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(四三)おっ 富士山の見えとるばい!
(孝蔵)<1914年 春>
いや~ 教員にはならん。マラソン一本でいこうて思うとる。
<教員になる道を捨て…>
オリンピックまで2年半みっちりやれば最高の状態でベルリンへ行けるばい!
<2年後のベルリンオリンピックを目指しマラソン一本で生きる覚悟を決めた我らが韋駄天。新生活を始めるにあたりまずは引っ越し先を探しています>
よし! ここに決めました。
(辛作)本当に? 狭くないかい?
ううん 男の1人暮らし…うん ここで十分たい!
あ~ こちらこそ 家賃ば…。
あ~ 払える時だけでいいよ。ばってん…。
いいって言ってんだから いいんだよ。ばってん…。
いいっつってんじゃねえか! 「ばってんばってん」 しつけえな この野郎!
すいません すいません…。(ちょう)いいの。
こっちも助かってますから。
・おかみさ~ん お願いします!
はいよ! ごめんね。
見ろよ。 近頃は 高師だけじゃなく明治や早稲田の学生もわざわざ 買いに来るんだよ。
お~。(辛作)売れちゃってんだよ金栗四三のマラソン足袋!内心 複雑だよ。
足袋は 和服で畳の上で履くもんだってのによ。
あっ… すいまっせん。
だけど まあこうして 店が繁盛してんのも金栗さん あんたのおかげだよ。
ありがとな。ちょちょ… いやいや もうおるは 走っとるだけだけん。
こちらこそ こぎゃんよか部屋…。
あっ… おまけに富士山まで。
富士山?はい。
ああ… いや あれ 箱根でしょ?
えっ?
ばっ… いやいやいや 富士山でしょう。
いやいやいや 箱根 箱根。富士山だったら 貸さねえよもったいねえ。
しかし… だいぶ 擦り切れたなあ。
はい。 東京は ともかく次のベルリンは舗装路の多かですけん衝撃の強くてかかとの痛うなるでしょうな。
当て布を増やすか。うん…。
ほかには?ほかには?
ほかには… 足首の自由に動くようコハゼば 3個減らしてくるぶしまでん長さにしてはどぎゃんでしょうか?
何!?あっ… すいまっせん!
こ こ… こぎゃんもん もう足袋ては呼べんですよね。
あっ!
試しに作ってみるよ。
ほんなこつですか?次こそは金メダル取ってもらわなくちゃなんねえからな!
ハハハ… ベルリンか~。
西洋人にまで知られたらますます忙しくなるぞ コンチクショー!
(笑い声)・(ちょう)あんた~!ちょっと 下 手伝ってよ!ああ!
忙しいな コンチクショー! ハハハハ!
あっ ありがとうございます!(辛作)ああ! 今 行くよ!
「母上 スヤ殿 何の相談もなく進路ば決めてしまったことただただ 心苦しく…。まして… 仕送りまで頂くとはまことに かたじけなく候。嘉納校長のご厚意で高師の研究科に籍ば置くことになり申した。時々 体協に顔を出すほかは日々練習に打ち込んどります」。
(可児)金回りがいい?
(野口)何か怪しい商売でもしてるんじゃねえかって…。
健脚を生かして ひったくりとか。
(可児)おいおい。 金栗君に限って そんな…。
だって 気持ち悪いです。ほぼ毎日ですよ?豚鍋 食いに行くんですよ。払いは全部 金栗さんで。
追加のお肉で~す。あっ 来た来た!
こっちも!はい ジャンジャン食え ジャンジャン。
そっちも。 食え 食え 食え。
いや~ しかし 本当にいいのかね?ごちそうになって。
ええ! いや まさか 可児先生までいらっしゃるとは思いませんでしたが。
アハハハハ…。
よし ぬしら精ばつけてな 明日も走っぞ!
お国んために~!(一同)お~!
しかし 金栗君 これ お金はどこから?
食え 食え!
「我 ガキ大将のごとく遊ぶのも私一身のためあらず。来るベルリンオリンピックで雪辱を果たし帝国のために尽くす所存です」。
おりゃ~!
