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お披露目のステージを無事に終えた、けやき坂46。しかし、彼女たちの握手会に来てくれるファンはまだ少なく、メンバーは人のいない寂しいレーンを眺めながら握手会の時間を過ごしていた。
そんな状況のなか、朗報がもたらされる。初めての単独イベント「ひらがなおもてなし会」の開催が決定したのだ。
今までに経験したことのない長時間のレッスンと、アイドルの厳しさに直面しながらも、支え合い連帯感を強めていくメンバーたち。
そして2016年10月28日、いよいよイベント開催の日がやって来た。
東京、港区にあるライブハウス「赤坂BLITZ」。1000人のファンがオールスタンディングでひしめくなか、けやき坂46の12人がステージに姿を現した。
イベントは長濱ねるの挨拶で幕を開けた。
「本日はお越しいただきありがとうございます。メンバー一同皆さんと会えるのを楽しみにしていました。今日がけやき坂46にとって初めての単独イベントになります。最後までゆっくりと楽しんでいってください」
イベントの前半は、架空の部活の発表会を模した構成になっていた。12人のメンバーがコーラス部、ダンス部、そして司会進行を兼ねた放送部に分かれ、この半月にわたって練習してきたパフォーマンスを披露するのだ。
まず、放送部の井口眞緒が「不安しかないですが一生懸命頑張ります」と言いながらも怖いもの知らずのトークを展開し、会場を温めていく。
佐々木美玲、潮紗理菜をはじめとする6人のメンバーが所属するコーラス部は、『ひらがなけやき』や『サイレントマジョリティー』をアカペラで披露した。レッスン期間中は、メンバー間で「歌がうまくもない私たちが伴奏もなしで歌ったら、絶対シラけちゃう」などと不安を口にしていたが、いざステージで歌ってみると、3つのパートに分かれた声が美しいハーモニーを生んでライブ会場を満たした。
「人間の声は世界にひとつしかない楽器だから、もっと自信を持って自分の声を響かせてほしい」
レッスンのときに聞かされたスタッフの言葉どおり、この6人でしか生み出せない歌声のバランスを探って練習してきた成果だった。
一方、ダンス部は本番直前までかなり追い詰められていた。今までやったことのない難しい振り付けをこなしながら、ソロパートでそれぞれの特技も披露しなければならなかったのだ。その特技も、影山優佳によるサッカーボールのリフティングや、東村芽依によるマーチング用ライフルのトス&キャッチなど、ミスする可能性も十分あるものばかりだった。事実、本番前のリハでは全員が成功したことは一度もなかった。
だが、本番では誰も失敗することなくステージをやり遂げた。続く演劇部のコーナーでは12人全員が即興演劇に挑戦したが、たどたどしくはあっても大きな失敗もなく、これも無事にやり切った。
後にライブを重ねていくなかで養われていくけやき坂46の勝負強さや、ステージを前向きに楽しもうとする姿勢が、このイベントの時点で早くも発揮されていた。
だが、本当の難関は後半のライブパートだった。ここでは、けやき坂46の初めてのオリジナル曲『ひらがなけやき』に加え、欅坂46のシングル表題曲である『サイレントマジョリティー』と『世界には愛しかない』をパフォーマンスすることになっていた。
テレビの音楽番組でも何度も披露されている欅坂46の曲を歌うことは、メンバーたちにとって大きなプレッシャーだった。何より、21人の欅坂46の曲を12人のけやき坂46が歌い、成立させることはとてつもなくハードルが高いように思えた。
「漢字(欅坂46)のパロディになっちゃダメなんだ。でも、どうすればお客さんに認めてもらえるんだろう......」
すべての曲でセンターを務めることになっていた長濱ねるは、ずっとこんな不安と闘ってきた。ほかのけやき坂46メンバーたちも同じような気持ちを共有しながらレッスンに臨んでいた。12人用にフォーメーションを組み替えた『サイレントマジョリティー』は、何度練習しても欅坂46のような力強さが出ず、焦りが募った。
そんな彼女たちを助けてくれたのは、欅坂46のメンバーたちだった。レッスンの期間中、欅坂46のダンスリーダー的ポジションの齋藤冬優花らが次々とリハーサル室を訪れ、けやき坂46のメンバーにアドバイスを授けていった。
