この山は古い。
人が大きな竪穴をあけ、縦横無尽に潜り込むずっと前から輝く石を、暗闇を抱き続けている。
小さな鉱夫は、だぶついた大人用のシャツをベルトでギュッとしめると、一丁前につるはしを担ぎ、ランタンを掴んだ。僅かな光の中でぼんやりと光る銀髪を揺らし、光を集める瞳は猫のようにキラキラと煌く。薄っすらと向こう傷がある気の強そうな顔に好奇心をいっぱいにして、岩に開いた穴を暗闇へと潜っていく。
耳を澄ますと、カツカツと、そこかしこから音が聞こえてきた。
たくさんの鉱山夫たちが、まるで蟻のようにせっせと石を削り出している。
鉱石のある層は、山の中を血管のように伸び広がっていて、奥の方にはそれこそ何百、何千、何万年と、人の目に触れずに眠っている石があるのだと、老齢の鉱夫から聞いたことがある。
いつもの切羽で魔鉱石を掘り出してもいいが、今日は新しい鉱床を探しに行こうと思い立った。
昼も夜もなく、照っても降っても暗闇の鉱山で、新しい景色が見れるかもしれないという幼い冒険心だった。
彼の小さな体は、狭い横穴に潜り込むのには都合が良かったし、彼の耳は大変に鋭かったので、響くかすかな音から、暗闇の中の道を見つけるのは得意だった。
デコボコとした岩を器用に進み、深く深く潜っていく。僅かな隙間風と、空気の匂いに気を配りながら(山には毒の空気が流れ込んでいることがある)息を潜め、慎重に坑道を進む。
何か這いずるような音が聞こえるが、距離は充分にとっているし、虫や魔物を避ける香油をもっている。下手に刺激をしなければ問題ない。
だいぶ道が狭くなり、大人だったら作業に窮屈しそうなくらい岩壁が迫ってくる場所にたどり着き、彼は採掘を始めた。彼の手は小さかったが、上手く岩と岩の隙間を見つけ、つるはしを叩き込み崩していく。間から、輝く石が見えてきた。魔力を帯びた魔鉱石。武器や動力となり、都市の人々を支えるこの国の資源だ。
黙々と削り出した屑石を横に積み上げ、ものになりそうな石を選別しているとき、ふと自分の立てる物音以外に、あたりに響く音に気がついた。
それは低く深い音で、ゆっくりと伸び、遠のいていくので、最初は気づかなかったが、手を止めると地面を静かに揺らすように響いていた。
そっと伏せ、ぴたりと岩肌に耳をつけると、どうやら自分がいる地面の下の方からのようだ。この山は水の浸食により沢山の洞窟のような場所がある。下に大きな空洞があるのだろう。
そのまま這うようにすすむと、つるはしで二三度たたけば、穴を開けられそうな岩盤が薄くなっていそうな場所をみつけた。
新しい坑道をみつければ、大人たちも喜ぶし、行ける場所が増えることは、彼にとって嬉しいことだった。気をつけながら周りの岩をどかし、岩盤を削るとポッカリと穴が空いた。
覗き込むとそこは思ったとおり広間のように大きな空間になっていた。
低い地鳴りのような音はその空間に響き渡っている。
真っ暗闇にほとんど何も見えないが、ランタンを掲げると、キラキラと光る石がしきつめられていた。それは見たこともないような光景で、石に反射した光が揺らめき、まるで熱があり脈打っているように見えた。
明かりを握りしめ、そっと岩壁をつたい、輝く石の上に降り立つ。ゆっくりとした低い地鳴りの音に合わせて、石も明滅している。
奥の方の岩壁には、細い亀裂のような隙間があり緑色の光が見えた。それはランタンの反射ではなく、その岩壁自体が光を放っているようだった。
ちょこんと岩に腰掛けると、しばし息をするのも忘れたように彼は暗闇の中のぼんやりとした光に見とれていた。
響き渡る音は、まるで、山の鼓動のようで、いつしかその鼓動に身を委ね意識は溶けていった。
どれくらい眠っていただろうか。
子供というのはすぐ眠れるものだが、それにしてもいささか無防備にすぎたか、さすがにひやっとして慌てて身を起こした。
ランタンの灯はいつの間にか消えていて、暗闇の中だったので一瞬どこにいるかわからなかったが、目を凝らすと、光り輝く石は見当たらなかった。地鳴りも全く聞こえず、ただただ闇の空洞のなかポツンと眠っていたようだった。
手探りでランタンを掴み予備の火種で明かりを灯す。
遠くで聞こえるカンカンというつるはしの音と発破の音。
聞き慣れた音だ。しかし長居しすぎた、地上に戻らなければ。
「暗闇の中に緑の光がゆらめいていた」
「ゴウゴウという低い音が心地よくて、まるで山が寝息をたてているようだったんだよ」
話を聞いた大人たちは青ざめていた。
そして彼が怪我をしてないかと散々確かめたあと、
「よく無事だった」
と震える声でだきしめた。
この山は古い。
山が抱くのは、輝く石、漆黒の闇、荒ぶる巨竜。
しばらくしてもう一度あの道を潜ってみたが、ついぞそこでゆらめく光を見つけることはなかった。