骸骨魔王のちょこっとした蹂躙   作:コトリュウ
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第34話 「実況魔王」

 円卓の上には魔法の鏡が五つ、それぞれの前にふよふよと浮かんでは、どこか遠くの惨状を映し出す。

 

「なっ、これは!?」

「まずは魔王軍第一陣が侵攻している録画映像だが……、ん? “録画”が解らんか? そうだな、魔法で姿見を写し取るのはお前たちもよくやっていることだろうが、それを動いている映像として保存しているのだ。あとで観なおしたり他者へ渡したり、今回のように多くの者へ観せたりする場合も役立つぞ」

 

 風景や姿見をそのまま羊皮紙などへ転写するのは、それほど珍しいことではない。冒険者組合でも魔獣登録時などで活用している。だがそれを連続転写し、動いている映像とするのはどれ程の魔力が必要なのだろうか? とジルクニフは己の下胸部をさすっては、胃の痛みを堪えるばかり。

 ただそんな驚きも、流れる映像の前では前座でしかなかった。

 溢れんばかりのアンデッドと悪魔たちの前に積み上げられる、少し前まで人間であった肉の塊。ダイジェストで流される丁寧且つ凄惨な蹂躙。第二陣の死の騎士(デス・ナイト)魂喰らい(ソウルイーター)が映し出された時などは、『許してください』と泣き喚きそうになるほどだ。

 

「これなどは中々の見世物だと思うぞ」

 

 少し嬉しそうな魔王が映し出したモノは、巨大な竜の奇襲劇。数多のアンデッドが竜の吐息(ドラゴン・ブレス)によって消し炭となっている映像だ。

 本来なら魔王軍が反撃に遭っている憤慨すべき状況なのだろうが、魔王様にとっては歯応えを感じ始めた一件なのかもしれない。“抵抗皆無のゴミ処理”が“狩り”となった瞬間と言えるだろう。

 まぁそんな映像を見せられた各指導者としては、反応に困るしかないのだが……。

 

「あとは一方的な展開ばかりだから軽く流すとして――」

 

 竜王の首が斬り飛ばされる映像を『こんなことがあった程度の理解で構わん』と言うかのようにテンポよく切り替え、大魔王は王城襲撃が始まった時点まで動画を進める。

 

「ここからが王国の勇者候補“蒼の薔薇”の脱出劇になるな。今回の侵略戦争における最後の見どころと言ってイイだろう」

 

 映し出される美しくも勇ましい、漆黒の魔剣を振るう女勇者。刺突戦鎚(ウォーピック)を叩きつける巨漢の戦士。双子と思しき忍者姉妹の軽やかなる連携。そして桁違いの魔法で骨の馬を消し飛ばす仮面の子供。

 魔法の鏡を見ていたイジャニーヤの頭領――ルプスレギナに治療されて身を起こしていた“ティラ”は、懐かしき二人の姿から目を離せなかった。

 

「ふむ、仮面の魔法詠唱者(マジック・キャスター)と忍者姉妹は脱落したな。残るは四人。女勇者と戦士、眠ったままの娘と護衛の小僧か。さて準備は整ったようだ。ここからは保存してあった過去の映像ではなく、現在進行中の戦い。リアルタイムイベント観賞といこうか」

 

 楽しそうな大魔王様を前に、帝国皇帝も他の指導者たちも口を挟めない。ただ、魔法の鏡に映る“蒼の薔薇”へある種の希望を託すだけだ。

 

 なんとかして一矢報いて欲しい――と。

 人類生存の活路を、どうにかして見いだして欲しい――と。

 

 無論、そんな願いが叶うはずないとは理解している。理解しているのだ。だけど仕方ないだろう。その程度の救いであろうとも懇願しなければ、魔王を前に呼吸もできない。座って話を聞いているだけでも、命を絶ちたくなるほどの絶望に満たされてしまうのだ。

 皇帝であろうと、竜の血をひいていようと、神の加護を得ていようと意味はない。意味はないのだ。

 

 

 ◆

 

 

