ネイア・バラハの冒険~正義とは~ 作:kirishima13
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帝国で助けたエルフに手を引かれて城から出た瞬間、城の上部、先ほどまでネイアたちがいた天守部分から閃光が走り、直後爆風がネイアたちを襲う。地面に屈み、爆風が通り過ぎた後を見ると城の上部が完全に吹き飛んでいた。そしてそこから光と闇集団が上空へと昇ってゆく。その二つは時に炎を時に雷鳴を轟かせながらぶつかり、遠くエイヴァーシャー大森林へと消えていった。
「モモンガさん……」
ネイアの心にモモンガは無事だろうかという想いがよぎる。あのエルフの王はモモンガのことを知っているというようなことを言っていた。その上で戦いを挑むということは勝ち目があると見ているのだろう。ネイアではとても計り知れないが、エルフの王はモモンガと同じように超越した力を感じた。
それにあの天使たちの軍団だ。天使たちはアンデッドの苦手とする神聖属性の攻撃を得意としている。あの数の天使たちを相手では分が悪いのではないだろうか。
ネイアはモモンガのことを心配している自分に気づき、ハッとする。今自分が心配している相手は、自分のことを実験動物と思ってるかも知れないというのに。しかし……。
(ううん、私がモモンガさんを心配するのはおかしくない。大切な人が傷つくのを心配するのは当たり前のことだもの……。でも……モモンガさんは旅に出るときに何て言った?死んでも蘇生するから問題がないてって言ってたよね?それって……)
ネイアはモモンガとともに聖王国を出た時のことを思い出していた。あの時は気にしなかったが、普通だったら例え蘇生できると分かっていても、大切な人たちが死ぬどころか傷つくことさえ忌避するのではないだろうか。
(……それを死んでもいいって)
今までのモモンガの行動を思い出す。ネイアが戦っているとき、助けてくれたことが何度あっただろうか。
あれはエルフの王が言っていた極限状況に置くためにその子供たちを戦争に送り出すことと同じなのではないだろうか。そしてそれは何の優しさも愛情もないただの実験という行為。
(それに……私が武技を覚えるたびに嬉しそうにしてた……あれは実験がうまくいって喜んでいただけなの?)
ネイアはモモンガとの旅が楽しかった。たくさん冒険をして、いろいろなものを一緒に見て、たくさん笑って、たくさん泣いた。時には喧嘩もしたし、仲直りもした。例えアンデッドでもネイアにとって大切な……愉快な骨だった。面白くて優しくて少し抜けてて、そんなモモンガと一緒にいることが心地よかった。
(それなのに……全部嘘だったの?)
ネイアは悲しくて涙が出てくる。拭っても拭っても涙が止まらない。手を引いてくれていたエルフがそれに気づきネイアを抱きしめてくれた。何も言わないその優しさが嬉しかった。
エルフの王は言っていた。モモンガは永遠の時を生きると。永遠の時を生きるモモンガと人間であるネイアでは分かり合えなかったと言うことだろうか。
やがて遠くから響いていた戦闘音が止まったことに気づく。どちらが勝ったのかは分からない。モモンガが勝ったとしても今どのような顔をして会えばいいか分からない。しかし、それでもネイアはモモンガの無事を祈ってしまっていた。
♦
エイヴァーシャー大森林からエルフの都へと闇が降りてきた。モモンガだ。手には気を失ったエルフの王を抱えている。そして、そのまま広場に降り立った。
「あー、酷い目にあった……。スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの児童劇激システムが働かなかったら危なかったな……。待たせたな、ネイア」
「ひいいいいいいいいいい」
「アンデッド……アンデッドよ」
広場に集まっていたエルフたちから悲鳴が上がる。それはそうだ。見たこともないほど強大で邪悪なアンデッドが現れたのだから。
モモンガが驚いたように自分の顔を撫でた。
「あ……」
姿を変えないまま来てしまったのに気づいたのだろうがもう遅い。ところどころから恐怖の悲鳴が上がる波のように広がっていく。しかし、それはアンデッドを見たからと言うだけではなかった。モモンガから立ち上る黒い邪悪なオーラ、それが人々の恐怖を呼び起していたのだ。
それはネイアも同じだった。謁見の間で見た時と同じような邪悪さをモモンガから感じ震えが止まらない。
(……やっぱりモモンガさんは私のことを実験動物としか見ていない邪悪な化物なの?)
