サバイバル・オブ・ザ・モモンガ   作:まつもり
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第二十六話 墓標

その町は季節を問わず、常に薄霧に覆われていた。

 

町の規模は小さく、概ね二百メートル四方程の四角い外壁に囲まれた範囲でしかない。

外壁は太い木材を地中深く刺して作られた強固なものであり、この町が持つ役割を明確に示している。

狭い範囲にひしめくように並び立つ建物の中には住人の家は存在せず、全てが宿屋か軍隊の駐屯所、そして食料や武具を取り扱う商店だった。

 

ここはカッツェ平野の南西に築かれた、アンデッドを討伐する者達の為の拠点。

カッツェ平野から時折溢れ出すアンデッド達は、王国と帝国にとって共通の問題であり、近年は友好的とは言えない両国もカッツェ平野のアンデッド対策に関しては歩調を合わせており、この町も共同で物資を供給する事で維持していた。

 

 

ただ、両国がこの町の維持に関して協力関係を結べているのは、地理的な要因もあるだろう。

この町まで移動するには両国どちらからのルートでも、無数のアンデッドが潜む平野の中を少なくとも二日は進まなければならない。

 

ここまで大軍を移動させる事はアンデッドの危険性を考慮すれば難しく、それ故にこの町は純粋なアンデッド討伐拠点として存在する事が出来ていた。

 

ちなみに、この町の治安維持や討伐者の管理は冒険者組合が国家からの依頼と言う形で引き受けている。

二つの国が共同で維持している町である、という理由で帝国も王国もこの町の領有権は主張していない。

 

もしもどちらかの国家がこの町を自国のものである、と主張すれば、二国が共同でアンデッド討伐に当たることで一国辺りの負担を軽減出来ている今の体勢が崩れてしまう事は明白であり、それはお互いに不利益にしかならないからだ。

 

だからといって町の治安維持とアンデッド討伐の報酬の支払いは冒険者組合が国家からの依頼という形で請け負っており、無法地帯という訳ではない。

 

しかしながら両国の法律の違いや国民の権利の取り扱いが難しく、この町の掟はあくまでも町の秩序を乱す者を排除するという目的の為に作られている。

 

例えばこの町に犯罪者が逃げ込んで、どちらかの国が引渡しを主張しても、それには煩雑な手続きと時間が必要になったりと容易な事ではない。

 

その為、この地に集う者達は食い扶持を稼ぐために集まった冒険者やワーカーの他に、すねに傷を持つ素性の怪しい者達も多い。

 

そんな怪しい者達の一員であるモモンガとンフィーレアは現在、討伐したアンデッドの一部を持って、冒険者組合が管理する報酬の受け渡し所に来ていた。

 

蝶番が立てる軋んだ音と共にその建物の中に二人が入ると、中に置かれた談話用の椅子に座る者達が、アンデッドの情報収集や討伐の計画を立てる作業を中断しこちらに目を向けてくる。

 

入ってきた者達が三ヶ月程前に町へと訪れてから数多くのアンデッドを討伐した二人組だと分かると、多くの者が

興味の視線を二人に集めた。

 

「手続きを頼む」

 

冒険者組合の職員が座る窓口の前のテーブルに、幻術で作った偽りの顔の上にカボチャ頭の被り物をしたモモンガが、アンデッドの残骸の一部が入った袋を置く。

 

王都の裏路地での人目を避けた生活から、戦闘技能を持つ人間が多数集まる町へと活動の拠点を移したモモンガは流石に今までよりも情報を守る手段を講じなければまずい……、と考えた。

 

その中でも特に隠し通さなければならないのは指輪型のワールドアイテム、絶対正義の証と自身がアンデッドであるという事実。

 

ワールドアイテムが見つかる可能性として最もありえる、とモモンガが考えたのは周囲で《ディテクト・マジック/魔法探知》、あるいはそれに類するスキルを使用されるという事態だった。

 

《ディテクト・マジック/魔法探知》は周囲のマジックアイテムや魔法のオーラを探知する魔法であり、反応の大きさによりマジックアイテムが持つデータ量も大雑把ではあるが把握出来る。

