サバイバル・オブ・ザ・モモンガ   作:まつもり
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第二十八話 巨塊

黒く分厚い雲が一日中空を覆い、その下の赤茶けた大地には紫色の葉をつけた木が捻じ曲がって生えていた。

 

その荒野の一角にあるオーガ達の野営地が彼の居場所だった。

 

焚火の周囲やテントの中には二十体程のオーガが何をするでもなく佇んでいるか、もしくは目的もなく同じ場所をうろついている。

 

彼を着ていたオーガ達のリーダーも同様に、椅子に座ったまま正面を見据えるだけ。

そんな退屈で無味乾燥とした時間も、時折変化が訪れる。

 

人間、亜人、悪魔、天使、魔獣、粘体(スライム)、アンデッド。

様々な姿をした者たちが野営地を襲撃し、その時だけは沈黙が支配していたその場所に激しい戦いの音が鳴り響く。

 

ただ、その殆どはオーガ達が敗れる、一方的な蹂躙劇に終わった。

稀に力を持たない者が迷い込み、オーガ達に殺されて光の粒子となって消える事もあるが、そうした者でも僅かの期間で圧倒的な力を身に着けて彼らを倒してくる。

 

この地が何処なのか、自分が誰なのか、どうして自分は生きているのか。

彼は何も分からないままに殺され続け、直ぐに次の生が始まる。

 

その繰り返しの中で、彼は確かに自分では行けぬ場所へと自由に歩む者達に憧れた。

無意味な時間の中、ただ存在し続けるだけではない、本物の生を求めた。

 

初めて意識を得た時、彼は自分の名前すら知らなかったが、自分を殺す者達が呼んでいた名前をいつしか自分のものとして認識する。

 

ガイアルド。

その名前だけが、彼が自分について知っている事の全てだった。

 

 

 

 

自分の意志では指一本動かせない日常の中、ガイアルドの視界を突然強い光が覆い、気が付けば人間達が住む都市にいた。

周囲には何時もガイアルドと共にいたオーガ達の姿もあったが、彼らは突然の事態に混乱し狼狽えているだけ。

 

こちらを見ている人間達の反応から、このままでは討伐されてしまう……、と考えたガイアルドはオーガのリーダーから離れると、自分だけでその場から逃げ出した。

 

 

ガイアルドは自身を装備した者と契約を結ぶことで、契約者の強さを上昇させるスキルを所得している。

ただ、そのスキルは契約者が死ねばガイアルドも同時に破壊されてしまう諸刃の剣でもあった。

 

あの場所にいた頃は常にリーダーと契約状態にあったが、幸いにして転移直後には誰とも契約していない状態となっておりリーダーが討伐されても何の問題もないし、特に何の情もないオーガ達と心中する理由もない。

 

また、無事に逃げ出せた要因としてはガイアルドの見た目も大きかっただろう。

自立する全身鎧であるガイアルドは一見すれば、鎧を着た人物に見え、モンスターとは気づかれない。

 

 

何とか安全な場所に身を隠したガイアルドが、次にした事は新たな契約者探しだった。

ガイアルドの種族、魂縛の鎧(ソウルバウンド・アーマー)はユグドラシルではフィールドやダンジョンに出現する敵専用の種族となっていた。

 

その能力は鎧を装備可能な亜人や異形種に着られる事で、彼らの強さを底上げしたり、新たなスキルを使用できるようにする事。

 

反面、魂縛の鎧(ソウルバウンド・アーマー)は誰にも装備されていない状態だと、とてつもなく貧弱な物理、魔法攻撃力しか持たない。

 

この光輝くような美しい世界に転移して、刺激に溢れた本物の生を送りたいと願ったガイアルドだったが、誰かと契約しなければ大きな事は出来ないとも理解していた。

 

そうして共に生きるパートナーを探すガイアルドの旅は始まり、一人目の候補者としてスレイン法国に復讐を誓う牢獄からの脱走犯を選ぶが、あまりの小物さにやがて見限る。

 

だが、その過程でガイアルドは傲慢不遜な程の野心を抱く少年エルヤーと出会った。

 

