サバイバル・オブ・ザ・モモンガ   作:まつもり
<< 前の話

28 / 28
第二十七話 気配

自分達が宿泊している宿の裏庭で、ンフィーレアは訓練前の準備体操を行っていた。

 

カッツェ平野に滞在し始めてから三か月の間、何か用事があったり余程疲れている時を除いて、ンフィーレアは毎日のように鍛錬を続けている。

 

方法は他の冒険者が行っている訓練を参考にしたり、もしくは自分の感覚を元に考えた自己流。

 

まずは正拳突きから回し蹴り、相手の攻撃を受け流す動作など、実戦でよく使用する体捌きを何度も反復していく。

 

モモンに渡された本の影響なのか、ンフィーレアは師匠につく等して専門知識を学ばなくても、効率的な体の動かし方が自然と理解できる。

 

どのようにすれば打撃に体重を乗せられるのか、どうすれば効果的かつ素早い攻撃を放てるのか。

それらの問いに対する答えをまるで以前から知っていたかのように、自然と体が動いてくれる。

 

但し、それだけで直ぐに経験豊富な戦士と同じように戦える訳ではない。

 

アンデッドとの戦闘を通して理解できたが、実戦で重要なのは相手の行動に応じて最適な行動を選択できる対応力、そしてどんな状態でも平常心を失わない冷静さだ。

 

訓練レベルで正しい攻撃動作を理解したとしても、実際の相手に対して使うには一瞬の隙を突く度胸や予想外の動きに対応する機転が無くては話にならない。

 

また敵に攻撃された痛みに怯んでいては、例え体が砕けようと動きを止めずに襲い掛かってくるアンデッドとは戦えない。

 

 

ンフィーレアは黙々と攻撃、防御、回避の型を繰り返す。

頭の中で敵の姿を想像し、その動きに合わせて型をなぞる事で、動作を一つ一つ身体に染み込ませていった。

 

 

やがて体が火照り、蒸発した汗が冷たい空気の中を白く立ち上る頃、ンフィーレアは次の鍛錬へと移行する。

次は両手でなければ持てないような大きな石を抱え、膝の屈伸運動を繰り返していく。

 

背中と太腿の筋肉に強い負荷がかかり、鈍い痛みと共に体に疲労が蓄積される。

モモンに渡されたアイテムの力により普通では考えられない勢いで修行僧(モンク)としての強さを身に着けているとはいえ、自分が元々同年代と比べて体格に恵まれている訳ではない事をンフィーレアは承知している。

 

例え戦士としての技量が同じでも体格に優れ、より多くの筋肉を身に纏った者の方が優位に立つのは、戦闘を生業とする者達の間では常識であり、ンフィーレア自身も自分の小柄な体格による不利は実感している。

 

身長はまだまだ成長によって伸びる余地はあるが、元々の線の細さはこのまま大人になっても変わらないだろう。

ならばせめて、今の内から少しでも筋肉をつけておこうと肉体鍛錬に精をだしていた。

 

 

強くなる為とはいえ、鍛錬の辛さはンフィーレアの精神を強く揺さぶる。

まるで肉に火が付いたような痛みに耐えながら、必死で体に過負荷を与え続ける苦行に、頭の中では常に休んでしまおうという誘惑が囁き続ける。

 

それでもンフィーレアが自分を責め苛む事をやめない理由は、リイジーを生き返らせる為というのもあるが、何よりも自分自身の為だった。

 

ンフィーレアは自分の幸せの為に人を一人殺し、多数の兵士に重傷を負わせ、多くのモンスターを討伐してきた。

 

失った肉親を蘇らせる。

それは恐らく、人間にとっては過ぎた願いなのだろう。

 

この町には一攫千金や、物語に語られるような英雄になるという夢物語を胸に多くの者達が集い、そして欲望に振り回されて死んでいく。

 

何も持たない者が高みにある何かを掴み取ろうとすれば、相応の代償を支払わなければならない。

それがこの町でンフィーレアが感じた真実で、既に彼は他者の命を己の欲望を叶える為に支払ってしまった。

 

もし自分があの牢獄で生を諦めて、おとなしく死を受け入れていれば、少なくとも殺人者ではないただの子供として最期を迎えられただろう。

 

ただンフィーレアは生きる事を選び、その為に自分を殺そうとしたとはいえ他人を犠牲にしてしまった。

 

あの時は無我夢中の心境だったが、この町に来てからンフィーレアは自分が人を殺した時の夢を頻繁に見るようになっていた。

 

 

……だけど、だからこそ自分が生きる事や幸せを手にする事を諦めてはならない。

それは自分が今まで犠牲にしたものを裏切る事になるから。

 

例えどんなに無様でも、最初に描いた願いを諦めてはいけない。

その決意は今、ンフィーレアの心の芯となっていると言っても良かった。

 

 

 

やがて平野に夜の帳がおり、辺りが薄闇に包まれる。

ンフィーレアは汗だくの体を水で濡らした布で拭くと、宿の中へと戻る。

 

一階部分の酒場で硬い黒パンと干し肉を入れたスープを二人分受け取ると、それを盆に乗せてモモンガのいる部屋へと向かった。

 

モモンガはアンデッドなので飲食は出来ないが、それが露見すると怪しまれる事は確実なので、自分達は部屋で食事をとる習慣があるということで誤魔化している。

 

