなよ。

 

「……逃げるなああああぁぁぁッ」

 

 アイテムボックスから、一つの剣を取り出す。

 エクスカリパーだ。

 シュランダルは今遠くにある。デュランダルはメイン武器なので放り投げたくない。

 ここに来て丁度いいものが有ったもんだ。

 

 俺はエクスカリパーを構え、ロックオンを発動する。

 そして構えたエクスカリパーを刹那の見切りで放つ。

 

 全力で逃走していたレヴィスの胸を穿った。

 そしてその勢いのまま刹那ブーストでレヴィスに迫る。

 レヴィスの頭を掴み、刹那の見切りで地面に叩きつける。

 

「げうっ」

 

 地面に千切れかけの四肢が投げ出された。

 俺はレヴィスの足を踏みつけ、そのまま刹那ブーストを発動する。

 刹那ブーストの本来の効果は、足の裏から衝撃を叩きつける蹴り技。

 叩きつけるように放った刹那ブーストはレヴィスの足をへし折り、そのまま地面に縫い付けた。

 しめた。上手い事言ったぞ。反対もやろう。

 同じように反対側も地面に縫い付ける。

 

 しかし当然、レヴィスも反撃してくる。腕が関節を無視して動き、こちらに迫る。

 だが、レヴィスも限界が近いのか、その動きはとても緩慢だった。

 デュランダルで両腕とも斬り飛ばし、飛ばした腕もフレイムアローで燃やし尽くした。

 レヴィスの背中から生えているエクスカリパーを抜き、デュランダルで体を突きまくった。

 

「がっ…あっ、ぐっ」

 

 駄目だ無い。魔石がどこにも。

 頭か? 頭に有るのか?

 デュランダルでレヴィスの脳天を突き刺してみる。

 

「~~ッッ」

 

 声にならない悲鳴を上げるレヴィス。

 しかしその体が崩壊する事は無かった。

 まさか、魔石が無いなんて事は……。

 

「あ」

 

 今、レヴィスの体が不自然に動いた。

 はた目から見れば大したことのない動きに見える。しかし、よくよく見ると何かが蠢くようにレヴィスの体を這っていた。

 

「……なるほど、魔石を動かせるのか」

 

「ッ」

 

 びくりと、足元のレヴィスが震えた。

 この反応、まさか本当にそうなのか? いや、レヴィスがこんな分かりやすく反応するか?

 でも、魔石を動かしているとしか考えられない。

 それにもし本当に魔石を動かして剣を避けているのだとしたら、なんともいじましい小細工だ。

 俺はデュランダルを構える。そして、先ほど使えなかった技を用意する。

 

 レヴィスが本当に魔石を動かせるのかどうかは、もうどうでもいい。体を半分ずつにしていけば何時か死ぬだろう。

 

 無銘の刹那。奥義──。

 

「っ、や、やめろォっ。や、やめ──」

 

 思わず、手を止めた。

 その、あまりにも情けない声に困惑して。誰の声だ?

 俺が困惑していると、レヴィスがこちらに振り向いた。

 

「ッ?」

 

 泣いていた。顔じゅう血だらけで、鼻血をだらだらと垂らしつつ、その緑色の瞳から涙を流していた。

 あまりに情けない顔だった。今までのレヴィスとは程遠いその姿に、手が止まってしまった。

 

「ッ──」

 

 そして、俺の行動が止まった事に気付いたレヴィスの行動は一瞬だった。

 地面に縫い付けられた足を引きちぎり、その次の瞬間にまた両手両足を生やして脱兎のごとく逃げ出していった。

 

「……」

 

 何だ、アレは。本当にレヴィスか? いやだって、レヴィスがあんな。

 そしてハッとする。

 

「くっ──」

 

 刹那ブーストで飛びかかる。

 だが。

 

「ヴィオラスッッ」

 

 レヴィスが叫ぶのと同時に一体のヴィオラスが現れた。

 まだ居るのかよっ。

 思わず愚痴りたくなったが、今となってはヴィオラス程度なんて事はない。

 

 しかし、嫌な予感がしてならない。たった今醜態を晒していたとはいえ、レヴィスはレヴィスだ。

 あのヴィオラスが普通のヴィオラスの訳が無い。

 鑑定を行う。

 

ヴィオラス lv.5

 

 lv.5? 何でいまさらそんな奴。

 しかし考えている暇は無い。既にヴィオラスの目の前にたどり着いた。

 こいつに何かされるのも面倒だ。何か考えが有るというのなら、何も出来ない内に始末してやる。

 ヴィオラスが口を開く。

 その中には大量の真っ赤な石がびっしりと埋まっていた。そして口を開いたのと同時に小さな音が鳴り、火花が飛ぶ。

 

 これは。

 そうだ、確かルルネさんに教えてもらった──。

 

「ッ、まずッ──」

 

 俺はすぐにヴィオラスの首を跳ね、その首を弾く。

 しかし、その行為は無意味だった。

 

 首を跳ねたその先にも、大量の火炎石。

 このヴィオラスは全身に火炎石が詰められていた。

 そして少しの火花に反応したその火炎石は赤く発光した。

 

 俺は反射的に防御の構えを取る。

 取ってしまった。

 

「ッ──」

 