最初の候補者との闘いで生死の狭間にあったエルヤーをこのまま死なせるのは惜しいと魔法を用いて治療し、やがてガイアルドは彼を見込んで契約を交わす。

 

 

エルヤーはやむを得ないとは言え同級生を幾人も殺してしまった以上、もはや法国には戻れないし、戻る気もない。

まずは他国へ行ってから、この後の行動を考えよう……と決めたエルヤーは当座の資金稼ぎと、法国からの脱出を兼ねて、先ずは常にアンデッドを討伐する者を求めていると噂に聞いていたカッツェ平野へと向かい、この町へと到着した。

 

彼らは町へ到着するまでに遭遇したアンデッドを討伐した報酬で安宿の一室を借り、現在は今後の計画について話し合っていた。

 

「さっきやって来た冒険者組合の職員とやらの申し出……、断って良かったのか? 話を聞くに、手っ取り早く金を手に入れるには冒険者になるのも選択の一つだと思ったのじゃが」

 

「構いませんよ。 冒険者っていうのは国家間の争いに加担してはいけないだとか、冒険者組合の意に反する依頼を受けてはいけないだとか、窮屈な規則ばかりのようですからね。 大体、プレートだか何だか知りませんが、他人に私を評価されるのが気に食わない。 ………それに私の目標は話したでしょう」

 

「ふふ、そうであったな。 誰かの風下で得られる名声や富にもはや興味はない。 どうせなら全ての頂点、王にまで上り詰める……、あの言葉があったからこそ、我はお主を見込んだのだ。 ……とはいっても、王となる当てはあるのか?」

 

「それは追々考えましょう。 ただ何処かの国の王を倒して、これからは私が王だと名乗るだけ、みたいに簡単には行かないでしょうね。 使える物は何でも使う、だからこそあなたの力を借りてやる気になったのですから。 ………そういえば、さっきの二人が気になるとか言っていましたが、何かするつもりですか?」

 

エルヤーの言葉にガイアルドは暫くの沈黙を経て、返事を返す。

 

「いや、今はいい。 気配と言っても我の思い違いかも知れんし、重要なのは昔よりもこれからだ。 今は放っておく事にした。 ここに来る前に決めた通り、ある程度の路銀を得たらこの町を出よう」

 

「ま、そうですね。 あなたの前にいた場所のことを何か知っているかも知れないという話でしたが、私にとっては特に興味がありませんから」

 

「ふん、言いよるわ」

 

自分達の力で一国を築く。

その事を考えるだけで、エルヤーもガイアルドも興奮を抑えることが出来ない。

 

誰の都合にも縛られず、野心の赴くままに頂点に立とうとするエルヤーと、あまりに退屈な日常を長い間過ごし続けた故に、刺激のある生を求めるガイアルド。

 

種族や目的は違えど、二人の利害は一致していた。

 

「………空に光る太陽。 我はこの地に来て、初めてその美しさを知った。 定められた寿命は種族によって異なるが、どうせ生まれた以上は何時か死ぬ。 ならば、あのように光輝いて生きてみようぞ」

 

「言われるまでもありませんね」

 

二人は狭い部屋に笑い声を響かせた。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

モモンガは悩んでいた。

 

カッツェ平野に来る前は、ここでアンデッドを倒していれば、アンデッド探知対策の装備を買えるだけの功績点も直ぐに溜まると思っていたが、実際にはここに功績点が入る五レベル以上のアンデッドなど中々いない。

 

遭遇するアンデッドは殆どがレベル上げにも役立たない低級のアンデッドだし、そうかと思えば自分達の手におえないようなアンデッドに遭遇する可能性もある。

 

特にカッツェ平野に出現するアンデッドの内、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)死者の大魔法使い(エルダーリッチ)にはまだ勝ち目はないだろう。

 

旨味は少なく危険は大きい。

モモンガとしてはこの場所を早く離れたかったが、かと言ってアンデッド探知対策の装備を入手出来ない内にカッツェ平野から出るのも、それはそれで避けたい。

 

先日の骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)との闘いのように、このままの生活を続けていても突発的な強力なアンデッドとの遭遇という危険は常に付きまとう。

