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野生ネコがもたらす害と人間の責任を考える

奄美大島で始まった「ノネコ管理計画」へのイチャモンに異議あり

小坪遊 朝日新聞科学医療部記者

センセーショナルな週刊文春の記事

 鹿児島県・奄美大島で森の中に600~1200匹いるとされる野生化したネコ(ノネコ)を、可能な限り早く取り除こうという「ノネコ管理計画」が2018年度から10年計画で始まっている。これを「奄美大島『世界遺産』ほしさに猫3千匹殺処分計画」という見出しで週刊文春4月18日号が取り上げた。しかし、この記事には事実誤認がある。そして、展開される批判は的外れだと思う。ネコは最も身近な愛玩動物だが、野外では優秀なハンターである。ネコがもたらす害から目を背けずに、また、元はと言えば飼いネコが野生化したという事実をもっと多くの人に知ってほしいと思う。

拡大奄美大島の位置と、そこに住む希少な動物たち。これらをノネコが食べている。

 この計画は、環境省と鹿児島県、島内の5市町村が策定した。島には、国の特別天然記念物のアマミノクロウサギを始め、ケナガネズミやアマミトゲネズミなどの希少動物がいる。これらをノネコが食べていることは、糞の調査で明らかになっている。奄美大島では、希少な在来哺乳類だけで年間約6万匹が捕食されているとの推測もある。

 ノネコとは人に依存せず山などで暮らすネコのことだ。人が飼っていたのが逃げたり、捨てられたりして、野生化していった。もともと自然の生態系にはいなかった動物である。なお、ノラネコは、野外の生きものも食べるが、市街地などで餌をもらうなど、人と一定の関わりがあるネコを指す。

 奄美大島の島内全市町村には、捨てられたり殺処分されたりする「不幸な」ネコを減らそうとする「ネコの適正飼養の条例」が2011年度にできた。それ以降、地元の団体「奄美猫部」や獣医師らが中心となって、飼いネコの避妊去勢手術や屋内飼育の徹底の普及啓発に取り組んできた。この間に条例の改善もされた。だが、動物病院の前にネコが捨てられたり、すでにネコを飼っているメンバーが、さらにネコを預けられたりし、島内のボランティアベースの活動には限界が来ていた。

拡大国の天然記念物ケナガネズミをくわえる奄美大島の猫=2012年3月、環境省奄美自然保護官事務所提供

 そうした背景のもと、地元の関係者が議論を尽くし、検討を重ねて作ったのが「ノネコ管理計画」だ。ノネコを捕獲し、1週間ほど譲渡先を探しながら飼育し、引き受け手がいなければ安楽死させる。ノネコを増やすもとになるノラネコを減らすため、避妊去勢して再び野外に放す「TNR」や、飼いネコの適正飼育を促す取り組みも続ける。

 これは、奄美の生態系を次代に引き継ぎ、不幸なネコを可能な限り減らすという責任を果たすため、苦渋の末に選んだ道だ。その中に、「世界遺産」や「世界自然遺産」という言葉は一度も出てこない。奄美大島で何匹ものネコを保護し、引き受け手を探してきた獣医師は「どうしても殺処分しなければならないのなら、せめて自分の手で楽にしてあげたい」と話した。島の人たちの決断は重い。

 にもかかわらず、週刊文春の記事は奄美大島が徳之島や西表島、沖縄島北部とともにユネスコの世界自然遺産への登録を目指していることにこじつけて、計画が「世界遺産ほしさ」の「安易な殺処分前提の仕組み」だとして批判。「ノネコが“確実に”生態系に被害をおよぼしているという根拠が、実は見当たらない」などと指摘した。

ノネコは生態系に害を及ぼしている

拡大ノネコの糞102個の分析結果。塩野﨑和美氏の研究(2016年)から
 筆者は、2015~17年度にかけて、環境省の取材を2年半ほど担当した。17年には取材で奄美大島を訪れたことがあり、その後も野外のネコ問題を追ってきた。前述したように、ノネコが生態系に被害を及ぼしている証拠はある(左の図)。奄美に限らず、国内外での報告も多い。東京都・御蔵島では1970年代には最大350万羽と推定されたオオミズナギドリが、ネコの捕食で2016年には繁殖個体で11万羽あまりにまで激減している。米国では「野放しのネコ」によって、年間13億~40億羽の鳥、63億~223億匹の野生哺乳類が狩られていると試算されている。在来の鳥やカエルなどは、国内各地でネコに食べられている。

 一方、ノネコが人獣共通感染症をはじめとする病気を運ぶことも問題になっている。屋外に出るネコは屋内だけで飼われているネコよりも寄生虫や病原菌をもらいやすい。感染したネコの糞から人にもうつるトキソプラズマは、妊婦が感染すると流産などを引き起こす。野生動物の感染症にも、ネコ由来が疑われるものが次々に報告されている。

 誰だって殺処分は少ない方が、出来ればゼロがいいに決まっている。しかし、避妊去勢して再び放すのでは、生態系への悪影響防止は無理だ。短い期間で高い捕獲率を達成しない限り、避妊去勢されていないネコが繁殖してしまうからだ。ネコの数が限られて目の行き届く街中ならともかく、森での管理への効果はほぼないといっていい。

正しい情報を集め、想像力を働かせて

 しかし、野外のネコの捕獲や殺処分に対して抗議活動をする人は世界各地にいる。「家の中に閉じ込めておくのはかわいそうだ」という意見もよく聞く。だが、日本でも、交通事故で死ぬネコは殺処分される数を大きく上回るという推計がある。野外に出て病気にかかれば、ネコも苦しむことになる。ハブに咬まれたり、野犬に襲われたりするネコもいる。その平均寿命は屋内で飼われているネコよりもずっと短い。

 野外のネコを捕獲しないでおくことは、生態系への被害や人への健康リスクを増やすだけでなく、ネコ自身に降りかかる危険を放っておくことにもなる。それは「かわいそうなネコ」を増やし続けることではないのだろうか。こうしたネコの管理をめぐる問題を取り扱った本「Cat Wars」が16年に米国で出版され、今年「ネコ・かわいい殺し屋」の題で邦訳された。鹿児島大のグループは「奄美のノネコ」という本を出したばかりだ。

 この問題に、誰もが納得する道はないかもしれない。それでも、失われるものを少しでも減らせる道を進むべきだと思う。同じことは、日本のどこでも起こりうる。必要なのは、正しい情報を集め、想像力を働かせて考えることだ。

 文春の記事は、ネコの捕獲を殺処分ありきだとする書きぶりだった。環境省によると、これまでに計画で捕獲された46匹のうち、殺処分されたネコはいないという(4月19日現在)。


筆者

小坪遊

小坪遊(こつぼ・ゆう) 朝日新聞科学医療部記者

1980年福岡県生まれ。2005年朝日新聞入社。松山総局、福島総局などを経て、科学医療部に在籍。救急、災害、原子力、環境などを取材した。好きなテーマは生物多様性。