「あっ!ごめん!絶望のオーラ出しっぱなしだった!」
ネイアが震えているのに気づいたモモンガは急いでスキルを解除する。その瞬間、モモンガから溢れ出る邪悪さが無くなり、周囲のエルフたちの悲鳴も小さくなった。
(えっ……)
ネイアの前で周りをキョロキョロして見回して謝ってるのはいつものモモンガであった。先ほどまで感じていた恐怖はなくなっている。しかし、まだネイアの心には未だモモンガに対する疑問と不安が溢れていた。
「ネイア、無事だったか。よかった……って、え!?何で泣いてるの!?」
モモンガはグスグスと泣いているネイアに驚いて固まっている。帝都で助けたエルフはモモンガから守るようにネイアを抱きすくめた。
エルフの頭越しにネイアはモモンガを涙目で見つめる。
「……モ゛モ゛ン゛ガざん゛」
「あ、はい」
何を言われたものかと緊張したモモンガが直立不動に姿勢を正した。
「あー、えーっと……ネイア……さん。何で泣いていらっしゃるのでしょうか……」
不安そうに手をワキワキさせながらネイアに尋ねる。その自信のない様子はあった頃のモモンガを思い出させた。ネイアは勇気を振り絞って声を出す。
「モモンガさん……私……。実験動物なんですか?」
「……」
モモンガは謁見の間で聞いた時と同じように無言になる。しかし、意を決したようにポツリポツリと語り出した。
「その……それは……そうだ。私はネイアで実験をしていた。この世界の人間の成長に興味があったし、世界を知るとともにその限界も知りたかったんだ」
「やっぱり……ううっ……うぇぇ」
否定してくれることを期待していた。そんなことはないと言ってほしかった。しかし、モモンガの口から出たのはネイアを実験動物と認める言葉であった。悲しくて心が張り裂けそうになる。
「ちょ、ちょっと待って。泣かないでくれ」
「モモンガさんは私のこと実験動物としか見てなかったんですか?今までずっと……私はモモンガさんのこと……大切に思ってたのに」
「それは……最初は実験のつもりだったというのは本当だ……でも……それだけじゃない。私だってネイアを……」
「じゃあ、私のこと死んでもいいって言ったんですか!」
「え!?そんなこと言った!?」
「言いました!死んでも蘇生させるからって……死んでもいいって!」
涙目で睨むネイアにモモンガがたじろぐ。空っぽの頭の中をフル回転してネイアの一体言葉の記憶を探り、冒険に出る際のことを思い出す。
「ああ、そういえば言ったな……そうか……確かに命が一つしかない世界であれは悪かったな。ユグドラシル……私のいた世界は死んでも蘇生されるのが普通の世界だったんだ。その感覚で言ってしまった。だが、今はそんなことは思っていない……。一緒に旅をしていく中であれだけ一緒にいて……そんなこと思えるはずがないだろう」
「……本当ですか?」
「ああ」
「じゃあ約束してください。もう隠し事はしないって」
「もちろん。もう隠し事はしない。またネイアに怒られてしまうからな」
照れくさそうに顔を背ける骨。ネイアはそこに嘘がないことを感じる。そもそも嘘をつくのであれば実験動物として見ていたなんて言わずに最初から否定するだろう。ネイアは涙を拭うと顔を背けた。
『ネイアに怒られてしまう』。まるで夫婦の間の会話のように感じたのだ。チラリとモモンガを見るがそんな気はなかったのだろう。平然としているモモンガを見て、この関係が続くことに安堵する。
しかし、心の中に一つだけエルフの王が言った言葉が残っていた。永遠の時を生きるモモンガはいつか一人きりになってしまう。その時モモンガはどうするのだろうか、と。
♦
