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日向坂46ストーリー~ひらがなからはじめよう~【第十五文字】「…
けやき坂46にとって初の本格的なドラマ出演作となった『Re:Mind』(リマインド)。密室を舞台にしたほぼ完全な会話劇で、本物のセリフを言う力、演技力が試されるというハードルの高い作品だった。
事前に行なわれたワークショップでは不安を感じていたメンバーも多かったが、クランクインした後はひとり、またひとりと演技の面白さに目覚めていく。
そして約2ヵ月間に及んだこのドラマの撮影期間中、演技面だけではなく人間的に大きな変化を遂げたメンバーがふたりいた。
ドラマの撮影に入ってからしばらくたったある日。リハーサル中のスタジオに監督の声が響きわたった。
「高瀬だぞ!」
そう言われた高瀬愛奈は、きょとんとした表情を浮かべていた。本来、ここで高瀬がセリフを言うはずだったが、ボーッとして忘れていたのだ。
この監督との些細なやりとりが面白かったらしく、メンバーの間ではしばらく「高瀬だぞ」という言葉がブームになった。
実はそれまで、ほかのメンバーにとって高瀬は少し近寄り難い存在だった。ドラマの設定上、高瀬と向かい合って芝居をすることも多かった高本彩花は、高瀬と気軽に話せる関係になってからこんなことを打ち明けた。
「今まで、まなふぃ(高瀬)ってすごい話しかけづらかったの。あんまり笑わないし何考えてるのかわかんなかったから。でも、実はすっごい変で面白い人なんだね」
高瀬は小学4年生から中学1年生までの間、親の仕事の都合でイギリスに住んでいたことがある。現地の学校に通う日本人は高瀬ひとりだったが、すぐに友達をつくってラクロスやテニス、数学クラブその他いくつもの部を掛け持ちするようになった。先生の話をノートに写すだけではなく、自分の手で教材を使って学ぶイギリス流の授業も楽しかった。
そしていよいよ日本に帰るというとき、高瀬は友達の前でこんな宣言をした。
「日本で有名人になってテレビに出るから、絶対見てね」
当時は夢や目標と言えるほどはっきりとは意識していなかったが、ドラマやミュージカルが好きだった高瀬は、このときすでに芸能界への憧れを抱いていた。
しかし、楽しかったイギリス時代に比べて日本の学校は面白く感じられず、中学・高校を通して仲のいい友達もほとんどできなかった。その頃から思っていたのは、「生きていく上で笑うことは別に必要ない」ということだった。周りに合わせて無理に笑うよりも、ひとりでいるほうが楽だったのだ。
高3でけやき坂46のメンバーになってからも、高瀬はほかのメンバーとなかなか打ち解けなかった。面と向かって相手の名前を呼ぶのも恥ずかしかったので、向こうから話しかけられるまではいつも黙っていた。また、写真撮影のときに笑顔をつくるのが苦手だったので、口角を上げるための矯正グッズを使ってこっそり笑い方の練習をしたりもしていた。
グループに入ってからしばらくたった頃、『W-KEYAKIZAKAの詩』という曲のMV撮影が行なわれることになった。欅坂46とけやき坂46の全メンバーが参加する初めての合同曲だったが、両グループの中で高瀬だけが学業の都合で撮影に参加できなかった。
MVはいったん公開されたものの、後に高瀬を交えて全員バージョンの再撮が行なわれることになった。そこで再びけやき坂46のメンバーが集まったとき、「よかったね」と喜んでくれるほかのメンバーに対して、高瀬はただ謝っていた。
「愛奈のせいで、ごめんね」
グループにとって大事な曲のMVを完成させることができたのは、本当によかったと思う。ただ、こうしてメンバーやスタッフに再撮の手間を取らせてしまったことが申し訳ないと思っていた。
いまだにメンバーと距離があった高瀬には、一緒に撮影ができることを素直に喜んでくれているほかのメンバーの気持ちが伝わっていなかったのだ。
そんな高瀬が実は愛すべきキャラクターだということに最初に気づいたのは、柿崎芽実だった。『Re:Mind』の現場でずっと高瀬の隣に座っていた柿崎は、勉強ができる割によくセリフを飛ばしたり、忘れ物をしたり、いつもボーッとしているような高瀬のダメなところに気づいた。そして柿崎が高瀬のことをいじり始めると、ほかのメンバーも高瀬の周りに集まってくるようになった。やがて高瀬はこの現場で一番の人気者にさえなった。
