短編小説   作:重複
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「IF」であり、
独自設定があります。
モブ(名無し)がいます。



IF NPCが一人 デミウルゴス 1

「お困りですか?お嬢さん。私でよければ、お力になりますよ?」

 

妹を強く抱きしめ、己の死を覚悟した一人の村娘は、かけられた声に俯いていた顔をあげ、声の主を見上げた。

 

そこには――

 

◆◆◆

 

「ユグドラシル」というゲームに存在する、ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」。

七つの世界によって形成される「ユグドラシル」の世界の中の一つ「ヘルヘイム」に、ギルド拠点、「ナザリック地下大墳墓」が存在する。

 

その一〇に及ぶ階層には、それぞれ「階層守護者」と呼ばれるNPCが配置されている。

 

その一つ。

第七階層。

紅蓮の世界。

その階層守護者、”炎獄の造物主”デミウルゴス。

 

彼の能力は、戦闘力だけを見れば一〇〇レベルとしては低い。

彼(デミウルゴス)に与えられた配下の中には、戦闘での力量が彼を上回る者も少なくはない。

 

彼の真価は、特殊技術とその頭脳にこそあり、ナザリック地下大墳墓防衛時においては「指揮官」の役割(設定)を与えられる采配の能力である。

 

 

◆◆◆

 

デミウルゴスが「この世界(異世界)」で初めて意識が覚醒した時、目の前には一人の人間の男が立っていた。

 

狂ったように笑い、話しかけてくる相手に疎ましさしか感じなかった。

 

何も感じられない人間(ごみ)だった。

 

力も。

知性も。

カリスマも。

 

何一つ良いところが見つけられない、無価値な男だった。

 

興奮しているのか、その男は矢継ぎ早に話しかけてきた。

 

 

曰く――

 

自分がお前(悪魔)を呼びだした。

(自分(デミウルゴス)を彼の栄えある地(ナザリック)から引き離した)

 

だから、自分がお前の主人だ。

(至高の御方々に仕える自分が、主人を変えるなどありえない)

 

呼び出した自分の願いを叶えるために、お前は存在している。

(自分(デミウルゴス)の存在理由は、至高の御方々に仕え、お役に立つこと)

 

だから、早く願いを叶えろ。

(それ以外の存在のために使う力など、何一つ存在しない)

 

 

それでも一応、念のため。

 

「貴方の願いを叶えたら、私を帰還させてもらえるのですか?」

 

「は?勝手に帰ればいいだろう。俺はお前を呼び出しただけだ。呼び出す時に使ったアイテムは壊れちまったし、お前の元いた場所なんか、俺は知らないんだからな」

 

「そうですか」

 

さて、この人間(ゴミ)を生かしておく価値(理由)が、何処にあるというのか。

 

 

「同意の無い召喚など、一般的な人間の定義であれば『誘拐』という犯罪行為だと思うのですがね。まあ、私を呼びだした罪人に、そんな知性を期待する方が無駄というものですね」

 

呼び出した(召喚した)拷問の悪魔(トーチャー)に、存在する時間の限り、帰還する規定時間の全てを、諸悪の根源(ごみ)に費やすことに使用した。

 

本当なら、殺さずに永遠に己の所業を苦痛と共に味わわせておきたかったのだが、こんな存在(ごみ)に関わる時間が惜しいと判断したためその選択肢を切り捨てた。

 

自分を召喚したのは、この男(ごみ)の能力ではなく、アイテムの力によるものらしい。

といっても、肝心のアイテムは壊れてしまっている。

 

たいそうな代物には見えない。

掌で転がせる程度の大きさだ。

 

アイテム名は「竜の宝珠」というらしい。

 

拷問の中で確認したが、入手方法は人伝手であり、冒険者が冒険で手に入れたものとしか理解していなかった。

このアイテムがどのような物かも、どうすれば新たに手に入るのかも、本人(ごみ)は知らなかったのだ。

 

よくそんな物で自分(悪魔)を呼び出そうなどと、考えたものだと、いっそ感心するほどだ。

 

故に、最終的に殺すことに迷いはなかった。

 

生かしておく方が、後々厄介なことになりかねない。

 

極度の愚者とは、そういうものなのだから。

 

 

よって、情報源となりえない男(ごみ)からは、本当に最低限のことしか聞けなかったのだ。

 

なにしろ、「ここは何処か」という質問に対して、「森に決まっている」と答える有様だったのだから。

 

故に使える情報源が必要となる。

 

◆◆◆

 

リ・エスティーゼ王国。

 

広大なトブの大森林の西側に位置する人間の国だ。

 

その王都に報告された、「王国国境で目撃された帝国騎士たち」の存在。

 

その発見と討伐のために、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフは、自分の戦士団の中から選んだ約五〇人強と共に城塞都市エ・ランテルへと向かうこととなった。

 

その決定が下されるまで、どれほど無駄な時間が費やされたのだろうか。

 

そして、その「発見と討伐」に送り出される戦力が自分たち戦士団だけ。しかもその人数に制限がかけられるという、自国の民を助ける気も騎士たちを討伐する気もまるで感じられない対応に、戦士長ガゼフ・ストロノーフは憤懣遣るかたない思いを抱いていた。

 

本当に国を思う意志があるのかと。

本当に民を救う気持ちがあるのかと。

 

自分たちがエ・ランテルに向かう時間があれば、先にエ・ランテルから兵士を警護に出すことも可能のはずなのだ。

 

それでも命じられれば、それに従わなくてはならない。

ガゼフは旅の支度を急ぐことしかできなかった。

 

◆◆◆

 

男(ごみ)の言った通り、ここは森の中であり、周囲に人などの気配は無い。

さらにデミウルゴスの怒りに恐れをなしたのか、辺り一帯の動ける存在は、一斉に逃げ出していた。

 

デミウルゴスは自分を呼びだした(強制転移させた)男が、この周辺のことすら知らなかったことに落胆していた。

 

どうやらアイテムに「願いを叶えることを望んだ」途端に、この場所へと転移してきたらしい。

 

この何もない、ただ広いだけの草原に何かあるのかと注意深く観察したが、何も発見できなかった。

 

同様に草原の周りの森にも、特筆すべき物は見あたらなかった。

 

これが本当に何も無いのか、「デミウルゴスには」見つけられないのかはわからない。

 

アイテムがわざわざこの場所を選んだのなら、何かあるのだろうか。

 

現状ではまったく把握できないことが、デミウルゴスにはもどかしかった。

 

 

◆◆◆

 

リ・エスティーゼ王国の王都から城塞都市エ・ランテルまでは、直線で昼夜を問わず相当の速度で進めば三日ほどだ。

もっともそんな行程をガゼフがとれるはずもない。

荷物を持ち、道なりに馬で駆けるという手段しかない。

その馬とて生き物なのだ。

休憩も食事も排泄も睡眠も必要とする。

どれほど気が急いていようとも、馬にそれを強要すれば、早々に馬が潰れてしまうだけだろう。

あらゆる状況が、ガゼフの気持ちに水をかけた。

 

 

◆◆◆

 

デミウルゴスは考える。

 

ここは「何処」なのか。

自分は「何をすべき」なのか。

 

この「世界」が、自分が所属していたナザリック地下大墳墓が存在していた「ヘルヘイム」でないことは確かだ。

 

といっても、自分(デミウルゴス)が知る世界の範囲はナザリック地下大墳墓のみであり、外の世界(ヘルへイム)の全てを見たことがあるわけではない。

 

さらに言えば、至高の御方々は度々、ヘルへイム以外の別の世界へと旅立っていた。

 

「ユグドラシル」という括りだけでも、ヘルへイムを含めて七つの世界が存在し、さらには「りある」という場所にもその身を移動させていた。

 

自分が知るのはその程度の数だが、彼の方々であれば、さらに多くの世界を行き来していた可能性がある。

 

弐式炎雷などは「あーべらーじ」という世界でも、最速を誇っていたらしい。

 

では最初の問題だ。

 

ここは「何処」か。

自分(デミウルゴス)は「何をすべき」か。

 

自分に与えられた使命(設定)は栄えあるナザリック地下大墳墓の第七階層守護者である。

 

故に早急に帰還すべきところであるが、まず自分が「何処」にいるのかが不明なように、ナザリック地下大墳墓が「何処」に在るのかも不明な状況だ。

 

つまり、どうすれば帰れるのか、帰り方がわからないのだ。

 

 

もう一つ、この世界がナザリック地下大墳墓の所属ではないということにより、留意しなければならないことがある。

 

それは、敵と味方の区別がつかないことだ。

 

ナザリック内であれば、侵入者はことごとく敵と判断して問題はなかった。

 

なにより、至高の御方々の判断に従って行動すれば良く、当然その判断に間違いなどあるはずがない。

全ての判断を任せ、命令に従っていれば済むことだった。

 

しかし、ここに至高の御方々は居られず、自身の判断によって行動しなければならない。

 

この世界は「ナザリック地下大墳墓」に属していない。

だからといって、味方ではないから何をしても良いかというと、そう簡単に判断できない要素がある。

 

至高の御方々は全員が異形種だった。

そして、ぶくぶく茶釜(スライム)とペロロンチーノ(バードマン)のように種族が異なっていても、姉弟という存在もいた。

 

さらにやまいこ(半魔巨人)には「エルフの妹」が存在しているという。

つまり至高の御方々の系譜は、異形種だけにとどまらないということだ。

 

さらに自分の創造主であるウルベルト・アレイン・オードルと仲の良かったペロロンチーノなどは、「俺の新しい嫁が」と言っていた。

その発言から考えると、ナザリックの外にはペロロンチーノの妻となった存在が複数いるということだ。

さらにはその妻たちとの間に子供がいる可能性も考慮しなければならない。

 

当然、妻なり夫なりが、他の至高の御方々にいないと考えるなど、不敬というものだ。

ペロロンチーノが複数の妻を娶っていたのなら、他の至高の御方々とて、複数の伴侶を持っている可能性がある。

 

これは異形種、亜人種、人間種の全てに、至高の御方々に連なる存在がいる可能性があると考えるべきだ。

 

この世界の存在と安易に敵対することや、殺害あるいは損傷させる行為は慎むべきだろう。

 

もしもそれらの手段を用いるならば、こちらに「大義名分」が在る場合だ。

あるいは、大義名分を「用意してある」か「用意できる」場合だろう。

 

ではどうするべきか。

 

「ナザリック」の名を広く知らしめるのだ。

 

創造主である至高の御方々の名や、ギルド名「アインズ・ウール・ゴウン」を使用する行為は、被造物である自分にはおこがましい所業だ。

だが、自身が所属する「場所」の名ならば、自分の中の感情にも折り合いがつく。

 

