オーバーロード 拳のモモンガ   作:まがお
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主人公よりも主人公してる。


武を捨てた男

 エ・ランテル近郊の森の奥深くにある洞窟。

 その中には〈永続光(コンティニュアル・ライト)〉が付与されたランタンが至る所に置いてあり、野生の生き物ではなく人が使っている様子が見受けられる。

 ここはとある傭兵団がアジトとして使っている場所である。

 『死を撒く剣団』――基本的にリ・エスティーゼ王国がバハルス帝国と戦争をしている時のみ、傭兵として活動する荒くれ者達だ。

 普段は街道を行く人々を襲って金品を巻き上げたり、人質を取って身代金を要求するなど、かなり精力的に活動している。

 もはや傭兵より野盗がメインと言われてもおかしくない程で、立派な犯罪者集団である。

 

 

「団長、どうすんだよ。流石にこの人数じゃやってけねぇぞ」

 

「くそっ、帝国の騎士どもめ……」

 

 

 しかし、七十名以上いた団員も先の戦争でかなりの数が死んでしまった。死ぬまではいかずとも、負傷して抜けてしまったメンバーも多い。

 挙句の果てに下っ端達――獲物を誘い出す役目などを行う――も、ここはもう落ち目と判断したのか、ため込んであった金を持って逃げだしてしまった。

 

 

「今は女もいねぇし、金もねぇ。これじゃ仲間を増やすのも一苦労だ」

 

 

 現在は仲間の補充も出来ていないため、過去最高に人数が少なくなっていた。

 団員達の遊び道具――どこからか攫ってきて、この洞窟で監禁して性欲処理に使う女――も、前回捕らえた分が死んでからはそのままだ。

 今この洞窟にいるのは、団長を含めてもたったの十七人しかいない。

 

 

「しかもまた戦争に呼ばれてるんだろ? 次は流石に死んじまうって……」

 

「噂じゃ次の戦争、帝国は本気を出してくるってよ」

 

「まじかよ。団長、あれ以上はやばいって」

 

 

 周りの面々が焦りを見せる中、一人だけ落ち着いている者がいた。

 この集団の頭――団長と呼ばれた男は不敵に笑う。

 

 

「ふん、問題ねぇ。すぐに稼ぐ策はある。もちろん女もな」

 

 

 これだけ人数が減ったにもかかわらず、団長が見せるのは自信満々な態度。

 これまでに潜った修羅場は数知れず、数多の戦場から生き残ってきた事実が一種のカリスマ性を発揮していた。

 

 

「流石、団長だぜ。で、どうすんだよ?」

 

「決まってる。俺たちは今回の戦争には参加しねぇ。わざわざ負け戦に参加するのは馬鹿のやることだ。その代わり王国から奪えるだけ奪ってオサラバすんのさ。徴兵が始まれば辺境の村には若い男がいなくなる。ただの村人、しかもジジイや女、子供しかいねぇんだぞ? 少数でも十分やれるぜ」

 

 

 団長が考えたのは、徴兵で若い男がいない――抵抗する術を持たない村を襲うという、賢くも下衆な作戦だ。

 団員達はそれなら余裕だと思った。むしろ普段からやっている仕事――街道の馬車を襲う事より楽かもしれない。

 馬車で移動するような相手は護衛を雇っている事があるので、罠に嵌めて奇襲をかけたとしても多少は命がけだ。

 しかし、ロクに戦いを知らない村人が相手ならば話は別だ。

 さらに若い男もいないとなれば、数人でも余裕で村を蹂躙出来る自信があった。

 

 

「理解したな? それならさっさと人数を分けて準備するぞ」

 

「なんでわざわざ分けるんだよ?」

 

 

 何人かの団員達が首をかしげる。

 仮に五人で行ってこいと言われても、村人の相手程度なら問題はない。

 なにせここに残ったのは、幾つもの戦場を生き残った古強者ばかり。まぁ、一部例外も何人かいるが。

 しかし、固まって動いた方が仕事としては楽な事には変わらない。数は力だ。

 

 

「馬鹿か、一つ一つチマチマやってたんじゃ逃げる時間が無くなるだろうが。いくら戦争前でも国の連中に見つかる可能性はゼロじゃねぇんだ」

 