 仲間を置き去りにして前へ進んでも、その先に救いがあるのかどうか。ラキュースにはもう分からなかった。

 王国の再興にラナーが必要であることは疑いようもない。それだけは確かだ。

 しかし、数百万もの王国民が皆殺しにされている最中に逃げ出して、それでよかったのか? 苦楽を共にした大事な仲間を犠牲するだけの価値があったのか? どれだけ考えても否定ばかりが頭に浮かぶ。

 親友を見捨てて、自分たちだけで逃げるべきではなかったのか? と。

 

「くそっ、なんだこの霧は?! まったく見えねえぞ!」

「まっすぐ進んでいるのでしょうか? 感覚がおかしくなりそうです」

 

 ラキュースは周囲の白き霧を一瞥し、ガガーランに担がれている親友の様子を伺う。

 

(まだ起きないということは、あれから半日も経過していないということね。体感としては七・八時間ぐらいかしら? 辺りが真っ白で判りにくいけど、日は落ちているみたいだし……)

 

 天を見上げても夜空は見えてこない。分厚い霧の壁が全てを遮り、日光の有無にかかわらず薄暗い空間を作り出している。

 頼りにするは腰に吊るした魔法のランタンなのだが、今は白い壁を照らすだけの愚物だ。

 現状脱却の役には立たない。

 

「落ち着いて二人とも。ここは体力を回復させながらゆっくりと進みましょう。もう追手を気にする必要もないみたいだし」

 

 ティアとティナが足止めに残って以降、魔王軍の気配はない。ついでにイビルアイたちが合流する気配もないのだが、それを嘆いている暇はないだろう。

 目指すは北部都市”リ・ウロヴァール”。ラナーが手配した北大陸へ渡るため――無事に渡航できるかどうかは別問題――の大型船だ。

 

「一応周囲には警戒して……え?」

 

 先頭に立って仲間を鼓舞しつつ、力強く一歩を踏み出すも、踏みしめた地面の感触に違和感を覚える。

 

「えっ、石畳? 土の地面だったはずじゃ?」

「おい、なんだこれ? 空気が変だぞ!」

「か、壁が横に!? ラキュース様! 霧がっ!」

 

 混乱する前に魔剣を構える。

 霧が晴れたというよりは、消えたというべき怪現象。踵の下に雑草生い茂る土の地面はなく、美しき配列の石畳が並ぶ。左右と頭上には石壁――石材に似てはいるが別物――が立ち塞がっており、前方には格子戸が見える。

 

「後ろは?!」

「駄目だっ! 行き止まりにしか見えねぇ!」

「こちらにも反応ありません! 隠し扉らしきモノは無いかと!」

 

 小さな鈴を鳴らすクライムの姿に、ラキュースは軽く頷く。

 隠し扉発見や罠外し、鍵解除の魔法具は元々蒼の薔薇が与えたモノだ。その効果は聴くまでもない。

 

「ここは建物の中……、闘技場に似ているような。クライム、悪いけどラナーを背負ってくれるかしら? ガガーランは戦闘準備」

 

「は、はい! かしこまりました!」

「お~ぉ、こりゃヤバそうだ。今度こそ終わりかもしんねぇな」

「縁起でもないこと言わないでよね」

 

 いつもの軽口にほんの少し救われながら、ラキュースは格子戸を目指して歩を進めた。

 静かな空間に、格子戸のせり上がる音だけが響く。

 緊張を胸に一歩一歩。

 格子戸が消え失せた先に見えるは、予想した通りの闘技場。周囲を逃げ場無く石壁が覆い、その上には夜空を背景とする観覧席。すでに多くの人影があるように感じるものの、異常なまでの静けさが不気味な現状を醸し出していた。

 

Meine sehr geehrten Damen und Herren(紳士淑女の皆さま)! ようこそナザリック地下大墳墓第六階層、円形闘技場(コロッセウム)へ!! あなた方の素晴らしき雄姿を期待いたします!」

 

『耳にしたくない』と思っていた男の声が辺りに響く。

 例のアイツだ。イビルアイの両腕を吹き飛ばし、ラナーの精神をかき乱した異形の存在。魔王軍の化け物どもを率いて王城に現れた上級幹部にして、魔王を父上と呼ぶ二重の影(ドッペルゲンガー)

