令和最初のこどもの日。平成の負債を残す昭和の大人が、恥を忍んで聞いてほしいことがある。新しい時代を創るのは、新しい時代を生きる皆さんです。
中部日本放送制作の「1/6の群像」は、子どもの貧困問題に真正面から向き合った、ラジオドキュメンタリーの秀作です。
厚生労働省の二〇一二年国民生活基礎調査によると、日本の子どもの相対的貧困率が16%を超えて、「六人に一人が貧困状態にある」とわかったことから、タイトルが付きました。
制作期間は約二年。一昨年五月に中部圏で放送されて反響を呼び、文化庁芸術祭の大賞受賞などを経て、昨年十月には、NHK第一で全国放送されました。
◆「無料塾」の仲間たち
舞台は、名古屋市北区の「無料塾」。国の助成を受けて自治体が設置する「学習支援施設」です。
午後六時。区内のビルの一室に十人の中学生と高校生二人が「こんばんはー」と通ってきます。
行政的には、生活保護世帯、生活困窮世帯、ひとり親家庭と呼ばれる家の子どもたち。元教師や公務員、現役の大学生が「学習サポーター」を務めます。
「今日は過去問やりたい」「私は…うーん、数学」-。教えるものと教えられるものが、文字通り額を寄せ合って、その日学びたい科目を学ぶマンツーマンの授業はもちろん、当番がつくったおにぎりをみんなで味わう“おにぎりタイム”も、お楽しみ-。
番組は、塾に集う子どもたちの言葉を丹念に引き出し、拾い集めて、声の“群像”をつむぎます。
中でもひときわ印象に残るのが、取材当時中学三年生だったユウ君の肉声です。ユウ君は学齢前に、養護施設の暮らしを経験しています。
<今の段階でもまだ、大人は信用できないんで-。徐々に信用できるようにしたいと思っていますけど…>。無料塾の仲間の中でもとりわけ大人びた、優等生タイプのユウ君の突然の“告白”、あるいは“告発”に、スタッフは驚き、たじろぎました。
◆ユウ君の自立と船出
それからしばらくたった春。無料塾最後の“登校日”。
<皆さん、本当に二年間、ありがとうございました。自分が助けてもらったように、自分も誰かを助けたいと思ったんで、もっともっと強くなって、それで、消防士の学校に行きたいと思っています>。ユウ君は、出入り口で深々と頭を下げて、塾から巣立って行きました。
濃密な塾の人間関係が心の肥やしになったのか。大人の支援を受け止めて何かを吹っ切ったようなユウ君に、スタッフは安堵(あんど)し、希望を見いだしました。
子どもの貧困問題に取り組む弁護士の岩城正光(まさてる)さんは、作中で語っています。
<一人一人の人間が、我一人立つという気持ちを持てるかどうかなの。我一人立つというのは、“何くそっ”という気持ちなの。そうすると不思議なことに隣の人も立つんだよ->。同感です。
今、時代の節目に立った時、“1/6の群像”たちは「平成は貧困の時代だった」と振り返っているのでしょうか。
経済協力開発機構(OECD)が二〇〇五年に公表した報告書によると、一九九〇年代のバブル経済崩壊直後、日本の貧困率は加盟国中すでにワースト二位でした。
これを真摯(しんし)に受け止めず、「一億総中流」の“昭和の夢”に溺れていたのは、私たち大人です。責任を逃れるつもりはありません。
一千兆円を軽く超えてしまった国の借金や地球温暖化、原発事故の後始末、憲法をねじ曲げた戦争のできる国…。元号は変わってもリセットできない“平成の負債”を少しでも減らせるよう、私たちももちろん、全力を尽くします。
しかし、いや、だからこそ、「令和」を生きる子どもたち、「自分のことは棚に上げて」と、しかられるのを覚悟の上であらためてお願いします。新しい時代は、皆さんに拓(ひら)いてもらいたい。
◆新時代を自分の色に
新元号発表の記者会見。「次の時代にどのような国造りをしたいか」という質問に、首相は「一億総活躍社会」などと答えたけれど、違和感を覚えます。新しい「国造り」をするのは、新しい時代を生きる皆さんだから。
♪時代を変えるのは常に青春で/老いた常識よりはるかに強く…。(吉田拓郎「街へ」)
ユウ君は、「令和」というキャンバスに、どんな色で何を描いてくれるでしょうか。
願わくは「時代」という小さな器に収まらず、日々新しいものをめざし続けてほしい。“越えて行け、そこを”、です。
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