「あー、確かにな。こんなんで戦士長の部隊とかやってきたら洒落にならん」

 

「まぁ流石にそんな精鋭は来ないだろうが、冒険者に見つかるパターンもある。おら、分かったらさっさと準備しろ」

 

 

 全ての団員を納得させた後、団長は素早く二つの班の編成を考え、もう片方の班のリーダーを決めた。

 そして戦力が偏らないよう、手元に残った装備を割り振っていく。

 

 

「俺にはクロスボウをくださいよ。射撃は得意なんでね」

 

「てめぇはチキンなだけだろうが」

 

「狡猾と言ってください。それに剣もちゃんと使うつもりですよ?」

 

「上半身裸で戦うクセしてよく言うぜ」

 

 

 前回の戦争で武具を消耗していた為、団員達はまともな装備がほとんど揃っていない。

 胸当てが無い鎧を着た者。兜だけ着けて他は軽装の者。消耗した革鎧だけの者。

 見た目の統一性は皆無だ。

 戦争時と違っていささか貧弱だが、それでも村を襲うだけならお釣りがくる。

 あらかた準備を終えたところで簡易的な地図を広げ、作戦の全容を仲間達に説明し始めた。

 

 

「かさばらない物を中心に、金目の物は根こそぎ奪え。ただし、女は二、三人にしとけよ? 持ち運びに不便だからな。そっちの班はこの村を襲った後、このルートでここの村に行け。ここが最後に襲う場所で、合流地点になる。俺らの班はこっちの村を襲った後にその村へ向かう」

 

 

 団長は比較的周りに気付かれにくく、防衛能力の低そうな村をピックアップした。

 あり得ない事ではあるが、百人の村人が死に物狂いで抵抗してきた場合、いくらこちらが戦いに慣れていても限界はある。

 数の暴力とは恐ろしいものだ。こちらにも大きな被害がでる可能性がある。

 その為、出来るだけ平和ボケしてそうな――モンスターなどにも襲われた経験が少なそうな村を選んだつもりだ。

 作戦自体はかなりシンプルである。

 二手に分かれて二つの村を同時に襲い、その後もう一つの村で合流。そして、その村も襲う。

 合計三つの村から金品を強奪して、エ・ランテル近郊からどこか別の所に活動の拠点を移すのだ。

 

 

 

「国にバレる前に、全部奪ってトンズラだ。お前ら、行くぞぉぉ!!」

 

「おぉぉ!!」

 

「やったるぜぇ!!」

 

 

 出発前に雄叫びをあげ、団員達を激しく鼓舞する。

 団長を含めた七人の班と残りの十人で構成された班――『死を撒く剣団』はそれぞれ標的の村に向かって動きだした。

 

 

 

 

 『死を撒く剣団』の団長がいない方――十人で構成された班は、目的の村までたどり着いた。

 徴兵で人が減り、今現在の村の人口が百人にも満たない小さな村。

 彼らはこの村を蹂躙し、略奪の限りを尽くすべく真正面から突撃を仕掛ける。

 

 

「てめぇら、命が惜しけりゃ金目のもんを全部出しなぁ!! さっさとしねぇと――」

 

 

 団員の一人が脅し文句を叫んでいる途中、目の前に現れた人物を見て急に言葉を詰まらせた。

 

 

「この村に何の用だ?」

 

 

 ――異様に凄みのある低い声。

 団員達の前に立ちはだかったのは、一見地味な服装をした大男。

 しかし、どう見ても只者ではない風格を漂わせていた。

 一切の弱さを感じさせないスキンヘッドで、その瞳には力強く鋭い眼光が宿っている。

 体は服がはち切れんばかりの筋肉に覆われ、肌が露出した部分からはタトゥーが見え隠れしていた。

 犯罪組織のボスだと言われたら、素直に納得する。傭兵団にだってここまで厳つい奴は中々いない。

 

 

「もう一度聞くぞ。この村に何の用だ?」

 

 

 視線だけで殺されそうな程強く睨まれ、団員達は思わず後ずさった。

 無意識の内にゴクリと喉を鳴らし、緊張で額に汗が滲んでくる。

 

 

(くそっ!! 武器も持っていない奴に何が出来る!! こっちは十人もいるんだぞ!!)