♪~
「よ~うっ!」(太鼓の音)
♪~
♪~
♪~
♪~
「よ~うっ!」(拍子木の音)
(志ん生)<四三が ベルリンオリンピックを目指していた頃私はってえと…>
(女中)じゃあ何かあったら 呼んでやぁ。
(孝蔵)おっ ねえちゃん酒一本つけてくんな。
(女中)酒もけ?万ちゃん やるかい?
(万朝)やるって 孝ちゃん…そりゃ やりますけども。
(志ん生)<ドサ回りの一座をクビになり万朝って仲間と浜松辺りをうろうろしていました>
飽きた! ああ…。
旅は飽きたぜ。 俺はよ 東京 戻って円喬師匠のとこで 一から出直すぜ。
それにしても うなぎとは豪勢だね。
勝鬨亭のちいちゃんにでも借りたのかい?
いや。それじゃこの辺りに ごひいき筋か何かいて?
そんなものは いねえよ。
えっ?
万ちゃん… 持ってねえのかい?
孝ちゃんは?
アハハ… 一文もねえや。えっ じゃあ…!
は~い 待たせたよ。心配すんな ちゃんと心得てる。
おっ ねえちゃん よく見ると いい女だね。
何 言っとるんだ あんた!ハハハハハ!
ねえちゃんも飲みねえ。
♪~
おはよう。んん…。
朝ごはん 出来たに。うん…。
ゆんべは がんこ飲んだやぁ。 フフフフ。
一本 つけてくれる?
(志ん生)<もう はなから文無しですから肝が据わっちゃったんですな こりゃ。もう たんまり 朝飯かき込んでいよいよ 腹決めました>
え~ 実は… おあしがねえんです。
おい。いや あたしゃ東京の芸人でございましてねあの~ 先に出てったのが兄弟子なんでございますが。
「おうおう 支払いは 先 済ましとくからゆっくり寝てけ」ってあにさん そう言ったんですがね。
えっ どうするでぇ!?
いや~ 「どうするでぇ」となりますとえ~ そうですね…。
まあ 東京に戻りゃ 仕事はございますんでどうでしょう?
お金をお送りさせて頂くというのは?
困るに~ それじゃあ。何かかんか 置いてってくれんと。
置いてくといいましてもねこちとら あいにく着た切りすずめでございまして置いてくとなると てめえを置くしかない。
「どうです? 旦那。 ねえ あたしおあしがないように見えます?」。
「ええ かねがね 思ってました」。
「天井から雨が漏るよ」。「や~ね」。
…なんてのもございましてね。
何しやがんだ! 離しやがれ!
(志ん生)そう言やあなんとかなるもんでしょうがあっという間にお縄になって「ひいっ ひいっ」。
ここに でかい石 ぐんと載せられて「あ~!」。
<それで冷てえ牢屋に放り込まれたんだが情けなくて 眠れやしねえ>
あっ あっ! あっち行け この野郎!
(いびき)
(牢名主)んっ 何しやがんでえ! チクショー!
師匠…。
師匠~…。
うるせえな! 寝れねえよ バカ野郎!
こっちのセリフだ このハゲ!
・静かにしろ!そっちが静かにしろ コンチクショー!
♪~
(志ん生)<地獄の底みてえな所でこの世でたった一人私を認めてくれた人が死んじまったことを知ったんです>
(円喬)朝太。お前さん 今日から 三遊亭朝太だよ。明日っから来な。あ~ 車はいいからね。 手ぶらで来な。
こいつは大化けすんだからよ。
立派に育ててくんないとあたしゃ 承知しないよ!
師匠…。
師匠~…。
あっ よか天気ね~。
こりゃ 冷水浴日和ばい。
うわ~ 富士山 きれい。
アハハ。 箱根だそうですよ。
えっ? どう見ても富士…。
まっ 富士だろうが 箱根だろうが美しかことには変わりなかばってん…。
あっ おはようございま~す。あっ おはようござ…。
えっ!?
ばっ!金栗さん! あっ… シマです!
そぎゃん… ですよね?はい!
三島家の!はい!女中さんの!はい!