センターの平手友梨奈も仕事の合間に駆けつけ、時間ギリギリまでレッスンに付き合い、自分がステージの上でやっていることを細かく伝えてくれた。その意味で、このイベントはけやき坂46の12人だけのものではなく、欅坂46も含めた周囲の人々と一緒に作り上げてきたものだといえる。
そして迎えた本番。けやき坂46のパフォーマンスは技術的には欅坂46に及ばず、迫力に欠けていたかもしれない。だが、顔が引きつるほど必死になって踊る彼女たちの姿は観客の心を打ち、盛大な拍手が送られた。メンバーが最後の挨拶をしてステージからはけた後も、会場では観客による〝ひらがな〟コールが起こった。
終演後、バックヤードでインタビューを受けた佐々木美玲は、こんなことを言った。
「もっともっと成長していきたいです。『すごいじゃん』って思わせたい」
このとき、けやき坂46のメンバーたちは初イベントの成果に手応えを得て、目の前に開けているはずの輝かしい未来に思いをはせていた。
2016年12月24日、25日に行なわれた「欅坂46初ワンマンライブin有明コロシアム」で、『W-KEYAKIZAKAの詩』を歌う欅坂46&けやき坂46のメンバーたち
この年の11月30日に発売された欅坂46の3rdシングル『二人セゾン』に、再びけやき坂46の曲がカップリングとして収録されることになった。それがけやき坂46にとって2曲目のオリジナルソング『誰よりも高く跳べ!』だ。
前作の『ひらがなけやき』から一転、ディスコミュージック風のノリのいいサウンドに、自由と希望をたたえるすがすがしい歌詞が乗った会心の一曲だった。
さあ前に遠く跳べ!/力の限り脚を上げろ!/追いつけないくらい/大きなジャンプで!/希望の翼は/太陽が照らしてる/信じろよ You can do!/行けるはず You can do!/もう少し...
そして、この曲のダンスの振り付けには明確なテーマが設定された。
「ライブに強い振り付けにしよう」
欅坂46に比べて、けやき坂46の世間的な認知度は極端に低い。持ち曲も人数も少ない。もし欅坂46と一緒にライブを行なったら、まったくインパクトを残せないまま終わってしまうだろう。
そうならないためにも、1曲で観客を巻き込んで盛り上がれるようなダンスの力が必要だった。
そこで、この曲のダンスレッスンはユニークな方法で行なわれることになった。まず6人がパフォーマンス側となり、残りの6人はその向かいに座って観客役を務める。パフォーマンス側は観客を盛り上げるべくライブさながらに踊り、観客側はそれに合わせてコールをしながら、どんなパフォーマンスならば盛り上がれるのか観客の気持ちになって確かめるのだ。そして、サビの部分にはメンバーとファンが一緒にジャンプできるような振り付けも用意されていた。
さらに、けやき坂46のオリジナルポーズ、通称"ひらがなポーズ"もこの曲から生まれた。これは、この曲のレッスン中にメンバーが自分たちで考えたポーズだった。
今回の曲では、MVも制作されることになった。けやき坂46のメンバーにとって、MV撮影は初めての経験だ。もともと泣き虫の多いグループだが、このときの撮影でも何人ものメンバーが泣いたり落ち込んだりした。
例えば、小さい頃からバレエをやっていたこともありダンスが得意だと自負していた佐々木久美は、いざカメラの前で歌いながら踊ると頭が真っ白になってしまい、気づくと泣いていた。『ひらがなけやき』に続いて長濱ねるとWセンターを務めることになった柿崎芽実も、長濱に比べて振りが体に入っていない自分のふがいなさに腹が立ち、涙をこぼした。
一方、ダンスが苦手な井口眞緒は、タイミングがずれて怒られてもいつものことだと思って大して落ち込まなかった。しかし、MVが公開されたときに自分のヘタさを指摘する大量のコメントに触れ、すっかり傷ついてしまった。
『誰よりも高く跳べ!』という曲は、生まれた時点ではまだまだ未完成だったと言える。だが、後にこの曲はけやき坂46の代表曲として成長していくことになる。
初単独イベントで得た自信と、グループの代表曲。けやき坂46が自分たちの存在をアピールするための武器は、このときすでにそろいつつあった。