和解を済ませたモモンガとネイアは敗れたエルフの王の処分を改めて考えていた。魔法道具で拘束され、地面に転がされている。周りではエルフたちが人だかりを作っているが、アンデッドであるモモンガを警戒してか近づいては来ない。
「あの……。殺しちゃったんですか?」
「ん?ああ、あの時は頭に血が上って……いや、血なんて流れてないんだけど……。殺したと言えば殺したんだが、死ななかったというか……」
「何を言ってるんですか?死ななかった?」
「復活アイテムを所持していたんだ。それもかなりの数を。それで、何度も何度も殺した結果……レベルの消失で力を失ってな……麻痺で眠らせて魔法道具で拘束させてもらった」
「え?あの……それじゃあ今は弱体化してるんですか?」
「ああ、ネイアでも簡単に倒せるだろうな。しかし、この世界で拘束系の
モモンガがまた訳の分からないことを言っているが、いつも通りのモモンガだ。あの時の邪悪の化身のような雰囲気はなんだったんだろう。
「モモンガさん、そういえばここに来た時も黒い雰囲気と言うか、何かが出てましたけどあれ何なんですか?」
「ん?あれは絶望のオーラと言う
「絶望のオーラ?」
「なかなか使える
嬉々として語り始めるモモンガ。まるで当たり前のことのように話をしているが、あの世界が崩壊したかと思うほどの恐怖はモモンガのせいだったらしい。
「モモンガさん!なんって
「ええ!?いや……つい、つい怒って漏れてしまったと言うか、えー……とそんなに怖かった?」
「怖かったなんてものじゃないですよ!何ですかちょっと漏れただけって!ちょっと体が匂ってたからごめんみたいなそういうところ!そういうところ直してくださいよ!」
「いや……ほんと……ごめん。レベル5まで出さなくてよかった……」
「当たり前ですよ!大惨事じゃないですか!少しは常識をですね……」
「ごめんって……」
「あと!あのあいぼーるこーぷすさんはなんですか!なんであんな目玉のお化けなんて聞いてませんよ!」
「え!?アイボールコープスはもともとあんなモンスターで……」
「いいえ!あいぼーるこーぷすさんは可愛い妖精さんです!私のあいぼーるこーぷすさんを返してください!」
「えー!?いや、あの……」
ネイアに肩を掴まれてカクカクしている骨。二人がギャーギャーと騒いでいるのを見てエルフたちのモモンガへの恐怖が無くなっていき、代わりの別の感情が心に湧き上がる。そして、地面に横たわるエルフの王を見て国民たちはまわりの仲間たちと顔を見合わせた。
「王が倒された……」
「王が倒されたのよ……」
「これで私たちもう戦争に行かなくていいのね……」
「自由……私たちもう自由よ!!」
一人、二人と喜びの声を上げお互いの肩を叩き、抱擁を重ねる。それはやがて国中へと広がっていく。長く国を苦しめた暴君が倒れたのだ。割れんばかりの歓喜と感謝の声がモモンガとネイアを包み込み、そこに種族の壁はもう存在していなかった。
♦
「さて、それで
「はい。モモン様」
コレとはエルフ達の王、いや元王のことだ。王は政治的なことはすべて官僚に任せていたようで、王が廃されることによる混乱は最小限ですむとのことであった。
ネイアたちの前にいるのはその官僚の一人。ただ問題は法国との戦争が終結していないと言うことである。
「もともとこの戦争は王が法国の要人を攫い、子供を産ませたことにあります。要人と子供は法国の特殊部隊に連れ去られていますが……未だに法国はそれを許してはいません。ですので、王を廃したこと、そしてその身柄の引き渡しを条件に停戦の交渉をしようと思います」
「そうか。まぁ、頑張ってくれ。私たちは……どうするかな。ネイア」
「帝国に帰りますか。ワーカーの仕事もあるでしょうし」
「お待ちください。ネイア様、モモン様。王があれだけ拘っていたということはお二人はよほど高名な御方かと存じます。法国との停戦協定への立ち合いをお願いできないでしょうか」
