独自設定があります。
モブ(名無し)がいます。
王国戦士団と陽光聖典を捕らえるのは簡単だった。
全員が「支配の呪言」の効果範囲内(レベル四〇以下)だったのだから。
リ・エスティーゼ王国戦士団、そしてスレイン法国の囮部隊と陽光聖典。
全員を一カ所に集め、陽光聖典の中から一人を選び出し、「支配の呪言」で質問する。
結果は囮の部隊と同じものだった。
捕らえられた全員の前で行われた、精神支配中の質問に三度答えると死ぬ「呪い」。
囮の騎士たちと同じく、自分たち陽光聖典にも施されていたその「何らかの術式」は、自分たちの「任務」を考えれば当然であり、同時に自分たちが最悪の事態には「使い捨てにされる存在」であることを強く認識させられたのだった。
そして、その場にいた全員が、さらに驚愕する事態に直面する。
一体の悪魔によって、その死んだ隊員が蘇らされたのだ。
高位の悪魔は蘇生さえも可能とすることに、その場にいた全ての者が認識を新たにした。
◆◆◆
デミウルゴスは心を砕いて行動する。
相手に抵抗の余地など無くした上で、スレイン法国の囮部隊の生き残り三〇名、陽光聖典四五名、リ・エスティーゼ王国戦士団五〇名強を一堂に集め、質疑応答を開始した。
質問者は基本的にはデミウルゴスだが、立場の違う相手の行動に確認をする者、憤る者もおり、お互いの罵り合いに発展することもあった。
しかしそれもデミウルゴスの第三者視点と正論、そして圧倒的な力量差を垣間見ることにより鎮静化する。
長い時間の話し合いの果てに、その場にいる全ての者(人間)が、「自分たちが上の人間からすれば替えの効く使い捨て」という奇妙な共通意識を持ったのだった。
そして全員にデミウルゴスは語りかける。
「貴方たちの立場は理解しました。みなさんは随分と不遇な待遇を受けているようですね」
悪魔に気遣われるという奇妙な状況に、全員が微妙な気分になる。
「ですが、一番不遇なのは貴方たちではないでしょう」
「貴方たちに殺された村の人々は、殺されて当たり前の人間だったのですか?」
「そうだ!貴様等のしたことは許されることではない!」
「同様に伺いますが、自国の民を守れない者に上に立つ資格はあるのですか?」
「それは……」
「王の立場を考えれば、仕方の無いことだ!」
「それで無辜の民を救えないことが正当化されるのですか?」
「仕方あるまい!そもそもそこのスレイン法国が攻めてこなければよかった話だ!」
「仕方ないと言ってしまえる王国の腐敗があるからこそ、スレイン法国は王国を滅ぼす決断を下したのだ!」
一度は沈静化した言い合いが再燃する。
どちらも譲れない立場と主張があるのだ。
◆◆◆
「堂々巡りですね。どうでしょう。ここはお互いの立場を理解する機会としてみては」
デミウルゴスの提案に、その場にいる全員に疑問が浮かぶ。
そしてそれは嫌な予感の呼び水でしかない。
「簡単ですよ。百聞は一見に如かず。経験してみれば良いのです」
デミウルゴスは、この場の全員に言い聞かせるように、あるいは講師が生徒に説明をするように言葉を続ける。
「お互いの理解不足が原因なのでしょう。私も力を貸しましょう。相互理解を深めることはとても重要なことです。諍いは悲しいことですからね」
悪魔の言葉に、全員が警戒感を強めた。
特に囮の部隊はそれが顕著だ。
すでに逃げ出しそうな気配を漂わせている。
無理も無いだろう。
これまでのこの悪魔の行動で、一番の被害を被っているのだから。
もっとも、村人を殺して回っていたのが、この囮の部隊なのだから、自業自得とも言えるのだが。
それでも「逃げる」という選択をしないのは、それが無駄に終わると知っているからだ。
そしてその選択をした場合、その先に起こるであろう、さらなる被害を思えば、行動を起こすことなどできるはずもない。
デミウルゴスはさっさと準備を進める。
ここにいる人間の数は、総数にして約一二〇人ほどだ。
この人数で一つの村程度になる。
一度に運ぶには、自分(デミウルゴス)の「上位転移(グレーター・テレポーテーション)」だけでは少し無理があるかもしれない。
第一〇位階の「転移門(ゲート)」ほどの利便性も人数の多さも届かないが、それでも一度に数十人は運べる。
しかし、一〇〇の単位はまだ試していないが、デミウルゴスはおそらく無理だと考えている。
それでも先に召喚した憤怒の魔将(イビルロード・ラース)も、「上位転移(グレーター・テレポーテーション)」の使用が可能だ。
あと一体いれば問題無いだろう。
「上位転移(グレーター・テレポーテーション)」は第七位階の魔法なので、それほど高位の者の召喚でなくても構わない。
最初にこの世界へ来た日から、簡単でも地図を作るために、途中の詳細は省いてでも遠くへ行くことを優先させた一団がある。
「視界の共有」のできる使い魔で、途中途中に転移先を確保して探索範囲を広げたのだ。
砂漠地帯の先の国の巨大な湖あたりまでは、転移が可能だったはずだ。
国の名前や国境までは確認していない、ただの地形としてしか把握していない状態だが、ただ移動するだけなら支障は無い。
陽光聖典の知識と照らし合わせて、大まかな上書きは済ませている。
希望にもっとも近い転移場所から移動しても、問題は無いだろう。
憤怒の魔将(イビルロード・ラース)ともう一体は現地に置いてきてしまっても問題無い。
あと数時間で消えて(送還されて)しまうのだ。
ここ(カルネ村)に帰ってくる必要など、召喚魔将には無いのだから。
◆◆◆
「ここは竜王国の国境付近です。貴方たちの装備と荷物は置いていきます。これで生き残ってください。明後日の夕方に迎えにきます」
約一二〇人という大所帯。
内訳は、囮の部隊、約三〇人。
王国戦士団、約五〇人。
陽光聖典、四五人。
この数が多いのか少ないのかはわからない。
戦闘集団としては多いだろう。
しかし、相対する存在が「軍」だったら?