自分という存在が、この世界の全ての存在に無視できない立場となり、「ナザリック」を探していると広めれば、自分に取り入ろうとする者や、自分に対しての情報(弱味)を知ろうとする者も、探すことに手間暇を惜しまないだろう。

 

そして当然だが、栄えある「ナザリック」の名を汚してはならない。

 

敵対者に対してなら、「絶対悪」として名を知らしめても良いだろうが、無駄に味方を巻き込む悪など、無能の代名詞だ。

 

状況によっては「ユグドラシル」、あるいは「ヘルヘイム」を探すことからはじめることになるかもしれないが。

 

◆◆◆

 

数日の旅程を経て、ガゼフたち王国戦士団は城塞都市エ・ランテルへ到着した。

 

都市長のパナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアは、ガゼフたちがすぐに出立できるように、手続きも旅に必要な荷物も用意して待ってくれていた。

 

普段は締まりのない顔と、豚のような間の抜けた鼻息のせいで侮られる人物だ。

しかし、その姿は相手を油断させるための演技であり、本来の彼は、そういった戦略眼を持ち実行する能力を持つ有能で頼もしい協力者である。

 

ガゼフ・ストロノーフは、妨害をしてくるたくさんの潜在する敵と、僅かな味方との狭間で、自分にできることをこなそうと足掻いていた。

 

自分たち以外の戦力が当てにできない状況も、自分の装備が最低限しか整えられない妨害も、自分が忠誠を尽くす王への貢献をしないという選択肢は存在しない。

 

せめてこれから向かう国境付近の村々で一人でも多く帝国の犠牲にならずに済むように、旅路を急ぐくらいしか、今の自分にできることはない。

 

戦士団は平民から成り立っている。

思いは共有され、全員が国境へと思いを馳せていた。

 

◆◆◆

 

 

デミウルゴスは考えた。

 

この世界に至高の御方々、あるいは御方々に連なる存在がいた場合を想定し、あまり問題のある行動は起こさないと決めている。

自分が種族的(悪魔的)な行動に出るのは、あくまでもナザリックに属さない存在に対してである。

至高の御方々やその系譜、同じ主人に仕える仲間たちに対して、そのような行為に及ぶことはあり得ない。

 

この世界での情報が無い、つまりそういった存在の確認がとれない以上、余計な厄介事を招くような真似をするべきではないと判断したのだ。

 

ナザリックの名を広める。

 

もし、この世界が至高の御方々に全く関わりのない世界であったなら、ナザリックへ帰還する際に放棄してしまえばよい。

 

もし、この世界が至高の御方々が不要と判断、あるいはこの世界を悪意で染めたいという考えや滅ぼしたいという意向を示されたなら、それまでの方針をひっくり返してしまえばいい。

それこそ、事態の収拾に悪魔を望むほどに、この世界に悪魔という存在を蔓延らせよう。

 

まずは情報収集だ。

自分はこの世界に対して、何も知らなさすぎる。

 

先の男(ごみ)から、この世界に人間がいることは判明した。

明るい空から、ここが「ヘルヘイム」ではないことも確実だ。

 

それ以外の情報が現在では、何もないのだ。

今度は役に立つ情報源(知的生命)が必要だ。

 

 

◆◆◆

 

デミウルゴスは自らの特殊技術によって悪魔を召喚する。

 

デミウルゴスに「自分が魔法や特殊技術を使える」ことに対する疑問は無い。

 

これが「ユグドラシルプレイヤー」であれば、魔法を使えることに驚いたり、疑問を持ったりしたのかもしれない。

 

しかしデミウルゴスからすれば、使えて当然の能力だった。

 

人間が異世界に行ったからといって、二本足で歩けなくなるとは思わないだろう。

視界や触覚、生まれついての身体能力が「いつも通り」使えることに疑問を感じるだろうか。

 

デミウルゴスは自分が「そうあれ」と、作られたことを知っている。

 

であるなら、これらの能力は「使えて当然」のものだった。

 

疑問とするなら、ユグドラシルではない異世界と思われるこの世界の存在が、どのような能力を持っているか、そして使える魔法の効果や範囲が同じかどうかという点だった。

 

「ユグドラシル」でも「フィールドとの相性」というものがあったのだから注意が必要だ。

この世界が「ヘルヘイム」と同じでなければ、それらは変化している可能性がある。

 

 

そして、今必要なのは強力な個体ではなく、情報収集に必要な多数の人手である。

 

故に呼び出したのは、デミウルゴスから見ればかなり弱い悪魔たちである。

もっともこれら(弱い悪魔たち)は、使い捨てることが前提な上に、もし倒されても惜しくはなく、倒した相手の力量を測るための試金石という扱いでもあるためだ。

 

「三体一組で行動をとりなさい。この地にいる生き物と接触する際は一体のみで、一体は必ず戻って情報を持ち帰りなさい」

 

大量の悪魔が、デミウルゴスの命令に従い、方々へ散っていく。

近隣を探索する者たちと、地形を調べる者たちだ。

 

弱い悪魔だ。

レベルは十五程度しかない。

しかし、悪魔という種族の大部分の特性として空を飛ぶことが魔法によらずに可能であり、通常のユグドラシルモンスターなら平均で八つほどしか使えない魔法を、少しだが上回る数で使用することができる。

特にこの悪魔は「伝言(メッセージ)」の魔法が使えることと、使い魔として「視界の共有」ができることが、現状ではメリットとして大きい。

デミウルゴスは、「伝言(メッセージ)」の魔法を習得していないのだ。

スクロールはあるが、消費アイテムをこんなことで減らす愚は犯せない。

とはいえ、この悪魔たちが使える魔法は第一位階から第三位階までと低位ばかりなのだから、正しく「使い捨て」だ。

 

さらに弱い、レベルにして一桁の存在なら、もっと大量に召喚できるが、それはさすがに油断が過ぎるだろう。

 

ナザリックでも、POPする(自動的にわき出る)モンスターは三〇レベル以下だったことを考えれば、さすがに一桁は弱すぎる。

 

「ヘルへイム」でも、場所によって出現するモンスターのレベルが上下するのは常識だった。

 

この世界で、どの程度のレベルが平均値なのか、そして上限も調べなくてはならない。

 

自分は「ユグドラシル」で上限である一〇〇レベルだが、同じ一〇〇レベルでも他の階層守護者に「戦闘では」まるでかなわないことを知っている。

 

同じレベルでもこのように差が生じるのだ。

 

さらにナザリックの外には、一〇〇レベルを越えるレイドボスやワールドエネミーと呼ばれる存在がいたことも忘れてはならない。

 

そういった存在が、この世界にいないと考える根拠などない。

たとえ、もとはいなかったとしても、今現在の自分(転移者)という例があるのだ。

いると考えて行動するべきだろう。

今存在しないことが「これからも存在しない」という証明にはならないのだから。

 

至高の御方々がいれば、もっと詳しい情報を得ることができたのだろうが、デミウルゴスの知る知識は、ナザリック内の知識と「ユグドラシル」の常識、そして至高の御方々の発言から推測したものだけだ。

 

この世界での自分は「暗闇に明かりも持たないで放り出された状態」でいるのだ。

この世界での自分の無知を自覚しなければならない。

 

「さて、私も行動するとしましょうか」

 

それでも「座して待つ」という選択肢は、デミウルゴスには存在しない。

何のために与えられた「優秀な頭脳」だ。

これを使用しないなど、与えてくださった至高の御方々を侮る行為だ。

迷子になって立ちつくす幼子ではないのだ。

至高の御方々の手を煩わせる僕など、何の意味(価値)があるというのか。

 

 

 

 

デミウルゴスは召喚した悪魔で手元に残した中から中から体かを、森の木々を飛び越え、さらに上空へと舞い上がらせる。

 

特に問題は無いようだ。

 

空中に出たとしても、何者からかの狙撃等の攻撃は無いと判断してもよいだろう。

 

空中に舞い上がった悪魔たちからの「伝言(メッセージ)」の魔法での報告によると、目視できる範囲に目立った建造物等も無く、大自然のただ中という表現以外できないような光景が広がっているらしい。

 

もちろん、目視のみによる情報なので、木々の下や起伏によって視線が通らなければ見つけられないだろう。

さらに目眩ましや偽装などで隠蔽されている可能性とてある。

 

あったとしても、それが技術によるものか魔法によるものかは、調べてみないことにはわからない。

 

デミウルゴスは、命じられなければ、勝てない勝負に出るような無謀な真似をするつもりはない。

 

この世界で戦闘をする必要があるのかは不明だが、ナザリックに帰還するという目的のある身で、意味のない危険を冒す愚は犯せない。

 

上空の悪魔たちからの情報で、簡潔に頭の中に地図を描いていく。

 

今居る場所は巨大な森林の中であり、北の方角には山頂が白く染まった山脈が連なっているらしい。

 

正しく、ここは「外」であるらしく、ナザリックの第六階層のように、作られた空ではないようだ。

 

考えてみれば、自分(デミウルゴス)はナザリック地下大墳墓から出たことは一度も無く、これがあらゆる意味で初めての「外」だった。

 

もっとも、そこに喜びも興奮も無い。

 

自分の確認できる範囲にナザリックが存在しないと、失望しただけである。

 

 

今度は自分自身が、高く舞い上がる。

もちろん、不可知化の魔法をかけてだ。

 

下級の悪魔たちが見つけられなかった「何か」を発見できないかと、僅かに期待しながら。

 

 

 

◆◆◆

 

馬を駆けるガゼフ・ストロノーフは副官の言葉に気を引き締める。

そろそろ最初の巡回の村へ着く。

 

エ・ランテルの近隣の村へは、馬で駆けても一日以上はかかる距離だ。

 

逸る心とは裏腹に、馬を使い潰す訳にはいかないため、強行軍とはいえ疾走とはいかない。

 

無事でいてほしい、と願わずにはいられない。

 

平民の、ただの村人には戦う力も術もない。

逃げることさえ困難だろう。

 

弱き民を救いたいと願い、王に仕える道を選んだというのに、ままならない現状が自らの行いを否定されているようでやるせない思いが募るばかりだ。

 

最初の村はまだ遠く、視界には入らない。

 

 

◆◆◆

 

デミウルゴスによって召喚された悪魔の一組が、鎧を身に纏った集団に襲われた村を発見した。

 

単純に上空から見渡し、遠方に煙りが上るのを発見したのだ。

空から一直線に向かったため、見落としがあるかもしれないとのことだが、そこに行き着くまでにも、いくつかの村を発見したという。

そちらには別の組の悪魔が、偵察として向かっている。

 

煙の上がった村では、生き残っている人間は十人にも満たない数だ。

 

しかし貴重な情報源でもある。

 