えっ な~し な~し な~し?
あの 実は三島家から お暇を頂きまして。
…で 今は こちらに下宿してそこのミルクホールで働きながら東京女子高等師範を目指して勉強してるんです。
そぎゃんですか。はい。あ~ たまがった~。
すいまっせん…。
大丈夫です 見慣れてるんで。天狗倶楽部で。
回想 (一同)てんてんぐ!
なら 失敬して。
えっ… あっ あっ あ~!ちょちょ… あ~!
あっ。ああ~!
(治五郎)女高師に? それはすばらしい。
ありがとうございます。こちら…。
君 スポーツは好きかね?はい。
金栗さんや弥彦お坊ちゃまのお姿を見て私も何かやりたくなって。
(弥彦)日本も いずれ西洋のように女子のスポーツが盛んになるかもしれん。
女子のスポーツ?
(弥彦)世の中が変わればな。
さすがは痛快男子。 立派。
そんな…。おじさまのおひげも立派でしてよ。
嘉納治五郎だからね ハハハ…。
気が付かず 大変失礼いたしました!まあ よい。
じゃあ 君にも見せちゃおう。えっ?
(治五郎)届いたばかりの…。
届いたばかりのオリンピックのシンボルマークだ。
シンボルマーク?
(一同)お~…。
IOC20周年を記念して会長のクーベルタン自ら考案したそうだ。
ヨーロッパ アメリカ アフリカアジア オセアニア。五大陸の結合と連帯を意味している。
アジアも入っとるとですか。うん!
君と三島君が先駆者として走った功績だよ。
(シマ)すごい。
(孝蔵)<かの有名な五輪マークが生まれた直後海のかなた サラエボで皇位継承者が凶弾に倒れました>
(射撃音)
<サラエボ事件をきっかけに欧州はイギリス フランス ロシアを中心とした連合国とドイツ オーストリアの中央同盟国に二分され瞬く間に戦乱に巻き込まれたのです>
ベルリンオリンピック参加反対論が喧伝されておるがここで我々が屈したらこの輪っかが 一つ欠けてしまうんだよ。
君の脚に懸かってるんだよ 金栗君。
はい!
へえ~。 まっ 俺には関係のねえ話か。
何 見てんだ? うん?
あ~ これか? これはな…上方で8人相手に1人でやり合った時の刀傷だ。
えらい剣幕で「や~!」なんてんで ハハ…。
えっ? バナナか…。
おめえ 芸人なんだってな。何か やってみろよ。
その前に…。
ほらよ。
お~ ハハッ犬っころみてえだな おめえは。
<腹の虫は おさまった。 さて何をやる?バナナ1本でも客は客>
面白えやつ頼むぜ。
俺は こう見えても寄席には何度も通ったことがある。
落語には うるせえんだ おめえ。
<1対1の差し向かい。 こういう客をうならせなくちゃならねえ。よし 師匠の十八番の人情噺「文七元結」をやってやろう>
「おっ 待ちねえ!」。「離して下さい 離して下さい。死ななきゃならない訳があるんでございます。どうぞ 助けると思って殺して下さい」。
「お~ そんな器用なまねはできねえよ助けたり殺したりとよ。おめえさんよ年は若えんだろ? 本当によ。命を粗末にすんじゃねえよ!コンチクショー」。
「ああっ 痛い。 な… 何するんですよ。ケガでもしたら どうするんですか?」。
「何言ってんだ この野郎。えっ? おめえ…」。
(牢名主のいびき)
「吾妻橋から飛び込んで死のうってんじゃねえか」。
(いびき)
旦那。んっ?
ハゲの旦那。えっ 誰? んっ? ハゲ 誰?
あ~ どうでした?
よかったよ よかったよ。サゲがよかったね。
まだ途中です。んっ? あっ そう。
しかし お前 よくもまあ そんな長え噺をお前 覚えて つっかえもせず大したもんだよ うん。もう一本やるよ ほら。 くれてやる。
酒屋のガキにもおんなじこと言われました。
長い噺 覚えて つっかえずに言えてた~んと稽古したんだな 偉いやぁって。
面白かったですか?面白かねえや。
面白かねえら。
(ちいちゃん)ハァ… 庄吉っつぁん。
庄吉っつぁん! 庄吉っつぁん?庄吉っつぁん!