 

ならばいっそリスクはあるが、勝負に出てみても良いかもしれない。

 

最近のモモンガはそう思うようになっていた。

 

モモンガはアイテムボックスから二枚の依頼書を取り出す。

今まで使用する事は無かったものの、カッツェ平野に来てからもモモンガはンフィーレアに十枚程度の依頼書を使用可能にして貰っていた。

 

これは二枚はその内でも、アンデッドが討伐対象となっている依頼書である。

一枚は骸骨兵士(スケルトン・ソルジャー)という武具を装備したレベル九のアンデッド三十体を討伐対象とした依頼。

今のレベルならば勝てないような相手ではないし、こちらは問題はないだろう。

 

ただもう一つの依頼書は、『巨塊のヌーヴァ』というユニークモンスターを討伐対象にしていた。

 

依頼書の文面からアンデッドである事と、巨大な体を持つことは分かるが詳しい能力や種族などは不明だ。

それにモモンガは低レベルの頃はヘルヘイムではあまり活動しておらず、ヘルヘイムに存在したレベルの低いユニークモンスターに関する情報は殆どない。

 

しかし、この依頼はヌーヴァ一体を討伐すれば達成となり、その結果得られるであろうアイテムはモモンガにとって魅力的だった。

 

(………勝てないような相手だったら直ぐに逃げて、後始末はどこかの冒険者にでも任せよう。 どうせ今行っている狩りだって危険な事には変わりないしな)

 

依頼書は一日一枚しか使えない為に、モモンガはまずは巨塊のヌーヴァを討伐対象とした依頼書を手に取る。

出現場所はカッツェ平野西部。

 

このような大まかな場所指定を手掛かりに、広大なカッツェ平野で一体のアンデッドを探すことは困難だろうが、巨体を持つアンデッドならいずれ誰かが目撃するだろう。

 

その情報を逃さないようにだけ注意しておき、場所が分かれば準備を整えて討伐に向かえばいい。

 

「クエスト受諾」

 

依頼書が光り輝き、討伐対象の出現を告げた。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

そのアンデッドを突き動かすのは、本来命無き者は持ちえぬ感覚である飢えだった。

 

それが求めるのは他のアンデッドが持つ、負の生命力。

霧に覆われた地を歩き回り、遭遇したアンデッドから負の力を吸収し続けているが、こんなものでは全く足りない。

 

もっと、もっと、もっと食べたい。

 

飢えた獣同然の知恵しか持たぬそれだったが、その内、更に多くのアンデッドを貪る手段がある事に気が付く。

 

それが十メートルはあろうかという巨体を揺らすと、夥しい量の人骨で構成された体の至る所から赤黒い液体が地面に飛び散る。

 

すると液体は、二十体近くの低級アンデッドに姿を変えた。

それの持つスキルの内の一つにレベル五以下のアンデッドを十五から二十体、十種類程の種族の中からランダムで生成するという物がある。

 

生成された低級アンデッドは倒しても経験値やアイテムを得ることは出来ず、召喚したものが倒されない限り時間経過でも消えない。

一般的な召喚モンスターとは異なり、召喚主に支配はされていないものの、低級アンデッドからの襲撃を防ぐスキルやアイテムを持たない者にとっては鬱陶しい壁役となる。

 

巨塊のヌーヴァ。

その正体は通常の個体よりも遥かに巨大な集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)であった。

 

低級アンデッドの複数召喚スキルと、接触により負の生命力を吸収するスキルを特徴とするユニークモンスターであり、複数召喚スキルはヌーヴァ専用で、プレイヤーが使用した場合にゲームバランスを崩さないかという考慮はされていない。

 

複数召喚スキルの一日の使用制限は三十回。

ヌーヴァは自分のスキルで召喚したアンデッドの生命力を貪っていくが、巨体故に動きは鈍重であり、低級アンデッドの殆どは倒されることなく、散り散りになってカッツェ平野の各地へと散らばっていく。

 

 

一日に最低でも四百五十体以上の低級アンデッドを生み出すユニークモンスターの存在を、この世界の住人はまだ誰も知らなかった。

 

 

 



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