高瀬のほうもドラマの撮影を通じて何かが変わってきていた。最初はアイドルとしての恥じらいが捨てられず、思い切り泣いたり叫んだりすることができなかったが、日を追うごとに自然と体が動いて感情表現ができるようになってきた。ずっとスタジオにいると、役と自分の区別がつかなくなるという不思議なことも起こった。柿崎と最初に近づけたのは、役の上でもふたりがコンビだという設定があったからだった。
そしてドラマが終わってからしばらくたったある日、高瀬はメンバーたちからこんなことを言われた。
「まなふぃって、ドラマのときからすごい変わったよね。よく笑うようになったじゃん」
確かに自分が前とは違うことに高瀬自身も気づいていた。何より、メンバーと一緒に活動をしている時間が楽しく感じられるようになった。あの笑顔の矯正グッズは、もう使うこともなく、いつの間にかカバンの奥にしまいっぱなしになっていた。
クランクアップの日に撮った写真。なお、スピンオフ特別編『Re:Wind』には2期生も全員出演した(写真は高本彩花のブログから引用)
『Re:Mind』を通じて仕事の楽しさに気づいたもうひとりのメンバーが、高本彩花だった。
高本はもともとアイドルや芸能が特に好きなタイプではなかった。しかし高校2年生のとき、AKB48グループのメンバーが出演していたドラマ『マジすか学園』をたまたま見てハマってしまった。なかでも当時SKE48に在籍していた松井玲奈の大ファンになった。
皮肉なことに高本が好きになった直後に松井は卒業を発表したが、もう二度と見られないかもしれない松井の歌う姿に触れたくて、父親の運転する車で卒業コンサートを見に行った。それが初めて生で見たアイドルのライブだった。
この頃ちょうど結成されたのが欅坂46だった。実は高本はこの欅坂46のオーディションも受けている。「アイドルになったら松井玲奈さんに会えるかも」という単純な動機だった。
このときのオーディションには途中で落ちてしまったものの、初めて審査員の前で自己紹介をしたり歌ったりするという経験を通して、高本の中に新しい気持ちが芽生えていた。
「もし私がこのグループに入ってたら、今頃どんなことしてるんだろう。あの制服を着て一緒にテレビに出たら、どんなふうに自己紹介するのかな」
欅坂46の冠番組『欅って、書けない?』を見ながら、高本は自分がアイドルになった姿を何度も何度も想像していた。やがて番組に長濱ねるが登場し、新たにけやき坂46というグループがつくられると発表されたとき、高本はすぐにオーディションに応募したのだった。
そして数ヵ月後、けやき坂46のメンバーになって初めて長濱と会えた日、高本は涙が止まらなかった。自分も受けていた欅坂46のオーディションを最終審査直前で辞退し、結果的にけやき坂46の最初のメンバーになって自分をアイドルの世界に導いてくれた人が、今、目の前にいる。高本にとって長濱は特別以上の存在だった。
そんな高本がアイドルとしてさまざまな経験をするなかで、一番印象に残った現場が『Re:Mind』だった。クランクインする前は「お芝居ってすごく怖いんだ」と思い込み、表現することを恐れていた。最初のシーンの撮影でも、うまく声を出せずに泣いてしまった。だが、一度思い切って声を出してみると、途端に演技することが楽しくなった。
何より、現場の空気が好きになってしまった。この作品に関わっていたスタッフは皆仲が良く、メンバーに対しても決して怒らず成長を見守ってくれた。ドラマの設定上、物語の進行に合わせてひとりひとり登場人物が消えていったが、そのたびにメンバーの名前にちなんだ粘土細工をこっそりセットに忍ばせておいて、彼女たちを和ませてくれるような遊び心もあった。
そんな雰囲気のなかで、高本は裏方の仕事に強い興味を持つようになった。
「カメラの横についてるこれ、なんですか? どうやって使うんですか?」
毎日のように自分の知らないことを発見してはスタッフに聞いてみた。自分も同じように仕事をしてみたくなって、「本番灯つけまーす!」と言って電気をつける係になったり、制作や装飾の仕事を手伝わせてもらったりもした。自分の役が出番を終えてオールアップしたときは、マネジャーに「明日も現場に手伝いに行っていいですか?」と聞いて却下されたほどだった。