だが、現実は彼女たちに味方をしてくれなかった。「おもてなし会」以降、数ヵ月間にわたって彼女たちがスポットライトを浴びることはなかったのだ。
その間、欅坂46はNHK紅白歌合戦への初出場も決まり、ますます世間からの注目を集めていた。再び"全員選抜"を貫いた新曲『二人セゾン』も、前作から大きく売り上げを伸ばした。
片や、けやき坂46は、特に新しい仕事もなく、週末の握手会だけの日々を過ごしていた。結成した頃はメディアの取材も多かったが、この頃にはそれもずいぶん減ってしまった。
当時はまだ現役高校生で大阪に住んでいた高瀬愛奈は、自分たちのことを評して「うちらって"カップリング握手会アイドル"だよね」と言っていた。欅坂46のシングルでカップリング曲を歌わせてもらい、週末に握手会をするだけのグループ。この頃同じように高校や大学に通っていたメンバーは、けやき坂46として活動していた記憶よりも普通の学生として過ごした時間のほうがはるかに長い。
そんな自分たちの立場をいやでも認識させられるような出来事もいくつか続いた。
12月中旬に放送された音楽特番『2016 FNS歌謡祭』で、けやき坂46は乃木坂46の3期生たちと一緒に歌うことになった。この年の9月にグループに加入した3期生は、キャリアからいえばけやき坂46の後輩に当たり、まだオリジナル曲も持っていない新人だった。
この日パフォーマンスをした曲は、乃木坂46の『制服のマネキン』。長濱ねるがセンターを務め、乃木坂46の3期生たちがその脇を固めるというフォーメーションだった。
長濱以外のけやき坂46メンバーはというと、後方の照明も当たらないところで踊っていて、顔がなんとか確認できたのは長濱の後ろに見切れていた佐々木久美と加藤史帆のみ。ネットでは「長濱ねると3期生のマネキン」という視点で感想が交わされ、けやき坂46メンバーはその存在さえ忘れられたようだった。
この状況を見た欅坂46のメンバーが「ひらがな(けやき坂46)ちゃんが全然映ってなくてかわいそう」と気にかけていたと後で聞いて、柿崎芽実は「私たちなんて映らなくて当然なのに、漢字さんは優しいな」と思ったという。後日、メンバーみんなでファミレスに行った際に、加藤史帆が「うちらってこういう運命なのかもしれないね」と言ったときも、周りのメンバーは自嘲気味に笑うしかなかった。
年末には「欅坂46初ワンマンライブ in 有明コロシアム」が行なわれた。けやき坂46は自分たちの2曲に加え、欅坂46との合同曲『W-KEYAKIZAKAの詩』を歌っただけで、後はステージ袖で欅坂46の応援をしていた。
かつてAKB48の「ドラフト会議」に参加した際、この有明コロシアムのステージに立った影山優佳にとって、再びここで歌うことは運命的に思えた。しかし、ステージ上の自分たちを見る観客の顔に「このコたちは誰?」という疑問が浮かんでいるような気がしてしまい、「私たちは漢字さんの"おまけ"でライブに出してもらってるちっぽけな存在なんだな」と思った。年末の紅白も、けやき坂46のメンバーはみんな自宅のテレビで欅坂46がパフォーマンスする姿を見ていた。
もとは欅坂46の選抜メンバーになってシングルの表題曲を歌うことが目標だった齊藤京子は、どんどん開いていく欅坂46との差に「漢字とひらがなのメンバーの入れ替えはもうないんだな。うちらは完全に別グループなんだ」と気づいた。自分たちの存在意義を考えれば考えるほど、よくわからなくなった。
「うちらって、いる意味あるのかな。漢字さんだけで成り立ってるなら、ひらがなはいらないじゃん。そのうち、スタッフさんから『君たちを加入させたのは間違いでした。けやき坂46は解散します』って言われてもおかしくないな」
この時期、メンバーたちはよく集まって悩みを語り合った。自分たちが今置かれている状況はどう考えても厳しい。何かしなきゃいけない。でも、その何かできる場所さえも見つからない――。
堂々巡りの会話に、メンバーたちは心をすり減らしていった。だが、そんななかで人一倍明るく前向きに振る舞っていたのが、潮紗理菜だった。(文中敬称略)
★『日向坂46ストーリー~ひらがなからはじめよう~』は毎週月曜日に2~3話ずつ更新。第19回まで全話公開予定です(期間限定公開)。