 出会ってはいけない最悪の悪意だ。

 

「王国最後の希望はぁ、王城から脱出して何を思うのかっ?! 王国民を見捨ててぇどこへ向かうのかぁ?! 現時点においてもぉ多くの民が助けを求めているというのに、王国最高位の冒険者にしてぇ人類の切り札、“蒼の薔薇”は何を成すと言うのかぁ?!!」

 

 シュタっと闘技場へ降り立った埴輪顔の男に、目を逸らしていた現実を指摘されてラキュースは下唇を噛む。

 今更どうしようもないことだ。魔王軍との戦争などに、冒険者チームが役に立つはずがない。戦争なのだ、魔獣討伐ではない。人類の希望などと言われても、迫りくる魔王軍の化け物どもに敵う訳がない。

 物語では勇者が魔王を討伐したりしているけど、いったいどうやって魔王の元まで辿り着いたのか?! 絶対無理でしょ?! ふざけないでよ! と声を大にして言いたい。

 これから作られる物語では、魔王の元まで辿り着く勇者の途中経過をしっかりと記載してもらいたいものである。

 もう、見ることは叶わないだろうけど……。

 

「たしか、パンドラさん、でしたか? 状況の説明をお願いしてもいいかしら?」

 

「おお、座り込んで泣き喚かないとは素晴らしい。勇者試験を受ける程度の資格はありそうですね」

 

「なんだぁ? 試験だって?」

 

 すり足で埴輪男との間合いを詰め、武技の発動を狙っていたガガーランは、パンドラの言葉に観覧席で不動であった多量のゴーレムを睨む。

 けしかけてくる気か? と周囲を警戒し、眠り姫を背負ったクライムとラキュースの護りへ入る。

 

「では紹介ぃぃいたしましょう! リ・エスティーゼ王国の存亡を担う世紀の一戦へ挑むはぁぁ、――王国最強の戦士、ガゼフ・ストロノーフ!!」

 

「なっ、なんですって?!」

「マジかっ? 生きてたのかよ!」

「戦士長様が? この場に?」

 

 蒼の薔薇が出てきた通路とは真逆に位置する格子戸、それがスルスルとせり上がり、一人の戦士を招き入れる。逞しい肉体を持つ、中年の男性だ。どこにでもあるような革鎧を着込み、これまた平凡な長剣を抜き身で持つ。

 ただ、その表情は地獄から這い上がってきたかのように悲壮。顔見知りとの再会を喜ぶような気配は微塵もない。

 

「ガゼフ様! 貴方がなぜここに?! この地はいったい?!」

 

「ラキュース殿、申し訳ないが私は何も話せない。私に許されているのは、剣を振るうことのみだ」

 

 敵へ突きつけるかのように長剣を掲げ、殺気を込めた視線で睨み付ける。ガガーランのような歴戦の戦士でなければ、その場で命を諦めてもおかしくない突き刺さるような眼光だ。

 

「こりゃヤベえ、ガゼフのおっさん本気だぞ。冗談抜きで俺たちを殺す気のようだ」

「ぐ、かはっ、……ラ、ラナー様は、なんとしても私がっ!」

 

 グラつく身体を必死に支えるクライム――を気付かうかのように己の背へ隠し、ガガーランは覚悟を決める。どうやら彼の戦士長殿は、引くに引けぬ理由を抱えてこの場に居るようだ。蒼の薔薇を皆殺しにしてでもやり遂げねばならぬ、予想を超えた何かのために。

 

「感動の御対面はその辺りで宜しいでしょうか? では戦士長殿、貴方が勝利すれば王国への侵攻はストップされます。ついでに」パンドラはパチリと指を鳴らし、観覧席の最前列へ二体の石像を並べさせる。どこかで見たことのある老人と、太った成人男性の石像だ。彫り込まれている衣装は見事なモノであり、上流階級である事が伺える。と言いながらも、老人が被っている王冠からすると何者の石像なのかは解りそうなものだ。

 

「こ、国王陛下に、ザナック王子の……石像? いや、まさか?」

 

「はい、もちろん本物を石化させたものですよ。戦士長殿が勝利した暁には、この二体も石化を解いたうえで進呈させて頂きます。やる気が出ましたか?」

 

