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【社説】

天皇と憲法(2) 沖縄の苦難に向き合う

 凄惨(せいさん)な地上戦や苛烈な米軍支配など苦難の歴史を強いられてきた沖縄。天皇陛下が心を寄せられたのは、国民統合の象徴としての天皇像の模索でもある。

 「だんじよかれよしの歌声の響(ダンジュカリユシヌウタグイヌフィビチ) 見送る笑顔目にど残る(ミウクルワレガウミニドゥヌクル)」

 「だんじよかれよしの歌や湧上がたん(ダンジュカリユシヌウタヤワチャガタン) ゆうな咲きゆる島肝に残て(ユウナサチュルシマチムニヌクティ)」

 二月二十四日に行われた天皇陛下在位三十年記念式典。両陛下は沖縄県出身の三浦大知さんが歌う「歌声の響」に耳を傾けた。陛下が皇太子時代の一九七五年、初めての沖縄訪問後に詠んだ沖縄地方の言葉による琉歌に、皇后さまが曲をつけたものだ。

◆地上戦で県民が犠牲に

 「だんじゅかりゆし」とは船出を祝う沖縄の歌。両陛下が名護市のハンセン病国立療養所「沖縄愛楽園」を訪れた際、見送りの人々から歌声がわき上がった。

 その前日には激戦地だった沖縄本島南部の戦跡、糸満市のひめゆりの塔を訪れた両陛下に、火炎瓶が投げ付けられる事件が起きた。

 琉歌には両陛下の旅の安全を願う人々の歌声や笑顔を心に留める陛下のお気持ちが詠(うた)われている。

 陛下の沖縄訪問は、この皇太子時代を含めて十一回に上り、糸満市摩文仁の国立沖縄戦没者墓苑など南部の戦跡を必ず訪れている。

 父である昭和天皇は沖縄訪問を切望し、八七年の沖縄国体に出席の予定だったが、手術のため見送られ、天皇としては訪問できなかった。その名代が、皇太子時代の今の陛下である。

 天皇ご一家は「日本ではどうしても記憶しなければならないことが四つある」として、広島、長崎に原爆が投下された八月六日と九日、終戦の日の八月十五日に加えて、沖縄で組織的戦闘が終わった六月二十三日にも毎年、黙とうをささげてきた、という。

◆天皇制支配と別の歴史

 式典での「記念演奏」に琉歌が選ばれたのも、天皇陛下の沖縄への思いを考えれば、ごく自然の流れだったのかもしれない。

 では、なぜ陛下が沖縄に深い思いを寄せてこられたのか。

 沖縄戦では当時六十万県民の四分の一もの人々が犠牲になった。天皇の名の下に始まった戦争の犠牲者慰霊こそ天皇の務めとされているのだろう。

 それだけでなく、沖縄が近世まで天皇制支配の枠外にあり、戦後も一時期、本土と切り離された歴史と無関係ではあるまい。

 沖縄にはかつて「琉球国」という日本とは別の国家があり、江戸時代の薩摩藩による侵攻を経て、明治時代の琉球処分で日本に組み込まれた。明治期に沖縄は徐々に日本に「統合」されたが、敗戦で再び本土から切り離された。

 昭和天皇は米軍による沖縄の長期占領を望んだ、とされる。この「沖縄メッセージ」を巡っては沖縄を切り捨てたという議論や、潜在的主権を確保する意図だったなど、さまざまな議論はあるが、五二年のサンフランシスコ講和条約発効後も、沖縄では七二年まで米軍による統治が続いた。

 国民主権、戦争放棄、基本的人権の尊重を三大理念とする日本国憲法が適用される本土復帰まで、沖縄は人権無視の米軍統治に苦しんだ。陛下の思いはこうした苦難にも向けられているのだろう。

 沖縄には今も在日米軍専用施設の70%が集中し、県民は重い基地負担に苦しんでいる。

 日本国憲法は天皇を「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」と定める。

 天皇陛下は二〇一六年、退位の意向をにじませたおことばで「天皇が国民統合の象徴としての役割を果たすためには、天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を内に育てる必要を感じてきました」「日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、天皇の象徴的行為として大切なものと感じてきました」と述べている。

 日本と別の独立国だった歴史を持ち、戦後の一時期は異国支配の苦難を強いられ、今も米軍基地の過重な負担に苦しむ沖縄。だからこそ、繰り返し訪問し、県民の苦難と向き合うことで「国民統合の象徴」としての務めを果たそうとされているようにも映る。

◆令和の時代に引き継ぐ

 新天皇に即位する皇太子さまは皇太子になる前の八七年に初めて沖縄を訪れ、南部戦跡も訪問された。皇太子となった後も沖縄を訪れるとともに、沖縄の小中学生による「豆記者」と毎年会い、記者会見で「沖縄の文化とともに、沖縄での地上戦の激しさについても伺った」と紹介している。

 戦争犠牲者を慰霊する役目と、多くの苦難を余儀なくされた県民に寄り添う国民統合の象徴としての務め。それらを誠実に果たそうとするお気持ちは新しい天皇に受け継がれるべきだろう。

 

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