最初はあんなに怖がっていたドラマというものが、こんなにすてきな人々の手で作られている。そのことを知って、もの作りに対する考え方が180度変わった。
今の高本の目標は、もっと表現力を身につけて、いつかまたこのドラマのチームと仕事をすることだ。
この『Re:Mind』の主題歌には、けやき坂46の5曲目のオリジナルソング『それでも歩いてる』が使用された。
人生とは転ぶもの/膝小僧は擦りむくものなんだ/何度でも立ち上がれよ/俺はそれでも歩いてく/人生とは何なのか?/勝ち負けにどんな意味がある?/生まれてから死ぬ日まで/そうさ それでも歩くこと/だから それでも歩いてる
それまで彼女たちが歌ってきたような明るく爽やかなアイドル路線から一転して、フォークソング調で人生を歌い上げる奥深い曲だった。この楽曲のイメージに合わせ、センターには大人びた佇まいと強い歌声を持つ齊藤京子が抜擢された。それまで長濱ねる単独か、長濱と柿崎芽実のWセンター体制が敷かれていたけやき坂46で、初めてセンターが代わった瞬間だった。
そのポジション発表は、ドラマの撮影と並行してダンスの振り入れをした際にあっさり伝えられた。スタッフが「じゃあセンター、京子」と言うと、齊藤が「はい!?」とすっとんきょうな返事をしてしまい、ほかのメンバーからクスクスと笑い声が漏れた。けやき坂46らしいのどかなセンター交代だった。
また、少し前に加入したばかりの2期生9人のうち、渡邉美穂だけがこのドラマ本編の撮影に参加することになった。このために急遽行なわれた2期生内のオーディションを経て決まったことだった。
渡邉は出演が告げられたその日のうちにスタジオに向かい、そこで初めて1期生たちと顔を合わせた。ここから、2期生たちの物語も始まっていくことになる。
約2ヵ月に及んだドラマ『Re:Mind』の撮影。そのクランクアップの日、最後のシーンを見届けるためにメンバー全員が集まった。撮影がすべて終了した後、渡された花束を抱えたままひとりひとりが挨拶に立った。
子供の頃から女優になることが夢だった影山優佳は、「もっともっと大女優になって戻ってきます」と宣言した。メンバー内のまとめ役で、誰よりも長くスタジオにいた佐々木久美は「演技が初めての私たちで至らないところもたくさんあったんですけど、皆さんがほんとに優しくて楽しいドラマ撮影でした。一生の思い出です」とグループを代表して感謝の言葉を伝えた。
このとき、メンバーからスタッフに、この2ヵ月間の思いを綴ったノートが贈られた。齊藤は与えられたページ内に思いを書ききれず、別の便箋3枚にびっしり書いた手紙を監督の内片輝に手渡した。そこには、ワークショップで泣いてしまった後に「ありがとうございました」のひと言もきちんと言えなかったことを、その後もずっと後悔していたという秘められた思いも綴られていた。
内片は、当初から「ひらがなけやきは芝居ができると言われるチームになろう」と言ってメンバーたちを励ましてきた。そして彼女たちが真っすぐに努力した結果、確かにそうなれたと感じた。
また、芝居において最も大事な"相手をよく見る"という感覚を身につけてもらうため、ライブでもお客さんをよく見てほしいということも言ってきた。それは結果として、演技だけではなく彼女たちのステージ上のパフォーマンスもレベルアップさせることになる。
こうしてけやき坂46にさまざまな成果をもたらしたドラマ『Re:Mind』は、メンバーたちの心の中に宝物のような思い出を残し、幕を閉じた。(文中敬称略)
●高瀬愛奈(たかせ・まな)
1998年9月20日生まれ 大阪府出身 ○帰国子女で、英語・フランス語・ドイツ語が得意な国際派。母親を呼ぶときは"母ちゃん"。世界遺産が好き。愛称は"まなふぃ"
●高本彩花(たかもと・あやか)
1998年11月2日生まれ 神奈川県出身 ○スタイル抜群で、現在『JJ』専属モデルを務める。特技は高校の部活でやっていた弓道。においだけでメンバーを当てられるという特殊能力もある。愛称は"たけもと"
★『日向坂46ストーリー~ひらがなからはじめよう~』は毎週月曜日に2~3話ずつ更新。第19回まで全話公開予定です(期間限定公開)。