東南アジアの安定と繁栄は日本外交の要の一つだ。いま、それを揺るがす人道危機が迫っている。ミャンマーから隣国バングラデシュに逃れた、70万人ものロヒンギャ難民の行方だ。
にわか作りの難民キャンプに安全に飲める水はわずかしかない。子どもを中心に感染症や栄養不足が広がる。しかも3月末ごろには雨期に入る。サイクロンが襲う季節も近づく。命の危険がいっそう深まっている。
ロヒンギャは、仏教徒が大半のミャンマー西部に暮らすイスラム教徒の少数派だ。その苦境が長引けば、仏教徒とイスラム教徒が混在する東南アジアの社会に深刻な溝を生みかねない。
ミャンマーとバングラデシュ両政府は、1月下旬から難民帰還を始めることで合意した。いまだに実現していないのは、難民の多くが身の安全が守られないと感じているからだ。
ミャンマー政府には、その不安を取り除く重責がある。そのためには、拒み続けている国連関与を認めることが必要だ。
日本は資金援助を約束したが、もう一歩踏み込みたい。国際社会の先頭に立ち、ミャンマー政府が態度を変えるよう説得すべきである。
ロヒンギャはミャンマーで不法移民とみなされ、国籍や移動の自由などが認められてこなかった。治安部隊と武装勢力が昨年8月に衝突したのをきっかけに多くが国境を越えたのは、長年の迫害があったからだ。
「民族浄化」と批判する国連にミャンマー政府は態度を硬化させ、調査団の受け入れを拒んだ。難民の帰還についても国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が関わることを認めていない。ロヒンギャが帰還に二の足を踏むのも当然であろう。
ミャンマー政府は、まずは国連と協力し、帰還後の難民の安全を第三者が保証する枠組みづくりを急ぐべきだ。その先に、ロヒンギャの基本的人権を認める根本的な解決を探る必要があることは言うまでもない。
日本は、ミャンマーが軍事政権の時代に、孤立させずに民主化を促す「建設的関与」政策を続けた。制裁などの圧力を強める欧米とは一線を画してきた。河野太郎外相が1月に外国の閣僚として初めてロヒンギャが追われた村を訪問できたのも、こうした経緯があったからだ。
だが建設的関与には、現状を追認する言い訳との批判もつきまとう。人権状況の改善や民主化につなげられてこそ意味を持つ。日本には独自のミャンマー外交を行う資格と責務があることを忘れてはならない。
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