 

 

 一瞬気後れしたが、いくらガタイが良くても相手はたった一人だ。

 班のリーダーを任された男は、自分を奮い立たせて声を荒げた。

 

 

「お、俺たちは『死を撒く剣団』だぞ!! こんなハゲ一人にビビってんじゃねぇ!! お前ら、やっちまうぞ!!」

 

「お、おぉ!! 死ねや、このハゲ野郎!!」

 

 

 リーダーの声に気勢を取り戻し、団員の一人が未だ微動だにしない男に斬りかかった。

 しかし――

 

 

「――悪いな。そんな鈍で斬れるほど、俺の体は柔じゃないんだ」

 

 

 ――無傷である。

 一流の修行僧(モンク)が〈アイアン・スキン〉を使用すると、その肉体は鋼をも超える強度を持つ。

 避けるそぶりも見せず、こちらを見つめたまま一歩も動かなかった男からは、一滴の血も流れていない。

 むしろ振り抜いた剣の方が欠けてしまっていた。

 

 

「剣が弾かれた!? 魔法か!?」

 

「奴は魔法詠唱者(マジックキャスター)だ!!」

 

「あの見た目で!?」

 

 

 ――武器より生身の肉体が勝る。

 斬りかかった団員は元より、見ていた全員が自分の目を疑った。

 このレベルの修行僧に彼らは出会った事がない。もちろん知識としても持っていない。

 それ故に、すぐさま魔法だと判断した。

 傭兵達にとって、不可思議な現象は全て魔法である。

 リ・エスティーゼ王国では魔法詠唱者の立場が低く、魔法の知識に疎い事も理由の一つだろう。

 特別この団員だけが馬鹿な訳ではない。

 

 

「なっ、何なんだよ…… 何者だてめぇ!?」

 

 

 何故こんな村に魔法詠唱者がいるのか。

 そして、魔法詠唱者にしては鍛え上げられすぎた肉体――団員は未知への恐怖を感じ、声を上擦らせながら叫んだ。

 

 

「ボランティアだ」

 

「……は?」

 

「この村にはボランティアに来たと言っている」

 

 

 目の前の男は淡々と口を開いた。

 予想の斜め上をいく返答に、言葉の意味を理解しきれずフリーズしてしまう。

 無駄に固まっていた面々だったが、リーダーは誰よりも早く現実に戻ってきた。

 

 

「お前みたいなボランティアがいるか!! 村が雇った護衛かなんかだろ!! お前ら、ボサッとするな!!」

 

 

 相手が誰であろうと関係ない。いつも通り邪魔者は殺してしまえばいいのだ。

 すぐさま指示を飛ばし、目の前の男を抹殺しようとする。

 

 

「魔法といえど無限には防げないはずだ。クロスボウを構えろ!! 全員で狙え!!」

 

 

 団員達は慌ててクロスボウを構える。

 武器も防具も無いたった一人の男に、複数の殺意が向けられる。

 勢いよく放たれた矢は男に向かって真っ直ぐに飛んでいき――

 

 

「俺は村で人手が足りないと聞いて来ただけなんだがな……」

 

 

 ――当たるたびに硬質な音が響き、弾かれた矢が地面にポロポロと落ちていく。

 男は全く怯まない。クロスボウで撃たれているというのに涼しい顔をしている。

 

 

「チクショウがっ!! 矢を装填して準備しとけ!!」

 

 

 人に当たれば簡単に致命傷を負わせる事が出来るはずの武器が全く通じない。

 周りにいる剣を持った仲間も完全にビビってしまい、前に出る事が出来なくなっている。

 準備が整うまで時間を稼ごうと、リーダーは特攻を仕掛けた。

 

 

「ああぁぁぁっ!!」

 

「どうしたものか……」

 

 

 雄叫びをあげ、武器をやたらめったら振り回した。これでも決死の覚悟で攻撃しているつもりだ。

 それなのに目の前の男は顎に手を当て、自分を無視して考え込んでいる。

 剣は斬りつける度にボロボロと崩れていき、当たった衝撃で自分の手がジンジンと痛む。

 あまりの理不尽さに挫けそうだ。

 

 

