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初単独イベント「ひらがなおもてなし会」以降、数ヵ月にわたってほとんど活躍の場がなかったけやき坂46。自分たちの未来に光を見いだせなかったメンバーたちは、グループ解散の危機をも感じていた。
そんななか、Zepp Tokyoでの初単独ライブの開催が決定する。日程は2017年3月21日、22日の2日間。けやき坂46だけのステージは、「おもてなし会」から数えて実に5ヵ月ぶりのものだった。
メンバーの中には、井口眞緒と潮紗理菜のように独自の秘密特訓を行ないライブに備える者もいた。しかしこの時期、グループはいくつもの不安を抱えていたのだった。
「私はパフォーマンスをもっと頑張りたい!」
柿崎芽実は目に涙を浮かべながら訴えた。ライブに向けてのリハーサル期間中、スタッフも含めて行なわれた話し合いの場での出来事だった。
この頃、メンバーによって活動やライブに対する姿勢の違いが見えるようになっていた。
「アイドルは歌やダンスよりも、まず自分をかわいく見せることが重要なんじゃない?」
一部のメンバーが持っていたそんな考えに柿崎ははっきりと反論したのだ。ライブの演出家からも「ショーとして成立させるためには自分がかわいいだけじゃダメで、メンバー同士の助け合いが必要だ」と言われていた。
結局、改めてメンバーだけで行った話し合いの場で、個人プレーではなくチームとしてパフォーマンスを頑張ろうという結論に落ち着いた。ただ、大まかな方向性は確認し合ったものの、ではライブをショーとして成立させるためには具体的に何をすればいいのか、まだ経験の浅い彼女たちには見えていなかった。
また、初単独ライブにして11曲もの楽曲の披露が予定されていたこともあり、体力面での不安も残していた。小学生の頃から何度もマラソン大会で優勝し、中学の部活でも毎年のように全国大会に出場していた東村芽依でさえ、通しでリハーサルを行なったときは「しんどい、もう無理かも」と思ったほどだった。
そしてその不安は的中した。
ライブ当日、筋肉痛と疲労感を残したままステージに立ったメンバーたちは、自分の体が思うように動かないことに愕然とした。過去にダンスの経験があり、グループのパフォーマンスの軸にもなっていた佐々木美玲でさえ、本番のステージの上で気持ちばかりを焦らせていた。
「これ、ヤバい。このままだと全然力を出しきれないままライブが終わっちゃう」
長濱ねるもほとんどパニックに陥っていた。欅坂46も兼任していた彼女は、この時期、グループの2作目の主演ドラマ『残酷な観客達』の撮影に入っていた。そのため単独ライブのダンスの振り入れはすべて個別レッスンでカバーするしかなく、ほかのメンバーと初めてリハーサルを行なったのは本番当日のみ。自分の立ち位置をなんとか間違えないように、という意識だけで頭の中がいっぱいだった。
ライブに対する経験値の少なさやスケジュール面での苦労。それらが重なって、メンバーたちはステージを楽しむどころではなくなってしまっていた。
この初単独ライブでは、欅坂46の4thシングル『不協和音』にカップリングとして収録されているけやき坂46の3曲目のオリジナル曲『僕たちは付き合っている』も初披露された。
僕たちは付き合っていると叫びたくなる/このままずっと秘密にできない/友達にも気づかれないようにするなんて/馬鹿馬鹿しいと思うから/ちゃんとオープンにしようよ
恋愛が始まった頃の胸のときめき、若者の輝くような生命感が詰め込まれた一曲だった。前作の『誰よりも高く跳べ!』が観客を熱狂させる激しさを持つなら、こちらは自然とほほえませるような温かみがあり、これもまたけやき坂46のライブにおけるキーのひとつになりそうな曲だった。
さらに、このライブ中に全国のZeppを巡るツアーの開催が告知された。次の会場のZepp Namba(大阪)では、チャレンジ企画としてタップダンスに挑戦することも発表された。これらのサプライズにファンは沸き立った。
ただ、前述のようにさまざまな不安を抱えたままステージに立ったメンバーたちは、客席のほうを見る余裕もなく、セットリストどおりにライブを進めることで精いっぱいだった。特にぶっつけ本番でやったMCのできには、ライブ後、演出家からも厳しい意見が飛んだ。
「MCはライブを盛り上げていくための"階段"なのに、その役目を果たしていない。ほかのメンバーが話しているときも、みんな自分が何をしゃべろうか考えてるから、全然話を聞いていない。こんなことじゃお客さんと一体になれないよ」
このときまで、メンバーはただその場で思いついたことをしゃべるのがMCだと思っていた。しかし、MCとはライブの中で大きな区切りの役目を果たし、次の曲に向けて会場の空気をつくっていく重要なものだった。
