コンゴ民 vs ベルギー 国際司法裁判所 判決 2002年2月14日
<事実と経過>
2000年4月11日、ベルギーは、1990年代に人種間憎悪を扇動したこと等が国際人道法に違反する罪であるとして、普遍的管轄権を定める国内法の規定を根拠に、現職のコンゴ民の外務大臣に対して逮捕状を発出。また、ベルギーは同逮捕状を同外相に送付すると同時に、インターポールを通じて世界各国に送付した。
同年10月17日、コンゴ民当局は逮捕状を受領した後、この撤回を求めて、ベルギーを相手方当事者としてICJに提訴。提訴時、コンゴ民は①ベルギー国内法の定める普遍的管轄権の行使の国際法上の合法性、②現現職の外務大臣の免除の否定の合法性につき争った。(その後、逮捕状の発出及び各国の送付が慣習国際法上外務大臣が享有する免除に違反したかどうかに絞られる)
これに対し、ベルギーは、提訴後に同外相が外務大臣の職を離れたことから、法的紛争はなく、また、目的も失われた等の理由により管轄権及び受理可能性を争ったが、裁判所は、管轄権は提訴時を基準とするとして抗弁を否定し、管轄権及び受理可能性を認め本案審理へと進んだ。
<判決要旨>
(1)論点整理
コンゴ民の最終弁論において、ベルギー法の規定する普遍的管轄については主張しなかったため、ベルギーは逮捕状を発出した本件について国際法上の管轄権を有すると仮定する。したがって裁判所は、ベルギーの逮捕状発出が外国の現職の外務大臣の免除に違反したかどうかについて判断する。
コンゴ民は、現職の外務大臣は在任中の全ての行為について絶対的な免除を享有すると主張したのに対し、ベルギーは、公的機能の遂行にあたって行われた行為についてのみ免除を享有すると主張した。
ウィーン外交関係条約、領事関係条約には外務大臣の免除については規定されていないため、その根拠は国際慣習法に求められる。慣習国際法上、外務大臣の免除は、国家を代表する機能の効率的な遂行のために付与される。外務大臣は、当該政府の外交活動に責任を有し、外交交渉や政府間会合において代表を務め、その行為は当該国家を拘束することから、国家元首や政府代表と同様に、国際法上、当該国家を代表することを認められる。
したがって、その機能に照らせば、外務大臣はその在任中、外国において刑事管轄権からの完全な免除及び不可侵を享有する。外務大臣は任務の遂行のため、いかなる他国の権限行使からも保護され、「公的」行為と「私的」行為の区別はできない。
(3)戦争犯罪や人道に対する罪に対する例外
ベルギーは、ピノチェト事件等を根拠に、国際法上の重大な犯罪については免除の例外とされる可能性がある旨主張したのに対し、コンゴ民は、現在の国際法上、国家元首等の刑事裁判権からの絶対的免除に対する例外が認められるとの根拠は存在しない、また、国際刑事裁判所設立規定(ローマ規定)は、絶対的免除の例外を定めるが、これは国際法廷にのみ適用されるものであり、国内刑事裁判権について援用することはできない旨主張。
裁判所は、慣習国際法上、現職の外務大臣の絶対的免除及び不可侵の原則について戦争犯罪や人道に対する罪に対する例外が認められると結論づけることはできない。
なお、外務大臣の免除は、不処罰を意味するのではない。免除は手続的であるが、刑事責任は実体法の問題であり、裁判権からの免除は当該個人の刑事責任から解放するものではない。したがって、自国による刑事裁判権の行使や免除の放棄等があった場合には訴追を妨げない。
(4)結論
逮捕状の発出自体がコンゴ民の外務大臣の免除の侵害に当たる。逮捕状の性格及び目的に照らし、逮捕状の国際的な送付は、外交活動を著しく妨げたか否かに関わらず、免除の侵害に当たる。
ベルギーの国家責任を認定することは、一種に「サティスファクション」を構成するが、補償は違法行為の全ての結果を可能な限り消去し、当該行為がなされなかった場合に存在したであろう状態に回復しなければならない(ボルジョウ工場事件判決)ことに鑑みれば、その違法性を認定するのみならず、ベルギーは逮捕状を撤回し、送付先当局に対しその旨通報しなければならない。
<参考>