「俺は暴力には頼りたくないんだ。全員大人しく捕まってくれ」

 

 

 相手は急に何を思ったのか、突然こちらの剣を素手で掴んだ。

 一体どんな握力をしているのか。リーダーが掴まれた剣を両手に持ち直し、どんなに踏ん張っても一ミリも動かせない。もちろん血なんて一滴も出やしない。

 そして、こちらを見つめながら――

 ――片手で握り潰し、刀身をへし折った。

 

 

「あ、あはは…… ば、化け物が……」

 

 

 剣が、心が折れる音が聞こえた。

 この男の前では金属の塊もそこらの小枝と変わらない。武器など無意味だ。

 あまりの現実に笑う事しか出来ない。

 後ろでクロスボウを準備していた仲間達も、この光景を目の当たりにして戦意を失っていた。

 「暴力には頼りたくない」――大人しくしなければどうなるか分かるな?

 団員達にはその言葉が脅しにしか聞こえていなかった。

 危険な傭兵団に所属していても命は惜しい。こんな筋肉ダルマから逃げ切れるとも思えないし、追われたくもない。

 わざわざ自殺する趣味もない為、十人とも大人しく降伏して縛られた。

 

 

「ふぅ、奪うだけでは結局何も得られる物は無いというのに……」

 

 

 男は溜息をつき、悲しげに呟いた。

 ――奪う事しか出来ない力など、本当の強さではない。

 その男の心中は、彼自身しか知らない。

 

 

「だが、俺がこの村に来た意味はあったようだ」

 

 

 拳を封印した事――自分の選んだ道は間違いなんかじゃなかったと、満足げに笑みを浮かべていた。

 ボランティアに来ていた男――名も無き修行僧によってこの村は救われた。

 しかし、『死を撒く剣団』はまだ七人残っている。

 もう一つの班が向かった先、その村の名前は――

 

 

 

 

 武器を持った七人組――突然やって来た野盗達に殴り飛ばされ、この村に住む一人の男は派手に地面を転がった。

 未だにトドメを刺されていないのは、野盗達が遊んでいる証拠である。

 そして、血まみれで息も絶え絶えな男――エモットの挑発が成功した証でもあった。

 もしも最初に手に持った剣で斬られていたならば、その時点で彼は動けなくなっていただろう。

 

 

「どうだい? いい加減くたばったらどうだ」

 

「まだ、まだ……」

 

 

 土を握り締めながら、必死に意識を保つ。

 地面に転がされた回数は、もう何度目かもわからない。

 体中を殴られ、蹴られ、全身が隈無く痛む。

 そんな絶体絶命の状況にあっても、カルネ村の人達の安否を、自らの家族の事を心配していた。

 

 

(ああ…… 妻は、子供達は逃げられただろうか)

 

 

 野盗の襲撃に気が付いた時、エモットは真っ先に妻と子供を逃した。

 その後はわざと彼等に見つかりにいった。

 自分が野盗達の前に出る事で、彼女達が逃げられる時間を作ろうとしたのだ。

 

 

「……どうした、私程度を殺すのに武器はいらないんじゃなかったのか? 『死を撒く剣団』というのは名前負けだな。私はまだ死んでないぞ」

 

 

 悲鳴をあげる体を無視してゆっくりと立ち上がる。

 七人いた野盗の内、既に一人は先行して村の中心に向かってしまった。

 だが、相手が一人なら村の人達でも逃げ切れるかもしれない。妻と子供が狙われずに済むかもしれない。

 その可能性をあげる為、一人でも多く、少しでも長く、野盗達を此処に留めておかなければならない。

 

 

「はぁ、はぁ…… 剣を使わねば、こんなオッサン一人すら殺せないとは…… お前達は随分と情けないな。昔妻から貰ったビンタの方が余程痛かったぞ?」

 

「ちっ、お望み通り死ぬまで嬲ってやるよ」

 

 

 拳を握りしめ、再び野盗が近づいてくる。

 この行動の先に自分の生きる未来は無い。

 それを理解した上で、恐怖を押し殺して相手を煽り続ける。

 

 

「もういいっ!! オッサンとの遊びは終わりだ。時間がねぇのを忘れたのか?」

 

「わ、分かってるよ、団長」

 

