提督の憂鬱 作:sognathus
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司令室にいたのは信濃ただ一人。
見たところここには来たばかりといった雰囲気の通信将校は、彼女の姿を認めると少し怪訝そうな顔をしながら言いました。
「失礼、中将殿はいらっしゃいますか?」
「中将なら今はお手洗いに行ってますが」
「ん?」
将校が声がした方を見ると、女性が一人いた。
(中将の補佐官か?)
「そうですか。では補佐官、この資料を中将殿に」
「補佐官?」
将校に補佐官と呼ばれた女性は眉をひそめて聞き返してきた。
「ん? 君は補佐官だろう? だからこれを中将殿に――」
「私、補佐官じゃありありませんが?」
「なに?」
「中将専属の艦娘、信濃です」
「は?」
自分が補佐官と呼んだ女性がそれを否定し、更には自分が艦娘であると答えた人物を将校は少し不審そうな目で見た。
(艦娘? こいつが? 何故艦娘が海軍の軍服を着ている? それに艦娘であるにも関わらず秘書艦ならまだしも、司令官の補佐官の真似事とは……。少々人間に対して驕っているではないか?)
「あの……何か?」
将校の視線に何かを感じたのだろう、信濃もどことなく不快そうな顔で彼を見つめ返してきた。
「む……その目。君は艦娘なのに何で補佐官の真似事などしている? 艦娘なら艦娘用に支給された服を来て秘書艦をしているべきじゃないのか?」
「恐れながら、ここには秘所艦はおりません。そして当然補佐官もおりません。司令には全て自分にできることは自分で行って頂いてますので」
「なんだと? じゃぁ君は何だというのかね?」
「同僚ですが何か?」
「はっ……」
将校は今度は隠す事もなく怒りの感情を露わにした。
(とんでもない侮辱だ。思い上がりだ。人間ではない兵器の艦娘が補佐官や秘書でさえおこがましいというのに、人間の、それも司令官の同僚だと? こいつ調子に乗っているな)
「き……いや、お前……」
怒りに震える将校がそれ以上口を開いていれば二人の間で日悶着があったのは間違いなかっただろう。
中将がトイレから戻ってきたのはそんな一触即発になろうとしていた瞬間だった。
「どうしたの?」
「司令」
「中将殿っ」
「どうしたの?」
「なんでもありません」
信濃は何事もなかったのような顔で即答した。
その顔は、さっきまで将校と剣呑な雰囲気であったことなど気にするどころか認識さえしてなかったようといったように無表情だった。
「そんなわけあるか! 中将殿、この艦隊娘は少将問題が有ると私は思います」
流石に将校の方はそうはいかなかった。
自分に失礼な(単に気に入らない受け応えをされたただけだが)態度を取られた事、そして艦娘でありながら人間と同等と思っている思い上がりなど、洗いざらいをその場で中将に訴えて信濃を糾弾しようとした。
「へぇ」
対する中将は眠そうな顔をして適当に聞き流している様子だった。
「中将殿、お聞き下さい! こいつは……!」
「同僚だよ」
「は?」
中将の予想だにしない答に将校は固まった。
それに対して中将は気にる事もなく矢継ぎ早に続けた。
「パートナー」
「え?」
「こいび――」
ビシュッ
「ひっ」
「おうっ!?」
二人の顔の間を高速で何かが通り過ぎた。
「……はい?」
見ると、無表情ながら明らかに怒っている信濃がそこにいた。
「ごめんなさい」
中将は速攻で謝った。
その姿は艦娘の指揮官である提督としての威厳も何もあったものではなく、頭の上がらない妻の尻に敷かれる夫そのものだった。
「……なっ!?」
まだ何が起こったか分からないでいた将校は壁を見て驚きの声を上げた。
そこには紙飛行機が刺さっていた。
ただの『紙』で折られた飛行機が壁に刺さる速度とは一体以下ほどの威力であろうか。
もし、それが自分に当たっていたら……。
「……っ!」ゾッ
将校はその結果を想像して青くなった。
「き、きさ……」
「まぁまぁ」
流石にそれ以上は事態が収まらなくなると思った中将が今度は信濃と将校の間に割り込むように入って、彼に囁いた。
「なおこちゃん」
「あ?」
急にわけのわからない言葉を言われて将校は目を白黒させた。
「ショートヘアーの童顔の」
「!!」
将校は今度は青から白くなった。
どうやら彼にとってかなり重要なキーワードらしかった。
