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日向坂46ストーリー~ひらがなからはじめよう~【第十五文字】「…
2017年10月から放送されたけやき坂46の初主演ドラマ『Re:Mind』(リマインド)。「ひらがなけやき(けやき坂46)は芝居ができるチームになろう」というスタッフの励ましを素直に受け止め、真っすぐに努力した結果、けやき坂46メンバーたちは演技の面白さを知ることができた。
さらに、芝居で大切な"相手をよく見る"という意識は、その後のステージでのパフォーマンスにも生かされることになる。
このドラマの撮影期間は約2ヵ月に及んだ。そしてその間も、ライブ、番組収録などの活動は行なわれていたのだった。
2017年11月6日、福岡サンパレスホールでけやき坂46の全国ツアー福岡公演が行なわれた。
オープニングパフォーマンスではメンバーによるカラーガードを披露した。フラッグやライフルを使ってマーチングを盛り上げるカラーガードという競技は、東村芽依が中・高のときに取り組んでいたものでもあった。練習でほかのメンバーに教えることもあった東村は、この日のステージでもセンターに立って、最後は大きなライフルトスをキャッチしてパフォーマンスを締めた。
佐々木久美は、この公演からある"ゲーム"をするようになった。会場のファンの顔をひとつひとつ見回し、真顔で見ている客を見つけたらその人が笑うまで徹底的にハッピーオーラを振りまく。そして相手を笑顔にさせたら自分の勝ち――。ライブをより盛り上げるために彼女なりに考えてやっていることだったが、そこにはドラマで培った〝相手をよく見る〟という意識が確実に生かされていた。
そしてドラマの主題歌でもあった『それでも歩いてる』も、ここで初めて全メンバーによって披露された。この楽曲では、センターを務める齊藤京子に続いて11人のメンバーがそれぞれソロを取っていく。けやき坂46の楽曲において全員にソロパートがある曲はこれが初めてであり、その緊張感が彼女たちの歌唱力を鍛えることになった。
この楽曲のパフォーマンスでは、小道具として12脚の椅子が使われる。中央に置かれた誰も座っていない一脚は、メンバーが"ねるちゃんの椅子"と呼んでいるもので、長濱ねるを含む12人でつくってきたけやき坂46の歴史を表すとともに、フォーメーション移動の多いこの楽曲の振り付けの基準点にもなっている。
そして曲のラストでは、一列に並べた12脚の椅子をメンバーが次々と飛び越えていく。「生まれてから死ぬ日まで/そうさ それでも歩くこと/だから それでも歩いてる」という歌詞のとおり、今までけやき坂46が歩いてきた過去を踏まえ、次の道へ進んでいこうとする意志を示していた。
すでにこのとき、全国ツアーのファイナル公演は千葉・幕張メッセで行われるということが発表されていた。そのキャパシティは2日間で計1万4000人。これまで回ってきた3000人以下のライブハウスとは桁違いの規模だったが、チケットは先行販売の時点で多くの落選者が出るほどの売れ行きだった。これはメンバーはおろかスタッフも驚くほどの結果だった。
その最大の理由と考えられるのが「ライブビューイング」の存在だった。春から始まったこの全国ツアーでは、全国4ヵ所のライブハウスでライブビューイングと呼ばれる同時中継が行なわれていた。知名度の低かったけやき坂46にとってはチャレンジングな企画だったが、このライブビューイングを盛り上げるために毎回2名の欅坂46メンバーがライブに同行し、舞台裏レポートをするなどのバックアップも行なわれた。
この中継を通じて地方にも徐々にけやき坂46のファンが増えたと同時に、2期生加入、長濱ねるの兼任解除という激動の道を歩んできたこの数ヵ月のグループの物語が多くの観客に共有されることになった。
さらに、ファンの間では2期生たちも次の幕張のステージに立つのではないかという期待も膨らんでいた。8月に加入した2期生9人は、ここまでファンの前でパフォーマンスを行なう機会がなかったのだ。
こうしてけやき坂46は、グループ史上最大規模のワンマンライブへと向かっていった。
2017年11月6日に行われた全国ツアー福岡公演で、『それでも歩いてる』を披露するけやき坂46
お披露目の前から2期生のレッスンを指導していたダンサー/振付家のTAKAHIROは、初めて彼女たちと顔合わせをしたときのことをよく覚えている。
「よろしくお願いします!」
その声の大きさと勢いに、肌がビリビリと震えるような感覚を抱いた。欅坂46やけやき坂46の1期生とはまったく雰囲気の違う、新世代の子たちが入ってきたという印象を受けた。
その後、2期生たちは欅坂46の冠番組『欅って、書けない?』に6週にわたって出演。さらに雑誌の誌面も多く飾った。けやき坂46の1期生がグループを大きくしてきたことによって、次の世代への注目度が確実に上がっていたのだ。
その2期生を含む20人で歌う初めての全体曲『NO WAR in the future』の振り入れは、福岡公演の後に行なわれた。加入した頃の1期生にはとうてい踊れなかったような難しい振り付けにも臆さず、積極的についてくる後輩たちを見て、1期生たちは「2期の子たちすごいね」と口々に言い合った。