(庄吉)何でえ ちいちゃんけ。孝ちゃんが…!
朝太が これで。
庄吉っつぁん 一緒に警察行って引き取ってくれんかいや!?
悪いけえがこっちも 今 それどころじゃねえで。
政治が…。えっ?
(庄吉)下痢と腹痛がひどくってのう。
政治 大丈夫け?
(うら)頼むに 先生。この子は生まれつき体が弱くてやぁ。
(先生)熱もあるのう。何か変わったことはないけ?
いや~ いつもどおり 朝から浜名湖で泳いで帰ってきたで。
(庄吉)浜中の大遠泳が夏にあるもんで弟は 毎年 この時分から泳ぐで。
(先生)あ~ それが原因だら。
慢性盲腸炎と大腸カタルを併発しておるに。
あ~ 痛い…。(うら)じゃ 泳ぎは?
ううん! やめさせにゃあいかんら。
何でね!? 丈夫になるために始めたんだに。
(うら)諦めるしかねえら。
田畑の家は代々 男らが体の弱い家系だで。
まーちゃん…。
まーちゃん? たばた?たばたのまーちゃんって…。
(孝蔵)<そうです!この たばたのまーちゃんこそ後の1964年 東京オリンピック招致の立て役者 田畑政治なんですがまあ この話はまだまだ先でございやす>
(政治)なかったら作るしかないじゃんね!?
あの憎たらしいクソガキが。(笑い声)
まあいいや 続けましょう。
くそ… 何がいけねえんだよ。
思い詰めちゃいけねえよ。
芸はもう一つだが おめえさんどこか こう… おかしなところがある。
どこか? どこですかい?
まあ どこかってのは分からねえけどどこかなんだよ。 あるんだよ。
ところが 噺を始めるってえと そのおかしなところはふと消えてなくなっちまうんだよ。
あっ 今だ 今だ。 そこだ そこだ。
フッ 今の方が よっぽど面白えや。ハハハハ…。
今は何もしてねえや。バナナ食ってるだけだ。
バナナ食ってるのが面白えよ おめえ。
バナナ食うみてえにやれよ。
うめえもん食う時はうまそうに食うだろ?
面白え噺をする時は面白そうにだな…。
そういう くせえことはやりたくねえ。
くせえかどうかを決めるのは客じゃねえか? うん?
こっちだよ。違うか?
じゃあ 今度は くさくやります。
おっ 来たねえ。えっ? 今度は面白え噺を…。
さっきは眠たくねえのに眠くなっちまったよ おめえ。今は もう はなから眠い。(あくび)
「あたしは 白金町のべっ甲問屋の奉公人で名を文七と申す者でございます。今し方 小梅のお屋敷で百両のお掛けを頂きましてその帰り道 スリに遭って 大事な百両をとられちまったんでございます」。
「おめえが…百両 とられちまったのかい?」。
「ええ。 ですから あたしは川に身を投げて死ぬんでございます」。
「冗談じゃねえな おい。するってえと 何かい?おめえ どうしてもその百両なきゃ死ぬってのかい?」。
「ええ。 私も死にたくはないんでございますがよんどころない訳でございましてどうか お構いなく」。
「いや こっちが構うな。 え~?ハァ… しゃあねえな~」。
「しゃあねえな」。
「面 見せろい!」。「面 見せろい!」。
「どうにもしゃあねえな… ハァ。俺は 貧乏神に取りつかれちまったい」。
「貧乏神に取りつかれちまったい」。
「おっ ここに百両ある。いいから これ 持ってけ」。
「そんな… そんな大金頂くわけにはまいりません」。
「いいから持ってけよ… 持ってけよ!。あっ? なにも怪しい金じゃねえんだよ」。
「実は うちの娘がね吉原の佐野□ってうちへ身を売ってこさえてくれたのがこの… 百両だ。怪しい金じゃねえよ。いいから持ってけ!」。
「そんな話を聞いたらなおさら頂くわけにはいきません」。
「いいから…。俺だって やりたくねえんだよ!でもよ おめえこの金がなきゃ死ぬんだろうが」。
「うちの娘はな百両なくても 生きてはいけるんだい。いいから持ってけよ!」。「頂くわけにはまいりません」。
「いいから持ってけって!」。「頂くわけには」。
持ってけ この野郎!いてっ!