悪魔たちはデミウルゴスに連絡を行い、その人間たちをデミウルゴスの元へと運搬した。

運搬である。

なにしろ、悪魔たちが話しかけようとしても、悲鳴をあげて逃げまどうのだ。

彼ら(人間)からすれば、何をされるのかと戦々恐々の思いだった。

故に、悪魔たちは人間たちを傷つけはしないものの、同意の上で同行させるということを諦めて、麻痺で動けなくしてから問答無用に運ぶという手段を取ったのだ。

連れて来られた森の中で、彼らは更に恐ろしい存在と対面することになった。

 

邪悪な気配、恐ろしい巨大な蛙のような顔。

 

自分たちはどんな目に会うのかと絶望する。

こんなことなら、村を襲ったあの騎士たちに殺されていた方がましだったのではないか、と。

 

しかし――

 

「人間では無い私が、怖がらないでください、と言っても無理でしょう。ですが、こちらに貴方々に危害を加える気はありません」

 

心地よい声色が、彼らの警戒心を和らげた。

ただでさえ同じ人間から襲撃を受け、親しい者を失った喪失感に苛まされ、ささくれていた心に、優しげな声と誠実な対応は心に滲み入った。

 

 

デミウルゴスは内心で喜んでいた。

 

なんとも自分(デミウルゴス)に都合の良い展開だ。

同族(人間)に襲われたためか、助けた自分(悪魔)に対しての拒否感が少ないのだ。

 

今の自分は第二形態の姿のため、人間の目には余計に恐ろしく見えるだろう。

 

どう見ても、レベルは一桁しかない、ただの村人だ。

 

それでも貴重な情報源であることに変わりはない。

 

相手の発言が間違っていると判断するには、まずこちらが正しい情報を持つ以外に手段が無いのだから。

 

まずは、この世界の一般的な常識から収集するとしよう。

 

とりあえず、ここは何処かという質問からだろうか。

 

空中を一直線に飛んだため、襲った集団より先回りという状態である。

それに悪魔は基本飲食を不要としている。

睡眠も特に必要としない上に、種族として暗視(ダークヴィジョン)もあるため夜の活動に支障は無い。

 

それに対し、鎧の集団は馬を休ませねばならず、騎乗も長時間は行えない。

食事や睡眠に時間をとられ、夜間はおろか夕暮れも馬での走行に支障がでるとなれば、デミウルゴスの召喚悪魔たちの動きは、鎧の集団を上回る。

 

デミウルゴスが最初にいた草原から一番近い村は、一〇キロほど離れていた。

 

しかし、現状はのどかな様子であり、悪魔が近づけば鎧の集団に襲われた最初の村での騒ぎどころではなくなるだろう。

 

この世界でも、異形種(悪魔)は人間にとって良い感情を向ける対象では無いようだ。

 

途中に発見したという村々も、現在は平穏を保っているため、接触するには都合が悪い。

 

いっそ、最初の村のように襲われれば、「救助」の名目で集めることも問題ではないだろう。

 

鎧の集団を監視しているが、また別の村を襲い再度生き残りがいたなら、その人間を集めるのは人間の道義的にも問題は無いはずだ。

 

それなりに情報が集まったら、襲われた村を途中で助けて恩を売ることも、効率が良いかもしれない。

 

 

ちなみに生き残った村人からは情報を集め、村からいくつかの死体を失敬してある。

これらで、いろいろな実験もしている。

復活に必要に最低レベルや、どこで復活するかである。

 

もしも、最悪の場合に至高の御方々に連なる存在を殺してしまった時に、きちんと復活させることが可能かを確認しておくべきだと考えたからだ。

 

焼かれた村の様子は継続して監視しているが、残った死体は獣やモンスターの餌となるか、アンデッド化してしまったようだ。

 

後からやってきた、村人のいう「王国」所属の集団も、死体を埋葬するより襲撃者を追うことを優先したからだ。

 

こちらでもう少し多く有効利用した方が良かったかもしれないとも思ったが、そこは油断が過ぎると反省した。

 

 

◆◆◆

 

最初の村に到着したガゼフが見たのは、焼かれて原型を留めた家屋など一つもない、そして生き残った者も一人も見つけられないという、村の残骸としか表現のしようのない惨状だった。

 

建造物は居住用のみならず、家畜の厩舎小屋や小さな納屋にいたるまで全て焼かれ、一〇〇人以上の村人が老若男女の区別なく、全て斬り殺され物言わぬ骸となって転がっていた。

 

その血の臭いは、煙の臭いにも負けることなく充満している。

 

「なんてことを」

 

助けられる民が一人もいないことに、ガゼフは己の無力を噛みしめた。

 

「次の村へ急ぐぞ!」

 

◆◆◆

 

「生存者が一人もいない、だと?」

 

隠れていた場所から、獲物(ガゼフ)の不在を知って行動しようとした、スレイン法国特殊部隊、陽光聖典隊長のニグン・グリッド・ルーインは、不可解な現状に首を傾げた。

 

本来なら、生き残った村人が数名いるはずだ。

ガゼフの性格からその村人を見捨てられず、戦士団の中から人手を割くはずという、人数が減るように誘導する作戦だったはずだ。

 

それが、生存者0とはどういうことなのか。

 

そのせいで、ガゼフ達戦士団の戦力を削れていない。

 

「囮がやりすぎたのでしょうか?」

 

部下が原因を推測するが、やはりおかしい。

 

あの部隊(囮)の隊長は俗物だが、完全な無能とまではいかなかったはずだ。

 

与えられた命令を最低限でもこなす程度の能力がなければ、たとえ家(金)の力があろうとも隊長クラスにはなれないはず。

 

それに、補佐する者とているのだ。

そこまで考えなしばかりとは、思えない。

 

といっても、タガが外れたとも考えられる。

 

「命令」という免罪符から殺戮に酔う者は珍しくない。

 

「俗物め」

 

神に仕える身としては、己の欲望に負けて任務を全うできないなど不信心にもほどがあると、罵倒したくなる行いだ。

 

だが、今はそんなことに構っていられないのも事実だ。

 

村人(足手まとい)がいないということは、ガゼフ達の足を鈍らせる要素もないということなのだ。

 

ここでガゼフ(目標)を取り逃がしては、自分(ニグン)こそが、己に課された任務を全うできない無能に成り下がってしまう。

 

「追うぞ」

 

今は、与えられた任務に全力を尽くすのみだ。

 

 

◆◆◆

 

デミウルゴスのイベントリーは、それなりに充実している。

 

プレイヤーでは当たり前だが、イベントリーの中に「無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)」をショートカットキーに登録するように、アイテムの一つとして大量のアイテムを一括りにするのに適している。

 

モモンガと同じく、不要なアイテムを処分できない性分のウルベルトが、これ幸いとデミウルゴスのイベントリーに溜めこんだ結果である。

 

故にデミウルゴスのイベントリーには、複数の「無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)」と、大量の消費アイテムが入っていた。

 

これは一五〇〇人による大侵攻戦以降、ナザリック地下大墳墓を攻略しようとするプレイヤーがほとんど存在しなくなったためと、それ以外の侵入者は第六階層から先に進むことができなかったことによるものだ。

 

デミウルゴスの持ち物の中で「デミウルゴスにとって」一番価値がある物は、ウルベルト自身が手がけた、六本の腕を持つ悪魔像だ。

 

それ以外は、基本的に低位の消耗品が多い。

中にはガチャのはずれ景品もあった。

 

もっともデミウルゴスからすれば、どれも創造主(ウルベルト)から授けられた大切な物ばかりだ。

 

だから無駄使いをする気は、微塵もない。

 

ただ、ナザリックへの帰還に必要であるならば、惜しむ愚を犯すつもりもなかった。

 

至高の御方々であれば、こういった事態に備えて持たせていた可能性とてあると、デミウルゴスは考えていた。

 

 

デミウルゴスの現在の悩みは、自分が使える手駒が少ないことだ。

 

この世界において、今の自分に情報は不可欠なものだ。

 

動き回る鎧の集団や、それを追う集団。

さらにそれを追う軽装の集団。

 

この三つの集団の行動の監視。

 

近隣の状況の散策。

 

広範囲の地形確認。

 

この付近の勢力分布。

 

人間以外の意志疎通の可能な知的生命の確保。

 

やりたいこと、やらねばならないこと、とにかく手が足りない。

 

その場その場を召喚で凌いでいるが、召喚の度に説明をしなければならない。

その手間も惜しい。

 

特に集めた村人たちの守りは、召喚悪魔では効率が悪すぎる。

今は六人だが、増える可能性や見守る(監視)には、四六時中ついていなければならない。

 

そこでデミウルゴスは、一つのアイテムを使用した。

 

「小鬼(ゴブリン)将軍の角笛」

 

このアイテムで呼び出されるゴブリンは一九匹。

レベルは上が十二、下が八とたいした強さはない。

だが、このゴブリンは死ぬまで消えないという、時間制限を気にせずに使役できるという現状では最適のメリットがある。

 

それに護衛対象の村人のレベルを考えれば、十分な強さだと判断されるだろう。

 

少なくとも、襲ってきた全身鎧の集団よりは強いのだから。

 

そして――

 

いつの間にやら、集めた村人と親睦を深めていた。

 

生き残った村人を集めてあるのは、デミウルゴスが最初に「召喚」された草原と近隣の村との間、村の方に近い森の中にある少し開けた場所だ。

 

護衛以外にも、水場を探して水を確保したり、森で獲物を捕り食料の調達。

採取スキルが無いせいか植物の見分けはできないが、採取に連れた村人に言われた「物」、木に生っている果実などを取るだけなら支障はない。

料理スキルも無いので調理はできないが、獲物を解体しかまどを作り、火を熾し水を沸かせと、前準備には問題ない。

木を裂いて簡易な皿を作ったりもしていた。

 

ゴブリン神官は治癒の魔法も使えるので、慣れない森の中での避難生活に欠かせない存在になっているらしい。

 

ゴブリンリーダーは面倒見が良く、ゴブリンライダーは狼に子供を乗せたり、ゴブリン全員で残った村人と雨露をしのげるように簡単な小屋を作り、子供にいろいろ教えたりしているらしい。

 

密集した木々の枝に蔓や枝を張り巡らせて葉を乗せ屋根代わりにして、蔓を編んで簡単な垂れ幕にしている。

季節も寒さより暑さが来る時期のため、半野宿でも支障はない。

 

さらに、いつの間にやら、人間以外の数が増えていた。

 

森に生息し、人間に襲いかかるモンスターがいる。

これを討ち倒し、あるいは追い払い、そんな中にいた小鬼(ゴブリン)や人食い大鬼(オーガ)を手下にして、森の情報まで集めて始めた。

 