 

例えば商売敵の実力を探ろうとする者がいたり、そうでなくても周囲で偶然その魔法を使用されるだけで、一瞬でワールドアイテムの存在が露呈してしまう。

 

その対策の為にモモンガが考えたのは、マジックアイテムの箱の中に絶対正義の証を収納するという方法だった。

《ディテクト・マジック/魔法探知》は通常の物体ならば貫通してその向こう側にあるアイテムを探知できるが、収納型のマジックアイテムに対して使用した場合は内側のアイテムは探知出来ず、外側の収納型のアイテムのみを探知する。

 

ユグドラシルにおいてダンジョンに出現する宝箱には、箱全体に魔法の罠や防御魔法が仕掛けられている事が多く、そういった宝箱は《ディテクト・マジック/魔法探知》を使っても内側のアイテムのデータ量は判別出来ない。

 

モモンガもそれを参考にして、バレアレ薬品店で見つけた《ブリザベイション/保存》の効果を持つ小箱に指輪を収納する事でワールドアイテムの魔力反応を隠すことにした。

 

高位の情報系魔法を使われたり、箱の中身を不信に思われて重点的に調べられれば簡単に露見する恐れもある以上、確実な方法ではないが今のモモンガの現状ではこれが精一杯だった。

 

ワールドアイテムはアイテムボックスには収納できないが、特に痛み易い薬草を収納する為に使っていたらしい魔法の箱は大きめの弁当箱ぐらいの大きさなので常に鞄に入れて持ち歩いている。

 

 

ちなみに正体を隠す為に幻術で作った顔の上から被ったカボチャ頭は絶対正義の証を用いて、百鬼都市バーティヘル内の商店で購入したアイテムだ。

 

マジックアイテムでもない単なるジョーク用のコスプレグッズで、モモンガは安いし、この世界に無いマジックアイテムを装備して不自然がられる事態も起こらない……と見た目の不審さには目を瞑って装備したが、その内にもっと良いデザインの被り物に取り替えようと思っている。

 

何せこの町の商店は武器防具以外は品揃えが悪く、被り物と言えば戦闘用の兜くらいしか置いてない。

モモンガはユグドラシルでは職業的な制限で重装備を身につけられなかったが、この世界では違うかも知れないと試しに兜を試着してみると、体が急激に重くなり、魔法も使用出来なくなる、と散々な結果になった。

 

 

 

モモンガが持ち込んだ袋の中身を若い男の職員がテーブルの上に取り出していくと、骨片や髪の毛の束が合わせて10本程並ぶ。

 

討伐したアンデッドの部位は余計なトラブルを避ける為、奥へと持ち込まずその場で鑑定する事になっており、職員は慣れた手つきで二つのマジックアイテムを引き出しから取り出した。

 

信仰系の魔法詠唱者が作成したマジックアイテムであるそれらは、一見小さなランプのように見える。

 

その名を『識別の灯火(ランプ・オブ・ディスクリミネーション)』と『浄化の灯火(ランプ・オブ・パージ)』と言う。

 

職員が袋の中身に識別の灯火(ランプ・オブ・ディスクリミネーション)を近づけ発動させると、ランプそのものでは無く、テーブル上の骨片と髪の毛がそれぞれ赤や橙色、青など様々な色に光り始める。

 

これはこのマジックアイテムの効果によるもので、ランプから放たれる魔力とアンデッドの残骸に残留する負のエネルギーが反応し、残骸を種族毎に異なる色に光らせるのだ。

 

職員は光の色からアンデッドの種族を識別出来るだけの知識を持っており、数秒間目を走らせただけで、テーブルからモモンガへと視線を戻す。

 

骸骨(スケルトン)が5つ、動死体(ゾンビ)が四つ……、おお、骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)が一つですね。 それでは改めさせて頂きます」

 

ここでは討伐の証として、アンデッドの残骸の一部を回収して持ってくる事になっている。

アンデッドの中には複数の人体が組み合わさったような体を持つ種族も多く、それ故に持ってくる部位の指定は行われていない。

 