「頑張ってください。全員が生き残っていることを、心からお祈りしています。では私は忙しいので、これで失礼しますよ」
無慈悲な激励の言葉を残して、自分たちを連れてきた悪魔ヤルダバオトは消えた。
恐ろしい炎を纏った悪魔と、新たに現れた悪魔も何処へかと消えた。
取り残された一二〇名あまりは、不安げに周りを見回す。
ぱん!と手を鳴らす音が響いた。
「状況を確認する。まずは敵襲に備え、装備の点検と周囲の警戒だ」
こういった状況に、さすがに陽光聖典は強い。
そしてニグンは戦歴が長く、伊達に隊長を務めてはいない。
そして――
「囮の部隊も装備を装着しろ。急げ!荷物の中身の確認も忘れるな」
それを見て、ガゼフも自分の部隊に振り向く。
副官も頷き、戦士団を戦闘準備の状態へと急がせる。
「あの悪魔が嘘を言っていたのでなければ、ここは竜王国の国境付近ということになる。」
「そして、明後日の夕方まで迎えは来ない、か。これもあの悪魔が嘘をついていなければ、だが」
ニグンの状況確認の言葉に、ガゼフも自分の見解を続けた。
「お前たちの装備は何だ。ポーション等の回復手段は持っているのか」
「いや、残念ながら、そういった物は持っていない。せいぜい止血用の薬くらいだ」
「な、戦士長!」
「文句があるのなら代案を出せ。それができないのであれば、ひっこんでいろ。文句を言うだけの輩など、無能の証明以外の何者でもない」
ガゼフの返答に、副官が慌てる。
こちらの手を安易に晒して良いものかと。
ニグンの怒りに震えた声に、すぐに黙ることになったが。
「こちらは見ての通り、各員が数本ずつ所持している。一本ずつ渡す。有効に使え」
「! いいのか?」
ニグンからの申し出に、ガゼフは驚く。
陽光聖典の装備となれば、国からの支給品ということになる。
それを個人の裁量で、勝手に他国の自分たちに渡して良いのか。
「お前たちは亜人の脅威を理解していない。ここが竜王国の国境で、あの悪魔がわざわざ「相互理解の為に連れてきた」のなら、遭遇する可能性の高い亜人はビーストマンだろう。奴らは頭が獅子や虎なだけあって人間を食べる。だが、人間と同等程度に知恵がある。そして、一体一体が基本的に難度三〇はある」
「な?!」
「我々陽光聖典でも、数にまかせて囲まれなどすれば、全滅は免れないだろう」
難度二〇と互角に戦えれば、実力者と呼ばれる。
あくまで「互角」であり、快勝できるわけでも、必ず勝てるわけでもない。
それ(二〇)を上回る難度が「一般的」な種族など、精強な軍隊と同じ戦力ということになる。
陽光聖典の難度は平均で六〇ほどだ。
ニグンであれば、もう少し高いだろう。
それでも、この状況を甘く見ることはできない。
なにしろ、難度三〇とはビーストマンの「一般的」な強さだ。
他国に攻め入る「兵」なら、さらに強い可能性が高い。
これから戦うかもしれない相手の情報に、陽光聖典以外の全てが戦慄する。
囮の部隊の中には、恐怖から悲鳴を上げる者もいる。
「とにかく一人も脱落させるな。数が減ればこちらが不利だ。剣を突き出すだけでも牽制にはなる。勝とうと思うな。止めは我々が召喚した天使でさす」
「お前たちが後衛で、我々が天使との間に立つということか」
「我々は魔法詠唱者(マジックキャスター)だ。前衛になど立てん」
「わ、我々を矢面にするつもり……」
「文句があるなら、お前たちだけ別行動をしろ」
囮の部隊からの非難は切り捨てる。
生き残るための最善策だ。
あの悪魔の腹の内次第では、全滅も視野に入れて覚悟しなければならないのだ。
「基本戦術をはっきりさせよう」
「先程も言った通り、我々は後衛だ。天使が最前線に立つ。その間に王国の戦士団と法国の部隊を配置する」
「天使の取りこぼしを我々が受け持つということでいいんだな」
「そうだ。だが、相手の戦力がわからない。ここが戦術的に優位に立てる立地かは不明だ。だが、あまり離れては、あの悪魔が我々を見失う危険もある」
「つまり」
「おい!」
◆
それは人間だった。
血走った目で、睨みつけてくる。
手には欠けた剣を持っている。
「お前たち、何者だ!どこから来た!」
「基本だな」
ニグンが肯く。
「我々は法国から来た者だ」
「え、今年は早いんだな」
法国が竜王国を支援していることを知っているのなら、この男はおそらく国の防衛に関わったことがあるのだろう。
「早い?」
ガゼフの不審の言葉に、ニグンが答える。
「言っただろう。我々は人間の生存圏を守っていると」
◆
「あそこだ」
一晩を遭遇した男の隠れていた場所で過ごし、案内された場所。