「はぁ……?」
「我が国と法国、王が原因とはいえお互い相手を殺しすぎました。話自体を穏便に済ませるためにも第三者の仲介をお願いしたいのです」
「……何をすればいいんだ?」
「ただお名前を拝借できれば結構です。法国への書状に連名でお名前を拝借したいのですがよろしいでしょうか」
戦争が続くことをモモンガもネイアも望んではいない。ネイア個人としてもずっと寄り添ってくれていたエルフには感謝しているし、力になりたいと思う。ネイアの視線に気づいたモモンガは軽く頷いた。
♦
スレイン法国の大議場、その上座にあたる一段高くなった席に複数の男女が腰を掛けていた。年齢は壮年の者から初老の者まで様々だ。スレイン法国最高責任者たる最高神官長をトップに据える、六大神殿を受け持つ神官長たちだ。
そしてその前に膝をつき頭を垂れる男が一人。頬に傷を持った感情を表さない目を持ったその男は亜人討伐のため聖王国へと派遣されていたニグンである。
「ニグンよ。よくぞ戻ったな。長期間に渡る任務ごくろうであった」
「はっ!ありがたきお言葉!」
「おぬしが戻ってきたということは聖王国での計画は予定通りにことが進んだのだな?」
「はい。聖王国には滞りなく、新しい王が即位しました。そして例の彼女たちは予定通りこちらへ向かっております」
「ふむ……あの程度の兵力ではそうは力が続かんと思ったが、予想よりも長く持ったな」
「やはり、リ・エスティーゼ王国より奪ったかの剣の力が大きかったかと。予想を上回る成果です。亜人どもの殲滅にまでは至らなかったとはいえ彼女の力はもはや神人クラスに匹敵するのではないでしょうか。あれだけ殺しただけはあります」
「れべるあっぷなる儀式も滞りなく完了したようで何よりだ」
「はっ!それで、蘇生の準備はいかがでしょうか?」
「心配ない。すでに触媒も術者も揃っている。ふふふっ、彼女たちは法国で生まれ変わるのだ。新たな神の使徒としてな。どうだ?こちらへつきそうか?」
「おそらくは問題ないかと……。もはや聖王国は見限っておるでしょうし、蘇生による恩義により心は縛ることができるでしょう」
「それは重畳。念のため洗脳の準備もしておいたが必要なさそうだな」
「姉と主人の命には代えられますまい。ところで……かの神についてはその後いかがなさってますでしょうか?」
「かの神か……。王国で人々を救い、帝国の闘技場で最強とされる亜人を打ち倒し人間の力を示した。やはり、人類のための新たな神と見て間違いなかろう」
「ほぉ!やはり我々の目に狂いはなかったのですね!ではすぐにでも迎え入れましょう!」
「それがな……帝国でエルフの奴隷たちを手にしたところまでは情報があるのだが、そこからの足取りがつかめなくなった」
「それはいったいどういうことでしょうか?」
「突然全員消え失せたのだ。転移魔法にしてもあれだけの数を一度とは……。いや、神ならば可能か。今捜索をしているところ……」
「失礼いたします!」
突然、議場の扉が開けられ、神官の一人が走りこんでくる。話の腰を折られた最高神官長は眉間に皺を寄せた。
「ノックもせずに突然なんだ!今大事な話をしているところだ!後にしろ!」
「そ、それが……緊急を要すると思われまして……」
「どうした」
「エルフの国より使者が参りました。エルフの王の引き渡しを条件に停戦したいと……」
「なんだと?あの王がエルフたちに倒されたというのか?ありえん。時間引き延ばしのためのブラフではないのか?」
「そ、それが書状には連名にて……モモンの名が!」
「何!?……ニグン。どう思う?」
「これで繋がりましたな!かの神は我らが宿敵たるエルフの王を討たれた!これは人類を救うための救世主たる神をこの国にお招きするしかありますまい!!」