 幾つにも連なる連続集中爆破が俺の全身を叩き、大きく吹き飛ばした。

 その衝撃で俺は大きく吹き飛ばされ、ダンジョンを転がされる。

 すぐに立ち上がるも、既に、この階層からモンスターを示す赤い点は消えていた。

 

「……なん、だよ……それ」

 

 俺は力なく座り込む。そしてどっと疲れが湧いてきた。刹那モードは切れてしまった。

 腹に手を添える。添えた手を見てみると、籠手が血みどろになっていた。しかもちょっと、何かの肉の欠片みたいなのも付いていた。

 

「……はぁ」

 

 駄目だな、俺は。

 結局、何をやってもうまくいかない。チートで後押ししても、このざまだ。

 

「……レヴィス」

 

 アイツ、泣いてたな。

 

「……泣く位なら、そう言う事すんなよ……」

 

 ばたりと、地面に仰向けになって倒れる。

 

 ロキ・ファミリアは、無事合流できただろうか。

 レヴィスを取り逃してしまった今、それだけが気掛かりだ。

 

「……」

 

 別に死ぬつもりであの作戦をアナキティさんに伝えたつもりは無い。

 でも、その可能性は考慮していた。

 

 既に、全身が動かない。刹那モードで無理をした感覚とも違う。

 もう本当に、少しも動かない。感覚も鈍くなっていく。

 頭だけが冴えていて、冷静に今の状況を考えられる。

 

 俺にとって、心を燃やしていた燃料はロキ・ファミリアだけじゃなかった。

 ロキ・ファミリアを守る。守るという事はつまり、敵が居る。そして敵が居るからこそ、心を更に熱く燃やせていた。

 レヴィスだって、心を燃やしていた燃料の一つだったんだ。

 

 アイツが逃げ帰ってようやく気付くなんてな。

 とんだ皮肉だ。

 

 もう心を突き動かす燃料は何一つない。何も無い。

 自分の命のために、俺は先程までに全力で動けない。

 元より俺は、自分を理由に動ける程自分が好きじゃ無かった。

 親に捨てられるような俺が、好きじゃ無かった。

 

「……」

 

 ああ、目の前が真っ暗になってきた。

 考えも纏まらない。

 

「お……」

 

 おばあちゃん。

 異世界のあの世がそっちと繋がっているかは分からないけど、俺は絶対おばあちゃん達に会いに行く。

 そして絶対に謝る。言いたかった事も言う。

 そしてもし、おばあちゃんが良ければ、俺とまた家族になって欲しい。

 

 家族……そうだ。家族といえばヘスティアだ。

 ヘスティア。結局俺は強くなれなかったよ。でも、これで良かったかもしれない。

 未熟な俺がヘスティアと家族になったところで、色んな迷惑をかけていたかもしれない。

 だからこれでいい。

 

「……」

 

 そして体の感覚が無くなりかけたその時。

 

「……?」

 

 何か違和感を覚える。

 もう殆ど何も分からないけど、かすかに何かを感じている。

 

 そして、全身が温かい何かに包まれた。

 全身に痛みが走る。

 いたっ、痛み? そんな余裕、さっきまでの俺には無かった。もう体の殆どが死んでいた。

 だと言うのに、まるで生きているかのような痛み。

 

 これは……まさか。

 

「……ゥ」

 

 小さな声が聞こえる。

 そしてその声は徐々に大きくなっていく。

 

「サ…ト……ゥ」

 

 そして。

 

「サイトウッ」

 

 視界が回復した。

 泥だらけで傷だらけのアナキティさんの顔が目前に飛び込んできた。

 

「サイトウさんッ」

 

「サイトウっ」

 

「サ、サイトウさん」

 

 リーネさん。エルフィさん。そしてロキ・ファミリアの人たち。

 彼等が俺に声を掛けていた。

 

「はぁ……全く、やってくれたね、君」

 

 視線だけを動かし、声のした方を見る。

 

「だけど……よくやってくれた。ありがとう。これは団長としての言葉であり……ぼく個人の言葉でもある」

 

 フィンさんが居た。

 彼も傷だらけだと言うのに、それを一切感じさせない語り口調で話しかけてきた。

 そして。

 

「……サイトウ、さん」

 

 アイズ・ヴァレンシュタインさん。彼女も居た。

 

「ぁ……」

 

 そう、か。

 合流、出来たんだな。良かった。本当に、良かった。

 

「っ……」

 

 つうーっと、涙が流れてくる。

 鈍っていた筈の感覚が刺激される。

 ああ、駄目だな。

 覚悟はしていたつもりなんだけどな。

 でもこうして彼等が無事に帰ってきてくれた姿を見ていると……こみ上げてくる物が有る。

 

「サイトウ、さん?」

 

 アイズ・ヴァレンシュタインさんが近寄ってきた。

 俺を心配してくれての事だろう。

 

 でも。

 

「く……」

 

「く?」

 

「……」

 

「……」

 

「……くさい……」

 

「……え?」

 

 ごめん、やっぱ臭いわアイズ・ヴァレンシュタインさん。

 そしてぱたりと、俺は気絶した。

 

元話と加筆版において、どちらが違和感なく読めたかお答えください

  • 91話
  • 91話(加筆版)


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