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【社説】

令和のはじめに 共に生き平和を愛す

 令和のはじめに、それを機に問い直したいことがあります。一つは私たちのつながりのありようであり、もう一つはやはり平和を守り抜く意志です。

 一つめの私たちのつながりとは私たちがこの国、この社会、また世界の中でどう生きるのか、つまりほかの人たちとどう生きていくのかということです。

 今世界を覆っている問題の一つは、しばしばニュースにもなる富の偏在です。

 二十世紀末、アメリカでワーキングプア、働く貧者という言葉が登場した。働けども貧しいという悲しさ、社会正義に照らすなら不公平ということです。

◆働けども貧しいとは

 その言葉はまたたく間に欧州にも日本にも広がりました。

 日本ではさまざまな意味をこめて格差といいます。しかし考えてもみてください。富者はますます富み、貧者はそのままという社会構造の不健全さを。

 世界的な右派の台頭、一国主義とはそういう不満、不合理の行きついた先ではないかと思われるのです。

 私たちは自由を尊重します。

 経済の自由は競争であり、競争は人々を前進させる。しかし競争とは不公平を生むものです。

 それをただすために政治は必要であり、その機能を働かせるためにも民主主義はあるのです。だがそこがうまくいかないので、米英では富と機会の平等を求め社会主義をいう政治家があらわれているほどです。

 日本は、そこまでではないにせよ、日本人それぞれが他を思い、つまり支え合い、格差をなくそうとすべきです。社会保障も国の安定もその上にあります。

 東日本大震災の翌日、本紙社説は「私たちは助け合う」という見出しを掲げました。被災者を非被災者は助けようというのです。たくさんのボランティアや寄金は私たちの心の誇りです。

◆軍拡より緊張の低減

 共に生きる。

 自由を尊重しつつ共に生きる。政治用語ではリベラルという言葉にもなるでしょうが、要するに相互尊重です。そこに不公平はないはずですし、それが根付いているのなら富の偏在もないはずです。

 次に、平和への意志についてです。意志とは未達成の目標を成し遂げようとする思いをさします。

 日本は敗戦によって平和主義を得ました。

 それは悔しいことのようにもみえましょうが、内容としては欧州の戦争を絶滅させようとした哲学者カントの平和論、またおびただしい死者を出した第一次世界大戦後の不戦条約にもとづくともいわれます。

 カントは永遠平和のために、常備軍の将来の全廃と政治体制の共和制を説いた。

 現代でいうのなら、軍拡競争の禁止と開戦に慎重な民主主義の整備ということになるでしょう。

 しかし世界の現実はどうか。

 軍拡競争は残念ながらロボット兵器、核兵器まで含めて増大している。防衛を唱えつつじつは破滅的戦争に近づいているのかもしれない。

 平和を志向するはずの民主主義も危ういものです。

 アメリカの起こしたイラク戦争は、大量破壊兵器を隠しているという政府のうそに民主主義がだまされた結果でした。

 日本では違憲の疑いのある安保関連法が成立した。

 憲法の平和主義、平和を愛することにおいては人後に落ちることのない日本人が今どう平和を維持してゆくのか。

 近隣国との緊張を高めて軍備を増強するのか、それとも近隣国との信頼をつちかって共通の平和を築くのか。

 核の傘に隠れてよし、とするのか、それとも核を否定し世界から核を追放する方へ動くのか。

 歴史のこたえの一つは、国家間の壁と緊張を減らした欧州連合であり、核については南米などの非核兵器地帯条約でしょう。

 必要なのは平和への意志です。意志なくして目標が達成されるはずもありません。

◆歴史の歯車を動かす

 共に生きること、そして平和への意志。その二つが求めるのは人権の尊重です。他人を自分と同じように重んじることです。

 私たち一人びとりは歴史の中の小さな存在です。

 しかしながら大きな歴史をつくってゆく小さな歯車の一つでもあるのです。共に生きるとは良い方向へ大きな歯車を動かそうと力を合わせることです。平和への意志とは人類が過去何度も失敗してきた戦争の歴史を終わらせようとすることなのです。

 時はめぐります。しかし日々を歴史に変えるのは私たち自身なのです。

 

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