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マヌケなFPSプレイヤーが異世界へ落ちた場合 作者:地雷原
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 海岸線のキャンプ地へと戻ると、水夫たちが慌ただしく動いていた。


『急げ! すぐにここへ雪崩込んで来るぞ!』


『資材が足りない!』


『木を切り倒して防壁代わりに使え!』


 水夫たちはキャンプ地の防護柵を二重にし、低木林を切り倒してバリケードのように積み上げていた。ログハウスからフードの三人も出てきており、透き通った氷の卵の前で何かを話しているのが見える。

 会話の内容は水夫たちの声や作業音に邪魔されてよく聞き取れないが、どうやって卵を守るかを話し合っているようだ。


 しかし、急にどうしたのだろうか? 何かからの攻撃に備えているのは間違いないが、海岸線の周辺は俺が殆ど狩り尽くして脅威となる魔獣はそれほど多くはないはず。


 防衛線を増強しなければならないほどの数が残っているとすれば――エンプレスアントの幼生体か。


 水夫たちの気の高鳴りが、少し離れた俺のところにまで届き、思わずARX-160を握る手に力が入る。


 エンプレスアントの習性を考えると、餌を求めて幼生体にここを襲うように指令を発したのだろう。カルデラ内部の状況はまだ判らないが、俺の狩りによって海岸線側の餌が不足し、新たに上陸してきた水夫たちに反応したか――もしくは、あの卵に反応したかだ。


 ――俺はどうする?


 フードの男の一人がドラーク王国のザギール第八王子か確かめるためにキャンプ地へと引き返した。それを確認することが出来れば、島の外から運び込まれた透き通った氷の卵は、バイシュバーン帝国と深く関わっていることになる。


 そうなった時、俺はどう動く――? 


 クルトメルガ王国に害をもたらす前に彼らを全滅させ、卵が孵化する前に破壊するか? だが、ドラーク王国とクルトメルガ王国の休戦条約はまだ破棄されていない。だからこそ、第三国のフィルトニア諸島連合国の迷宮島にいるのかもしれないが……。

 ここで攻撃を仕掛けるとしても、そのタイミングを見極めなければ俺が両国の戦端を開くことになりかねない。


 俺のことを直接的には知らないだろうが、俺が迷宮島について調べたように、大勢の水夫とその雇い主が迷宮島に渡るのと同時期に、誰が迷宮島について調べたかは判ってしまうだろう。


 なら――バイシュバーン帝国が何を企もうと、ドラーク王家の血統スキルがどのようなものだろうと、あの卵さえ破壊すれば全てを潰せる。幼生体か魔獣の群れか判らないが、キャンプ地への襲撃に乗じて破壊する。


 次に起こる事態に対してどう動くかを決めたところで、インベントリを開いて必要になるであろう銃器を選択していく。


 俺が卵を破壊したことを見られず、状況をコントロールするためには遠距離からの無音射撃が有効だろう。


 M24A2にサイレンサーをアタッチメントとして選択、それと低木林の中で状況を監視するために、アバター衣装の中からギリースーツを取り出した。

 M24A2は既に何度も使用しているボルトアクション式のSRFスナイパーライフルだ。ギリースーツはスナイパーの代名詞とも言える迷彩服で、全身が草や小枝に覆われている。これを着て伏せていれば、ちょっと離れれば草木と見わけはつかない。


 キャンプ地の傍からいったん離れ、上り坂になっている場所の茂みへと伏せた。これでキャンプ地を見下ろしながら、全体を射撃範囲に収めることが出来る。もちろん透き通った氷の卵も射角の中だ。角度的に小屋の壁に阻まれて見えなくなってはいるが、そこから移動していないことは判っている。直接見えていなくても、小屋の壁ごと撃ち抜くのは容易だ。


 ギリースーツは視覚をごまかす擬装の迷彩服だが、一つ弱点があるとすれば熱が内側に篭ることだ。赤道付近に位置する迷宮島の日の入り時刻は遅い、いつまでも蒸し暑く、伏せながら飲むペットボトルに思わずストローが欲しいなどと考えていた頃、低木林の中から草木を掻き分け踏みしめる音が聞こえ始めた。


 来たか――。


 音がする範囲は広く、続く足音の数も多い――幼生体だ。


 キャンプ地の水夫たちもその音に気づいたらしく、次々に長剣を持ち、槍を持って眼前に現れるのを待ち構えた。


『来たぞ! 姿に惑わされるな、アレが人ではなく魔獣の類であることは明白だ!』


 声を上げたのはフードの一人、張りのある若々しい声で水夫たちに指示を飛ばしていく。


 あのフードがこの集団のリーダーだろうか?