男が指さした先には村があった。
おそらく「人間の村だったもの」だ。
◆
村の様子を探るのは、陽光聖典だ。
隠密行動も野外行動も得意ではないが、亜人がいるとなれば、他に当たれる者はいない。
村人を救うのか。
村を占拠した亜人の殲滅を優先するのか。
そもそも、こちらの戦力で対応が可能なのか。
すぐにでも村に助けに飛び込みそうな戦士団を諫め、陽光聖典は「いつも通り」の行動を開始する。
◆
偽装の魔法によって、村の近くまで近寄る。
相手は獣と同等の能力を持っているのだ。
故に風下から近付く。
風上から流れてくる臭いは、それなりに亜人との戦闘を経験した集団だからこそ耐えられるものだった。
血の臭い。
肉の焼ける臭い。
油の焦げる臭い。
その「元」を考えれば、吐き気が上ってくるのは必然だ。
◆
笑い声が聞こえてくる。
なんとも楽しそうだ。
それが「人間のもの」であったなら。
笑い声は、別段嘲笑のものではない。
ただ、食事を楽しむ者の笑いだ。
だからこそ、陽光聖典には残酷なものに聞こえる。
何が「食材」かを知っているのだから。
◆
「人間」の声は悲鳴だ。
悲嘆の声。
苦痛の声。
断末魔の声。
そして――
「返して!その子を返してぇ!!」
母親らしき女の悲鳴は、笑い声の中からもはっきりと聞こえた。
もっともその声に返答する者は誰もいない。
当然だ。
豚が鳴いて、いちいち返事をする人間などいないだろう。
「―――――!!!!!!!」
言葉では無い。
全身全霊での絶叫。
それが二つ。
一つはすぐに止み、もう一つは嗚咽に変わる。
おそらく「赤ん坊」が母親の前で、油で「揚げ物」にされたのだろう。
確実に「生きたまま」で。
この小さな村で、人間が入るほどの油が潤沢にあるとは思えない。
周りを見回すと、打ち壊された馬車が複数見える。
幌やしっかりした屋根がついている物もあるところを見ると、おそらく隊商だ。
「付けられたのか」
「おそらく」
いちいち点在する村を虱潰しに探すより、行き来する人間をつけた(道案内させた)方が効率が良い。
周囲を囲む塀も、隊商が入るとなれば出入口は開かれていただろう。
こういった知恵があるのが、亜人のやっかいなところだ。
人間相手以上に、対応に苦慮するのだから。
人間相手なら、暗闇からの奇襲、背後からの強襲が可能だろう。
しかし、亜人は基本的に暗視(ダーク・ヴィジョン)を持ち、嗅覚も聴覚も人間以上だ。
人間より体の小さな単なる野生の猿でも、人間の指くらいは一度に数本もぎ取れるほどの握力と腕力を備えているのだ。
もし顔を摑まれたなら、顔の皮膚を突き破り骨を砕かれることもある。
当然、体力も持久力も脚力も、力関係は全て上だ。
亜人に魔法を使える者は少ないが、皆無というわけでは無い。人間の側とて、魔法を使える者が多いとは言えない。
それでも――
「亜人の数は目視で三〇。村全体でおおよそ一〇〇」
「勝てるか」
「……五分」
難しい状況だ。
もともと、陽光聖典は四五人でも、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフと王国戦士団五〇人を相手にする事態を想定していた。
それも、最悪の場合は「ガゼフ・ストロノーフだけの殺害」でも任務の達成にはなった。
亜人にガゼフ・ストロノーフほどの存在がいないなら、五〇あるいは八〇ほどまでなら、勝てると言い切れるだろう。
だが、相手の数は多い。
単純に見積もって、予定していた王国戦士団を相手にする場合の倍の数だ。
囮の部隊を数に入れなくても、陽光聖典と王国戦士団をあわせれば、こちらも一〇〇近い。
それでも個個人の難度差が大きい。
しかも、増援を呼ばれる可能性を考えれば、一人(匹)も逃がす訳にはいかない。
一番の懸念は、王国戦士団には実戦経験が乏しく、その実戦経験すら人間相手でしかないことだ。
人間なら一撃で死ぬような攻撃でも、ビーストマン相手にはその身体能力と強靱さで軽傷ですんでしまうこともある。
一番良い方法は村を包囲して、中に残っている村人ごと包囲殲滅してしまう方法だろう。
村人を人質に取られても厄介だ。
助け出せたとしても、安全な場所まで連れていく手段が無い。
王国からここ竜王国まで移動できるあの悪魔なら可能かもしれないが、現状の自分たちでは不可能だ。
そもそも、助けてもその治療や心のケアは自分たちにはできない。
自分たちはその段階はとうに乗り越えたからこその「陽光聖典」だ。
助けた後、あの悪魔が迎えに来るまで守りながら、後から来るかもしれない亜人に対応しろと?