議場に集った者たちは歓喜と狂乱の入り混じった表情で肩を叩き合う。悍ましき八欲王に弑された六大神。それを失ってから人類は強大な力を持つ亜人や異形たちの中、信仰を力に人類圏を守ってきた。そこに新たな神が降臨したことを確認したのだ。信仰上の神ではなく、本物の現人神を。
「おお!やはり……やはり神は我らを救うために現れなさったのか!よし、すぐに使いに書状を持たせよう!!絶対に失礼のないようにな!」
「はっ!」
♦
「さて、スレイン法国ついたわけだがどうする?まさか私たちを
「交渉なんてしたことないんですけど……。私たちがエルフの国のことをどうこう決めちゃっていいんですか?」
「私も営業の交渉くらいしか……。まぁエルフたちが認めたからいいんだろうが……ちょっと信用すぎじゃないか?ううっ、胃が痛い……」
鎧姿のモモンガは胃などないのにお腹を押さえている。法国からの返事は交渉に応じるというものであり、その交渉人としてモモンガとネイアを指定してきたのだ。他国のことに口を出すのを渋る二人であったが、帝国で助けたエルフたちを始め、エルフたち総出で頼まれたこともあり、断り切れなかった。
引き渡すために連れてきたエルフの王は拘束して従えている。最悪これを置いてさっさと帰ればいい。そんな不安もあり、法国の首都を前にして足を止めていた。
「その漆黒の鎧は!モモン様ですね。ネイア様も!ようこそスレイン法国へお越しくださいました!おお……神よ!」
「……神?」
「さぁ、こちらへ!従者の方も一緒にどうぞ」
「……従者?」
首都の中から気づかれたのかモモンガたちにへと神官が満面に笑みを浮かべて走り寄ってきた。交渉人としてきたはずであるのに、少しおかしな対応である。
だが、歓迎されているということだけは分かった。そのまま神官に案内され、街の中を歩いている間も周りから歓声が聞こえ、中には膝まずづいて祈りを捧げるものまでいる始末だ。
訝しく思いながらもそのまま大きな建物に入ると、議場と思われる部屋へと通された。二人が部屋に入った瞬間、その場のものが一斉に膝をつく。その中に見覚えがある顔が一人、あの聖王国で出会ったニグンという男が一歩前に出る。
「お久しぶりでございます。モモン様。我らが神よ」
「神!?さっきからなんなんだ神って……。我々はエルフの交渉人としてきただけでだな……」
「いえ、おっしゃられずども分かっております。モモン様のこれまでのなされたことを考えますれば」
「俺たちのやったこと?」
「まさに。あなた様こそわれら人類の神たるお方でしょう。聖王国にて亜人討伐における目覚しい活躍。そして聖王国の愚王を見限り、この世界の現状を知ろうと旅立ったのですよね。王国にてアンデッドに苦しめられてる人々を救い、犯罪組織をせん滅し、帝国にて人間の力というものを示された。そして、この度は我らスレイン法国の宿敵たるエルフの王を弑してこちらにお越しくだされた。ともに人間の平和のため戦いましょう神よ」
「な、何を言っているのだ?ネイア?」
「わ、私に聞かれても分かりませんよ」
いきなりモモンガを神呼ばわりし、畏敬の視線を向けている老若男女たちは何なのだろうか。戦争の停戦の話をするのではなかったのだろうか。ネイアには訳が分からない。
「……神なのですよね?その強さといい、100年目に唐突として現れたタイミングといい……伝説の通りです」
「そういえばこいつ……エルフの王も言ってたな。ユグドラシルプレイヤーが神聖視されていると……六大神だったか?」
「さようでございます。六大神こそ我らの神。ですが、八欲王に弑され今我らは新たな神を必要としているのです」