 見世物小屋で戦いを強いられている生き物に、勝利の御褒美をチラつかせる。

 パンドラの行動はまさに娯楽の進行役。遠くの滅亡都市で御覧になっている魔王様へ、どれだけ面白い決闘を演出できるのか。そのためだけの布石に過ぎない。

 

「では次に、蒼の薔薇のラキュース殿とガガーラン殿。お二人が勝利した場合の褒美についてお話ししましょう」シュバッとマントを舞い踊らせ、パンドラは顔色の冴えないアダマンタイト級冒険者を見つめる。

「戦士長殿と二対一で決闘を行い、勝利した場合、そこの少年と第三王女は助けましょう。ついでに」わざとらしく同じ演出を繰り返すパンドラは、ラキュースが睨み付けてくるのを気にもしないで観覧席へ三つの石像を並べさせていた。

 一体は仮面を被った子供の石像、残り二体は同じような容姿、年齢の女性だ。言うまでもなく、蒼の薔薇メンバーの石像である。

 

「イビルアイ!! ティナ! ティア!」

「クソ野郎がっ! あいつらを石にしやがった!」

 

「喜んでいただいて、私も用意した甲斐があるというものですよ。では準備はよろしいですか? 戦士長殿も理解してくださいよ。貴方が敗れれば、まだ生き残っているであろう王国民百万ほどは死に絶えます。ラキュース殿もよろしいですか? 貴女の敗北は第三王女と仲間の死に直結しますよ。さぁ、武器を構えてください」

 

 パンドラが急かすように手を打ち鳴らす中、ガゼフは長剣を両手で握りしめ、蒼の薔薇の二人へ向ける。だがもう一方のラキュースは、深く考えているかのように闘技場の地面を見つめ、小刻みに身体を震わせていた。

 

「おい、おいラキュース! なにしてんだ?! おっさんから視線を外すな! ありゃ昔の戦士長じゃねえぞ! 強くなってやが――」

「ガガーラン!!」

 

 声を張り上げるリーダーの気迫に、ガガーランは息を呑む。

 

「ごめんなさい、ガガーラン。本当にごめんなさい。クライムもラナーも、みんなもごめんなさい」

 

「おいおいおい、そっちを選ぶのかよ。ああ、そりゃ~、ぐあぁ、マジか~」

「そ、そんな……、ラキュース様。ラナー様を殺す、と?」

 

「王国民が助かるのなら選ぶ価値はあるわ。無駄死にではないと思う。約束を守ってくれるのであれば、私たち数人の犠牲は……犠牲は……、ごめんなさい」

 

 王国民百万と蒼の薔薇。それに護衛騎士と王女様が加わったとしても、命の価値からして等価とは言い難い。そもそも王国第三王女ラナーは、王国再建のために――王国民のために逃亡していたのだ。それが死ぬだけで、決闘で殺されるだけで成されるのなら悲願達成とも言えよう。納得し難いが。

 

「これはこれは、素晴らしい決断ですな。人類のために己の身を犠牲にするとは、英雄の名に恥じぬ選択かと。我が父上も、予想通りの英断に拍手を送って下さるに違いありません」

 

 パンドラは涼しい顔で――黒い穴だけの埴輪顔だが――称賛の言葉を送ると、マントを大きくはためかせて深々と貴賓席へ頭を下げる。

 観覧席に設置された、身分高き上流階級の貴人だけが利用できる貴賓席。そこからは一人の美しき女性が――、女神のごとく世界を魅了する、女王の名を冠するにふさわしいカリスマを備えた美の結晶たる守護者統括が姿を現していた。

 

「ふふ、ゴミにしては中々面白く跳ねてくれるものね。褒美として、勝利条件を追加してあげようかしら?」二本の角と黒き翼を備えたアルベドは、言葉を失っている人間(ゴミ)を見下ろし、予定通りの追加条件を提示する。

「蒼の薔薇、だったかしら? 貴女たちが勝てば、アーグランド評議国は見逃してあげてもいいわよ」

 

「なっ? なぜ評議国の名が?」それより貴女は何者なの――と、問いかけたい気持ちを抑えつつ、唐突に出てきた評議国の話へ気を向ける。『見逃す』とは、最初から手を出すつもりだったと言うのか? あの竜王が治める亜人国家に! 