無理だ。
正しく自殺行為だろう。
そもそも、あの悪魔が助けた村人をどうするかもわからない。
助けた方が、さらなる悲劇に突き落とす行為になったとしたら、助ける意味そのものが無い。
法国の人間なら、誰だって悪魔に嫌悪感を持つ。
それは、その性が邪悪なためだけでは無い。
人間に対して、信用がおけないからだ。
人間をただ苦しめ殺すだけでなく、堕落させて喜ぶのが悪魔という存在だ。
人間と相入れるはずが無い。
だから、あの悪魔が迎えに来ない可能性も考える。
あの悪魔が来なければ、自分たちは今ある荷物だけでやりくりをしなければならない。
水も食料も無尽蔵ではない。
助けた村人が多ければ、早々にこちらが潰れる。
非戦闘員を抱えていては、睡眠も食事も厳しくなる。
体力と判断力が落ちた戦闘集団など、素人と対して変わりはしない。
それでも――
「外で騒ぎを起こす。出てきた者から順次処分」
あの悪魔の思惑に乗ってやるわけにはいかない。
さぞ悪魔的な考えで自分たちをここに置き去りにしたのだろう。
ここで自分たちが村人を見捨てることは、理にかなっている。
ただし、それを選べばさぞやあの悪魔は手を叩いて喜ぶだろう。
ガゼフたち戦士団は、自分たちを蔑むだろう。
囮の部隊は、亜人相手に逃げる陽光聖典に、その「強さ」を疑うかもしれない。
自分たちが何もできなくても。
ここで無様は晒せない。
道義的にも、戦略的にも。
内輪に火を出すような真似はできないのだ。
困難であれど、亜人を殺し村人を救う。
最終的に助けられないとしてもだ。
◆◆◆
結果からすれば、ニグンの計画通りに事は済んだ。
一番の難敵が、突出しそうになるガゼフだったことは言うまでもない。
「弱き民を助ける」ことに固執するあまりに、全体を見る視点に欠けている。
何よりも、「自分が強い」ことに慣れすぎている。
結果、無理を押し通そうとしやすい。
実際、ガゼフであれば一撃でビーストマンを殺せた。
しかし、ガゼフだけを殺したいわけではないビーストマンは、ガゼフを避けて他へ向かってしまう。
それを助けるために、ガゼフが向かう。
それでは陣型の意味がない。
個人の武勇など、意味が無いのだ。
王国と帝国の戦争で、ガゼフ一人で戦況をひっくり返せないように、亜人との戦闘で助けた者を庇いながら戦うことなどできるはずがない。
ビーストマンにとって、ガゼフという存在の脅威など知らないのだから、いっそ弱い振りをして数を引き寄せてほしかった。
もっともそんな賢しい演技ができるくらいなら、貴族派閥からあそこまで嫌われてなどいないだろうが。
とにかく陣形を崩さないことに腐心した。
この苦労はなかなかに大きい。
救えた村人は僅かだ。
「救えた」というより、「戦闘が終わった後に、たまたま生き残っていた」と言うべきかもしれないが。
こちらの被害も甚大だ。
陽光聖典は信仰系魔法を修めており、治癒魔法を使える者もいる。
それでも戦闘後では、魔力が枯渇する。
結果、ポーションが底をついた。
愚かにも、自分に使わずに村人に与えようとした者がいたが、殴り跳ばしてポーションを振りかけた。
戦闘員の補充も無いこの状況で、既存の戦闘員が戦えない状況のままでいるなど、何の冗談だ。
自分(戦闘員)が戦えなければ、次の戦闘で誰が戦うというのだ。
そして、戦えない者が増えれば被害は拡大し、結果せっかく助けた村人も死ぬのだ。
例えば、薬師が患者を治すために無理をし、自分が病に倒れたら、誰がその後の患者を看るのだ。
優先順位を理解していないなど、本当に戦いに従事してきたのかと疑う行為だ。
それでも、こちらに死者が出なかったことが唯一の救いだ。
ポーションのおかげで、何とか一命は取り留めている。
戦闘能力は著しく落ちている者もいるが、いないよりは「まし」というものだ。
ニグンにしてみれば、囮の部隊から一人の脱落者(戦死者)も出なかったことが驚きだ。
とにかくもうすぐ夜になる。
野営の準備をしなければならない。
夜は亜人の方が完全に優位になる。
火も絶やせないし、警戒も怠れ無い。
増えた村人の分の食事も用意しなければならない。
交代で食事と睡眠をとりながら、半数は警戒にあたるべきだろう。
夜が明けても、夕方まで持たせなくてはならない。
食料は増えた人数から考えると、ぎりぎりだろう。
亜人の食料はいろいろ問題があって、あまり手を付けられない。
村の食料も亜人が手をつけ、残っていない。
自分たちの持参した携帯食料より、現地の食材を消費することを優先したのだろう。
全くもって正しい判断だ。
日持ちする食料と、現地の新鮮な食料。
先に消費するなら後者に決まっている。
その「新鮮な食料」に人間が含まれていることは今更だろう。
「現地調達」が戦闘と同義なところも、亜人との戦いが不利なところだ。
亜人は人間を食べるが、人間は亜人を食べないのだから。
余程に切羽詰まりでもしなければ。
そして、食べたとしても、味覚も気分も最悪になるのだ。
食べない方がましと思うくらいには。
村の食料は手に入らず、いつまでも村に留まっては亜人の援軍とはち合わせる可能性が出てくる。
収穫前の畑に、都合の良い実りは無い。
医療品を多少回収できたので、それを村人の治療にあてたが、どうなるか。
重傷者の二人は助かるまい。