「そうなのか……。だが残念ながら私は神ではない。何度も言うが今日はエルフの国の交渉人としてきたのだ」
「はぁ?交渉……ですか?」
「エルフ国はスレイン法国に対し停戦を申し入れる。今までお互いに確執があるだろうが忘れて欲しい。その代わり戦争の原因を作ったこいつに責任を取らせる。そのはずではないのか」
「そのとおりでございます!あなた様が倒されたのですね!我らが憎きエルフの王を!」
「……お父さん?」
その時、議場の隅から一人の少女が歩み出た。年齢は10代前半といったところだろうか。長い髪の片方が白銀、もう片方が漆黒の色をしている。さらにエルフの王と同様に様瞳の色も左右で異なっていた。
突然の闖入者の登場に、運命を待つばかりであったエルフの王が顔を上げる。
「お前は……お前は……おお!そうだ。私こそがお前の父。ああ、会いたかったよ、我が娘よ」
その言葉に周囲の老人たちが顔を顰める。それとは対照的に少女は薔薇のように微笑み、パチパチと手を打ち鳴らした。
「お父さん……お父さんだよねー……ああ、私も会いたかったよぉ」
「そ、そうだ。お前の父親だ。なぁ、助けてくれ。親子だろう」
「うん、そうだね。あー……嬉しい。本当に嬉しいよ」
「……そうか。ではこの拘束を……」
首輪をじゃらじゃらと鳴らしながら手枷を娘へと差し出すエルフの王。
「……うん、取ってあげる」
唇の端が裂けるほどの笑顔を見せたかと思うと少女は
「あははははははは!やった!やったあ!このっ!この糞野郎!」
エルフの王の首が落ち血が吹き上がる。議場にむせ返るような血の匂いが充満していく。そして少女は斬り飛ばした首をどうするかと思えばさらに壁に向けて蹴り飛ばしていた。
「誰じゃ、あの子を連れてきたのは」
「仕方ないかろう。父を討つのはあの子の悲願だったんじゃ……」
「あんな風に育ておって……前任の神官長どもめ……」
神官長たちは困惑はしているものの止める気はないようだった。モモンガがたまらず疑問を投げかける。
「どういうことだ?何をしている。まだ交渉は終わっていないのではないのか」
「あの子は……母を犯され、そして産み落とされ、ずっと父親を、あのエルフの王を恨んできたのじゃ……神よ。…許してほしい」
あのエルフの王は死んで当然のことをしてきたのだろう。それがこの結果ということなのだろうか。だが、実の娘が実の父親を殺し、それを嬲るという光景にネイアは眉を顰める。
「話を戻そう。エルフとの停戦は受け入れると言うことでいいのか」
「よかろう。この王が現れるまでエルフとは共存の関係であったのじゃ。あとは亜人どもを滅ぼすだけじゃな」
「……この際だから聞いておきたい。お前たちは何がしたいのだ。エルフとは共存できるのに亜人は無理なのか?人類の守護者を標榜しているが、何をしたいのかが分からない」
「それはこの私ニグンから一度お伝えしたさせていただいたとおりございます。神よ。私たち人類が本当に安全に暮らせる地、真の人類圏を作り上げるのです」
「そのために人間以外の存在は許容できないと?」
「そのとおりです。六大神はそうおっしゃった!六大神の言葉は絶対です」
「そこにいるのが平和的に暮らしているものたちであったとしてもか?君たちを傷つけるような存在でなかったとしてもか?」
「彼らは我らに比べて生まれつき強いく、さらに長命です。一人残らず殲滅せねば安心できません」
「はぁ……そうか。ではネイアに代わって聞かせてもらおう。お前たちの正義とは何だ」
「おおっ……我らをお試しですか、神よ。正義とは6柱の神が示しております。正義とは人間のこと、その人間を救うべく亜人や異形を廃し、真の人類圏の確立することです。この世界における人類圏は荒れ狂う大洋に浮かんだ箱舟のようなもの。はるかに力を持つ亜人、異形、ドラゴン、それらに太刀打ちするためには必要なことなのです」