(すすり泣き)
何するんだ コンチクショー…。
泣くやつがあるかい。ちゃんと勉強すんだよ。
(汽笛)じゃあな。
(すすり泣き)
「バカ!何言ってやがんだ チクショー。そんな汚いなりして 百両なんて大金持ってるわけないじゃないか!あんな大きなこと言った手前引っ込みがつかないからってこんな石なんぞ ぶつけてきやがって。チクショー! チクショー!チクショー… チクショー チクショー!チクショー…。石なんぞぶつけてきやがって… チクショー…」。
師匠… 師匠!
「もし 今のお方… 今のお方!もし!」。
♪~
あの~ すいません 看守さん。はさみ貸してもらえませんか?
「いえいえ 今日は 商売のことで伺ったのではございませんで見て頂きたい男がいるのでございます」。
「ゆんべ 吾妻橋のところで俺は おめえに百両やったな えっ?」。
「親方 その節はどうもありがとうございました」。
何やってんだ おめえは!
あっ 起きた。 ヘヘヘ…。
いや あのね 奉公人のね 文七をねもっと こう くさくやろうと思いまして。
あれ? これじゃ くさすぎます?
ヘヘヘヘ…。
「見覚えはございませんかな?」。「百両やったな」。
「ありがとうございました」。
(小円朝)ちい… ちゃん!
ああ…。あっ 違う 違う。 俺じゃない。
こいつがね 勝手に。
孝ちゃん?
ちいちゃん… じゃねえ 席亭。
宿賃 立て替えて頂きありがとうございます。
師匠。 本日より またお世話になります。
おう 頑張んな。
「寿限無 寿限無 五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末 雲来末 風来末食う寝るところに住むところ」。
(志ん生)<そんなこんなで高座に戻ることを許された私は田舎の寄席で 一から修業のやり直し>
「長助ちゃ~ん 学校行こう」。
「あら 金ちゃん迎えに来てくれたのかい?」。
(志ん生)<一方 四三はベルリンオリンピックを目指して真夏の海で猛特訓に打ち込んでいました>
大丈夫ですか?
ああ 大丈夫ばい! あっ ぬしたちも水しぶきば 上げてみんか!
これは脚 腰 腹筋の鍛錬になるばい! あ~!
ハハハ… やっぱり バカだな~。
あ~!
(スヤ)お義母さんかわいか息子さんから手紙 手紙。
(幾江)あんたが うれしかくせに。
お盆は帰ってこんかったけんいつ 帰ってくるとだろう?
「母上様 スヤ殿。 喜んで下され。四三は 世界」…。
何ね? どぎゃんしたと?…いや。
「母上様 スヤ殿。 喜んで下され」。
何ね? 読まんね。
「四三は 世界新記録ば出したとです。陸軍戸山学校グラウンドで開催された日本陸上競技大会で2時間19分30秒という驚異的な速さで優勝しました。夏の猛練習で習得した水しぶき走法が功を奏したようです」。
(スヤ)「四三殿世界新記録 おめでとうございます。今日は中秋の名月いきなりだごば こさえました。そうそうこんな雑誌の記事を見つけました。世界の速いものの中に四三さんの名前が東京電車の上に書いてありました。9位でしたよ」。
ハハハハ…。
「ところでお正月は お戻りになられますか?」。
「今月分の金子 受け取りました。いきなりだご 懐かしかです」。
「帰りたきは やまやまなれど今年は いよいよ予選の年」。
明けましておめでとう。
「一日も無駄にはできまっせん」。
「スヤも写真を送ってくれたまえ。身は遠く さすらへ人となるとても故郷の空 はるかにのぞむ」。
どぎゃん意味かね? お義母さん。
どぎゃんもこぎゃんも「自転車節」たい。
♪「□いたかばってん □われんたい」
♪「たった一目で よかばってん」
ハハッ いや お義母さん! ハハハハ…。
あの山 越えて 行ったらよか。
えっ?