 

 この集団のトップと思われる人物――団長と呼ばれた男が一喝し、剣を抜いた。

 自分を甚振ろうとしていた部下を下がらせ、自らが前に出てくる。

 どうやら時間稼ぎも此処までのようだ。

 囮としては充分すぎるほど役に立っただろうと、ただの村人である自分の働きを心の中で自画自賛した。

 

 

(私はここまでだ。どうか、私の分まで――)

 

 

 既に気力だけで立っている。逃げる事はおろか、一歩を踏み出しただけで倒れてしまいそうだ。

 ゆっくりと振りかぶられた剣を目の前にして、自らの終わりを自覚する。

 最後は痛み無く死ねる事と、家族の無事を祈り――

 

 

「――やめろぉぉぉぉっ!!」

 

 

 ――絶叫と共に一陣の風が自分の横を通り抜ける。

 猛烈な勢いで飛び出して来た人物は、スピードを緩める事なく飛び蹴りを放ち、自分から死を遠ざけてくれた。

 

 

「君は……」

 

 

 自分を助けてくれた人物――鍬を持って現れた彼の事をエモットは知っている。

 彼をこの村に連れて来たのは自分である。

 ――畑仕事に精を出す姿を毎日見ていた。

 ――真面目に薪割りをする姿を毎日見かけた。

 ――村の子供たちと追いかけっこをして遊び、フラフラになった彼を見て笑った。

 ――自分には感謝していると、毎日笑って挨拶をしてくれた。

 そんな彼が村の人達と一緒に逃げ出さずに、自分を助けに来た。

 あろう事か野盗達に戦いを挑もうとしている。

 

 

「ブレインさん、どうして……」

 

 

 エモットは彼のあんな姿を知らない。

 彼の過去を深く聞いた事はないが、この村に来てからあんな姿を見せた事はなかった。

 鍬を正眼に構え、寒気がする程の殺気を撒き散らしている。

 今まで感じた経験のない、恐ろしい程の威圧感だ。野盗達ですら息を飲んでいる。

 持っている農具が凶悪な武器に――彼は鍬ではなく剣を握っている――見えてくる。思わずそう錯覚してしまいそうになる。

 

 

「エモットさん。這ってでもいい、少しずつでもいいから逃げてくれ。村に来た野盗の一人はラッチモンさんが対応してるから大丈夫だ」

 

「だが、それでは君が……」

 

「貴方には家族が待っている。だから振り向かずに行ってくれ。貴方が逃げ切るまで、絶対にここは死守する」

 

 

 六人もの相手と戦えば、自分がどうなるかは分かるはずだ。それでも相手から目をそらさず、私に早く逃げろと告げた。

 普段より言葉遣いも荒くなっており、チラリと見えた横顔にはいつもの不器用な優しさが欠片も感じられない。

 

 

「ここは通さない。それとな――」

 

 

 だが、私を気遣う所は変わっていない。

 彼は野盗達の前に立ち、その視線から私を隠すように壁となる。

 ここに立つのは、覚悟を決めた男――

 

 

「――俺は、絶対にっ…… お前らを許さねぇ!!」

 

 

 ――ブレイン・アングラウスは戦いに挑む剣士の顔をしていた。

 

 

 

 

 ブレインは野盗達を威圧しながら、背後にも気を配っていた。

 ゆっくりと人が遠ざかる音がする。エモットも必死に動いてくれているのだろう。

 しばらくすると段々と気配も感じなくなってきた。

 

 

(それでいい。俺は貴方に恩を返したかったんだ)

 

「お前みたいなのが何で村に残ってる?」

 

「あぁ、徴兵のことか? 元いた村ではきっと行方不明者扱いだからな。いや、もしかしたら死亡届けとか出てんのか? まぁいい、そういう訳なんでとりあえず無視させてもらったよ」

 

「なんて野郎だ……」

 

 

