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義妹、脱毛する。そして兄に恋をする 作者:四葉夕卜/よだ
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第7話 義妹からメールがきた


 篤は市内の都立高校に通っている。

 学力は地区で上から二番目。有名大学への推薦枠も多い。

 父と義母の提案から初美も同じ都立高校を受験して合格した。


 初美としては篤の存在に頓着はなく、家から近くて金銭的に負担がかからないため公立にしたらしい。初美が紗理奈とそんな話をしているのを聞いたことがあった。


(あの人がどこに通うか興味はありません、とか言ってたもんなぁ)


 軽いため息をもらし、早歩きで学校に向かう。

 始業より早めに教室にたどり着くことができた。

 篤は教室のドアを開けて、自席についた。


「おはよ。風邪だいじょぶなん?」


 一年から同じクラスだった田中亀治郎が席につくなり聞いてきた。

 カメと皆には呼ばれており、実家が煎餅屋にもかかわらずワックスで髪を立ててシャツをはだけさせている、ずいぶんとチャラい見た目の男だ。人当たりがよく誰とでも話すため、一年のときはクラスのパイプ役になっていた。顔もいい。十人に聞いたら九人がイケメンと言うだろう。

 カメは、始業式しか出ていない篤を心配してくれているようだ。


「大丈夫。もう治った」


 カメに返事をして、前方の席に座る義妹の後ろ姿を見た。

 二年生で意図せずして同じクラスになった初美も、心配した友人に囲まれている。

 義妹は抜群のプロポーションと絶対にマスクを外さないミステリアスさから、校内の有名人だ。その上、成績もよくて面倒見もいい。人が集まってくるのは自然の摂理というものだろう。


「でさ、篤がイデアをやめたって専用スレが大騒ぎになってるぞ」


 カメが抗議に近い声を上げた。


「だろうな」

「だろうな、じゃなくて。どうしてやめたんだよ?」


 流行に敏いカメは当然IDEA77をプレイしており、篤がトッププレイヤーだと知って尊敬の念を抱いている。何度も篤にマッチングをお願いして、宝箱の回収を手伝ってもらっていた。

 感謝もあり、同じプレイヤーとしての羨望もあり、カメは声が大きくなった。


「チームメイトの時雨九九さんとか、ぽいんさんとか、ようつべで嘆きの声を上げてるぜ?」


 カメは見た目こそチャラいがハートは熱いやつだ。

 大会は五人でチームを組んで出場する。篤は二年前から組んでいるユーチューバーの二人と他のチームメイト二人には、イデアをやめた理由をメールで送っている。それでも、篤のプレイスキルが惜しいのだろう。大会も近いため嘆きの声を上げるのは無理もなかった。

 カメの真剣な表情に、篤は静かにうなずいた。


「理由は単純でさ…………妙子だよ」

「え? 妙子? ハンターの妙子が使えなくなったから? それが理由? まじで?」


 カメは狐につままれたような顔をした。

 そんな顔も魅力的に見えるから、イケメンは得だなと思う。


「篤ってハンターは妙子をメインにしてたけどさ、別に妙子だけ使ってたわけじゃないじゃん。どゆこと??」

「話してなかったけど、ハンター妙子は俺にとって特別だったんだ」

「やめちまうほど思い入れがあったのか?」

「まあ、そうだな」


 カメとやり取りをしていたら、無性に妙子に会いたくなり、スマホに手が伸びそうになった。

 だが、アプリを立ち上げても妙子はいないし、そもそもアカウントが消滅している。

 伸ばしかけた手を引っ込めて、その代わりに腕を組んだ。


「まじかよ。篤がそんな顔するなんてよっぽどだな」

「え? 俺、そんな変な顔してる?」

「世界を救う魔法書を崖から落としたー、みたいな顔してたぞ」


 カメは流行ものには何でも手を出す。人気のラノベから引用した、らしい。内容は知らない。


「それって結構思いつめた顔だよな?」


(ショックだったもんなぁ。仕方ないか)