四つの村から集めた人間は二十人を超えた。

この数日で、ゴブリンは保護対象の人間と交流し、探索対象である森で生活するモンスターを配下にしていた。

 

 

結果、奇妙な共同生活が成り立っていた。

 

 

もちろんデミウルゴスに報告し、許可を取っての行動であるために、デミウルゴスも問題にしているわけではない。

 

むしろ、他に使い道がないか模索している状態だ。

 

もし、この集めた人間たちをこのまま生かしておく状態が続くならゴブリンとの共生を計り、独立した集落を構成させてしまえば、「ヤルダバオト」の活動拠点として使えるかもしれない。

 

 

これは自分(ヤルダバオト)や拷問の悪魔(トーチャー)、村人を連れて来た低位の悪魔たちに比べれば、人間たちにとって「まし」ということもあるのだろう。

 

悪魔とゴブリン、どちらがまだ親しみ易いか、というものである。

 

そして、ゴブリンたちは召喚主であるデミウルゴスの記憶を一部共有しているが、そもそもの性分はユグドラシルで共有のものであるらしい。

 

彼らは村人から何かにつけいろいろと聞き、この世界の情報を手に入れようとしていた。

 

子供に話を聞き、「詳しく」と頼むと周りの大人が補完するといった具合に、デミウルゴスが直接聞くより、委細かまわず多様なことを聞き出していた。

 

人間に襲われた人間不信と、助けてもらったがやはり恐ろしい悪魔(異形種)よりは「まだ」親近感のわくゴブリン(亜人)という構図だ。

 

ゴブリンという存在が、それほど強力なモンスターでは無いという認識もあるのだろう。

 

実際、筋肉のついた身体で貧相とはとても言えない、それこそゴブリンとは思えないような立派な体格だが、身長は子供の背丈とさほど変わらない。

 

悪魔からの威圧感という面でも、ゴブリンたちは村人に接しやすかったのだ。

 

デミウルゴスの配下として、なかなかに役に立っているといえるだろう。

 

まだあの騎士たちがこの辺にいるらしい。

危ないから、森から出ないように。

安全が確認できたら、どこかの村に送って行く。

さすがにゴブリンや悪魔が村の中にまで入って行ったら騒ぎになるだろうから、近くまで送るだけ。

 

これからの予定をそれなりに話してあるためか、村人に混乱はあまりない。

 

なにより、まだ襲ってきた鎧の集団が近くにいるとなれば、危険は明白だ。

無理に森を出ようとする者はいない。

 

むしろ四つの村が壊滅する頃には、ゴブリンに武器を習おうとする者が出てきていた。

 

 

デミウルゴスに新たに召喚された悪魔たちは、それぞれの監視対象の動向を探っていた。

召喚された存在は、一定時間が経過すると消えてしまうからだ。

 

すでにデミウルゴスは、近隣の状態を地図におこし、これからの状況を推測して召喚した悪魔たちに改めて説明していた。

 

デミウルゴスが最初に召喚された場所から一番近い村は、平穏な状態で朝を迎えようとしている。

この村が、鎧の集団の次の目標であるらしい。

 

今日までの数日の間に、途中にあった村々は鎧の集団に襲われた。

おかげでデミウルゴスは、かなりの人数の情報源と多数の死体を手に入れることができた。

 

生きている者は一カ所に集めてある。

煙が上がったのを見て、村が襲われているのを発見したと言ってある。

その過程で、近隣の村々の位置などを確認している。

 

 

死体は別の場所で纏めて実験に使用している。

その中で低位の復活魔法で蘇った者は、元冒険者だという一人だけだった。

これも、死体はその場で復活し、死体が消え村(ホーム)で復活するというものでは無かった。

 

殺してもう一度復活をさせようとしたが、その元冒険者は灰になってしまった。

ユグドラシルと同じと「想定」して考えると、死亡した段階で五レベルのダウンとなる。

これを緩和するための魔法にレベルが足りなかったために復活に至らず灰になったと考えられる。

今回は復活にレベルが足りなかったことになるので、この元冒険者は一〇レベルに満たないことになる。

 

つまり「ただの村人」は五レベルにすら届かない「かもしれない」のだ。

 

 

 

 

近隣の村々の位置。

その焼き討ちの順番。

村を滅ぼす手段と対応。

それに続く二組の集団の存在。

 

片方は村々を回り、生存者を探しながら、襲撃者の探索。

もう片方は、村々を回る先の集団を追っている。

 

つまり、村々を三つの集団が順番に巡っている状況だ。

 

最初の全身鎧の騎士らしき集団が村々を襲う。

次に武装の整っていない集団が、村の安否確認をする。

最後の集団は、前の集団との距離を縮めようとしているようだ。

 

最初の全身鎧の騎士らしき集団は、何人かを残して他の全ての村人を殺す。

その後、村中の家屋を焼き払う。

地下に隠れていた者の存在まで徹底的に殺し尽くしているのだ。

 

これは、生き残りとなった数人の村人は、後からやってくる装備のばらばらな武装集団へのなんらかのメッセージか、足手まといを作る目的なのだろう。

 

そして最後に魔法によって隠れながら後を追う集団。

デミウルゴスから見れば、お粗末な魔法だ。装備も見窄らしいとしか表現のしようがない。

それでも三つの集団の中では最も性能が良く、統一された装備だ。

 

そしてその隠密性から、その集団がもっとも機密を持っていると考えられる。

ただの考えなしの集団ではない。

 

最初の集団と関係があると見て間違いないだろう。

 

そして、それぞれの集団の都合など、デミウルゴスには関係ない。

 

結果、デミウルゴスが村の生き残りを集めたため、統一の無い集団は人数を減らすことも時間を無駄にすることもなく、徐々に鎧の集団に迫っている。

 

逆に、装備の統一された集団が、なかなか前の集団に追いつけないでいた。

 

◆◆◆

 

ガゼフたちは、最初の村から何件目かの村にたどり着いた。

そこも今までの村と同じように、残骸となった状態の家屋と大量の遺骸。

生存者もこれまでと同じように一人もいなかった。

 

ガゼフからすれば、不可解な状況だった。

 

こういった「罠」に、生存者がいないのは珍しい。

いや、おかしい。

 

見せしめと後からくる者への足止めとして、数人を生かしておくのが常套手段と、過去の武者修行時代でも学んでいる。

 

それにごくまれにだが、一人か二人は何かしらの理由で難を逃れることがある。

 

それが今までの村々で、一人の生存者も確認できないのは少々不自然さを感じる。

 

 

 

ガゼフや副官、他にも戦慣れしている者は、この状況をいぶかしんでいた。

王都からエ・ランテルへ、そこからさらに最初の村に到着するまでに数日という時間を要している。

その間に、王都へ「帝国の騎士の発見」から考えれば、それに倍する以上の時間が経っているはずなのだ。

それなのに、最初の村への襲撃と自分たち戦士団の到着にそれほどの時間差が無いという事実。

 

数日前なら煙なども収まっていただろう。

「帝国の騎士の発見」から何日も経ってからの、この襲撃。

あきらかにこちら(戦士団)の動きに合わせている。

 

ついてこい、と。

 

◆◆◆

 

早朝のカルネ村に、バハルス帝国の騎士の鎧を纏った集団が襲いかかった。

水汲みの途中だった、村に住む十六歳の少女のエンリ・エモットは家へと急ぎ、家族と合流すると、一緒に逃げようとする。

 

しかし――

 

現れた騎士によって、家の出入り口がふさがれる。

 

父親が騎士に飛びかかり動きを止めると同時に、騎士によって塞がれていた出入り口から外へと引き倒し道を作る。

 

「はやくいけ!!」

 

◆◆◆

 

対峙した相手に引き倒され、無様に地面に転がる騎士を見て、ため息を吐く。

 

「あれが『隊長』ですか。なんとも嘆かわしい人選ですね」

 

呆れとともに、潜ませていた悪魔たちに指示を出す。

 

眼下では、家族を逃がした男が二人の騎士によって、もみ合っていた騎士(隊長)から引き離され、剣を突き立てられたところだった。

 

「あの騎士たちを無力化しなさい。捕らえるだけで、殺してはいけませんよ」

 

◆◆◆

 

隊長を助けるために集まった二人の騎士と、助けられた隊長であるベリュースは、物陰から飛び出してきた悪魔たちに地面に引き倒された。

 

『声を出さないように』

 

聞こえた声に逆らえず、悲鳴も助けを呼ぶ声もあげることができない。

 

そんな風に同じ目線になった騎士たちに気付くと、暗くなる視界をこらして男は必死に相手を見上げようとした。

 

「助かりたいですか?」

 

耳に心地よい声が、質問を投げかけてくる。

 

もはや声を出す余力はなく、かすかに頷くだけしかできない。

 

「私の手足となって働くことを約束しますか?」

 

同じように頷く。

助けに対価が必要なのは、当然だ。

この傷が治るようなポーションや治癒魔法なら、費用は相当に高額なものとなるはずだ。

きっと奴隷のように、こき使われることになるのだろう。

それでも、生きて妻や子供たちと再び会いたかった。

 

「いいでしょう」

 

魔法がかけられたのだろう。

あっという間に完治したその効果に驚く。

きっと高位の魔法に違いない。

 

「ありがとうございます」

 

そう言って起き上がり、見上げた先にいたのは、人間ではなかった。

最初に目に入ったのは、覆面をして全く顔の見えない巨体の男。

その後ろに蛙のような頭をした男がいる。

口を開いたのは、蛙頭の男の方だった。

 

「礼は受け取りましょう。貴方にはこの先しっかりと私の役に立ってもらいます」

「はい、このご恩は必ずお返しします」

 

しかし、人間でないから何だというのか。

 

同じ人間に襲われた今の状況で、助けてくれた相手を人間以外だから信用できないとでも言うつもりか。

 

今更人間の方をこそ、信用できる訳がない。

人間でなくとも、その対応が自分にとって都合が良いなら警戒するよりも媚びを売ったほうがましというものだ。

 

「ところで」

 

救い主にして、自分の主人となった異形の存在が話しかけてくる。

 

「あそこで倒れている女性は、貴方のお知り合いですか?」

 

◆◆◆

 

デミウルゴスは呼び出した拷問の悪魔(トーチャー)に治癒魔法をかけさせ、倒れていた男の傷を癒させる。

 

彼は少々変わっていると感じたためだ。

 

かなり離れたところから遠見で監視していたにも関わらず、彼はその視線に僅かばかりとはいえ、気づくような素振りを見せたのだ。

 

そして、彼の家族構成は有効に使えるものだ。

 