 お互いに別の思惑があって、ダラダラと意味の無い会話を続ける。

 エモットが無事に逃げる時間を稼ぐ事が出来ればそれで良い。

 しかし、不意打ちでお腹を蹴り飛ばされ、悶絶していたはずの男――相手の団長もすっかり回復して立ち上がってきている。

 自分の実力では六人同時に戦って勝てる見込みは少ない。

 なにせ自分はただの凡人だ。しかもロクな武器すら持っていない。

 せめて弱っている間に一人は倒しておきたかったが、エモットを安全に逃がす為には仕方がない。途中で人質にでも取られたら一巻の終わりだ。

 相手側の準備も整ってしまったが、そろそろ逃げ切れた頃だろう。

 とりあえず作戦は成功と言える。

 

 

「わざわざ待っててくれてありがとよ」

 

「っうるせぇ!! 農民風情がふざけた事しやがって…… お前ら、アイツを嬲り殺しにするぞ」

 

「いや、でも、時間が無いんじゃ……」

 

「アイツ一人を斬るのに時間がかかるのか、お前は?」

 

 

 蹴られた事が相当頭にきているようだ。

 激怒した顔の団長に睨まれ、野盗の一人が慌ててこちらに襲いかかってきた。

 

 

「農民を舐めるなよ。武技〈戦気梱封〉」

 

「はぁ!? 武技だと!?」

 

 

 余りの驚きに野盗は動きが鈍り、戦場で間抜け面を晒した。

 その隙を逃さず、ブレインは手に持った鍬を相手に向かって真っ直ぐに振り下ろす。

 動き自体はいつもと大して変わらない。この村に来てから幾度となく繰り返した――畑を耕すのと同じだ。

 間抜けな団員は顔面を抉り落とされ、悲鳴すらあげる事も出来ずに絶命した。

 

 

「なんで村人が武技なんか使えるんだよ!? おかしーだろ!?」

 

「あんな農民がいてたまるか!? きっとワーカーだ!!」

 

「落ち着け馬鹿野郎ども!!」

 

 

 現実を受け止め切れず、五人となった野盗は騒ぎ出す。

 仲間が殺された事よりも、武技を使われた驚きが勝っていたようだ。

 しかし、野盗達が驚くのも無理はない。

 武技とは修行を積んだ戦士のみが使える技である。普通の村人には使える筈のないものだ。

 しかも〈戦気梱封〉は本来なら武器を強化する技――武器に戦気を込めることで、一時的に魔法の武器と同等の効果を付与する武技である。

 間違っても農具を強化する技ではない。

 しかし、それが出来るのは一重にブレインの持つ、人並み外れた才能のおかげである。

 彼は自分に剣の才能は無いと、勘違いで剣を捨てた男だ。

 だが、戦う事に関しては間違いなく天性の才を持っている。

 

 

「こうする方が畑を良く耕せるんだよ!!」

 

 

 ――相手が冷静さを失った今が好機。

 ブレインは少し離れて間合いを調節し、今度は鍬を横薙ぎに振るう。

 

 

「ぎゃぁぁっ!?」

 

「あぁぁぁっ!?」

 

 

 神速の鍬が二人の野盗を同時に捉えた。

 相手の胸を肋骨ごと抉り飛ばし、噴き出した二つの鮮血が辺りを赤く染め上げる。

 

 

「そうか、お前の弱点は見切ったぞ!!」

 

 

 立て続けに仲間を殺され、残り二人となった部下が恐怖で後ずさる。

 そんな中、団長だけはブレインに向かって突進してきた。

 叩きつけられた剣を鍬で受け止める。

 一度距離を取ろうとするが、団長は密着するように剣を押し込んでくる。

 

 

「一瞬騙されそうになったが、いくら武技で強化しようが斬れるのは先端だけだろ」

 

「くっ……」

 

 

 団長の言う通りである。

 ブレインが持っているのは鍬だ。土を耕す先端の金属部分でしか、相手に致命傷を負わせる事は出来ない。

 それに加えて重量が上に寄っている為、大きく振らなければ威力が出せない。

 落ちている剣を拾いたいが、流石にそんな隙は与えてくれなかった。

 体力的にどこまで持つか分からないが、身体強化の武技も発動して、短期決戦を仕掛けるべきか一瞬だけ考える。

 一度相手を押し返し、次の行動に移ろうとした時――

 

 

「ぐぁぁっ!?」

 

 