自立できない以上、運ぶのは人手になるのだから、大変な荷物だ。
村にいた牛馬も、亜人の運搬用の馬も、手に入らなかった。
亜人は体力があり、現地での食料の調達が人間より簡単なためか、荷物が基本的に少ない。
荷物を運んできた馬や牛が食材に変わることもある。
だが、使っていた牛馬がいないのは、別の理由らしい。
侵攻のための伝令が、後方へ大勢の村人を連れていくのに使用したらしい。
つまり、この村にいたのは、あくまで先行部隊なのだ。
本隊は別にいることになる。
しかも、村の大部分の人間を「消費」するような数だ。
長居は無用だ。
と、陽光聖典なら説明は不要の「常識」だが、その他の者には説明をしなければならない。
当然、助け出した村人にも。
これが厄介だ。
家族を弔いたい。
――そんな時間は無い。
連れていかれた家族を救ってほしい。
――村にいた亜人の数相手でも戦力不足だ。
自分たちはどうなるのか。
――こちらが知りたい。
馬鹿正直に言うわけにもいかないために、説明にかなりの時間を奪われた。
とりあえず、竜王国の都市に向かうことにしているため、最初に悪魔と来た場所からかなり離れてしまっている。
悪魔が迎えに来ても、すぐには見つけてもらえない可能性も出てきた。
ニグンの心は重い。
◆◆◆
ガゼフの心は重い。
ここまで人間が人間扱いされない状況は初めてだ。
村に生存者を探しに入った時の衝撃は、今も尾を引いている。
食材として調理され、原型を留めていない人間の肉。
首を落として吊され、牛や豚のように解体された人体の数々。
調理に使われたらしき台の上に残された、髪がついたままの剥ぎ取られた頭皮。
剥がされた爪や皮膚、そして食べない部位の臓物などの残骸。
車座に座っていたであろう亜人たちの席の、中央の皿に残された大量の大小の骨。
綺麗に洗われ整然と並べられた、何かを塗られた小さな頭蓋骨たち。
正しく人は「食肉」として扱われていた。
こんな状況が「当たり前」に世界にはある。
ここは「王国」ではない。
王国民ではない者に、自分がしてやれることは無い。
しかし「法国」は、他国の「竜王国」を支援している。
それも毎年。
自国の民を消費する「王国」。
他国の民を救出する「法国」。
その法国に見限られる王国とは、どれだけ救いが無いと思われているのか。
自分が仕える王、ランポッサ三世は「良い方」だ。
それは絶対に揺らがない。
しかし――
「良い王」ではないのかもしれない。
それは酷く心を軋ませる現実だった。
◆◆◆
翌朝、何とか無事に夜を明かした「人間」の集団は、改めてまだ人間の領域である都市部を目指すことになった。
その前に、村にあったありったけの油を撒いて火を放つ。
後方から亜人が来ることがわかっている以上、残しておいても亜人の拠点に使われるだけだ。
人間の遺体も亜人の遺体も纏めて燃やす。
放置すればアンデッド化の可能性もあり、かといって、わざわざ埋葬している時間は無い。
それに火勢によって臭いが散れば、追っ手を少しは攪乱できるかもしれない。
そう、渋る村人を説き伏せた。
陽光聖典から一人が天使を召喚し重傷者を両脇に抱えて進む。
その扱いに異議を唱える者もいたが、自分が担いで行くのか言われれば黙った。
陽光聖典のニグンからすれば、召喚さえできれば十全に戦える天使を、一人とはいえ交代で魔力を減らす行為自体が納得できない。
それでも、最初に「見捨てない」選択をした以上、置き去りにすることはできなかった。
どれだけ不利益な状況に陥っているのか、見当もつかないが、今はあの悪魔が夕方に来ることを想定(期待)しつつ、行動を続けるしかない。
せめて、今日は亜人やモンスターの襲撃が無いことを神に祈るのみだった。
そして、大抵の祈りは届かない。
◆◆◆
襲ってきたのがモンスターであったのは、亜人よりましと思うべきか。
はたまた、こんなモンスターがいる方向に進んだ自分たちの運の無さを嘆くべきか。
単体であることだけが、唯一の慰めだろうか。
これで数が多かったら、全滅を覚悟するか、村人を放り出して逃げるかと、救いの無い選択しかなかっただろう。
それでも強敵に間違いは無い。
今の自分たちに、ポーションの控えは無い。
最悪を考えるべきだろう。
この布陣なら、最後まで残るのは陽光聖典だけだ。
そうなれば――
ニグンはそっと懐のクリスタルを押さえた。
対峙するモンスターは、強大な一体。
このモンスターを早急に倒さなくてはならない。
血の臭いを嗅ぎつけて、他のモンスターがやってこないともかぎらない。
モンスターどころか、亜人が追って来たなら、こちらが消耗してから漁夫の利をせしめようと画策するかもしれない。
戦闘中に、何者かの横槍が入らない保証など無いのだから、警戒は常に必要だ。
◆◆◆
ガゼフは目の前のモンスターのみに集中する。
周囲の警戒は陽光聖典に任せる。
自分たちが警戒しても、役に立たないからだ。
むしろ、周りに気を散らしては、目の前のモンスターのいい餌だろう。
道中にニグンの示した、これから起こるかもしれない事態の想定に、モンスターとの遭遇もあった。
そういった意味では、陽光聖典は人間以外との戦闘経験が豊富だ。
第三者の存在など、御前試合は当然だが、帝国との戦争でも考えたことはなかった。