ライブ後、何度も話し合いをするなかで、メンバーたちは徐々にそうした自分たちに足りないものに気づいていった。MCに限らず、客席の反応をよく見て会場の熱を上げるためにパフォーマンスをすることこそが、「ショーとして成立させること」であり、「観客と一体になること」だということを初めて理解した。
このときから、けやき坂46というチームの目指すものがはっきりした。
「お客さんを巻き込んで、一緒に盛り上がる」
初めての単独ライブでの失敗を経て、やっと自分たちのやるべきことが明確になったのだった。
あとは体力をつけ、本番までにできる準備をしっかりすることだった。Zepp Tokyo公演では満足にリハーサル時間が取れなかった長濱ねるも、次のZepp Namba公演に備えて早々にマネジャーにスケジュール調整を直訴した。
今初めて、けやき坂46の12人のメンバーの気持ちがひとつの方向に収斂されようとしていた。だが、この直後にグループ最大の事件が起こってしまう。
初単独ライブ「けやき坂46 1stワンマンライブ」のステージに立つ、けやき坂46のメンバーたち
1stワンマンライブから約半月後の2017年4月6日。代々木第一体育館で「欅坂46 デビュー1周年記念ライブ」が行なわれた。前年のちょうど同じ日、『サイレントマジョリティー』でメジャーデビューを飾った欅坂46が、その後1年間で出したシングルの収録曲をすべて披露するという大規模なライブだった。カップリング曲を歌うけやき坂46も、曲数は少ないながら参加することになっていた。
この日、高瀬愛奈は本番前のリハーサルのときから不調を感じていた。なぜか目の前のことに集中できず、振り付けや立ち位置もなかなか頭に入ってこない。今ふり返ると、この後何かが起こるという予感がすでにあったのかもしれない。
本番前、けやき坂46のメンバーは楽屋で待機する時間も多かった。その待機中、メンバーたちは全員で楽屋を出て広めのスペースに移動した。トロッコに乗って歌う演出の段取りを自主的に確認するためだった。
「ここってどうするんだっけ?」
「そこはあっちに行って、こう!」
なぜかみんながイライラして、空気が悪かった。
そんななか、東村芽依はふと脇に置いてあった小さなモニターに目をやった。スタッフが会場内の様子を確認するためのモニターだろう。画面上にはステージでリハーサルを行なう欅坂46のメンバーたちが映っていた。しかし、そのリハーサルが終わると、突然、画面がVTR映像に切り替わった。
「緊急告知!」
モニターに浮かび上がった文字に目がくぎづけになった。ほかの数人のメンバーもそれに気づき、「ねぇ、ちょっとあれ......」と指さして画面に見入った。続いて、衝撃的な言葉が流れた。
「ひらがなけやき 増員決定!」
「今夏オーディション開催」
一瞬、その言葉の意味がわからなかった。メンバーの輪の中から悲鳴のような声が上がったかと思うと、誰かがすぐ目の前にあった衣装部屋に駆け込んでいった。それを見たほかのメンバーたちも次々と後に続いた。
何か恐ろしく、不吉なものから身を隠すように、メンバーたちは小さな部屋の中へ吸い込まれていった。
実はこのとき流れたVTRは、ライブ本番でサプライズ発表されるはずのものだった。本来、メンバーの目には触れさせてはならないものだったが、映像出しの確認のために流したものが手違いでこのモニターにも送られてしまったのだ。そして、よりによって楽屋で待機しているはずのけやき坂46メンバーたちが、それを見てしまった。
けやき坂46が増員する――。それはグループが今の12人のものではなくなってしまうということを意味していた。Zepp Tokyo公演をきっかけに何度も会議や反省会をしてやっと気持ちがひとつになったばかりの彼女たちにとって、それはあまりに酷な宣告だった。
狭い衣装部屋の中で身を寄せ合ったメンバーたちは、混乱し、声を上げて泣いた。外から人が入ってこれないように、内側から鍵がかけられた。
そして佐々木美玲が叫んだ。
「もうみんなで辞めよう!」
こんな理不尽な思いをさせられるなら、みんなでグループを辞めてしまおうという意味だった。これを聞いた他のメンバーも泣きじゃくりながらうなづいた。誰かが「今日のライブも出ない」と言った。
齊藤京子は、悲しさを通り越して怒っていた。
「私はなんのためにやってきたんだ!」
中学生の頃からこの世界を目指して努力を重ねてきた彼女が、今初めて投げやりな気持ちになっていた。12人で悩みながら支え合い頑張ってきたことが認められず、戦力外通告されたのだと思った。
巨大な代々木第一体育館の中の小さな一室で、少女たちの感情の嵐が吹き荒れていた。(文中敬称略)
★『日向坂46ストーリー~ひらがなからはじめよう~』は毎週月曜日に2~3話ずつ更新。第19回まで全話公開予定です(期間限定公開)。