 篤は自分の顔をなでながら、気にしないでくれ、とカメに伝える。

 始業のベルが鳴り、ホームルームのため担任の教師が教室に入ってきた。


「あとで詳しくな」

「わかったよ」


 前を向いたカメの後ろ姿へ声をかける。

 すると、こちらを横目で見ていた義妹と目があった。

 ふいっ、とそらされるのはいつものことだ、気にしない。


      ◯


 昼休みになってカメに昼食を誘われた。


「学食行くだろ?」


 カップラーメン持参を知っているカメが当然のように言った。


「いや、弁当を持ってきた」

「レアだな」


 鞄から出した青い巾着袋を見て、カメが両目を開いた。


「自分で作ったのか? あ、まさかおまえ彼女できたとか言うなよ」

「言わねーよ」


 篤が笑いながら返答する。


「妹だよ、妹」

「ああ、妹が作ってくれたのな。じゃあ購買で買ってくるわ。なんか買ってきてやろうか?」

「コーヒー牛乳」

「了解」


 カメが財布を持って調子よく返事をし、教室から出て行った。

 が、動画の逆再生三倍速みたいな素早い動きで篤の席に戻ってきた。


「――ちょっと待て。おまえ妹ってまさか……鉄壁の初美ちゃんだよな? あの初美ちゃんがおまえに弁当を作ってくれたのか?」


 カメが前方の席に集まっている女子グループを肩越しに何度か見て、小声で叫ぶという器用なことをする。とりあえず顔が近い。


「俺にあいつ以外の妹はいない」


 暑苦しいカメを押しのけて、篤は巾着袋を開けた。

 カメが昼食を買ってくるまで待つつもりではあるが、先にどんな弁当か見ておきたいのだ。なんせ、あの、防御力最大の義妹が作ってくれた、奇跡の弁当だ。中身が気にならないはずがない。


「絶対にマスクを取らず素肌を見せない。男たちは妄想を膨らませ、何人もが告白して撃沈した……。そんな鉄壁城塞初美ちゃんの……ベントゥー……」


 不穏な二つ名で義妹が呼ばれていることに特に反応はしない。

 校内での正当な評価だからだ。


 初美は学校の誰にも素顔を見せていない。

 体育は見学、昼ご飯は別室で、いかなるときもマスクを外さない。

 義母紗理奈の口利きで学校公認だ。


 篤ですら初美の素顔を見たのは一度だけ。しかも顔合わせをした二年前のことなのでほとんど覚えていない。それも数秒だけ。めちゃくちゃ綺麗で可愛かった、という評価だけが脳内に残っている。


 ――素顔を見せない、黒髪、お淑やか、スタイル抜群な優等生女子。


 そんな要素すべてが男たちの想像力に火をつけるらしく、告白する者が後を絶たない。にべもなくばっさり断っているとカメからは聞いたことがあり、そのガードの硬さから鉄壁、城塞、などと初美は呼ばれている。


 ちなみに、兄である篤はまったく目立っていない。白石篤くん? ああ、初美ちゃんの家族なんだっけ、と存在感薄く言われるだけで、本人も見た目に頓着していないため髪型は適当。篤は母が他界してからポーカーフェイスがうまくなり、感情を前面に出さないため、つまらない人間と思われることが多いのだ。


 深く付き合うと気に入られる傾向にあるが、別に篤としては特定の友人がいればあとはどうでもいいので、改善しようとも思っていない。また、IDEA77のコミュニティがある点も、篤の心持ちに大きな影響を及ぼしている。どこか世捨て人のような雰囲気が篤にはあった。