 ――鋭い痛みがブレインの体に走った。

 団長の背後にいた男がクロスボウを構えている。

 ――ニヤリと笑った顔と目があった。

 剣と鍬で鍔迫り合いを行い、無理やり相手との距離を離した瞬間を狙われたのだ。

 咄嗟の事で躱し切れなかったブレインの左肩に、深々と矢が突き刺さっている。

 

 

「あははははっ!! いいザマだ。俺の部下はまだ二人も残ってるんだぜ。油断したら駄目じゃないか、よっ!!」

 

 

 左肩を押さえて蹲るブレインを見下ろし、団長は嘲笑った。

 さらに傷口を抉るように蹴り飛ばされる。

 激痛で肩が燃えるようだ。痛みで意識が飛びそうになる。

 ブレインは苦しげな表情で歯をくいしばって耐えた。

 しかし、傷自体は致命傷ではないが、当たりどころが悪い。

 

 

(ここまでか…… 凡人にしては良くやったかもな)

 

 

 この怪我では両手で鍬を使えず、振るう時に速度が出ない。

 肩から溢れる血は止まらず、痛みも増してきて意識も朦朧としてくる。

 

 

「おい、クロスボウの矢はまだもう一本残ってんだろ。今度は足を狙え」

 

「団長、もう直接斬った方が早いぜ。俺にもやらせてくれよ」

 

 

 もう戦えないと判断したのだろう。

 今まで戦いに参加していなかった一人が、剣を担いで近寄ってくる。

 

 

「お前も物好きだよな。あんなオッサンを助けに来るなんてよ」

 

 

 部下に剣でペチペチと頬を叩かれ、悔しさがこみ上げてくる。

 戦ってみて分かった。一対一なら確実に勝てたはずだ。せめて最初から剣で戦えていれば、こんな奴らに負けはしなかった。

 元々たいした努力もしていなかったが、久しく戦いの練習をしていなかった所為で、感覚が鈍っていたのかもしれない。

 一番強そうな団長ですら、凡人の自分より弱かったはずなのに。

 

 

「俺はあのオッサンをボコボコに殴ってやったんだ。へっ、楽しかったぜぇ」

 

「おい、やるなら早くしろ」

 

 

 苦痛に歪むブレインの表情を見て、団長の溜飲も下がったようだ。

 冷静さを取り戻して、時間を気にし出している。

 

 

(エモットさんは本当に凄いなぁ…… 尊敬するよ)

 

 

 ――必死に足掻いてもどうにもならない事がある。

 

 この恐怖を前に武器も持たず、一人で立ち向かっていたのだ。

 自分の命を捨てる覚悟で、必死に家族を守ろうとしていた筈だ。

 

 ――御前試合で目にした圧倒的な力。そんなの俺は持っていないんだ。

 

 

「あばよ。後でちゃんとあのオッサンと、その家族も一緒に殺してやるからよ――」

 

(村のみんな、あの人の家族もみんな良い人だったな……)

 

 

 目の前で剣が振り上げられる。ここで俺は死ぬのだろう。

 だが、それでも、たとえこの命に代えても――

 

 ――殺させるものか!!

 

 

「――があぁぁぁっ!!」

 

 

 獣の様に咆哮し、自らに突き刺さる矢を掴む。

 怒りで痛みを振り払い、肉が千切れるのも構わず無理やりに矢を引き抜いた。

 ――既に剣は迫ってきている。

 足に渾身の力を込めて跳ね上がり、相手が剣を振り下ろしきるよりも早く――

 ――握り締めた矢を突き立てた。

 

 

「――かはっ!?」

 

 

 天が味方したのはブレインの方だった。

 決死の一撃は相手の心臓に届き、目を大きく見開いた野盗が崩れ落ちる。

 

 

「この死に損ないがぁ!!」

 

 

 部下が死ぬや否や、団長が即座に斬りかかってくる。

 容赦のない一撃に、疲労困憊の体は何とか反応してしてくれた。

 身を引きながら、咄嗟に拾い上げた鍬を盾にして防ごうとする。

 

 

「はぁ、はぁ…… ここは通さないって、そう言ったのは取り消す――」

 

 

 しかし、武技の効果も切れている鍬はスッパリと断ち切られてしまった。

 相手の一撃を完全には防ぎ切れず、袈裟懸けに浅く胴体を斬られて血が滲んでくる。

 