ありがとうございました。
来てしもうたばい。
(孝蔵)<スヤが あの山越えてやって来たちょうどそのころ…>
(2人)あっ。すいまっせん。
(トクヨ)こちらこそ 失礼しました。
<永井道明の秘蔵っ子 二階堂トクヨが3年のイギリス留学から帰国しました>
(永井)無事でよかった。よく帰ってきた トクヨ君。
トクヨ君…。
もう大丈夫です。
まあ 座りたまえ。
え~ それでは ベルリンオリンピック…。
(武田)会長のお言葉は 最後に頂戴いたします。 まずは収支報告を。
最後? 冗談じゃない! もう4月だぞ。
オリンピック予選の時期は?種目は? 予算は?
それが最重要事項だろう。
(岸)ない袖は振れんでしょう 嘉納さん。見積もりを出して頂かないと。
あっ それでしたら ストックホルムの…。
(くしゃみ)
失礼。すみません。
ストックホルムの費用の 5…いや… まあ およそ10倍ですね。
10?(ため息)
お話にならない。 二階堂君はどう思う?
その議論には全く意味を感じないのですが。
何?
先生方は 今日の世界情勢をご存じないのでしょうか?
欧州で 今 何が起こっているのか。
知ってるよ。 IOCから報告があった。
この戦争は長続きせんから 予定どおりベルリンオリンピックは開催すると。
それは ドイツが優勢だった去年の話です。
戦況は刻一刻と変化しながら欧州全土に広がりその犠牲者は 過去最大といわれています。
はっきり申し上げます。
今 欧州は オリンピックなど開催できる状況ではない!
まして ドイツは敵国選手の身に何かあったら…。
関係ない!関係ない!?
政治とスポーツは別だ。オリンピックは平和の祭典。
4年に一度の相互理解の場なんだよ。
たとえ戦時中でも 殺し合いの最中でもスタジアムは聖域だ!
汚されてたまるか!
(治五郎)前回は金栗君一人だったが今や 多くの後輩が金栗君の背中を追いかけてる。陸上だけじゃない。 水泳やほかの競技にも有望な選手が現れオリンピックの大舞台を夢みて練習に励んでいる。
ももは 床と平行になるまで上げる。
(治五郎)その更に下 若い世代にもスポーツマンシップは受け継がれている。金栗 三島の敗北がその教訓が生かされた証拠だよ。
彼らの努力は無駄にしてはいけない!国家だろうが 戦争だろうが若者の夢を奪う権利は誰にもないんだよ!
辛作さん 辛作さん!よかです 新しか足袋。
コハゼば取ったとは大当たりでした。
もうね かかとに ピタ~ッと来るけん!
足首の締めつけられる窮屈さがのうなりました~。
うん?
誰か お客人ですか?
誰かって…。(2人)ねえ~。
(ほうきで掃く音)
ばばっ!
四三さん!
スヤさん? スヤ?
行って 何かお手伝いでもしてこいとお義母さんが。
あ~… そぎゃんね。
右も左も分からんけん市電ば乗ったり降りたりして来ました。
よか部屋ですね!
あれは 阿蘇?
富士山。あ~。
いや 箱根。フフッ。
うん?
おっ! いきなりだご!
作ってきました。
お正月も帰ってこんし食べたかろうって。
う~ん うまか!
ふだんは 外食ば しよるとですか?
うん。
播磨屋さんとこで頂くのと半々たい。
そぎゃんですか。後で ちゃんとお礼ば言わんとですね。
はい。
ああ… スヤが 部屋におる。
フフフ… おります。
帰って。
えっ?
