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義妹、脱毛する。そして兄に恋をする 作者:四葉夕卜/よだ
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第8話 義妹が夕食を作る


 帰宅部なのでやることがない。

 IDEA77もやめたので篤は暇な時間をどう潰すか下校中に考えた。


(漫画は集めると金がかかる。趣味を探すのも面倒だ。二年生から部活に入るのもちょっときつい。というより、いまさら部活ってなぁ……あれ? イデアがないと、やることゼロじゃん?)


 家に帰って自室に戻り、部屋着に着替える。

 ベッドに寝転んでみるもまったく眠くない。

 ぼんやりと今までプレイしてきたIDEA77のことを思い出していると、ハンターとサバイバーが自然と頭の中で動き回った。


 やはりイデアを新しいアカウントでやろうか、と思いつくも、どうにもやる気が起きない。

 ベッドから起き上がって、勉強でもしようと机に向かって教科書を開いた。

 三十分ほど数学の復習をしていると、玄関から音がした。


(初美、帰ってきたな)


 篤と同じく、初美も帰宅部だ。

 人気者の義妹は文化系、体育系、両方から入部要請が殺到している。文化系は初美の頭脳を求めて。体育系はマネージャー要因として。マスクを年中つけているのにえらい人気だった。

 ただ、本人にやるつもりはないらしい。それもよく考えれば当然のことで、脱毛しないで部活動に勤しんでいたら、帰宅時間には体毛が伸びてしまう。


 あれだけ脱毛バレで泣きじゃくっていたのだ。

 本人としては絶対に知られたくないだろう。


(初美はコンプレックスのせいか他人と距離があるしな)


 自分が言えた義理でないとわかってはいる。

 それでも、最近初美と少しずつ話しをするようになって、何となく義妹の本質というか、考えていることがおぼろげながらわかってきていた。


(まあほんのちょっとだけど)


 自分たちは家族であって、時間はたくさんある。

 篤は義妹の秘密を知ったからには力になりたいと思っていた。


(少しずつでいいから、家族らしくなりたい)


 初美が帰ってきてから二時間ほど経った。

 時計を見ると六時になっている。

 今日の夕飯は自分の当番だったと思い出して、勉強を切り上げて一階のリビングに降りた。適当にチャーハンでも作ればいいか、と少ない手持ちレシピを思い浮かべていると、エプロン姿の初美がキッチンで料理を作っていた。


(お……おおっ)


 驚くべきは初美の髪型だ。

 長い髪を後ろで一纏めにして下ろしている。白い首筋がまぶしく見えた。


「今日、俺の当番じゃなかったっけ?」


 動揺を悟られないように、なるべく平淡な声で彼女に尋ねる。

 義妹は絶対に料理をしている姿を篤に見せようとしなかった。おそらく、髪を束ねると首筋が見えるからだ。万が一、剃り残しがあったらとてつもなく恥ずかしい。秘密を知った今だからこそ、初美が料理姿を見せなかった理由がわかる。


 あまり見ないほうがいい。そう思う。

 だが、しかし、どうにもエプロン姿で料理をしている義妹から目を離せない。

 ありていに言えば、美しいのだ。

 彼女の存在が美術品のように可憐であり、動きも品があって洗練されている。マスクをしていてもまったく気にならない。


「聞いてるか?」


 そんな思いをお首にも出さず、再度、篤が尋ねた。

 手際よく包丁で食材を切っている初美はようやく手を止め、横目で篤を見た。


「聞こえてます。今日は篤さんの当番でしたね。そうですね」

「……なんで怒ってるんだ?」

「別に、怒ってなんかいません」


 つんとした態度で料理を再開する初美。

 これで怒っていないとすると、拗ねているようにしか見えない。


「あー、言ってくれないとわからないんだけど」


 頭をかきつつ、篤がキッチンの冷蔵庫に身体を預けた。

 初美は返事をせず、コンロにセットされている蒸し器へ丁寧に具材を入れて、蓋を閉じた。鶏肉とキャベツなどの野菜だ。夕飯はさっぱりした蒸し料理らしい。


 初美の姿を見て返答を待っていると、コンロに火をつけた初美がタオルで手を拭いて向き直った。

 じいっと大きな瞳で篤を見つめ、眉間にはしわが寄っていく。


(この間からそうだけど、それ、やめてくれ)


 義妹の蠱惑的な目で動揺しないように大きく息を吐いた。

 初美は義兄が呆れていると思ったらしい。

 ちょっと顔を赤くし、白魚のような指を握りしめた。


「今日から私がご飯を作ります」

「ええっ?」


 いきなりの提案に声が大きくなった。

 あれだけ当番制を主張していた初美の言葉に耳を疑った。


「今日から、私が、ご飯を作ります」


 義妹の決意は固いのか、一語ずつ区切って、はっきりと聞こえるように言う。


「なんで?」

「篤さんの作る料理は大ざっぱすぎます。メニューもチャーハンとカレーライスと焼き肉しかありません。これでは栄養がかたよってしまいます」

「あ、だからか」


 自分の当番の日、義妹の食器が増える謎が解明された。

 篤の作った料理を自室に運んで食べる初美の皿が、なぜか増える。おそらく篤が風呂に入っているときにでも、こっそりキッチンで何か作って食べていたに違いない。食器を洗うのも当番の担当だ。疑問に思いつつも今の今まで増えた食器を黙って洗っていた。