特定の部位を持ってくるように定めた所で、同じアンデッドから複数の骨片を採取してくる等の不正が行われるのは容易に予想出来るからだ。

 

この町の冒険者組合ではマジックアイテムによって討伐したアンデッドの個体数と種類の判定が行われており、アンデッドの個体数を判断するのは、次に職員が手にとった浄化の灯火(ランプ・オブ・パージ)だ。

 

このランプには神官がアンデッドの残骸を清める時に使う《パージ/浄化》という魔法が込められている。

《パージ/浄化》はまだ偽りの生命を失っていないアンデッドや、何らかのマジックアイテムに加工されたアンデッドの残骸には効果を及ぼさず、戦闘に使用出来る魔法ではない。

 

ただ動死体(ゾンビ)等の肉を持つアンデッドは討伐しても悪臭を放つ骸を残し、大きな町の墓場等では、その処理に頭を悩ませていることも多い。

 

そんなアンデッドの残骸を簡単に始末できるこの魔法は、人々の生活に密着した活動を行っているような神官には人気の魔法だった。

 

 

職員はテーブルの骨片を一つだけ他のものと離して、それに浄化の灯火(ランプ・オブ・パージ)を近づける。

 

すると骨片は急速に風化していって、数秒後で原型を留めず灰になってしまった。

この魔法はアンデッドの残骸の一部に対して使用するだけで、どれだけ距離が離れていようが残りの部位にも同様の作用を及ぼす。

冒険者組合ではこの魔法を用いて、同じアンデッドの部位が複数回持ち込まれる、という事態を防いでいた。

 

 

職員は骨片や髪の毛を一つづつ灰にしていき、やがて全ての部位を処理し終えると口元に笑みを浮かべる。

 

「全て異なる個体の部位と判定出来ました。 骸骨(スケルトン)が五体で1銀貨と10銅貨。 動死体(ゾンビ)が四体で1銀貨と12銅貨、骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)が一体で1金貨となります」

 

「分かりました」

 

モモンガは革の手袋で覆われた手で報酬の硬貨を受け取ると近くのテーブルに座り、ンフィーレアと正確に二等分していく。

金属と木がぶつかる音が周囲に響いた。

 

骸骨(スケルトン)動死体(ゾンビ)は、ユグドラシルではレベル1以下の最下級のアンデッドであり、この世界でもそれは同様だ。

農民が武器の持ち方を覚えた程度の民兵でも、余程油断をしなければ倒せる程度の強さしか持たない。

 

低位のアンデッドだからと放置すれば更に強力なアンデッドが発生を誘発する危険があるので討伐対象には入っているが、報酬はたかが知れていた。

 

一方で今回モモンガ達が持ち込んだ骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)は、熟練の兵士や帝国の騎士の中でも精鋭に分類される者達をも、容易く蹴散らす程の剣技と身体能力を持つアンデッド。

 

この町に集う冒険者達の基準では、一体が相手なら白金級のチームならば有利に戦う事が出来るが、金級では勝算はあるが厳しい戦いになる。 銀級のチームが挑むのは殆ど無謀だと言われていた。

 

その骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)をたった二人で討伐してみせたモモンガとンフィーレアが、周囲の人間達からの注目を集めるのも無理はなかった。

 

だが、そんなモモンガ達の心中は決して明るいものではない。

 

(使った回復薬の値段が4金貨だから、結局大赤字だな……。 仕方が無かったとは言え、骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)と戦うのはまずかったか)

 

リ・エスティーゼを脱出して、カッツェ平野に来てから約三ヶ月。

モモンガとンフィーレアは、この町を拠点に頻繁にアンデッドの討伐を繰り返していた。

 

 

アンデッドが多発する危険地帯として知られるカッツェ平野だが、そこに潜むアンデッドは大部分が骸骨(スケルトン)動死体(ゾンビ)等の最下級アンデッドだ。

 

勿論探索をしていれば食屍鬼(グール)腐肉漁り(ガスト)等の幾らかは強いアンデッドと遭遇する事は珍しくないが、骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)のような強大なアンデッドと遭遇したのはモモンガ達でさえ、これまでに二回しかない。