そして、多数の場合、少数の場合の対応もお互いに協議した。
その想定の中では、かなり「まし」な遭遇だろう。
「逃げる」以外の選択肢が無い想定も多数あったのだから。
ガゼフが突出して、モンスターに切りかかる。
モンスターの反撃は、天使が受ける。
受け止めきれずに消滅する天使も多いが、ガゼフ(最高戦力)が無傷なら予定の内だ。
一番の攻撃力を攻撃のみに集中させる。
相手の反撃も周りへの配慮も思考の外でいい。
とにかく相手に出血を強いること。
早期に倒す事が最優先。
それが不可能なら、モンスターが逃げ出すように誘導する。
これだけ強力な個体のモンスターなら、後から追ってくるかもしれない亜人の足止めになってくれるかもしれないからだ。
「六光連斬!」
天使たちがモンスターの動きを止めたところを、ガゼフの武技が切りつける。
上がった威力と振るわれる回数により、モンスターの首は半ばまで断ち切られた。
「止めはいらん!時間が惜しい、即刻退避!」
モンスターとはいえ、倒した相手を苦しめる気になれず、止めを刺そうとしたガゼフに、ニグンの声がかかる。
見れば、村人はすでに先へ進みはじめている。
重傷者ほどではなくても、怪我人がいるのだから歩みは遅い。先を急ぐのは当然かもしれない。
「急げ。予定より時間がかかった」
ガゼフは己の倒したモンスターから離れる。
きっとこの感情も、この場では感傷にすぎないと思いながらも。
◆◆◆
怪我人を抱えての強行軍は、歩みが遅い。
それでも食事や休憩は必要だ。
そういった時間がじりじりと消費されていく。
日が暮れはじめたのを見て、ガゼフは唸った。
「無理か」
ニグンは後ろを振り向き、陣形を整えるように伝える。
暗闇という亜人に都合の良い戦場になる。
むしろ暗くなるのを待っていたのかもしれない。
そして――
「来てやったぞ、人間ども」
◆◆◆
自分たちの同胞を殺害した憎い人間たちを追っていたビーストマンたちは、己の全身が総毛立つのを感じた。
生存本能が、体に心に魂に、あらゆる手段で警戒を、いや警告を発している。
ただひたすらに「逃げろ」と。
その存在は、力の塊のようだった。
そこに存在するだけで、力の波動に物理的に押しつぶされそうな気持ちになる。
その存在が、ゆっくりと振り向いた。
「何だ、お前たちは」
憤怒の魔将(イビルロード・ラース)からすれば、ビーストマンなど、何万匹いようと物の数ではない。
ただ「炎のオーラ」を出したまま歩いただけで、ここにいるビーストマン全てを殺し尽くせる。
飛べばさらに早く多く殺せるだろう。
いや、すでに近くにいただけのビーストマンが数体、尻尾の炎に触れただけで業火に炙られたように爛れて絶命している。
その存在そのものが脅威だ。
「退避ぃ!!」
亜人は強者に敬意を示す。
いずれ自分が討ち取って名を上げる意味でも。
いつか自分が討ち取られる対象にまで強くなるためにも。
しかしそんな敬意とは無縁の存在に、逃げる以外の選択肢が存在する訳が無い。
蟻が敬意を示して、人間が受けとるか。
圧倒的強者が、足下に踏んでいる草に対してと変わらない目を向ける対象に、敬意を向けられて受け取るか。
受け取る意味が無いだろう。
等しく価値が無いのだから。
ここまで追いつめた人間たちを殺せないのは無念だが、あの炎を纏った強者が、自分たち(ビーストマン)より弱い人間を殺さないはずがない。
あの強者の獲物を狙う方が愚かだ。
あの人間たちに構っている間に逃げるのが、最善手というものだ。
それよりも問題なのは、あの存在が何故「ここ」にいたのかだ。
たまたまなのか。
あるいは、この近辺を縄張りとした存在なのか。
見たことの無い種族だ。
上に報告しなければならない。
最悪、この辺り一帯を避けて進軍するべきかもしれない。
畜産の動物が死ぬ病が蔓延しているのだ。
進軍は止められないが、そこであの存在を敵に回しては、ビーストマンの存続に関わる大問題だ。
後ろを振り向くこともできず、また、振り返らずとも目に焼き付いた強者の姿に恐れを抱きながら、ビーストマンたちは一目散に仲間の元を目指した。
◆◆◆
ビーストマンたちが逃げていく。
一斉に、秩序も無く、ただひたすらに。
この悪魔から遠ざかることだけを優先して。
正しい判断だ。
できることなら、自分も逃げたいものだ。
そうニグンは思った。
「逃げられれば」であり、逃げてもこの悪魔に殺されるか、戻ってきたビーストマンに殺されるかという、既に詰んでいる自分たちに逃げる先など無いのだが。
とりあえず、当面の危機は去った。
新たな危機が目の前にいるが。
◆◆◆
「あの蛙の悪魔が迎えにくるはずでは……」
「ヤルダバオト様だ」
ガゼフの問いに、迎えに来た悪魔、憤怒の魔将(イビルロード・ラース)が言葉を被せて言う。
「恐れ多くも、あの方の温情をもって生かされているお前たちが、敬称もなく呼んで良い方では無い。身の程を弁えよ」
この対応は憤怒の魔将(イビルロード・ラース)からすれば、随分と穏当なものだ。
これがさらに上の御方への無礼だったなら、問答無用でこの世の地獄を味わわせて、骨の髄まで身の程を教えてやったところだ。
召喚された魔将である憤怒の魔将(イビルロード・ラース)自身は会ったことは無い。
だが、召喚された者は召喚した者の記憶を一部共有するのだ。