だが、周りからどう見えていても当の2期生たちは不安で押しつぶされそうだった。
最年少でバレエ経験者の濱岸ひよりは、この曲の中で同じくバレエ経験者の佐々木久美とシンメトリーになって、バレエの技を披露することになった。しかし初めての合同レッスンのプレッシャーで息もできないほど緊張していた濱岸は、重要なポジションに抜擢されて「私なんかでごめんなさい、ごめんなさい」と内心は萎縮しっぱなしだった。
欅坂46の曲に出会って人生が変わったというほどグループに思い入れの強かった丹生明里は、1期生とハグするシーンで極端に遠慮してしまい、この日はひと言も先輩に話しかけられなかった。
そんな彼女たちを励ましたのが同じ2期生の渡邉美穂だった。
「みんな大丈夫だよ! 1期さんは優しいから!」
『Re:Mind』の撮影にひとりだけ参加していた渡邉は、いち早く1期生たちと関係を築いていた。特に加藤史帆とは先輩後輩を超えて友達のように接することのできる仲だった。
渡邉が加藤と話すようになったきっかけは、ドラマの現場で加藤からふられたたわいもない一言だった。
「ねぇ、埼玉出身でしょ? 私も埼玉好きだよ」
その後、『欅って、書けない?』の収録で50m走をすることになった際、予選で加藤から「一緒に走ろう?」と誘ってもらった。そして渡邉に僅差で勝った加藤は、息を切らせながら「やっぱり速いねぇ」と笑った。
欅坂46/けやき坂46のメンバー38人が参加したなかで、このときのふたりのタイムは加藤が1位、渡邉が2位というものだった。そしてこのレースを境にして、ふたりの距離は一気に縮まった。
グループ一の運動神経を誇る加藤史帆は、小学5年生から中学3年生までソフトテニスに打ち込んでいた。クラスの中ではさして目立つタイプではなかったが、中学の部活では都大会常連という実力者だった。その当時は、うまい先輩の後ろにぴったりついて黙々と技を学んだり、毎日家の前でひたすら壁打ちをしていた。
後にけやき坂46に入ってからも、加藤がこうした生まじめさを見せる場面は多かった。
レッスンが始まった当初、ダンスに苦戦していた加藤に、マネジャーがなんの気なしに「レッスンはちゃんとしなよ」と言うと、加藤はこう応えた。
「はい、頑張ります。私、ちゃんと踊れるようになりたいし、ひらがなけやきをもっといいチームにしたいんです。明日は1時間早くスタジオに入って、レッスンの前に自主練してもいいですか?」
一方で、何事に対しても弱気でネガティブなところがあるのも加藤の一面だった。
初めて雑誌の撮影をしたとき、写真を撮り終わった瞬間に加藤はこらえていた涙をボロボロとこぼした。撮影中、カメラマンの後ろで話しているスタッフを見て「あのコかわいくないね」と言われているのだと勝手に思い込んでいたのだ。また、全国ツアーの大阪公演で『制服と太陽』のセンターに指名されたときも、仲のいい佐々木久美に「なんで私なんだろう、センターなんてできない」と弱音を吐き、延々泣き続けた。
加藤にとって、アイドルとして活動するということは、自分の弱い心と戦って少しでも前に進んでいくという日々そのものだった。
やがてグループに2期生が加入し、ドラマの撮影現場に渡邉美穂がひとりでやって来たとき、加藤は彼女の気持ちがよくわかる気がした。自分も中学の頃、同学年の中でひとりだけ先輩と大会に出て、寂しさとプレッシャーを感じながら必死にプレーしていた記憶があったからだ。
今まさにそんな思いを抱いている渡邉を少しでもリラックスさせてあげたくて、加藤はたわいもない話をふったのだった。
実は渡邉にも加藤と似たところがあった。小学生のときから10年間バスケに打ち込み、高校ではキャプテンとして県大会常連の部を率いていた彼女にも、確かに体育会系のストイックさがあった。しかし根は悩みがちで、人の和を優先する性格だというところが加藤と共鳴したのかもしれない。
かつて彼女たち2期生の募集が発表されたとき、スタッフから「この募集はひらがなにとっていいことしかない」と説明されても、気持ちがついていかなかった加藤。しかし、もともと乃木坂46の大ファンでアイドル好きだった彼女は、初めて2期生たちと挨拶したときにはもう気持ちが切り替わっていた。
「こんなかわいいコたちがひらがなに入ってきてくれたんだ。私たちずっと漢字(欅坂46)さんのアンダーって言われてたのに、そんなグループに入ってきてくれて本当にありがとう」
こうしていよいよけやき坂46は20人体制となり、幕張のステージを迎えるはずだった。しかしそこに至る道には、まだ大きな試練が待ち受けていたのだった。(文中敬称略)
●加藤史帆(かとう・しほ)
1998年2月2日生まれ 東京都出身 ○話し方はへにょへにょだが運動神経は抜群で、自称"最強"。けやき坂46のオリジナル曲『ハッピーオーラ』で初センターを務める。愛称は"としちゃん"
★『日向坂46ストーリー~ひらがなからはじめよう~』は毎週月曜日に2~3話ずつ更新。第19回まで全話公開予定です(期間限定公開)。