 

前回は幸いにも相手がこちらに関心を寄せていない内に逃げ延びる事が出来たが、今回の討伐では骸骨(スケルトン)の群れと戦っている間に霧に紛れて距離を詰められており、不利は承知しながらも戦うしかなかった。

 

モモンガの現在のレベルは十二。

カッツェ平野に来てから三ヶ月も経つというのに二レベルしか上がっていないのは、レベルアップに必要な経験値が増えて来たのもあるが、遭遇するアンデッドが弱いものばかりでレベルキャップにより十分な経験値を稼げないというのも大きい。

 

反面ンフィーレアはこのカッツェ平野に来てから順調にレベルを上げ、今は恐らく十レベル前後だろうか。

 

だが最近はその成長速度にも陰りが見えている辺り、ンフィーレアにもレベルキャップが適応されている可能性が高いとモモンガは見ている。

 

王都に居た時のような小型のモンスターから、自身を殺しうる力を持つアンデッドに戦いの相手を移した事で当初は恐れや痛みへの反応で隙を作ってしまう事も多かった。

 

場数を踏むに従いアンデッドの持つ武器や爪が肌を切り裂く痛みや、腐敗した肉が放つ吐き気を催す臭気にも耐える術を身につけてはいたが、流石に今回の骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)との戦いは今までとは別物だった。

 

モモンガが補助魔法を複数掛けても尚、ンフィーレアと骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)の力の差は大きい。

召喚魔法で呼び出したアンデッドとンフィーレアが数の利を活かして相手を食い止め、その間にモモンガの放つ炎属性の攻撃で弱点を攻める事で辛くも打ち破る事が出来たが、その代償としてンフィーレアは太腿を深く突き刺され、右腕を切断寸前まで切り裂かれた。

 

傷は深く、緊急時の為に高い金を出して購入した第一位階相当の魔法が込められている回復薬を使用しても尚、出血を止める事が精一杯。

 

この換金所に来る前にモモンガがンフィーレアを背負い教会まで運んで、神官の回復魔法を掛けてもらいやっと事なきを得ていたのだ。

 

 

 

 

報酬を分配した後、二人は溶け始めた雪から出た水でぬかるんだ道を歩き、部屋をとっている宿屋へと向かう。

この町に気の利いている洒落た宿などは存在せず、ただ最低限の寝床と食事だけは確保出来る最底辺の宿と、それよりは少し上等な安宿があるだけだ。

 

理由は単純であり、この町に来る冒険者やワーカー、その他のならず者に懐に余裕のある相手など滅多に居ないからである。

 

そもそも一年中霧に覆われた呪われた土地でアンデッドを討伐し続ける稼業など、好き好んでやりたがる者はまず居ない。

 

必然的に町に集まるのは、他の冒険者との競争に勝てず大都市では仕事を得られないような冒険者やワーカーになるが、当然彼らの実力は低い。

 

銅級、鉄級の冒険者でも最下級のアンデッドを狩る事ぐらいは可能であり、確かに生活の糧を得ることは出来る。

ただ不運にも強力なアンデッドに遭遇すれば容易く殺されてしまう危険もあり、とてもでは無いが割に合う仕事ではないだろう。

 

農家の次男、三男坊やスラムの住人が一攫千金を夢見て冒険者になる事は多いが、依頼の数は有限で当然あぶれ者が多く出現する。

そんな彼らの一部がカッツェ平野に流れ着き、弱いアンデッドを狩るための道具として国家に使われ、最後にはアンデッドに殺される。

 

もし死体が収容された場合は、この町の防壁の外側に埋められる事になっており、埋葬場所の目印として建てられた木の杭が町の周囲に数百本は並んでいる。

 

四大神信仰では死体が腐敗し始めた事が魂が肉体を離れた証とされている為、町では遺体が白骨化した頃を見計らって杭を抜いてから死体を掘り起こして、アンデッド化を防ぐために骨を砕いているが、幾ら杭を抜いても直ぐに新しい物が足される為、この町の周囲から墓標がなくなることは無かった。

 

 

 

 



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