スヤさん… いや スヤ。
俺は 今オリンピック出場ば目標に掲げて日々 頑張っとる。2年前から 一日も休まずやっとる。
はい。
妻も郷里も忘れて祖国んために走ろうて思っとる。
だけん スヤ… さん…おるの気ぃば散らさんとって。
月々の仕送り 感謝に堪えぬ。
おかげで助かっとる。
ばってん… いや だからこそここでくじけたら何もならんけん。
甘えは…堕落の入り口ばい。
スヤさん… いや スヤいや スヤさん! いや スヤ!
どっちでもよか。
すまんが… 帰ってくれ。
(ちょう)金栗さん… ねえ 金栗さん。お布団 一組しかないでしょう?
(辛作)新婚さんなんだから一組でいいって俺は言ったんだけどね。
(ちょう)駄目よ。すいまっせん!
えっ えっ あれ?おい… ちょっと おい!
あっ すいまっせん。
♪~
何か すいやせんね。
帰ります。
えっ?どうぞ 主人ば よろしゅうお願いします。
スッスッ ハッハッ スヤスヤ ハッハッ。
スヤスヤ ハッハッ スヤスヤ ハッハッ。
スヤ… あ~ 違う!
(実次)あ~。
実次!あっ あっ…。
あっち… 熱っ!
すんまっせん!まだ何も言うとらんばい。
すんません。
あんたに言うても しかたなかばってんあんたしかおらんけんあんたに言うけん よう聞いときなっせ!
お義母さん よかです もう。よかじゃなか。
嫁ば泊めんで追い返すとは何事か!
何か あんたの弟は!? 何様のつもりか!
スヤは 恥ば かいたとばい!
堕落! 堕落の入り口て呼ばれたとばい!
だ… だらく?(幾江)よかか?
韋駄天か じゃこ天か知らんばってんオリンピックの終わったら玉名から 一歩も出さんけんね!
覚悟ばしとけ!
すんまっせん。
すんまっせ~ん!(キヨメ)すんまっせん!
あの野郎…。
<そんなことは全く意に介さず四三 25歳 世界記録をマーク。選手として ピークを迎えベルリンオリンピック金メダル間違いなしと期待されていましたがその舞台であるヨーロッパでは戦争が更に激化しており…>
スッスッ ハッハッ スッスッ ハッハッ…。
早く言ってあげた方がいいのでしょうが…。
言えるかね? 君。
無理です。
私もだ。
(号砲)
(スタジアムでの拍手と歓声)
スッスッ ハッハッスッスッ ハッハッスッスッ ハッハッ。
金栗さ~ん おはようございます!
金栗さ~ん! 起きて。
おねえちゃん今日は そっとしといてやんな。
えっ?
♪~
お義母さん今から東京に行ってもよかですか?
何ね いきなり。
こん前 追い返されたばっかりたい。
<大正4年6月。ベルリンオリンピックの中止が報じられました>
オリンピックは終わりました。帰りましょう。
(清さん)俺たちの代表だろ?日本代表ってのはよ!
わっ!じゃあ おめえも見てねえで泳げばいいじゃねえかよ。
<オリンピックを失った悲しみから作り出したものこそ あの…>
駅伝!(治五郎)励まし合う仲間がいれば!
<駅伝って金メダルの代わりに生まれたんだね>
第一次世界大戦によって中止されたベルリンオリンピック。
金栗は 目標を失います。
政府が モスクワ五輪のボイコットを決断。
日本選手の参加がまたもや不可能となりました。
全日本選手権8連覇を成し遂げ金栗と同じように金メダル確実とされていた髙田裕司さん。
練習してきて… これ 出なかったら…。
何のためにやってたか…。
私は選手として 目標を奪われたわけですから本当 悲しかったですね。
将来 一生懸命 柔道 頑張ってオリンピックに出るんだ…。
(髙田)あの時に オリンピックの代表が300名近くいましたからこの300名 みんな泣きたかったんじゃないかなという気がします。ただ もし あそこでオリンピックがあって金メダル取ってまた違った生き方をしてたと思うんです。
髙田さんは 一旦 現役を退きます。
(髙田)挫折してても しかたないと。やっぱり 今度 指導という方でね生きがいを見つけてきたんで逆に 今の方が幸せかなと。
来年のオリンピックに向けてJOCの理事としても選手の強化に当たっています。