自らを犠牲にしてまで家族を逃がそうとする行動力と決断力。

それに即応できる家族との信頼関係。

妻を助けても良かったが、命を賭けてまでも守ろうとした大切な家族が、一人でも欠けたことによって、さらに失う恐ろしさと、その加害者への憎悪、そして助けてくれた者への恩義は、格段に跳ね上がると踏んだのだ。

 

娘二人は、絶体絶命の危機に陥ったところで、効率よく助けたので問題はない。

 

事実、異形の自分に対して、家族を助けて欲しいと懇願する程度には、こちらを頼りにしている。

良い傾向といえるだろう。

 

 

 

この村が鎧の集団に襲われ、村人が殺されていくのを、デミウルゴスは最初から冷静に見つめていた。

 

今までの村のように村人を大量に殺されては困るが、助けてくれるのなら人間以外の異形(悪魔)の手を取ることも厭わないくらいには、村人を追い詰められてもらわなくては助ける意味が無い。

それに、今までの村で集めた生き残りが三〇人ほどいる。

この数を超えるくらいは殺されてもらった方が、他の村の生き残りを受け入れ易くなるはずだ。

鎧の集団の脅威を知り、後から増える人間と共通の感情を持った者同士の方が、これからの共同生活に都合が良いだろう。

 

最後に追ってくる集団は、魔法および索敵能力がどの程度か不明瞭の為に監視はさせているが、あまり近くに寄って気取られることは避けているため、さほどの情報は集まっていない。

 

装備の揃っていない集団は、とにかく不平不満を辺りに憚らずに会話しているために、一番情報が入っている。

あまりにも周りを気にせず会話をしているので、偽の情報を垂れ流しているのかと疑ったほどだ。

 

 

 

デミウルゴスは「傭兵」という存在を知っている。

そして、至高の御方々がナザリックの外へ出かける際に外部の者を雇うことがあったということも。

 

つまり、ナザリックに属してはいなくても、至高の御方々の役に立つ存在というものがいるのだ。

至高の御方々の目にとまりそうな強者。

弱者でも、もしかしたらスパイとして潜入しているのかもしれない。

 

ただ、そういった存在も有事の際に身を守る程度はできるだろう。あるいは何かしらの手段で痕跡を残そうとするかもしれない。

 

だからこそ、こちらの監視に気付いたかもしれない男や、騎士に殴り掛かるなど、相手の意表をつく行動をとった娘を助けたのだ。

 

ナザリックに属する者でなくとも、何か背後にいるかもしれない可能性。

例え、そういった背後が無くとも、通常と異なる行動をとれるこの二人なら、恩を売って自分の手駒として使えれば損は無いはずだ。

 

現在のデミウルゴスは、完全な合理主義と損得勘定で動いていた。

悪魔的嗜好を誰彼構わず発揮するような行為は慎むべき、と自重している。

 

ただし、そこに一切の情が存在しないことも事実だった。

 

デミウルゴスが助ける、あるいは行動する基準。

それは、効率、状況の操作、大義名分の取得、自分の役に立つか、立ちそうかどうか、である。

 

その基準に入らない者は、殺す理由もないが、助ける理由もない。

 

ゆえに、あの家族の妻は、特に生き残らせる必要性を感じなかった。

 

◆◆◆

 

号泣する。

 

妻の遺骸から手を離すことができない。

 

自分を助けてくれた男に、妻の治療を願ったが、かなわなかった。

 

もう死んでいるから、と。

 

「生きてさえいれば治癒魔法で助けられましたが、死んだ者を蘇らせることは「私には」不可能です」

 

 

もの言わぬ骸と化した妻に泣き叫ぶ。

 

すまない、と。

助けてやれなかった、と。

逃がしてやれなかった、と。

 

ひたすらに詫びるなか、声がした。

 

「お父さん」

 

振り返ると、妻と共に逃がした二人の娘が、玄関口に立っていた。

 

「お前たち」

 

上の娘は上半身が血に汚れているが、しっかりした足取りで、下の娘と共に自分の元に駆け寄ってきた。

 

「無事だったか」

「うん。でも、お母さんが……」

 

「ご立派な奥方ですね」

 

娘に答えようとして、別の声が重なった。

 

「そのお嬢さん方が今生きているのは、彼女が身を挺して二人が逃げる時間を稼いだからです。そうでなければ、私にも助けられなかったでしょう」

 

「そう、ですか」

 

深く頭を下げる。

 

本当は、どうして妻を助けてくれなかったのかと叫びたい気持ちがあった。

しかし、二人の娘を無事にこの家に連れてきたということは、彼が妻を殺した騎士の後を追って助けてくれたのだろう。

 

その行為に感謝こそすれ、助けられなかった妻のことで文句を言うのは筋違いというものだ。

 

そう考えられる程度には、二人の父親である男、エモットは娘たちの無事を喜んでいた。

 

上の娘の衣服に付着した血が、娘の物か相手の騎士の物かは不明だが、もはやそんなことはどうでもいい。

 

自分と娘二人の命の分、自分はこの悪魔(恩人)の役に立たなければならないのだ。

 

「娘たちを助けていただき、ありがとうございます」

 

事切れた妻からようやく離れ、男に向かって再び頭を下げる。

 

二人の娘も、慌てて父親に倣って頭を下げた。

 

 

 

 

◆◆◆

 

村の中央に集められていた村人は、突然大量に湧いて出てきた悪魔に驚いていた。

しかも、その悪魔たちは自分たちを殺して回っていた騎士の格好をした集団に襲いかかったのだ。

 

悪魔たちは騎士の足を掴み、そのまま空中に飛び上がると、そこから騎士たちを落とし始めた。

 

例え鎧に軽量化の魔法がかかっていたとしても、騎士本人の体重と合わせれば一〇〇kg以上はある重量が高所から落とされればどうなるか。

 

あっという間に、騎士たちは無力化された。

 

手加減された高さだったのか、騎士のほとんどは生きてうめき声を上げるか、動かない者も気絶しているだけのようだ。

 

騎士たちを無力化した悪魔たちは、その騎士をそれぞれにかつぎ上げて森へと運んでいく。

 

残されたのは、それでもまだ数の多い悪魔たちと、それをただ見ているしかない生き残った村人たちだった。

 

どうしてよいかわからず、立ちすくんで状況を見守る村人の前に、新たな悪魔が現れた。

 

悍ましい姿だ。

 

顔、というより頭全体がぴったりと張り付いた革の覆面で見ることはかなわない。

二メートルはある長身で、不釣り合いに長い腕は膝より下に垂れている。

乳白色の体に紫の血管が浮かび、その体を黒の革の前掛けとベルト、そこに並ぶ作業具を纏っている。

 

一目でその邪悪さを感じ取ることができた。

 

何が起こっているのか、そしてこれから何が起こるかわからない村人たちは、より一つに固まって身を寄せ合う。

 

逃げることはかなわない。

 

騎士たちを倒した悪魔たちが、自分たちを取り巻くように囲っているのだから。

 

しかし――

 

その異形の後ろから、数人の村人がついてくる。

 

何人かが驚きの声をあげる。

 

後から広場にやってきた村人たちが、先程の騎士たちによって斬りつけられるところを見た者たちだ。

 

しかし現れた彼らは一様に問題なく歩いてくる。

 

死んだと思っていた後から現れた村人たちの中から一人の男、エモットが出てきて話しかける。

 

「みんな無事か?怪我人は?」

 

村人は顔を見合わせ、

 

「怪我をしている者が何人かいる」

 

と返答する。

 

「だそうです。お願いします」

 

エモットは自分の後ろに立つ、禍々しい存在へ話しかける。

 

「大丈夫だ。俺たちもこの方に傷を治してもらったんだ」

「すごいぞ。この方は治癒魔法が使えるんだ」

「早く看てもらえ」

 

後ろにいた村人たちが、口々にその邪悪としか言いようのない存在を讃えて治療を勧めてくる。

 

ざわめき、なかなか動かない集団の中から、子供を抱えた女がまろぶように出てきた。

 

「お願いします!この子を助けてください!」

 

傷口を押さえていたらしい手をどけると、子供の脇腹から真新しい鮮血があふれ出す。

 

目も鼻も口さえも黒い革で覆われ、どうやって見えているのかは不明だが、その邪悪な存在が子供に手をかざす。

 

「中傷治癒(ミドルキュアウーンズ)」

 

詠唱と共に、子供から流れていた出血は止まり、浅く早かった呼吸も落ち着いたものとなった。

 

それを見て、村人たちは一斉に治療を求めた。

中には、騎士によって受けた傷ではない者や、患っていた病気まで治癒してもらう者もいた。

 

だが、そんなことは拷問の悪魔(トーチャー)には関係ない。

 

彼(トーチャー)が召喚主(デミウルゴス)から受けた命令は、村人に恩を売ることなのだから。

 

口々に――内心はどうあれ――拷問の悪魔(トーチャー)に礼を言う村人たち。

 

その光景を、エモットは見ていた。

 

彼は主人となった男から、一つの命令を受けていた。

 

それは、村人に「悪魔」の存在を受け入れさせること。

 

村人が拷問の悪魔(トーチャー)の治療を受けている間に、騎士たちと戦った悪魔たちの一部が戻ってきた。

さらに一部の悪魔が、殺された村人たちを運んでくる。

 

 

◆◆◆

 

見張りに立ち、カルネ村に入らなかった者も含めて、ほぼ全ての「帝国の騎士の格好をした集団」を捕縛した。

捕縛できなかった者たちは全て死亡しているので、問題はない。

 

生き残ったカルネ村の住民に、デミウルゴスは話しかけた。

 

「私はヤルダバオトと申します。責任者、あるいは代表者の方とお話がしたいのですが、よろしいですか?」

 

 

 

◆◆◆

 

捕らえた五〇人以上の騎士の内、四人ほどの騎士が死んでしまった。

これは、見張りに立っていた騎士だ。

悪魔の最初の攻撃の予行練習に付き合わせて、残念ながら死んでしまったのだ。

 

下位の悪魔の攻撃で死んでしまったことは残念ではあるが、勝てると必勝の確信が持てなければ戦う意味が無い。

ゆえにこれは必要な犠牲と割り切るべきだ。

 

その分、今捕らえた者たちは有効活用する。

後から来るであろう集団に対しても同じだ。

 

すぐ後から来る集団は、生き残った村人という枷が無い分、鎧の集団の予想より早くにこのカルネ村に到着するだろう。

 

早ければ昼にも。

 

この村で足止めし、最後の集団もろともに、情報源として回収したいところだ。

 

 

デミウルゴスは、自分が村の人間から情報収集を行っている間、捕らえた鎧の集団の尋問を拷問の悪魔(トーチャー)たちに任せた。

 