「……お前たちは六大神とやらが示した正義を疑うことはしないのか?亜人や異形だからと決めつける必要が本当にあるのか?」
「六大神を疑うなど不敬です!ありえません」
「……お前たちの正義は誰かに示してもらわなければならないものなのか?私はそうは思わない。彼女は……自分の足で正義を探しに世界へと出たぞ」
突然話を振られてネイアは驚く。ネイアが旅に出るときに思っていたことはそんな大仰なものではない。もっと小さな自分の手の届く範囲でのことだ。
「ちょっと、モモンさん。やめてください。私はそんな大した人間じゃないです」
「そんなことはない。ネイアは一歩踏み出した。だが、お前たちはどうだ?そこから何も踏み出そうとしないのか」
「亜人や異形たちを滅ぼすことを認めないということですか?神よ」
ニグンの、そして神官長達の目が細くなる。
「……そうだ。敵対しない限り誰かに手を出すつもりはない」
「分かりました。では私たちは手を出すのをやめましょう」
「なに?」
「じゃが、代わりに神自身で滅ぼしてもらうとしようかの。カイレ!」
「はっ!」
神官長の後ろから現れたのは、枯れたと言うのが似合うほどの皺だらけの老婆であった。白銀の生地に天に昇る龍が金糸で刺繍された変わった衣装を纏っている。そのスリットから見える肢体はゴボウのようだ。
その金糸の龍が光り輝いたかと思うと、光の竜が議場へと顕現する。そしてそのままモモンガへと襲い掛かった。
「ネイア!」
モモンガはネイアを突き飛ばすと、素早くその龍の
「魔神よ。我らに従い、真なる神となるがいい!」
「……」
「モモンさん?」
ネイアは不安そうにモモンガを見ると、その鎧が溶けるように消え失せていた。中から馴染みのあるローブを着た骸骨が姿を現す。
「無駄だ、神の従者よ。神はわれらの術によりもう操られておる。しかし、その姿……スルシャーナ様?いや、であれば従属神たるあの者が動いておるはず……」
「……それはワールドアイテムか?スルシャーナ、それがお前たちの神の名か?」
モモンガは何事もなかったかのように立っていた。操られているようには見えない。そしてその赤い眼光に警戒と怒りを宿し、攻撃を放った老婆へと向ける。
「な……なんだと?神のアイテムが効かない!?」
「ワールドアイテムだなそれは!やはりお前たちの言う神とはユグドラシルプレイヤーなのだな!それをどこで手に入れた?いくつ持っている?」
「嘘じゃ!なぜ効かん!!」
「ワールドアイテム所持者にワールドアイテムは無効だ。《
モモンガの魔法が老婆へと直撃する。
「『傾城傾国』……特性耐性すべて無視の永続魅了効果だと。あの糞運営め!チートアイテム作りやがって!」
「皆の者!神ではなく魔神と認定する!ここで滅ぼすぞ!神に命を捧げよ」
現れたのは十数人の集団。ネイアの目がその中で数人からは計り知れない強さを感じる。とてもネイアがかなう相手ではない。
「モモンさん……」
そのことをモモンガに伝えようとすると、すでにそこにモモンガはおらず老婆の前へと移動している。ネイアはモモンガから目を離してはいない。瞬間移動だろうか。
さらに、そのモモンガから老婆を庇うように二人の黒ずくめの男たちが立ちふさがっていた。この二人もいつの間に移動したのか分からない。
「ふむ、時間対策をしている者は二人……いや、さっきの女を含めて三人か?いいだろう。見せてもらおう。お前たちをまずは丸裸にしてやるぞ」
「モモンガさん!私も戦います!私もモモンガさんと一緒に!」
ネイアの脳裏にエルフの国でモモンガから逃げ出してしまったことがよぎる。今の自分はモモンガを信じている。モモンガも隠し事をしないと約束してくれた。ならばここで自分だけ逃げだすことなど出来るはずがない。