 

「評議国の参戦はすでに知っているでしょ? 魔王軍へ牙をむいたのよ。なら国ごと潰すのは当たり前でしょ? 愛しい夫に敵意を向けたのなら、妻である私が直接出向いて叩き潰さないとね。とはいえ、今回はコキュートスに譲るけど……」

 

 アルベドは豊満な胸を武器であるかのように掲げ、矮小な人間へ告げる。

 

「蒼の薔薇、貴女たちが勝利すれば評議国は見逃してあげましょう。もちろん王国は皆殺しにするけどね。ああ、評議国の亜人どもがいくら死んでも構わないと言うなら、そのまま殺されるといいわ。どちらに転んでも死者の数には大差ないでしょうし……」

 

「わ、私たちが負ければ、評議国の国民が皆殺しに? そんな、そんなことって」

「ラキュース! 迷っている場合じゃないぜ! どっちでもいいから決断しろ! リーダーはお前なんだ! たとえ殺されることになっても文句は言わねぇよ!!」

 

「評議国も犠牲になるのか……。すまない、全ての責任は私にっ!」

 

 覚悟を決めている戦士長とは異なり、ラキュースの思考は混乱を極める。

 己が死ねば王国民を助けられると、一度は自己犠牲に走ったものの、今度は評議国の存亡が肩に圧し掛かってきた。

 勝てば王国民が死に絶え、負ければ評議国の国民が虐殺される。

 あの魔王軍だ。まともにぶつかった経験からして、評議国が勝てるとは思えない。目撃された竜王たちがある日を境に居なくなり、同時に魔王軍の侵攻が再開されたという事実も考慮すれば、ドラゴンですら戦力として不十分なのだ。

 加えて『国堕とし』と呼ばれる伝説の吸血鬼(ヴァンパイア)すら石像にしてしまう埴輪男と、上限が分からない神のごとき威圧感を放つ白ドレスの女悪魔。

 まるで、異なる世界へ足を踏み入れてしまったかのようである。

 

「む、無理よこんなの、選べる、わ、わけがないじゃない。何をしても……、多くの人が、死んで……しまう」

 

 物語のようにはいかない。正解など存在しない。どんな道も血まみれなのだ。

 

「駄目よ、お前は選択しなければならない。勇者になる者が成すべき絶対条件よ。覚悟ある選択こそが、それを成せる勇者こそが、我が夫――大魔王様への挑戦権を得るのよ」

 

 運命を司る女神であるかのように、アルベドは『進むべき道を選べ』と強いる。もちろん、その笑みは女神と呼べる代物ではなかったが。

 

「ラキュース殿! 早く決断して頂きたい! 貴女が迷っている間にも王国民は殺されているのだっ! 選べないのであれば、この場で死んでくれ! 王国民のためにっ!!」

 

「ふざけんなよガゼフのおっさん! 評議国はどうなってもイイって言うのか! あっちにも人間は大勢住んでんだぞ!!」

 

 評議国にも人間種は大勢暮らしている、ガゼフも当然そのことは知っている。だがそれでも声に出して願うのだ、死んでくれと。

 

「くだらないわね、追い詰められないと行動できないのかしら? まぁどうでもいいけど……。パンドラ?」

 

「はい、それでは」埴輪男は少し大袈裟に一礼すると、進行役として決闘開始へ言及する。

「宣言します! “蒼の薔薇”に遅延行為ありと見なし、準備不足等の言い分を却下! 直ちに決闘を始めさせて頂きます! 戦士長ガゼフ殿、攻撃を許可します! 後顧の憂いなき戦いをっ!」

 

「有り難い! 蒼の薔薇よ、いざ参る!!」

「ラキュース! 腹くくれ! このままだと死ぬぞぉ!!」

「あああぁぁああ!! 戦闘開始! ガガーラン前へ!!」

 