村に向かわせたのは一体だけだったが、それほどレベルの高い悪魔ではない拷問の悪魔(トーチャー)は複数の召喚が可能だ。

そして、こういった対象に対しての「技能」は確かだと、デミウルゴスは信用していた。

 

しかしその考えは即座に撤回されることとなる。

 

 

捕らえた五〇人強の騎士たち。

 

拷問の悪魔(トーチャー)には、これを一人一人個別に尋問するように通達した。

 

同じ場所で行うと、話しを合わせようと画策する可能性があるからだ。

 

むしろ、一人一人に「裏切り者」の可能性を吹き込んで、疑心暗鬼を煽る方が、情報を得やすくなるかもしれない。

 

どうでもよい存在から尋問(消費)すべきだろう。

地位の低い者の方が、口が軽いか隠すほど情報を持っていない可能性がある。

 

地位の高い者が虚偽を言っても看過できる程度には、一般的な情報(常識)が欲しいところだ。

 

未だにレベルとしては、見積もって一~一五程度の者としか接触していない。

 

しかし、これは警戒を緩める理由にはならない。

 

自分のように、レベルの低い者を隠れ蓑に使っている可能性とてあるのだから。

 

それに自分の「支配の呪言」にあらがえる存在がいるなら、レベルが高いかアイテムを所持しているかとなれば、やはり地位が高い者にこそ多く存在すると考えるべきだろう。

 

 

◆◆◆

 

 

「私の名は『ヤルダバオト』と申します。『ナザリック』という名をご存じありませんか?」

 

「デミウルゴス」という名は使わない。

最終的にこの地を捨てることになるならば、「ナザリック」に関わりの無い名前の方が都合が良いだろう。

 

「ヤルダバオト」が「デミウルゴス」に戻るも良し。

「ヤルダバオト」を「ナザリック」とは無関係の存在として、切り捨てるも良し。

 

「ナザリック」を探しているのも、目的はぼかしてしまえばいい。

 

「ヤルダバオト」という存在が「ナザリック」に帰属する存在だと明確にする必要はないのだ。

 

 

◆◆◆

 

こういった交渉に、召喚したシモベを使うことはできない。

 

交渉事に自分が一番適しているという自負もある。

会話の流れをこちらに誘導したいし、主導権も確保したいという考えと、召喚したシモベでは現状それほど長く存在を保てないからだ。

 

何度も同じ悪魔を召喚するのも面倒であり、効率が悪い。

早く安定した手駒がほしいところだ。

 

この村がその一つになれば、との思いもある。

 

すでにエモットという一家は、「支配の呪言」で確認しても、十分なほど「ヤルダバオト」に対して感謝と忠勤を誓っている。

 

忠誠ではなく、「助けてもらった分は働きで返す」という心構えだ。

 

当面はそれで良しとすべきだろう。

デミウルゴスにしても、やはり人間を完全に信用する気にはならない。

 

ナザリックに仕える者なら、絶対の信頼を持てるのだが。

 

◆◆◆

 

何とも人間くさい悪魔だと、カルネ村の村長は「ヤルダバオト」と名乗った悪魔に対して思った。

話をするために家に招き、白湯を用意しようとしていた妻に「お疲れでしょう」と固辞した。

それでも話となれば喉も乾くだろうと水を出すと、軽く一口飲んだ。

 

悪い物ではないと信用を示すために口に入れたのかと思うと、その心遣いが奇妙に微笑ましかった。

 

いや、人を殺してまわるような人間より、よほど人間らしいかもしれない。

人殺しよりも人助けをする人外の方が「人」らしい。

 

外道を「人でなし」とは、よく言ったものである。

 

 

「助けていただきありがとうございました」

 

お互いに席に着き、村長は改めて礼を述べる。

 

「いえ、実は私も貴方方を助けるのは悩んだのです」

「と申されますと?」

「実は私は浚われて来たのです」

「え?」

 

村長も妻も驚愕の声をあげる。

無理も無いだろう。

村を襲った騎士たちを、あっという間に制圧してしまうだけの力をもった存在が浚われるなど、相手はどんな力を持った存在だというのか。

 

しかし、そんな思いはさらなる驚愕に塗りつぶされる。

 

「私は悪魔の住む世界にいたのです。それを、この世界の人間がこの世界へ連れてきたのですよ」

 

驚くべきことだ。

このような力の持ち主を、どこかの世界から連れ去ることができるような人間が存在するというのだろうか。

 

「『召喚』という魔法をご存じですか?」

 

村長は魔法に詳しくない。

それでも『召喚』といえば、漠然としたイメージがある。

 

「本来、召喚とは呼び出す術者と、呼び出される対象が契約を結ぶことでなされます」

 

きっと本来はもっと複雑なのだろうが、そこは聞いても理解できないと納得する。

 

「ですが、私を呼び出した者は、私の同意無く私の住む世界から私を強制的に呼び寄せたのです」

 

強制的に可能とはどんな魔法なのだろうかと驚く。

そんなことが可能なら、どんな危険な存在もこの世界にやってきてしまうのではないだろうか。

 

「しかも、その相手は私を元の世界に戻す気も方法も無かったのです。これを誘拐と言わずに何と呼ぶのでしょうか」

 

悲しそうに言葉を紡ぐ悪魔に、僅かながら同情する。

 

 

「人間の世界では、誰かを勝手に連れ去ることが許されているのですか?」

「とんでもない!」

 

さすがにこれは否定すべきだ。

確かに相手が悪魔となれば、都合も事情も考えるなどしないだろう。

 

しかし、『本来の召喚』が双方の同意で行われていることなら、同意も無く呼び出されれば、それは不愉快なことだろう。

 

しかも、帰る手段も無いとは、あまりに酷い所行である。

「悪魔に対して」ではない、「人として」どうなのか、という話である。

 

ここまで理性的かつ知性的で、襲われていた自分たち村人を助けるという、人道的にも人と遜色無い相手を強制的に呼びつけるとは、離反されて当然ではないだろうか。

 

そうなると、悪魔を呼び出すのに『生け贄』が必要だとされる物語にも肯ける。

 

あれはきっと、来てもらう(同意の)ための対価なのだ。

 

生け贄を捧げる。

生け贄が気に入れば、やってくる。

生け贄の分の働きをする。

 

そういうことなのかもしれない。

 

魔法に詳しく無いがために、村長は自分の理解と同意できる理由によって、『召喚』の理由付けをしていく。

 

「そんな外法を世に出す訳にはいきませんので、その相手は処分させていただきました」

「え……」

 

さすがに、明確に「処分(殺した)」という発言に、顔がひきつることを隠せない。

 

「仕方ないのです。本来『召喚』で呼ばれた者は、同意していますから相手の言うことをききます。ですが、この外法の『召喚』は、私のように相手からの束縛がありません」

 

相手は蛙のような顔の大きな目を細める。

 

「『召喚』されて、帰れないと知らされた者が、大人しくしている者ばかりだと思いますか?」

 

確かにそうだ。

 

誘拐なんてされたら、なんとしても帰ろうとするだろう。例え相手を殺してでも。

目の前にいる存在のように、強大な力の持ち主が、何の枷も無く帰れないことを嘆いて、あるいは怒って暴れでもしたら、とんでもない事態になるのは間違いない。

 

そんな危険な『外法』の魔法を作った人間なら、いやそもそも誘拐の時点で殺されても文句は言えない。

 

「ご理解があってなによりです」

 

蛙の表情はわからないが、きっと笑ったのだろうと村長は思った。

 

◆◆◆

 

デミウルゴスは「嘘」は言っていない。

悪魔が住む世界とは言ったが、悪魔しか住んでいないとは言っていない。

「召喚」についても、おおまかな説明をしただけだ。

あとは、聞いた本人が自分に理解しやすくかみ砕く(曲解する)だろう。

 

別段、人間と敵対していないとも、人間の味方だとも言ってはいない。

 

こちらはこちらの都合で動いているだけだ。

 

そして、今回助けた村人は、デミウルゴスにとって都合の良い存在だった。

 

ただ、それだけの話だ。

 

 

ここからは自分の質問だ。

この世界を理解しなければならない。

 

◆◆◆

 

拷問の悪魔(トーチャー)は一通りの質問を終えると、改めて隊長であるというベリュースという男に質問をした。

 

「隊長」という立場だが、召喚主(デミウルゴス)から見た評価は低い。

戦力として平民に虚をつかれ、知力として行き当たりばったり。

欲に弱く、任務を娯楽の延長、ただの箔付けと捉えている節がある。

 

こういった低俗な人間は、己の保身の為なら平気で仲間を見捨てるし、裏切りもするものだ。

 

事実、自分だけでいいから助けてくれと、無様な命乞いをしてきた。

 

いくつかの質問をし、さらにそれが嘘でないかを確認するために、「支配(ドミネート)」の魔法で重ねて質問をした。

 

すると、三度目の質問で事切れてしまったのだ。

 

拷問の悪魔(トーチャー)は、大切な情報源を死なせてしまったと驚き慌てた。

だが、すぐに自分の手に余ると判断して、デミウルゴスに連絡をした。

 

この事態に、さすがのデミウルゴスも驚きを禁じ得なかった。

 

情報源として、たいして期待してはいなかったが、質問で死ぬとは流石に想定していなかったデミウルゴスは、この世界への警戒を強めた。

 

ナザリックの知恵者である自分も知らないこと、そして「想定」しきれなかったことがある。

 

魔法なのか、呪いなのか、はたまた何かしらの技術なのかは不明だが、死ぬ気の無い者に強制的に死を与える手段を、この世界の存在は確立させているのだ。

 

知らなければ、対応のしようがない。

 

まず自分は知識を得るところから始めなくてはならない。

 

この世界の「常識」だけでは心許ない。

 

あらゆる知識を得なければ、この知らない世界では、暗闇の中で手足を縛って歩くような行為となるだろう。

 

 

◆◆◆

 

死んだベリュースと、それに驚くデミウルゴスを見て、騎士たちは悟った。

 

本国(スレイン法国)はここまでやるのだと。

 

 

◆◆◆

 

怪我人は拷問の悪魔(トーチャー)が癒し、墓穴掘りなどの葬儀の準備に低位の悪魔の一部を手伝いにまわしたので、葬儀は滞りなく済んだ。

 

村の葬儀を一通り見学すると、その後はデミウルゴスは捕らえた騎士たちを使って、さらに実験を繰り返した。

 

「魅了(チャーム)」「支配(ドミネート)」であれ「支配の呪言」であれ、魔法やスキルによって返事をさせると、三度で死んでしまう。

これは本人(対象)が自主的に答える分には、問題がないようだ。

 

ベリュースという隊長だった男は死んでしまったが、イベントリーの中にある「蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)」を使用してまで復活させるメリットを感じない。

 