 そんな篤は、「ベントゥー」とつぶやいているうるさいカメの声を聞きつつ、巾着袋から弁当箱を取り出した。

 あまり使っていない自分用の弁当箱だ。

 ゆっくりと、しかし確実にベントゥー……もとい弁当の蓋を開ける。


「おお」

「おおっ!」


 篤とカメは同時に声を上げた。


 卵焼き、アスパラのベーコン巻き、プチトマト、ひじきの煮物、ほうれん草のおひたし、鮭の切り身、ミートボール、ニンジンの甘煮。その横で純白の白米がキラキラと輝いていた。栄養に気を配っているとひと目でわかる弁当だった。


「すげえっ。すげえよっ。おいら、感動したっスよ」


 カメが錯乱してよくわからないキャラになっている。

 どうせあの初美の弁当だから中身は海苔弁レベルだろ、と高をくくっていた篤は、あまりの豪華さに一瞬意識が飛んだ。


 弁当から家族に対する愛を感じる。

 少しばかり泣けてきて、義妹のいる女子グループへと視線を向けた。


 すると、初美とばっちり目があった。


 義妹はあわてて目をそらし、スマホをポケットから出して何か操作する。

 数秒して篤のスマホが揺れ、トップ画面に『メッセージあり:白石初美』という文字が見えた。

 弁当の輝きに浄化されてしまうナリ、とか言っているアホな友人は無視してスマホのロックを解除し、メッセージアプリを立ち上げた。


『他の人に食べさせないでください』


 なるほど。義妹は味に自信がないようだ。

 家族の自分なら、どんな味でも許してくれると思っているらしい。

 そう篤は解釈して、『了解。美味そうな弁当でびっくりした。ありがとな』と返信する。

 すぐに返事がきた。


『残したら許しません』


 気の強い義妹らしいコメントだ。


『もちろん』


 そう返信して、篤はまだ何かふざけているカメの肩を叩いて、購買で弁当を買ってくるように言った。

 カメが戻ってきて、パンとおにぎりをかじりながら、物欲しそうに初美お手製の弁当へ目を向ける。


「やらんぞ? 初美に誰にも食べさせるなと言われてるんだ」

「先輩、自分卵焼きがいいっス」

「誰が誰の先輩だよ」


 苦笑して、弁当を魔の手から遠ざけた。


「味に自信がないみたいでな、身内にしか食べさせたくないんだよ。わるいな」

「そんな初美ちゃんがいじらしいっ」カメが身悶えた。「で、お味のほうは?」

「美味い。まじで美味い」


 大事なことなので二回言った。

 初めて食べた初美の弁当はどのおかずも美味かった。


『美味かった』


 食べ終わってメッセージを送ると、数秒でスマホが揺れた。


『それは何よりです』

『おかず、ぜんぶ美味かった』


 満腹のせいか語彙力が小学生並になっている。

 返事がない。まあ、メッセージのやりとりなんてこんなものだ。

 次は分けてくれよと駄々をこねているカメに「うるさいぞ」と言いながら、弁当箱を巾着袋にしまった。


 ふと初美の席へ視線を送る。

 別室での食事を済ませてきたのか、紙パックのりんごジュースを吸っている。

 初美は背を向けていて美しい黒髪しか見えない。


 しばらくカメと雑談しているとスマホが震えた。

 メッセージの差出人は初美だ。画面ロックを解除して確認する。


『そうですか』


 淡白なメッセージに篤は苦笑する。

 だが、すぐに次のメッセージが届いた。


 スタンプだ。

 つぶれた猫のようなゆるキャラがおにぎりを食べている。


(何これ?)


 スタンプを送った義妹に驚き、背中を見てしまう。


(どゆこと? 基本短文しか送らないのに……いきなりスタンプ?)


 後ろ姿からは義妹が何を考えているのかわからない。

 篤はスタンプを送信するべきかと手持ちの画像を表示させるも、スタンプを使ったことがないと思い出した。使っていないイデアの専用スタンプがずらりと並んでいる。


 義妹の謎スタンプへの返信はハードルが高い。何を送ればいいのかわからない。


(つぶれた猫に何返すのが正解だよ)


 カメに肩を叩かれるまで、スマホにジト目を送り続けた。



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