「ちゅ、中将殿そ、それは……」
「?」
対する信濃は中将の話が理解できず遠目に二人を見て首を傾げるばかりだった。
「確か君は結婚してたよね? それに子供も」
「あ……あ……」
「いや、解る。解るよ? 君はそういうお店に行っただけだもんね。男っていうのはそういうもんだよ。女がアレしちゃうようにどうしても遊びたくなるもんだよ」
「……」
将校は俯き完全に沈黙していた。
「ま、脅しみたいになっちゃって悪いけどこの事は内密に頼むよ」
「は、はい……」
将校は肩を落として力なく返事をするしかなかった。
そんな将校に、今度は中将は明らかに今までとは違う少し真面目な表情で彼の肩に手を置きながら言った。
「君、ここに配属になって日が浅いかな?」
「え? あ、はい。3日前に支部からここに着任して参りました……」
「そっか。うん、先ずは栄転おめでとう」ポン
「は……ありがとうございます」
秘密に触れられて意気消沈しているところに今度は突然の祝辞。
状況が整理できずに動揺する将校は、うなだれたままだお礼を述べるしかなかった。
「さっき信濃が言った事はね。まぁ大体本当だよ。俺は大体自分でできることは自分でやってるんだ。だけど全部俺一人でやってるわけじゃないよ」
「彼女にもちゃんと仕事は割り当てて二人で分担してやってるんだ」
「そ、それでは秘書艦の艦娘としての意義が……」
「うん。まぁそういう考えはね先ずは何でも自分でできるようになってから持った方がいいよ」
「何でも自分で……?」
「そう。艦隊の指揮、執務は勿論。艦娘自体に対する理解。こういう事を全て一人で理解し実行できる自信」
「しかし中将殿、私は通信将校なので提督とは……」
「君は通信将校だろう? ならそれこそ情報に携わる機会が俺よりたくさんあるはずじゃないか。何も全部実際にしろとは言わないよ。できないのなら知識を蓄えたらいいい」
「知識……」
「何でも一方的な見方で決めつけたらいけないよ。せっかく此処に来れたんだ。先ずは俺や他の司令官と関わってもう一度君の、軍人としての有り方を考え直してみるのもいいと思うよ」
「中将殿……」
将校は顔を上げた。
ただ脅されて叱責されるだけだと思っていたら、逆にいろいろ励まされて薫陶まで受けたのだ。
彼の折れた心は中将への感謝から立ち直りつつあった。
「まぁ何が言いたいのかというと、秘密は守るよ」ニッ
「中将殿!!」
将校は再び青くなって悲鳴のような声をあげた。
それから十数分後、中将の取り成しで何とかその場は収まり将校とも和解するという最良の結果で事態は収束した。
指令室には再び中将と信濃、そして掃除から戻ってきて彼らの手伝いをする朝日の3人だけとなっていた。
「いい加減機嫌直してくれないかなー?」
「……なんの事かしら?」
書類から目を離さずに信濃は口だけで答えた。
「怒ってるじゃん」
「は?」ピキ
「信濃さん美人!」
「そんなので機嫌を取れる女性なんていないわよ」
「……そうね」
「司令官」
中将の隣で執務を手伝っていた朝日が彼に声を掛けた。
「ん、どした?」
「信濃、怒ってるのですか?」
「どーかなー?」チラ
朝日の言葉を受けて中将は再び信濃に訴えるような視線を送った。
「っ……。全く……」
「お?」
「今回は私も悪かったわ。久しぶりにあんな態度を取られたから癪に障ったのね」
「はは。まぁ新人だからちょっとあれだったけど、彼は有能だと思うよ」
「……どうしてそう思うのかしら?」
「女遊びが好きな男に悪い奴はいな――」
ピュッ
「すいません」
「ごめんなさい?」ペコ
「なんかあなたの所為で朝日がドンドンおかしくなっている気がするのだけど」
「感情豊かになってきていいじゃない」
「せめて変な知識は身に付けない様に気を付けて貰いたいものね」
「善処します」
「頑張ります?」
「……っ、ふふ」
「はは」
「?」
相変わらず妙な受け応えをする朝日に中将と信濃は笑いを零した。
そんな二人を見ながら何が可笑しかったのか小首を傾げて真剣に考える朝日。
少しピリピリしていた職場の雰囲気はいつの間にか元に戻っていた。
そういえば書いてて思いましたが、旧型の艦娘って何故か小さい子のイメージが自分の中では定着してしまっているんですよね。
イメージ的に近いのは龍鳳。
ま、恐らく完全なオリジナルキャラになると思うので、そこまで問題視はしてませんがw