二人分の食事は鍛錬で腹を空かせたンフィーレアが、いつも一人で平らげていた。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

鈍く光沢を放つ漆黒のプレートアーマーで全身を覆った人物が墓標に囲まれた町へと現れたのは、モモンガ達が骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)を倒してから一週間程後の出来事だった。

 

指先から頭までを滑らかな曲線を描く金属版で覆っている。

まるで優雅なスーツのような印象すら受ける程に体の輪郭にぴったりと沿った鎧は、中にいるであろう者の動きを少しも妨げていない。

 

鎧の人物が右手で持っていた布袋を受付の前のテーブルに降ろすと、硬い物が擦れあう鈍い音が響いた。

 

「アンデッドの一部を金に換えてくれるのは、こちらで合っていますか?」

 

「え、ええ。 報酬の受け取りですね」

 

声からして若い男のようだ。

この町ではまず見かけない異様な風体にいささか受付の男は面食らうが、すぐに気を取りなおす。

 

カッツェ平野で討伐したアンデッドの部位には、持ち込んだ相手が冒険者だろうが犯罪者だろうが何も聞かずに報酬を出すのが規則。

 

男の正体が何であれ、アンデッドを討伐する戦士には変わりないのだから、受付の担当者がする仕事は何時もと同じだ。

 

だが袋の中身をテーブルの上に並べて、マジックアイテムを用いて識別していく作業が進むにつれ、受付の男の顔が徐々に強張ってくる。

 

「えっと……、全ての確認が終わりました。 骸骨(スケルトン)が三十体で銀貨9枚、動死体(ゾンビ)が二十二体で、銀貨8枚と銅貨16枚、腐肉漁り(ガスト)が二体で銀貨6枚……、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が一体で金貨1枚です」

 

受付の言葉に周囲で聞き耳を立てていた人間達が一斉にざわめきだす。

骨の竜(スケリトル・ドラゴン)はカッツェ平野に出現する中でも最強格のアンデッドの内の一つだ。

 

魔法に対する……、少なくとも知られている限りの魔法に対する完全耐性や、刺突に対する完全耐性を有しているという特性上、魔法と弓という代表的な遠距離攻撃手段が通用しない。

 

なので、確実に討伐する為には飛行能力を持つ骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に肉薄する為の飛行能力が重要だとされており、討伐依頼が出されるとすれば少なくとも白金級、確実を期するならミスリル級を雇わなければならない。

 

モモンガ達が倒した骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)も、冒険者がモンスターの強さを測る際に使う指標である難度では同程度と評価されるが、骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)の場合は下位の冒険者チームによる数の利を活かした戦法が通用する為、討伐の難易度では骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の方が上と評価されている。

 

もしミスリル級を雇って骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を討伐してもらう場合、少なくとも金貨100枚以上の報酬は必要となるだろう。

 

しかしカッツェ平野では、ある程度まではアンデッドの強さに応じて報酬が上がるが、骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の強大なアンデッドの場合は金貨一枚というのが報酬の上限と決められていた。

 

弱い冒険者等には勝ち目のない強大なアンデッドに、下手に適正な報酬額を割り振ろうとすれば、必ずその報酬に目がくらんで無謀な戦いを挑む者が出てくる。

 

それ自体は冒険者組合としては、自己責任で済ませる話だが、もしそれで目撃者が全滅して情報が町に伝わらなければ、危険なアンデッドの発生を見逃してしまう事にも繋がりかねない。

 

そこで冒険者組合は、あまりに強大過ぎるアンデッドに対してはとても危険とは釣り合わないような低い報酬を設定して、目撃情報自体に報酬を出すことにしている。

 

危険なアンデッドの目撃情報を迅速に集め、討伐は付近の都市の優秀な冒険者を雇って行う。

 

これが冒険者組合の基本的な姿勢であり、目撃者が直接アンデッドを狩ってしまうモモンガ達や鎧の男のような事態は想定外だったと言ってもいい。

 

冒険者組合はモモンガ達が骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)を倒した翌日に、組合への所属を勧めたが、それは断られていた。

 

 

これは上に報告せねば、と心に決めた受付の男から報酬を受け取り、鎧姿の男は建物の外へと向かう。

 

「おっと」

 

だが扉の前で男は一度立ち止まる。

扉が外側から開けられて、そこからまだ十歳前後と思われる少年と、カボチャを模した不気味な被り物をした者が中へと入ってきたからだ。

 

「これは失礼した」

 

カボチャ頭が見かけによらず、礼儀正しく軽く頭を下げる。

少年もそれに倣い軽くお辞儀をすると、二人で受付の方へと歩いて行った。

 

(さて……、一先ず宿を探しましょうか。 この町に来るまで少し道に迷ったせいで疲れましたし……)

 

鎧姿の男が宿や店が立ち並ぶ狭い通りの中を進んでいると、プレートアーマーの兜の部分の内側が震え、男にしか分からない程度の音量で言葉を発した。

 

「さっき会ったカボチャ頭……、奴らと同じ気配がする」

 

「ん、奴ら……とは?」

 

「我が前にいた場所じゃ。 この前に話したじゃろ、エルヤー。 奴の正体は分らんが………、気になるな」

 

 

 



※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。