「蘇生の短杖」は複数の種類がそれぞれに複数本ある。

各一本は実験として使いきる予定だ。

「いざ」という時に効果が思い通りではなく、使えないようでは意味がないからだ。

 

むしろ、どうすれば死なせずに自分の手駒とすることが可能となるのかを確認することを優先する。

 

ここにいる騎士たちが全て死んでも、後からの集団を手に入れることができれば問題はない。

 

特に最後につけている集団は、隠密行動を常としていることから、消息を絶っても表沙汰にはなりにくいだろう。

 

 

◆◆◆

 

「ほう」

 

デミウルゴスは素直に驚きを示した。

 

自分の特殊技術による召喚ではなく、召喚した悪魔やアンデッドによる作成や創造でこの世界の人間の死体を媒介に生み出された者は消えずに残っているのだ。

 

「これはこれは、面白い」

 

時間が経てば、召喚された存在は送還されてしまう。

それは創造や作成でも同様だ。

だが、この世界の死体を材料として使用した場合には、死体の存在によってか、その制限を離れてこの世界に存在を確立した一個の存在として留まることができるのだ。

 

では、死体ではなく、生きた人間ではどうだろう。

 

村人は「材料」にはなったが、「依代」にはならなかった。

どんぐりの背比べ、ミリの単位の差であれ、村人より「強い」人間を「依代」にして使用が可能かどうかだ。

 

 

騎士たちの数名が、召喚した悪魔の憑依に耐えた。

 

二〇~三〇レベル台程度の弱い悪魔だが、この悪魔たちの共通の特徴は低位の従者を創造や作成をすることができることだ。

 

質問や悪魔憑依によって死亡した騎士たちは、これらの材料となってもらった。

 

これにより、やっとデミウルゴスは時間制限を気にしなくて良い手勢を手に入れたのだった。

 

この実験で、五〇人以上いた騎士たちは三〇人ほどにまで減ったが、全てを使い潰すことも予定の内と考えていたデミウルゴスからすれば、随分と残った方だった。

 

実情として、手心を加えたことと、慎重になったということもあるだろう。

手元に手勢として残る「依代」として使う(生き残らせる)ことを優先した結果だった。

 

 

この世界の全ての生き物を生贄として捧げれば、ナザリックへ帰れるなら、デミウルゴスは迷うことなく実行する気でいる。

 

それでも、効率を考えれば、自分を信じている相手の方が殺しやすいだろう。

 

それを考えれば、人間に多少の譲歩をして、有用な手段を伝授してもよいと考えていた。

 

だから提案する。

 

この村の人間全てに。

 

 

◆◆◆

 

カルネ村が襲撃を受けた日の昼を過ぎた頃。

 

ガゼフたちがカルネ村に到着したとき、そこは無人だった。

 

今までの村とは異なり、遠目にも見える立ち上る煙も無く、近づいても村の景観に異常は見当たらない。

 

今回は間に合ったのか、あるいは襲撃前の村に着いたのかと、期待と希望を持った。

 

しかし、先に述べた通り村は無人だった。

家屋も無事だ。

昼間なら畑にいるだろう家畜も、繋がれているが生きている。

 

どの畑にも人はいない。

 

村が無事で村人がいるなら、畑に人が一人もいないという状況は異常だ。

 

この時期に畑仕事をしない日など存在しない。

それは、平民出身であり元農村の出の者も多い戦士団では、共通の認識だ。

 

もしかしたら、村人たちはどこかに連れ去られてしまったのかもしれない。

 

村人を捜そうという者。

罠かもしれないという者。

 

どちらもあり得ることだ。

 

それでも何かしらの痕跡が無いかと、村を探索することになった。

辺境の小さな村と言っても、住人は一〇〇人を超える。

その全てがいなくなったなら、その痕が残っているのではないか。

 

それでも、慎重に行動しなければならない。

 

敵が隠れている可能性。

罠が張られている可能性。

 

これまでの村への襲撃からすれば、異様に過ぎる事態だ。

 

一軒一軒の家を、そして人が隠れられそうな場所を慎重に、けれど虱潰しに調査する。

 

そして村のあちこちに、大量の血痕を発見したのだ。

 

戦士団は、愕然とする。

もしや自分たちは、また間に合わなかったのか、と。

 

それでも、今までの襲撃とは様子が異なる。

生きている者はおろか、死体の一つも見当たらないのだ。

戦士団は村人を探して回った。

 

 

そして、戦士団は村はずれの墓地で真新しい墓が大量に作られているのを発見する。

 

数にして三〇以上。

 

これだけの村人が近日に死に、土の具合からおそらく今日埋葬されたのだ。

 

では自分たちは間に合わなかったのだろうか。

だから村人はいなくなってしまったのだろうか。

 

それとも、これは自分たちが追っていた「帝国の騎士の集団」によるものではないのだろうか。

 

自分たち(戦士団)に追わせるためにだろう、馬の蹄の跡なども隠してもいなかったことから、ここ(カルネ村)が追っていた「帝国の騎士」の集団の次の襲撃地であるはずなのだ。

 

それなのに、誰もいない。

 

この村から出て、他へ向かった形跡もない。

 

とにかく状況がわからない。

 

説明をしてくれる存在も、被害を受けた者も襲った者もいないのだ。

 

多くの死者を弔ったことしかわからない。

 

これが、どの様に引き起こされた事態なのか、ガゼフたち戦士団には知る術が無いのだ。

 

村の中を再度調査し、範囲を村の外、森の近辺にまで広げた。

もしかしたら、森に避難しているのではないかと考え(期待し)て。

いずれにしても、次の村を目指すには、途中で野営をしなければならない。

今日いっぱいぎりぎりまで、探すことになった。

 

どうしてもとなれば、明日次の村へ向かう者と残る者に分かれることも考える。

戦力の分散は悪手だが、既知の敵と未知の敵、双方を警戒する必要がある。

 

 

そして――

 

「だめです、戦士長。村人も襲撃者も、その痕跡も発見できません」

 

どれだけ探しても、「生きた村人」を見つけることができない。

 

今までの村で一人の生存者も見つけられなかったことが、ガゼフや戦士団が次の村へ行くことを躊躇わせていた。

 

もしかしたら、ここには救いを求めている村人が残っているのではないか、と。

 

それが都合の良い願望であることも理解しているのだ。

 

それでも、村人の墓が作られているということは、確かに生き残って、その墓を作った村人がいるはずなのだ。

 

たとえ墓を作ったのが村人以外だとしても、埋葬された数からすれば残りの村人がどこかにいるはずだ。

 

彼らがどうなったのかを確認せずに、次の村に向かうことは、この村を見捨てることになる。

 

この村を「帝国の騎士達」が襲ったなら、生き残りの保護を。

「帝国の騎士達」以外の存在がこの村を襲ったなら、その存在の確認を。

 

この村が「どうして無人なのか」を把握しなければならない。

そうでなければ、次に被害が出た時に、どのように対処して良いのかわからない。

そしてその時、どうして助けなかったのかと後悔するだろう。

 

 

 

そうして時間だけが過ぎ――

 

「戦士長!周囲に複数の人影。村を囲むような形で接近しつつあります!」

 

既に日は頂点より地平に近くなっていた。

 

 

守るべき村人はいない。

村々を襲った犯人として探していた「帝国の騎士達」もいない。

それ以外の存在、人もそれ以外も、発見できなかった。

 

今のガゼフに選択肢は二つある。

 

「逃げる」か「戦う」かである。

 

◆◆◆

 

ニグン・グリッド・ルーインは安堵した。

 

ようやく獲物に追い付くことができたからだ。

 

これまで四度取り逃がし、まったく追い付けず、引き離される一方なのではないかと危惧したが、何とか任務を果たせそうである。

 

ここまで苦労するとは、本当に風花聖典の協力が欲しかったと改めて思う。

それがかなわなかった原因である、逃亡中の元漆黒聖典の女を思い出す。

 

余計なことをしてくれたものだと憤るが、まずは目の前の任務だ。

 

この村を包囲し、ガゼフを殺す。

 

予定外なことに、戦士団の数がまるで減っておらず、数としてはこちら(陽光聖典)が不利だが、そもそも陽光聖典の本分は「殲滅」である。

 

王国戦士団といっても、ガゼフ以外の者で難度が三〇に行くかどうかの者が戦士団全体でもほんの数人。

殆どの団員の難度は、二〇かそこらだろう。

難度にして六〇ほどになるだろう自分達に遠く及ばない戦士団など、歯牙にもかける必要は無い。

 

有象無象がいくらいても、問題にはならない。

 

問題になるのは、獲物である王国戦士長ガゼフ・ストロノーフただ一人だ。

 

今回、ガゼフを殺すためだけに、ここまで手間暇をかけた。

 

それこそが、ガゼフ・ストロノーフという男に対しての評価なのだ。

 

「各員傾聴」

 

ここからが、任務の本番である。

 

 

◆◆◆

 

天使を従えた者たちによる包囲網。

 

それが段々と狭められていく。

 

見える範囲だけでも、天使を従えた者が複数人確認できる。

この数の天使を召喚できるとなれば、スレイン法国の六色聖典としか考えられない。

 

 

ガゼフは決断する。

 

ここまで用意周到に自分を追ってきた相手だ。

 

逃げるにしても、自分だけは逃がさないように策を巡らせているだろう。

そして戦うとなれば、必勝の策があればこそのこの包囲網のはずだ。

 

それでも、部下たちは逃がすことができるかもしれない。

 

村の中で戦うのは意味が無い。

数の有利も活かせない。

木造の建物など盾にもならず、火でも付けられれば遠距離の攻撃手段を持たないこちらが不利だ。

 

それに戻ってくるかもしれない村人の生活の場をなくしては、ここまで来た意味そのものが無い。

 

 

ゆえに村から離れる。

 

相手が徒歩なら、包囲網さえ突破できれば、馬で駆ける自分たちに追いつくことはできないだろう。

 

守るべき村人も不在なら、とにかくこの村から離れることが肝要だ。

 

ここは、相手が自分たちに都合が良いと判断した戦場なのだから。

 

噂のスレイン法国の六色聖典を相手にして、どこまで自分たちが生き残れるかは不明だ。

 

自分(ガゼフ)だけは絶対に確実に殺すつもりだろう。

 

それでも、足掻く。

 

「帝国の騎士たち」の消息も掴めていないのだ。

 

バハルス帝国がスレイン法国と手を組んだのか。

バハルス帝国の行動をスレイン法国が利用しているのか。

あるいはスレイン法国だけの動きなのか。

はたまた、まったく違う勢力が介入しているのかは不明だ。

 

最低最悪な想像をすれば、リ・エスティーゼ王国内の敵対派閥がスレイン法国と組んだ自演の可能性さえあるのだから。

 

