フォーサイト、魔導国の冒険者になる   作:塒魔法
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ナザリックにて -2

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 ほんの数分、時を(さかのぼ)る。

 

 

 ところ変わって、ナザリック地下大墳墓──

 

 

「ただいま戻りました、アインズ様」

 

 第九階層にあるアインズの執務室に、守護者統括・魔導国宰相を務める女悪魔が、帰還を果たした。

 

「うむ。王都での極秘会談、ご苦労だったなアルベド。すまないな、忙しいはずなのに」

「とんでもございません。いと尊き御身のご命令とあれば、たとえ火の中水の中!」

「あー、うん。──とりあえず、これで全員がそろったな」

 

 執務室に居並ぶ、各階層守護者たち。

 シャルティア、コキュートス、アウラ、マーレ、デミウルゴス、セバス……全員に招集をかけた張本人は、アルベドらの忠誠の儀を受け取り、早急に用件へ移る。

 

「おまえたちを呼び立てた理由はほかでもない──アルベドたちが主導で行ってくれていた計画が、次の段階へと移行した」

 

 歓声に近いどよめき。

 言祝(ことほ)ぎの言葉が奏でられるよりも先に、アインズは手を振って先を促した。

 

「それに伴い、我が魔導国の冒険者チームのひとつ“フォーサイト”が、今回の敵である秘密結社・ズーラーノーンの本拠地に転移したのを確認した」

 

 今度こそ、守護者らのあげる祝辞が執務室を揺らす。

 

「うっしゃ! やりましたね、アインズ様!」

「えと、あの、お、おめでとうございます!」

「計画通リ、御身ノ育成セシ冒険者タチデアレバ、当然ノ成果トイエルデショウ」

「コキュートスの言うとおりでありんすねぇ。さすがはアインズ様でありんす!」

「まさに。慈悲深きアインズ様の知略がなせる業には、執事たる我が身では遠く及びません。御見(おみ)それいたしました」

 

 口々に至高の御身のまとめ役を崇敬する言葉が奏でられ、アインズはこそばゆい感覚を覚える前に、計画立案者たちに水を向けた。

 

「いいや。私は大したことはしていないさ。今回の計画──ズーラーノーンを殲滅すべく、魔導国の冒険者らを遣わす作戦を推し進めた二人、アルベドとデミウルゴスこそが、真に称賛されるべきだろう」

「ああ! けっして、そのようなことは!」

「アインズ様なくして、我らがこれほどの計画を創案することはありえなかったこと!」

 

 感涙にむせぶ二人の悪魔をなだめるのに苦労するアインズ。

 賞賛合戦に一区切りをつけて、魔導王はここに守護者たちを招集した真の理由を語ることに。

 

「さて。今回おまえたちの予定を少なからず曲げてまで、わざわざここに呼びつけた理由を話そう……〈水晶の大画面(グレーター・クリスタル・モニター)〉」

 

 アインズが発動した魔法は、エ・ランテルでナーベラルに発動させたことのあるもの。その上位版。

 

「今回の作戦において、ズーラーノーンに対する守護者(おまえ)たちの、忌憚(きたん)のない意見を聞かせてもらいたいのだ」

 

 空間に浮かべた大きな画面は、今まさにアインズが同時発動している魔法……死霊術師(ネクロマンサー)が自分の支配するアンデッドと視界を共有するそれで見ている光景を映し出していた。

 

「これが、クレマンティーヌたちの見ている現在の光景──」

 

 アインズが呟く女アンデッドの名前に、女性守護者たちがピクリと反応する。

 

「──見ての通り、敵のアンデッド兵らと交戦中のようだ」

 

 が、アインズは大して不審に思うでもなく、フォーサイトの状況を説明。

 水晶に映る映像には、クレマン視点の高速戦闘と、カジット視点の後方支援の様子が、同時に浮かび上がっていた。

 

「えと……これが、ズーラーノーンさんの本拠地、ですか?」

「ソノヨウダナ、マーレ。シカシ、警備ノ質ハ、ソレホド良クハナイヨウダ」

 

 コキュートスの総評に、セバスが首を縦に振る。

 

「立ちふさがるアンデッドの数は、それなりに豊富なようですが」

「アインズ様が日々創造されるものと比べれば、いかにも見劣りしますね?」

 

 デミウルゴスの主張に、全員が納得しかけた。

 しかし、アインズだけは別の意見を有していた。 

 

「確かにな。だが、この光景は、油断ならない可能性を秘めていると言えなくもない」

「可能性、ですか?」

 

 アウラが首をかしげる。

 

「もしかすると、この“死の城”とやらは、ユグドラシルのギルド拠点やもしれない」

 

 守護者らの眼の色が変わったように見えた。

 自分たちがこの場に──アインズと共にズーラーノーンの本拠を観測する状況におかれた理由を理解する。

 

「ギルド拠点であれば、我らの誇るナザリックと同じように、雑魚アンデッドをPOPさせているのか……いないのか」

 

 この異様な異世界に転移したユグドラシルの存在が、アインズやナザリック地下大墳墓“だけ”という確率は、極めて低い。

 見え隠れするプレイヤーの痕跡。

 ユグドラシル由来と思しき法則や魔法。

 シャルティアを洗脳し支配した世界級(ワールド)アイテム。

 そして、プレイヤーやアイテムのみならず、ナザリック地下大墳墓と同じように、ユグドラシルに存在する「ギルド拠点」が、この世界に転移している可能性は極めて高いと、言わざるを得ない。「ナザリック地下大墳墓だけが特別である」という可能性よりは、はるかにありえるだろうとアインズは予測をたてている。