 

「――道連れだ。一人も、生きては、帰さねぇ…… 武技〈能力向上〉!!」

 

 

 残った気力を振り絞って武技を発動し、身体能力を引き上げる。

 左腕は動かない。体力も限界。手に持っているのは先を失った鍬の残骸。木で出来た部分しか残っていない。

 だが、斬られて尖った部分を突き刺せば武器になる。急所を狙えば殺せるはずだ。

 

 

「くそっ、クロスボウだ!! 早く、早く撃てぇ!!」

 

 

 長年傭兵として戦場を生き抜いてきた団長は、自身の経験からブレインの変化を察知した。

 自らの命の危機を感じて、ジリジリと後退していく。

 ブレインは満身創痍には違いない。放っておいても、出血多量でいずれ動けなくなるだろう。

 だが、本気で相討ちになってでも、野盗達を殺しきる決意をみなぎらせている。

 まるで死兵だ。

 早くトドメを刺さなければと、団長は焦りの隠せない声で一人だけ残った部下を急かす。

 

 

「し、死にやが――」

 

 

 部下は慌ててクロスボウを構え――

 ――横から飛んできた矢が、ちょうど耳を貫通する様に刺さって死んだ。

 

 

「は?」

 

 

 続けて団長の腕にも矢が突き刺さった。痛みと驚きで気の抜けた声が出ている。

 ブレインは突然の出来事に理解が追いつかない。

 しかし団長が隙を見せた。これは自分に訪れた最後のチャンス。

 ――全力で踏み込み、右手を伸ばす。

 

 

「うぉぉぉぉっ!!」

 

「っ!? しまっ――」

 

 

 ――団長の体が崩れ落ち、地面に血が染み込んでいく。

 鍬の残骸で喉を貫かれ、隙間からひゅーひゅーと声にならない音が漏れている。

 やがてその音も聞こえなくなった。

 『死を撒く剣団』は全滅した。

 

 

「やった……」

 

 

 ブレインは気力も体力を使い果たし、その場で仰向けに転がった。

 いつも通り空は青く、太陽がとても眩しい。

 そんな自分の顔に影がかかった。

 

 

「ふぅ、間一髪だったな。無茶しすぎだよ、ブレインさん」

 

 

 その正体は野盗達に矢を放った人物。

 この村に住む野伏(レンジャー)――ラッチモンだった。

 

 

「はははっ、助かりました。本当にありがとうごさいます、ラッチモンさん」

 

 

 彼はつい先程まで、先行してきた野盗と死闘を繰り広げていた。

 弓矢で弱らせ、短剣で応戦して何とか相手を倒した後、体を引きずりながら戻ってきたエモットを見つけたのだ。

 そして、話を聞いて慌ててブレインの所まで駆けつけた。

 

 

「お互い酷くやられたもんだ。まぁ、お前さんの方がちっと重症かもな」

 

 

 ラッチモンは倒れた自分の側で、疲れた体を労わるように腰を下ろした。

 ブレインの傷を確認すると、止血して応急処置を施してくれた。

 

 

「それにしても最高の一撃でしたね」

 

「森で動物を狩るのに比べりゃ楽勝さ」

 

「あはは、違いない。最近は肉のお裾分けが少なかったですし」

 

「こいつめ、言いやがる」

 

 

 危機が去った事を自覚し、ボロボロの二人は笑みを浮かべていた。

 

 

「お前さん、実は戦士とか向いてるんじゃないか? 冒険者になっても充分やってけると思うが……」

 

「よしてください。俺は今野盗と戦ってこんな有様ですよ? それに畑を耕したり、子供達と遊んでる方がよっぽど楽しい」

 

「才能あると思うんだがなぁ。まぁ、お前さんがそう言うなら、それでいいか」

 

 

 ブレインはもう戦う事に興味はない。

 遥か遠くにある頂きより、近くの幸せを選んだ。

 

 

「あーあー、鍬、ダメにしちまったなぁ……」

 

 

 今はもう普段と変わらない、穏やかな表情をしている。

 この村に住む一人の村人――畑を耕し、毎日をのんびりと過ごすブレイン・アングラウスとしての顔に戻っていた。

 

 

 

 



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