 追い詰められたからか、覚悟を決めたからか? 蒼の薔薇のリーダーは、勇者とはとても言い難い悲しさと悔しさ、怒りまでもが入り混じった小さい子供が癇癪を起こしたかのような表情で、王国の全てを見捨てると決断した。

 

「〈能力超向上〉!」「〈能力超向上〉!!」

 

 二体の化け物がさらなる化け物へと変化してぶち当たる。

 長剣が幾本にも見えるほど打ち込まれ、ガガーランの鉄砕き(フェルアイアン)が逆に砕かれんばかりだ。魔化されている武器はそう簡単に破壊されないと思うものの、それだけでは戦士長の攻撃を受け止めきれない。

 真っ赤な血が舞い、肉片が飛び散る。

 どれもガガーランのモノだ。圧倒的とも思える斬撃の嵐に、蒼の薔薇の戦士は反撃の糸口を見つけられない。

 

「〈重症治療(ヘビーリカバー)〉!」

 

 切りとられたばかりなら欠損部位さえ直す強力な治癒魔法が、ラキュースから放たれる。だがそれ以上に削られているのではないだろうか? “ケリュケイオンの小手”による微細な治癒も今では命綱だ。

 量産型にしか見えない長剣が烈風のごとく来襲し、魔法の鎧を削ってゆく。

 戦士長はもはや人間ではない。

 

浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)! 射出!」

 

 猛獣の気を逸らそうと、幾本もの剣が空を飛ぶ。

 軽く弾かれるのは想定内だ。要は手数を消費させるための囮なのだから、構ってもらえればそれでイイ。その間に、ガガーランの反撃が準備を終える。

 

「どおりゃあああ!!」

「おおおお!!」

 

 武技による強力な一撃が刺突戦鎚(ウォーピック)から放たれ、さらに放たれ、超級の連続攻撃と化す。

 一発当れば骨まで吹き飛ぶ威力だ。長剣で受けたとしても、これほどの連撃ならば魔化の許容を超えてへし折れるだろう。どちらへ転んでも、ガガーランの優位につながる反撃――のはずであった。

 

「っぷは! ちくしょーが!」

「武装の質を見誤ったな! 覚悟!」

 

 武技の大技は使用後の脱力感が凄い。へたり込みたくなるぐらいである。ガガーランもそれは解っていて繰り出したのだ。かわされれば殺されるかもしれないと覚悟して。

 

「ガガーラン! 引いてっ!!」

「なっ?!」

 

 ガガーランの連撃が途切れるタイミングを、もっとも熟知しているのはリーダーのラキュースである。だから寸分の差異なく合わせられたのだ。

 勝機とみて踏み込んだ戦士長が避けらない絶妙なる瞬間、無属性の膨大なエネルギーが魔剣から放たれる。

 

「ぐごおおおぉぉおおおぉーー!!」

「見たかおっさん! これがチームってやつだよ! ――痛つっ」

「じっとしてガガーラン、全身傷だらけよ。はい、これ飲んで」

 

 闘技場の壁まで吹き飛んだ戦士長をつまみに、水薬(ポーション)二本一気飲みをかます蒼の薔薇の戦士は、戦闘態勢を解くことなく刺突戦鎚(ウォーピック)を構える。

 勝負がついたとは思っていない。

 ガゼフは、“魔剣キリネイラム”の奥の手をまともに喰らっても生きている。戦士としての感がそう囁いているのだ。

 

「ごふっ、……な、なんともおかしな話だ。ラキュース殿のその技は、事前の掛け声が必要なのではなかったか? 騙されたな」

 

 細かい傷を無数に負い、臓腑に大きな衝撃を受けつつも、ガゼフは悠々と立ち上がる。冗談めかした苦情を放ちながら。

 

「実を言うと無言でも放てるのですよ。技名を叫ぶのは景気付けみたいなものです。〈聖なる防御〉(ホーリープロテクション)

「んなことより、アレを喰らって生きているおっさんの方がオカシイだろ? いつから人間止めたんだ? 〈肉体強化〉〈能力向上〉」

 

 軽口を叩きながら戦闘準備を整え、護りの加護をもらったガガーランは前へ、ラキュースはやや後ろへ下がり、浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)の狙いを定める。

 



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