 M24A2のスコープでその男を追い、フードに隠された素顔が見えるのを待つ。


 戦闘はすぐに始まった。キャンプ地正面の低木林に白い獣人種――猫耳大男に鼠顔、そして狸顔の幼生体が多数姿を現し、赤く光らせた目で水夫たちを威嚇している。

 水夫たちは武装しているが、幼生体たちは武器と呼べるものは持っていない。素手とも言えないが――手に持つのは両手で抱えるほどの岩や落木だ。


「Uwoooo!」


 そして開戦の合図とも言える咆哮が轟いた。低木林から駆け出す白い猫耳大男の群れがキャンプ地の防護柵に激突し、その後方では鼠顔と狸顔が魔法の詠唱をしているのが見える。


 対する水夫たちも防護柵を盾に剣と槍を構え、卵が鎮座する飼育小屋前ではフードの三人が魔法の詠唱に入っていた。


 両者の激突をスコープ越しに見つめながら、確信を得るための証拠が見えるのを待った。


「くそっ、やっぱり魔獣だ!」


「一体こいつはなんなんだ……」


「無駄口叩くより魔獣を叩け! 相手が何だろうと、向かってくる奴は敵だ!」


 水夫たちが漏らす言葉をフードの一人が一喝した。どうやら幼生体たちは〈擬態〉で別の姿を見せているようだが、水夫たちはその姿がまやかしだと判っているようだ。〈擬態〉を見破っているわけではないようだが、迷宮島という閉鎖空間にそぐわない何かに擬態しているのだろう。 


 倒された幼生体が人ではないことはすぐに判った。流す血は同じ赤色だったが、白い体は溶けるように崩れ、瞬く間に足元は白濁液と血の赤が混ざり合った斑模様へと変わっていく。魔石が残るようなこともなく、跡形もなく消えていくさまが人の死と同じであるわけがない。


 そして、幼生体たちの数は水夫たちを遥かに上回り、シンプルな突撃が組織だった防衛ラインを突破していく。瞬く間にキャンプ地内は混戦となり、フードの三人も魔法ではなく近接戦闘を余儀なくされていく。猫耳大男の群れ――異様としか言いようのない光景に、後方から降り注ぐ魔法攻撃の雨。水夫たちは次々に倒され、彼らは飼育小屋を中心に周囲を包囲されていた。


「このままでは危険です」


「だが……これをここにおいて逃げても同じことだ。私だけではなく、国が亡ぶ」


「しかしっ!」


「ここで産むしかない……」


「そっ、それは余りにも危険です!」


「これしか方法はない!」


 飼育小屋前で口早に会話をするフードたちの声が聞こえた。どうやら氷の卵を孵化させるつもりのようだ。リーダーらしきフードにスコープの十字を合わせているが、未だその素顔は確認できていない。


 なら、様子見はここまでだ。


 スコープの狙いをフードの男から飼育小屋へと動かし、トリガーに指を掛ける――鼠顔と狸顔による魔法攻撃の着弾に合わせ、小屋の壁ごと中の卵を撃ち抜いた――が、感触がない。


 剣や棍で直接斬ったり殴ったりすれば、その感触が武器を伝わって感じることが出来るのだが、銃で撃ってもそれは存在する。いや――俺の経験でいえば、FPSにもそれは存在する。クロスヘアの広がりや、ゲームデバイスによってはバイブレーションで着弾を知ることが出来る。

 VMBでも着弾すればクロスヘアに拡張と振動が起こり、SRFスナイパーライフルの場合は両手に微振動を感じる。


 卵の大きさを考えれば外したとは思えないのだが、M24A2のボルトハンドルを引いて回し、次弾を装填してもう一度トリガーを引く。今度も着弾の感触はなかったが、その理由は判った。

 銃弾によって開いた穴の向こうに氷が見える。どうやら――小屋の内側は分厚い氷に覆われ、そこで弾丸が止まったようだ。


 俺の銃撃に気づく者はいなかったが、二発の銃弾を発射している内にフードの一人が一際大きな魔石を道具袋から取り出し、卵に投げ込んでいるのが見えた。


 銃撃によって開いた穴から光が漏れる。魔石の吸収に反応しているようだ。そして、その光に幼生体たちも反応して咆哮を上げていた。


 幼生体の狙いもやはり透き通る凍った卵か、エンプレスアントの餌として上質な魔力の塊に見えているのか?


 だが、幼生体の包囲網が一層縮まったのと同時に、キャンプ地での戦闘が急変した。


 飼育小屋の内側だけに張られていた氷が小屋の周囲にまで広がり、フードの三人だけでなく、近くで戦闘をしていた水夫と幼生体の足までも氷漬けにした。


「おい、なんだこれは!」


「この氷はお前たちの魔法か?! この状況で何で邪魔をする!」


「Ugaaaaaa!」


「こ、これは一体――!」


 足のひざ下まで凍りつき、動くことが出来なくなった水夫と幼生体が声を上げ、フードの男たちも事態の変化が呑み込めていないようだった。


「産まれる……産まれるぞ!」


 だが、リーダーの男だけは卵の変化に対して違う反応を示していた。凍りついた足元からは輝く粒子の奔流が巻き起こり、卵に差し向けた右手の先には魔法陣が浮かび上がり、ゆっくりと回転していく――。


 それはこの世界の魔法とは別の理によるモノ――血統スキルだと一目で判った。それを裏付けるように、足元から巻き起こった奔流に煽られてフードがめくれ、それに隠されていた素顔も見えた。


 ――コティそっくりだ。


 双子かと思うほどにコティに似ている普人種の男は、歓喜に満ちた笑みを浮かべて何かを唱え始めた。


「――我は告げる。汝の全てを我に捧げよ、我は汝に生命の鍵を渡し、命運を共にする誓約を――」


 しかし――俺が三発目のトリガーを引く前に、飼育小屋から突如伸びた氷の結晶によって、その笑みと詠唱はこの世界から消し飛んだ。





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