2008年4月、名古屋高等裁判所が、イラクでの航空自衛隊の活動を「憲法違反」と断じた。イラクの復興支援のために派遣されたはずの自衛隊は今、武装したアメリカ兵を運んでいるのだ。知られざる日米の軍事的一体化。その現場を見る。
確定した「イラク活動」違憲判決
名古屋高裁は08年4月17日、航空自衛隊がイラクで行っている空輸活動の一部を「武力行使の放棄を定めた憲法9条1項に違反している」と断定した。原告が求めた派遣差し止めなどの訴えは棄却したため、勝訴した国側は上告できず、判決は確定した。
自衛隊の存在や活動が憲法9条に違反するとの判断が示されたのは1973年、札幌地裁で出た
長沼ナイキ基地訴訟の1件だけ。このときは二審で原告が逆転敗訴し、最高裁は上告を棄却した。「違憲判決」が確定したのは、今回が初めてである。
福田康夫首相は「国の判断が正しいというのが結論だ」と活動続行する考えを強調し、イラクでの空輸活動は続いている。これは行政による司法の無視であり、無法国家を宣言したに等しい。
政府は空輸活動の詳細を明らかにしていないが、
イラク復興支援特別措置法は、イラク復興のための支援を「人道復興支援活動」、治安維持を行う米軍などへの後方支援を「安全確保支援活動」と二つの活動を定義し、さらに細部を定めた基本計画で「人道復興支援活動が中心」と“人道”に力点を置くことを明記している。
航空自衛隊の活動は「航空機により人道復興支援物資等を輸送する」(同計画)こと。これらは武力行使を否定した憲法9条1項に沿った措置といえる。
イラク南部のサマワに駐留した600人の陸上自衛隊の部隊は施設復旧、給水、医療指導という3項目の人道復興支援活動を行っていた。空自はクウェートのアリ・アルサーレム基地に隊員210人とC130輸送機3機を派遣、サマワ近くのアリ基地まで陸自の交代要員や陸自物資を運ぶことが主任務だった。
しかし、2006年7月の陸自撤収後、空自の活動はがらりとその性格を変えた。
空自活動の実態は「武装米兵の空輸」
空輸の中身を決める手順は、次のようになる。まずバグダッドにいる自衛隊の連絡幹部を通じて、国連イラク支援ミッション(UNAMI)からの空輸依頼が、中東のカタールにある多国籍軍航空作戦指揮所(CAOC)に置かれた空自の空輸計画部に入る。
UNAMIの座席を確保したのち、余席をCAOCと調整して多国籍軍(主に米軍)兵士に充てる。手続き上は、まさしく人道復興支援活動が優先だ。しかし、主な空輸対象が米兵となっていることは、バグダッドを経由して北部アルビルへ行く国連職員のための便が、週4回から5回のイラク便のうち、週1回しかないことからも明らかだ。
空輸計画部長を務めた一等空佐は「多国籍軍のために輸送力を提供しているのは日本だけ。空輸している人数は、イラクにいる人数を反映して国連職員より米兵が圧倒的に多い」と話す。基本計画に従えば、空輸の優先順位は、(1)人道復興支援物資、(2)国連などの国際機関職員、(3)米兵などの多国籍軍兵士、となるはずだが、現実には逆の順番になっているというのだ。
防衛省は「米軍の武器そのものは空輸していないが、武器を持った米兵を運ぶことはイラク特措法で認められている」と武装米兵の空輸を認めている。
空輸活動は安全なのだろうか。07年11月以降、空自のC130輸送機が目的地のバグダッドで降下を始める際に、携帯ミサイルに狙われたことを示す警報が鳴る事態が頻発した。操縦士はミサイルから逃れようと警報が消えるまで機体を左右に切り返し続け、乗客の米兵がひどい飛行機酔いになることもあるという。
吉田正前航空幕僚長は「実際にミサイルが飛んできているのかどうか分からない。警報機の誤作動もある。危険度と任務を秤(はかり)にかけて活動を続けている。私は首相官邸で『万一撃たれても騒がないでほしい』『はしごを外さないでほしい』と求めた。テロと同じで、どこで攻撃を受けるか分からない活動だからだ」と率直に語る。
これらは、東京新聞・中日新聞が報道してきた空輸活動の実態である。名古屋高裁は、記事を証拠採用し、バグダッドを「イラク特措法でいう戦闘地域」と断定、「少なくとも多国籍軍の武装兵員を戦闘地域のバグダッドへ空輸するのは他国による武力行使と一体化している」とし、空輸活動は非戦闘地域で、と定めたイラク特措法違反にあたり、武力行使を禁じた憲法にも違反すると断じた。
拡大する日米の軍事的一体化
これまで政府は「空輸は人道復興支援活動が中心」と主張し、バグダッドの治安悪化が進む中でも「飛行場と経路は非戦闘地域」との見解を変えなかった。「自衛隊のいるところが非戦闘地域だ」(小泉純一郎前首相)との説明は、まさに「大ウソ」だったわけである。
政府のウソは、各国が反対した米英によるイラク戦争を、小泉前首相がまっ先に支持したことから始まった。「それならば」とアメリカに「ブーツ・オン・ザ・グラウンド(陸上自衛隊を派遣せよ)」を求められ、「戦場の中にも非戦闘地域はある」という珍説が生まれた。さらに陸自・空自の同時撤収をアメリカに反対された結果、空自の居残りを余儀なくされてウソは限りなく広がったのである。
イラクで米軍支援を強行した事実は重い。06年5月に日米合意した
米軍再編は、自衛隊による米軍支援を評価した上で、さらなる日米一体化を宣言している。同年12月には
自衛隊法が改定され、自衛隊の海外活動が本来任務に格上げされた。世界中、どこへでも自衛隊が米軍の後方支援に出動する体制ができあがった。
ウソから生まれたマコトの話である。
長沼ナイキ基地訴訟
1969年7月、北海道夕張郡長沼町で、地対空ミサイル・ナイキの基地建設のための保安林指定解除をめぐって、地元住民が起こした違憲訴訟。同年8月、札幌地裁は、自衛隊は憲法9条2項で禁止された「戦力」に当たり、違憲であるとの判断を下した。被告の農林省は控訴、76年8月に札幌高裁が原判決を取り消す内容の判決を下し、82年9月には最高裁が原告の上告を棄却。憲法については判断しなかった。
イラク復興支援特別措置法
イラクの復興支援に自衛隊を派遣することを目的に、2003年7月に成立した法律。イラク国民に対する人道復興支援活動と、多国籍軍を後方支援する安全確保支援活動の二つの活動を掲げている。4年間の時限立法だったが、07年6月に改正され、2年間延長された。
米軍再編
アメリカが世界的に進めている、米軍の配置などの再編。06年5月には、在日米軍の再編で日米が合意した。沖縄の米軍普天間基地の移設や、米陸軍第1軍団司令部のアメリカ本土からキャンプ座間(神奈川県)への移転、同キャンプへの陸自中央即応集団司令部の同居などの内容。
自衛隊法
自衛隊の任務、部隊編成、行動と権限などを定めた法律。2006年12月の法改定で、本来任務(主要任務)として、侵略に対する防衛のほかに、国連平和維持活動(PKO)を始めとする海外での活動が加えられた。