召喚主であるデミウルゴスが忠義を尽くす御方々への忠誠は、召喚された憤怒の魔将(イビルロード・ラース)にもあるのだから。
「そ、それでヤルダバオト様は?迎えに来てくださるはずだったのでは?」
さすがに宮仕えの長いニグンは対応が早かった。
世の中には、逆らってはいけない相手というものが存在するのだ。
確かに悪魔は嫌いだ。
好きな人間など、法国には存在しない。
陽光聖典に所属する者なら尚更だ。
だからといって、機嫌を損ねて殺されても良いかといえば、冗談ではない。
ニグンはこんなことで死にたくなどないのだから。
それは他の者たちも同様だった。
「ヤルダバオト様はお忙しい。故に私が迎えに来たのだ」
鷹揚に答える悪魔が、全体を見回す。
いつの間にか、別の悪魔が二体、炎を纏う悪魔の後ろに控えている。
どちらも悍ましい姿で、強大な力を感じさせる存在だ。
「それで?減ってはいないようだが、代わりに増えた人間がいるようだが?」
「先ほどのビーストマンたちから保護した者たちだ」
「保護、だと?」
「彼らを安全なところまで連れて行きたいのだが……」
「だめだ。ヤルダバオト様をお待たせするような無礼は許さん。そやつらはこの場に置いていけ」
「しかし、それでは彼らは死んでしまう!見ての通り重傷の者が……」
「おい」
憤怒の魔将(イビルロード・ラース)の呼び掛けに、後ろに控えていた悪魔が応じ重傷者に近づく。
「た、助け……」
何をされるのか。
悪魔と呼ばれていた相手に、用無しと殺されてしまうのかと、重傷の二人は怪我以外の理由で蒼白になった。
「て?!」
一瞬で傷が癒える。
「これで良かろう。さっさとこの国の人間の元へ行くがいい」
「お待ちください!」
必死な声がした。
声の主は、赤ん坊を食材にされた母親だった。
「私どもは見ての通り、着の身着のままの状態です。武器も食料もありません。この場に置き捨てられては、どこかの集落に着く前に命がありません」
「それがどうした」
「その方々が、私どもを救ってくださいました。その働きに免じて、私どもに慈悲をいただけませんか」
「お前たちが何を勘違いしているかは知らん。私はこの人間たちを連れてくるように我が主に命じられたのみ」
「この方たちと同じ人間の誼で、どうか」
「そこが勘違いだと言っているのだ」
二体の悪魔を従えた、怒りを湛えた顔の悪魔が呆れた様に吐き捨てる。
「こやつらはわが主に逆らった罪人だ。これらの処遇は、これから主人がお決めになる」
「でしたら、貴方様のご主人様にお目通りを!直訴をお許しください!」
「お前たちは竜王国の人間だろう。竜王国の人間を連れて行くことはできない。人間の社会では「誘拐」というのだろう?」
「民を救ってくれない国に未練はありません。私どもは国を捨てる覚悟です」
女の言葉は、聞いていたガゼフの心を抉った。
民を守れない国を、民が見捨てる。
王国もそうなってしまうのだろうか。
徴兵されるくらいなら。
理不尽な扱いを受けるくらいなら。
降り懸かる災いから守ってくれないなら。
民は国を捨てて、別の国へと逃げていくのだろうか。
数人なら対処できるかもしれない。
それが万の単位で移動したら。
押さえられるだろうか。
留められるだろうか。
魅力の無い国に。
そもそも「王国の兵」とは「徴兵した平民」だ。
それらが反旗を翻したら、国はどうなるというのか。
今、目の前にある光景は、未来の王国の民が口にする言葉かもしれないのだ。
もちろん、国が機能しなくなれば、弱き者を虐げる者を取り締まる者さえいなくなる無法地帯となる。
そうなれば、人間社会に「人間による人間に対しての弱肉強食」が無秩序に再現されるだろう。
だが、そういう事態にならない限り、それが理解できない者もいることは事実だ。
例えば、目の前の女は、ただこの状況から逃げる手段として、悪魔と交渉している。
この悪魔が決定権を持っているわけでは無いことは、先の会話からも確かだ。
それでどうして逃げた先が今よりましになると思えるのか。
いや、「今」を最低だと思えば、どんな希望でも縋りたくなるのかもしれない。
悪魔に魂を売るとは、よく言ったものだ。
◆◆◆
女との交渉は、連れて行くことに落ち着いた。
生き残った村人一二名。
全員が同行に同意した。
曰く、ヤルダバオトの配下となる。
ヤルダバオトの意志に従い、ヤルダバオトの命令に逆らわない。
代わりに、ヤルダバオトは村人の命を保証する。
王国にも竜王国にもできないことを、悪魔が行う。
「人間が生きる」ことは、かくも難しい。
◆◆◆
「おや、よく戻りましたね。全員無事なようで何よりです」
まるで心から安堵したかのように、蛙頭の悪魔ヤルダバオトが出迎えた。
戻った場所は王国のカルネ村だった。
誰もいなかった村には、一〇〇人以上の村人が戻って生活を営んでいた。
「お前たちは先の説明の通りに」
竜王国に迎えに来た悪魔三体が恭しく頭を下げて、それぞれに散っていく。
さらに竜王国から連れてきた村人たちの元へは、カルネ村の村長が近づいて来た。
「私どもの村へようこそ。話は聞いています。大変でしたな。我々も余裕の無い状態ですが、命の危険だけは無いと言えますよ」
それこそが一番の望みだろう。
怪我人は全て悪魔に癒されて健常だ。