だが、自分が殺されても先行している「帝国の騎士たち」が、別の村を襲わないという確証があるわけではない。

そうである以上、こんなところで殺されるわけにはいかない。

 

せめて部下たちを先に送り出さなければならない。

 

自分が足止めに残り、死ぬことになろうとも。

 

◆◆◆

 

村から離れた平原。

 

おそらく包囲しやすいと判断したのだろう。

 

ガゼフだけは逃がさないとばかりに馬という足を狙われ、取り残される。

 

それでも、戻ってくる部下に、感謝するべきか、本来救うべき村人を優先しろというべきか。

 

それでも、その覚悟に応えるべく、剣を握り――

 

 

 

 

 

「こんにちは、みなさん」

 

心と体に染み込むような声が響く。

 

その場(戦場)にいた全て。

敵も味方も関わりなく、その声の主に視線が向いた。

それはまるで、抗うことのできない絶対者からの命令として意識を持っていかれたのだ。

 

そこに居たのは、正しく「異形」。

 

人間の頭を蛙に挿げ替えたような姿。

ぎょろりとした目元には丸い眼鏡をかけている。

背には濡れたような皮膜の黒い翼が畳まれている。

畳まれてあの大きさなら、相当な大きさだ。

その腰からは布に隠れて見えないが、尻尾らしきものが生えている。

飾りでないことは、その意志を持った動きからも明らかだ。

たいそう仕立ての良さそうな、おそらく南方風の衣装をその身に纏っている。

 

「はじめまして。私はヤルダバオトと申します」

 

その声に物理的に縛られたかのように、その場にいる全員が動きを止めていた。

 

 

「みなさんには、私のお願いを聞いていただきたいのです」

 

絡めとられてしまったのは、肉体の自由だけではなく、思考もなのかもしれない。

もし「自害したまえ」と命じられたなら、躊躇うことなく己の命を刈り取るだろう。

 

◆◆◆

 

デミウルゴスはこの展開を喜んだ。

 

一人だけ残して馬で逃げてしまうかと思われた武装の纏まっていない集団が、わざわざ引き返してきてくれたからだ。

 

もちろん逃がすつもりはなく、周囲を悪魔で囲い全員を捕らえる手筈だった。

 

その手間が省けたことを喜んだのだ。

 

 

それにしても、どうみても不利な状況でわざわざたった一人を救うために戻ってくるとは、あの取り残された男はよほど貴重な存在なのか、あるいは相当の人望があるのか。

はたまた彼がいなくては、あの集団には後が無いのか。

 

いずれにしても、彼を含めて逃がすことも、死なせることもよしとしない。

 

彼らに死を与えるなら自分であるべきだろう。

 

 

 

 

 

カルネ村の人間は、全て森の奥、他の襲われた村の人間たちと合流させてある。

 

無闇に出てくる心配は無い。

 

なんといっても、あれらは貴重な現地勢力なのだ。

 

失うわけにはいかなかった。

 

自分の隠れ蓑として、そして現地の拠点として活用する予定なのだから。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

デミウルゴスは怖かった。

恐ろしかった。

 

 

抱えた頭をそのまま握り潰してしまいたくなるほどの、耐えがたい恐怖だ。

 

もちろん、そんなことはできない。

自分という存在は、命も魂も全てが至高の御方々のためにあるのだ。

自分が死ぬのは、至高の御方々を守って死ぬという栄誉か、至高の御方々の手によってその存在を終わらせる時であるべきだ。

自分という存在が至高の御方々の所有物である以上、勝手に死ぬなど許されない。

 

だからこそ――

 

自分は絶対にナザリック地下大墳墓へ帰る。

そう決めている。

 

しかし、至高の御方々はいなくなった自分をどう思うだろうか。

いや、待っていてくれるだろうか。

ナザリックの防衛を担うべき僕が、その役目を放棄しているのだ。

 

デミウルゴスは自分が至高の御方々に「創造」されたことを知っている。

 

だから、もし自分がいなくなったと知った時、至高の御方々がどうするか考えるのが怖かった。

 

自分だってこうして召喚した悪魔を使い捨てにしている。

 

ならば、至高の御方々は?

 

自分が(デミウルゴス)がいなくなったら、新しい僕を造ればいいと考えないといえるだろうか。

 

もっと良い僕を造って、自分の後釜に据えたとしたら?

 

自分が帰っても、そこに自分の居場所が無くなっていたら?

 

恐ろしいことだ。

 

考えたくもない事態だ。

 

それでも、与えられた「優秀な頭脳」は、その可能性を否定できない。

 

だからせめて、元の階層守護者の地位に戻れなくても、たとえ末席でも自分の居場所を作るために、この世界での努力は怠れない。

 

至高の御方々は「希少(レア)」と呼ばれる物を好んで集めていた。

 

「ヘルヘイム」ではなく、さらに「ユグドラシル」でさえ無いこの世界なら、至高の御方々も未だ知らない「希少(レア)」な物があるかもしれない。

 

あるいは「この世界そのもの」を献上できれば、なお良いかもしれない。

 

自分の価値を高めるのだ。

 

「さすがナザリックの僕だ」と迎え入れてもらえるように。

 

「お前などいらない」と言われないように。

 

下等な人間ですら、子供を亡くした者に「新しい子供を作ればいい」などのことを言う者がいるのだ。

 

「創造」という手段を持つ彼の方々なら、自分の替わりの新しい僕を作ることなどたやすいだろう。

 

決して自分を「不要な(いらない)存在」にしないために、早期の帰還。

そして、自分がこの世界にいたことが「至高の御方々にとって」無駄では無かったという証明をするのだ。

 

自分(NPC)には「ナザリック」しか無いのだから。

 

 

 

 

 

 




◆「竜の宝珠」

「覇剣の皇姫アルティーナ」とのクロス小説で出てきたアイテム。
「願いを叶えるチャンスを与えてくれる」アイテムで、異世界への行き来すらも可能とする。


◆デミウルゴスの知識

デミウルゴスがナザリックの別の階層について詳しすぎるかもしれませんが、特典小説「王の使者」の中でも、アインズに召喚されたデス・ナイトは、ナザリックの内部を把握していて、迷子にもならずに移動していました。
アインズが知らない場所は知りようがないようですが。

さらに、セバスも第一〇階層の待機場所から移動したことは無いでしょうが、第九、一〇階層を把握している描写がありました。
一巻でも、外に出ているということは、全ての階層の転移門(ゲート)を把握しているkとになると思います。

同様にアルベドも一巻で、玉座の間から出たことが無くても、各階層守護者の元へ迷い無く行っています。

なので、ナザリックに所属するものは生まれつきその所属場所を把握している、と考えています。

特にデミウルゴスは、ナザリックの「防衛時指令官」という設定があるので、余計に詳しく知っているとこの話ではしています。

ただし、三巻の描写から「宝物殿は除く」かと思います。


◆デミウルゴスの悪魔召喚

召喚ではなく、作成や創造の怠惰の魔将は、悪魔やアンデッドをわらわら召喚できるそうなので、一〇〇レベルで特殊技術が真価とあるデミウルゴスなら、大抵の悪魔召喚ができるのではと。
これは、独自設定にあたるかもしれません。


◆レベル十五の大量悪魔

デミウルゴスは、ナザリックでPOPする三〇レベル以下は雑魚だという思いがあったので、一〇以上レベルが離れた相手の発見のため、そして相手の油断を誘うために、十五レベル程度の弱い悪魔を召喚しました。
でも、レベルが一〇あったら、この世界では「精強」なので、過剰戦力です。


◆「小鬼将軍の角笛」のゴブリン

一三巻で憤怒の魔将の性格は、とあるので、性格が変わる訳ではないようなので、ゴブリン達の性格も画一化されていて、召喚後に変化していくのではないかと思います。
(育成?)


◆エンリの父

WEBの頃、エンリの父親が死に際に、遠見の鏡で見ていたアインズに対して話しかけるシーンで、感想返しで「特別な生まれながらの異能(タレント)は持っていない」という返信に対して、「普通のタレント持ちですね」という感想があったので。

一〇巻でも、ジルクニフが見られている気がする、と言っているので、案外「よくあるタレント」なのかもしれない。


◆エンリの母の復活

嘘は言っていないのです。
低位の復活魔法では、灰になってしまう。
高位の復活魔法は、デミウルゴスが使えない。
配下にやらせればいいけれど、「デミウルゴスには」生き返らせることはできません。
「杖」ならできますが、「村人一人」にそこまではしません。


◆デミウルゴスの召喚説明

本当なのかなんてどうでもいい、デミウルゴスの自分に都合のいいこじつけ話。


◆村長との会話

原作では「葬儀に中断されながら」とあるので、葬儀が何回かに分けて行われたのかと。
ここでは、デミウルゴスが悪魔を手伝いに貸し出したことで一回で済んでいるので、中断されずに効率よく聞き出して原作より早く終了しています。


◆三回の質問で死ぬ

陽光聖典同士での質問や、ガゼフやアインズとの会話でも質問らしきものがあったので、「精神支配中の質問で死ぬ」としています。


◆憑依

原作に憑依という能力を持つ存在は出ていませんが、フレーバーテキストに書かれている項目が現実化しているそうなので、そういう能力がある者もいるのでは、という独自設定です。


◆召喚された存在が作成

十三巻で「召喚された者は、さらに召喚できない」とありますが、「作成ができない」とはないので。
四巻で作成されたイグヴァが、骸骨戦士(スケルトン・ウオリアー)を「召喚」しているので逆もありかと。
これも独自設定にあたるかもしれません。


◆憤怒の魔将

ペストーニャなどが死者蘇生を行うには、宝石や金貨を消費するとあります。(十三巻)
しかし、「魂と引き換えの奇跡」が戦闘中に使われ、それが治癒系が基本とあるので、「魂」という対価を払っているので、宝石や金貨が不要と考えました。
WEBの感想返しでも、「使用済みの短杖に新たに魔法を込めることが可能か」という質問に「無理です。新しい物を購入してください」という返答があったので、「短杖」や「杖」は、購入代金が宝石や金貨の代わりになっているのではと考えています。


◆デミウルゴスの心境

原作のように「お前たちを愛している」という言葉も「仲間の大切な忘れ形見」という言葉ももらっていないので、「ナザリックの付属品の一部」としてしか、自分の存在の位置づけがありません。
むしろモモンガ以外がいなくなったことしか理解していないので、「捨てられる」心配の方が強い状態です。

勝手にいなくなる様な僕(NPC)に愛想を尽かせて、モモンガ(最後の御方)までいなくなったらどうしよう、と四巻で率いた兵が負けたコキュートス状態です。

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