「いや、ネイア。君は先に逃がす。《
「え……なんでですか!」
「これで追跡は不可能だろう。ワールドアイテムに対抗するにはワールドアイテムが必要だ。私は一つ持っているが、ネイアに渡せるワールドアイテムはない。ここは逃げてくれ。できるだけ遠くにな」
「……私じゃ足手まといですか?」
「いや……そうじゃない……そうじゃなくて……。ここでネイアに死んでもらっては困る。ずっと……ずっと一緒にいたいと思っているからな」
もう隠し事はしないと言った手前、嘘もつけなかったのだろう。照れくさそうに顔を背けて手をネイアへと向ける。そしてネイアが何かを言おうとする前に魔法がネイアへと発動した。
「《上位転移《グレーター・テレポーテーション》》!」
ネイアのいなくなったその場に残ったのはモモンガと法国の特殊部隊。その特殊部隊が転移阻害を発動したのをモモンガは感じる。ネイアをぎりぎりで逃がせてよかった。しかし、モモンガはここで逃げるつもりはない。
「……私と彼女がともにあるためには、おまえたちはここでつぶしておく必要があるようだな」
♦
転移されたネイアはあたりを見渡す。見覚えのある山々があった。聖王国からアベリオン丘陵の方向に見えていた山々だ。ここは法国と聖王国を分かつアベリオン丘陵のどこかなのだろうと判断する。
「モモンガさん、なんで……」
(ずっと一緒にいたいって言っても……。でもそれは……)
ネイアはエルフの王が言ったを思い出す。永遠を生きるアンデッドであるモモンガとはいつか別れの時が来るということを。人のしての人生を全うできるネイアはそれでもいいかもしれない。だが、モモンガはどうなんだろうか。モモンガは一人きりで永遠に生きていくのだろうか。
もちろん、新しい仲間ができてそうならないかもしれないし、今までもそう生きてきたのかもしれない。だが、それでもネイアの心には無力感あった。先ほどのことでもそうだ。
(私に力ないから……最近助けられてばっかり……一緒にいても足手まといになっちゃうかな……)
モモンガに見合う力がない。モモンガのことを守ろうと思っても隣に立つだけの資格もない。ネイアでは相手にならないほどの超越者が現れた時、その圧倒的な力で理不尽が行われたとき、自分は守られるだけなのだろうか。
(今はここを離れないと……)
モモンガは出来るだけ法国から離れるように言っていた。ネイアが聖王国へと足を向けようとしたその時……。
ズルズルと何かを引きずるような音がして振り返る。遠くに人影が見えた。追手ではないようだ。ネイアより少し背の高い人影が一つに、小さい人影が二つ。近づいてくる小さい人影は何かを引っ張っている。
ネイアの鋭い目がそれを捉えた。棺桶だ。その白く立派な棺を引っ張っぱる体は人の子供のように小さい。しかし、その額に生えた角のようなものがそれが人でないことを証明していた。
(亜人の……子供?それにあの人は……)
「レメディオス団長……」
亜人たちの前を歩いているのは聖王国の聖騎士団長レメディオスであった。聖騎士の証である白い鎧とマントを羽織ってはいるが、頬はこけ、落ち窪んだ眼がギラギラと輝き幽鬼のような鬼気をはらんでいる。腰には聖騎士団長の代名詞ともいえる聖剣サファルリシア。さらにネイアの知らないもう一振りの剣を帯びている。
連れている亜人はみすぼらしい麻の囚人服のようなものを着せられ、全身は傷だらけ、息も絶え絶えで必死に棺を引いていた。
「ネイア……バラハか」
一人は亜人を殲滅するために。一人は本当の正義を探すために。聖王国から外の世界へと旅立った二人がアベリオン丘陵で邂逅することとなった。