「そうです」


 初美も篤の言わんとしていることを理解したらしい。

 エプロンを装着した姿で両手を腰に当て、胸を張った。男子高校生を悩ませる大きな胸のせいでエプロンの形が変わる。


「ですので、今後は私が毎日ご飯を作ります。高校二年生で成長期ということを考えると、栄養のかたよりは今後の人生に大きく影響してきます」


(それ以上成長してもなぁ……)

 初美の胸を見ないように手を振った。


「不公平だろ? 初美だけ負担が大きくなる」

「かまいません。それに……あれなんです……」


 さっきまでの勢いはどこへいったのか、急に言葉が尻すぼみになった。

 篤が眉をひそめると、初美は言いづらそうに両手の指を絡めた。


「今後はですね………ムダ毛を処理していた……その……時間がなくなるので……」

「あ……ああ……そゆこと…………ね」


 デリケートな話題に気の利いた言葉が思い浮かばず、義妹が風呂場で毛を剃っているシーンを思い浮かべてしまう。初美はとにかく風呂が長い。今思えば処理の時間も含まれていたと納得する。


 首を軽く振り、思いついた疑問を口に出した。


「ひょっとして、俺が脱毛資金を出したことを気にしているのか? あれなら何回も言ったけど気にする必要ないぞ。俺個人の気持ちで売って、たまたま入ったお金だ」

「…………」


 初美は無言でうつむいた。

 コンロにかけた蒸し器から湯気が上がっている。


「もしそういう気持ちから料理をするなら初美の提案はなしだ。当番制にしよう。あと、今後は俺もこういったことは言わないから安心してくれ。家族が困ってるなら当然の行動だしな」

「違いますっ」


 パッと初美が顔を上げた。

 大きな声を出した義妹に、篤は「お、おう?」とうなずく。

 義妹は数秒前の言葉がお気に召さなかったのか、ひどく不機嫌になっていた。眉がハの字だ。


「私がやりたいだけなのでかまいませんよね? 篤さんのレパートリーには辟易していたところなんです。これは別に篤さんのためではなくて自分のためです」

「レパートリーが少ないのは謝るけどさ……毎日はさすがに悪いだろ」

「いいんです、かまいません」

「そしたら俺の当番のときは、自分の分だけ作ってくれればいいよ。俺は俺で勝手に食べるから」

「それこそ無駄というものです。一人より二人分作ったほうが安上がりなんですよ?」

「まあ……そりゃそうだ」

「でしょう?」


 初美は栄養がかたよることを気にしている。

 しかも自分の当番の日には気をつかわせてしまっていた。

 強気な義妹を見ると、じいっとこぼれそうな瞳でこちらを見てくる。引く気はなさそうだ。


(料理を覚えるか? でも確実に才能がないんだよな……。覚えたところで初美にダメ出しをくらうのが落ちか)


 篤は自分の料理の腕前にうんざりし、どうしたものかと思案した。


「そしたら食材は俺が買ってくる。食器を洗うのも俺がやる。片付けもやる」


 自分で言いながら家事ができないダメな旦那の発言に思えてくる。

 初美は篤の言葉を聞いてじっくり考えると、疑わしい目線を向けてきた。


「食材、買ってこれますか? 篤さん、適当ですよね?」

「言われたもんぐらい買えるって」

「信用なりませんね。この前だって鮭を頼んだのにサーモンのお刺身を買ってきたじゃないですか」

「……そんなこともあったな」


 ごく稀にあった、初美の買い物依頼だ。

 風呂に入る前、半径五メートル以内に近づくなと伝えるついでに、明日の帰りにアレとコレを買ってきてください、とお願いしてくることがあった。年に数えるぐらいしかなかったが。


「教えてくれれば大丈夫だ」


 開き直って志願した。

 初美は義兄の言ったことに目をぱちくりさせ、さらに何度かまばたきをすると、うつむいてしまった。


「……」

「え? なんか変なこと言った?」

「…………ぃぇ」

「どうした?」

「…………わかりました。じゃあ明日、一緒にお買い物に行きましょう」

「はいっ?」


 義妹の考えていることがまったく理解できない。

 一緒に登校するのは絶対にいや、学校での挨拶なし、半径一メートル以内への接近禁止、そんな防御力最大の義妹が、一緒に買い物に行く。いま、そう言ったらしい。


 信じられずに聞き返した。


「一緒にって……俺と、初美が?」


 初美は顔を上げてこれでもかと眉間にしわを寄せ、上目遣いに睨んできた。

 怖いというよりも、色んな意味でいけないことをしている気持ちになる。余計に訳がわからなくなり、篤は怪訝な表情で義妹を見つめた。


「なんです? 私と一緒に行くのがいやなんですか」

「いや、別にやじゃないけど」

「ならいいですね。明日の放課後、スーパーに行きます。覚えると言ったのは篤さんですよ。絶対にサボらないでくださいね」


 篤はため息をついた。


「……わかったよ」


(初美と買い物とか何話せばいいんだよ)


 よくわからないポイントで強引さを発揮してくる初美に、篤はうなずくしかなかった。




本領を発揮してくる義妹(;・`ω・´)クッ

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