「村を代表して迎えます。しっかり働いて村の一員になってください」
村長に連れられて、新しい住人となった竜王国の人々が離れていく。
◆
「さて」
ヤルダバオトと自分たち以外はいなくなると、ヤルダバオトの雰囲気が変わった。
「罪人のお前たちに、罪の清算をする機会を与えましょう」
楽しげに歌うように語りかけてくる。
その声に、言葉の内容に、恐怖が降り積もるような感覚を覚える。
「村を襲い、村人を殺した罪」
「国の重鎮として、民を救えなかった罪」
「人類の守り手と称しながら、私に下った罪」
指折り数えられる罪状。
「何より私の手を煩わせた罪」
◆
ここにいる人間全てが理解することもできない、最大の理由。
デミウルゴスをナザリックから引き離した男が存在した時点で、この世界そのものが許し難い。
◆
「これが一番良い方法だと確信しました」
ヤルダバオトの周りに現れる、複数の悪魔やアンデッドたち。
「お前たちのそれぞれの強さは、おおよそ把握しました」
「実験も済ませましたから、きっと大丈夫でしょう」
「取り憑きなさい」
悲鳴があがる。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
デミウルゴスにとって、この世界の全て憎悪の対象だ。
こんな世界が無ければ、自分はナザリックから離れずにすんだのだ。
早く帰らなければ、戻らなければならない。
そう気は急く。
だが――
帰った自分を迎え入れてくれるのかどうか。
戻った自分の居場所は残されているのか。
もう、自分の後任が作られていて、至高の御方々からこう言われるかもしれない。
「どうして帰ってきた」
「帰ってこなければよかったのに」
「どこへなりと行って帰ってくるな」
そう
「もう、お前はいらないんだよ」
と。
恐ろしい想像だ。
それは自分の全存在の否定。
いや――
存在理由の消失だ。
至高の御方々に必要とされない自分に、何の意味が価値があるというのか。
一つの世界を手中に収め、未来永劫自分の欲望の限りをつくし、悪魔的嗜好を満足させることができること。
ナザリックで至高の御方々のために死ぬこと。
どちらを選ぶかと言われたなら、一瞬の迷いも無く後者だ。
どれほどの宝の山があろうとも、それを捧げる相手がいなければ、それは全てゴミの山だ。
ナザリックに、ひいては至高の御方々に貢献できないなら、何の為に存在するというのだろう。
◆戦士団の難度
クライムが一〇レベル前半らしく、戦士団が少し劣る程度と五巻でガゼフが考えているので、
3×10=難度30は少数
陽光聖典はくがねちゃんのツイートで、レベルが二〇くらいらしいので、
3×20=難度60としています。
クライムがゴブリンリーダーより強いとは思えないので。
◆ガゼフとニグン
こちらでは、カルネ村で戦士団と陽光聖典の戦闘が無くなったために、そこまでいがみ合っていません。
もちろん、村人を殺して回った集団の仲間なので、いい感情は全くありません。
◆上位転移(グレーターテレポーテーション)
九巻でフールーダがジルクニフを連れて転移で逃げる話をしているので、転移は個人用では無いと判断。
上位転移は第七位階で、フールーダが使用する転移より人も距離も上だと考えます。
そして、ダンジョンには複数チームで同時攻略が必要なものもあるそうなので、それなりの人数を運べるのではないかと考えています。
同時攻略系ダンジョンは珍しくないらしく、低レベル向けにもあると思われ、低レベル帯では魔力も乏しい可能性を考えると、一人が複数の移動を受け持つ可能性もあるのではと考えます。
原作での明記が無いので、独自設定となります。
◆ポーション
陽光聖典がポーションを複数所持しているのは一巻で記載があるのですが、アインズが陽光聖典を倒した後に、カルネ村で会ったガゼフは傷だらけのままだったので、ポーションは所持していないと考えます。
五巻でクライムがポーションを持っているのが破格の扱いだと納得です。
◆ガゼフ
この話の前半の段階のガゼフは、原作と異なり陽光聖典と戦っていないので、自分が突破できない包囲網を経験していません。
五巻で言っていた「自身の未熟を思い知る」状況を経験していないので、包囲されても帝国との戦争で「四騎士の内、二人を倒して敵陣から撤退する」ことが可能だったことから、まだ油断や慢心が多少あります。
敵を低く見ているのではなく、想像できる強い敵の上限がまだ低い状態です。
前:自分が敵わない
後:単体で国を滅ぼす
◆ビーストマンの侵攻
原作ではまだ竜王国へ侵攻した理由が描かれていないのですが、リザードマンが七部族から五部族へ減った争いと同じ「食料難」から侵攻していることにしました。
独自設定です。
◆ビーストマン
同じ旅人でも、WEBではザリュースは知っていて、ゼンベルは知らないくらいには、悪魔という存在は一般的ではないのかもしれないと考えました。
もしかしたら、知っている者は知っている、知らない者は全く知らないの二極化かもしれません。
◆カルネ村+α
自分たちを殺そうとした囮の部隊も、その仲間である陽光聖典も憎悪の対象です。
助けに間に合わなかった王国戦士団も、好意を向けるほどではありません。
結論 どうなろうと、知らぬ存ぜぬ、無関心 です。