 

「見たところ、侵入者対策もそれなりに整っている様は、拠点ギミックのそれに酷似している……だが」

 

 アインズは熟考する。

 ギルド拠点を維持すること・ギミックを発動することは、ギルド資産たる“ユグドラシル金貨”の消費が不可欠となる。少なくとも、収支決算が安定しているナザリックでも、対侵入者用の罠やフィールドエフェクト、POPモンスターの発動発生において、ギルドの資金をそれなりに消耗するゲームの仕様は健在だ。

 仮に、あの“死の城”とやらがギルド拠点であるとするなら、ユグドラシル金貨は必要不可欠。

 しかし──

 

「この異世界には、ユグドラシル金貨は存在しない」

 

 少なくとも、何かしら現地の物資を換金装置(シュレッダー)にかけなければ、新たにユグドラシル金貨を得ることは不可能だ。しかも、苦労して得られる金額はかなり微妙。小麦の山を詰め込んで、金貨数枚というのもザラだ。ユグドラシルであれば、どんな雑魚でもフィールドの野良モンスターを倒せばそれなりに金貨をドロップするものであったが、この異世界での金貨獲得方法は限られてしまっている。だとすれば、

 

「ギルド拠点ではない可能性が濃厚か? では、精神攻撃の香や、POPする雑魚は、何らかのマジックアイテムの? うーむ、興味深い」

 

 いっそ、このまま現地にまで転移して、じかに調べてみたい欲求に駆られる。

 勿論、よほどのことでも起きない限り、アインズが敵の居城に乗り込むことは避けて当然の事態だ。

 敵の戦力やトラップの詳細な情報もなしに、魔導国の王・ナザリック地下大墳墓の主が乗り込むというのは、ある程度の危険を伴うはず。

 それこそ、あの死の城に住まうやもしれない存在──盟主とやら──謎多き首魁が、仮にではあるが、シャルティアを洗脳した世界級(ワールド)アイテムの使用者であったなら?

 クレマンティーヌとカジットも、そこまで詳細を知っている人物というわけでもない──十二高弟に任命される際に一度だけ会ったらしい彼だか彼女だかが、アインズ・ウール・ゴウンを、守護者たちを、Lv.100の領域を超越する、異世界の特例であったら?

 

世界級(ワールド)アイテムの効能は世界級(ワールド)アイテム所有者には通じないという仕様もあるが、それもどこまで適用できるか)

 

 (わか)らない。

 ユグドラシルでも特殊な場合において、世界級(ワールド)アイテムを有するアインズ……モモンガたちは、運営に詫び文をもらって世界級(ワールド)アイテムによる改変事象が適用された例もある。おまけに、ここは異世界。転移後の世界の法則で、そういった仕様に何かしらの変更や歪みが生じていないと、誰が断言できる?

 

(実験しようにも、結局はナザリックにある世界級(ワールド)アイテムしか手中にない現状だと、無茶はできないしな)

 

 せめて、死の城に住まうモノ──ズーラーノーンの現有戦力が判明するまでは、こうしてナザリック内部で情報収集を続けたほうが、賢明な行動だと言える。

 

「アインズ様?」

 

 長く思索に耽っていた主人を心配するように、アルベドが覗き込んでくる。

 

「いや、心配ない」

 

 そのためには、魔導国の冒険者・フォーサイトには苦労してもらうことになるが、クレマンティーヌとカジットも共にいるし、たぶん大丈夫だろう。

 死んだとしても、魔導国の冒険者は蘇生させると決めているし。

 

(それに、クレマンティーヌから聞いた情報だと、幹部は大陸各地に散っていて、総本山たる城は副盟主が常駐している程度、だったか)

 

 副盟主とやらの力量というのも、元十二高弟の二人から聞き及んだ限りは、そこまでの脅威ではないはず。

 カジットと同じタイプの魔法詠唱者タイプで、盟主からの賜り物──“死の宝珠”を超えるアイテムを持っているとかなんとか。

 

我々(ナザリック)を知った二人、クレマンティーヌとカジットが「敵にはなりえない」と言っていたし。そこまでの強さはない)

 

 はず。

 たぶん。

 二人が虚偽を言っていないとしても、二人が虚偽情報をつかまされている可能性も考えると、100%とは言い難いか。

 

「それにしても──歯痒(はがゆ)いでありんす」

「ん? どうした、シャルティア?」

「いえ──アインズ様が、わたし達ナザリックのシモベの身を案じ、あまり強硬な姿勢で敵である者どもを掃討しないことは理解していんすが……やはり、わたし達守護者が総出でかかれば、ずーらーのーんなる秘密結社など、まったく完全に蹂躙して御覧にいれんすのに。わざわざ魔導国の冒険者たちを投入するまでもないと思いんしたが?」

 

 アインズは首肯を落とす。

 どうやら、シャルティアはアインズのために働くことができない自分に、忸怩(じくじ)たる思いを(いだ)いてならなかったようだ。

 しかし、そうはさせてやれない事情がある。

 

「シャルティアよ。おまえの優しさは理解している。私のために働きたいおまえたちを、極めて安全なナザリックの中に閉じ込めている私の差配に、疑念をもたざるをえないことも」

「ぎ、疑念だなど! そのような」

「いや、それでこそ“良い”のだ。主人たる私が間違えた時に、間違いをただしてくれるものがいなければ、取り返しのつかない事態を招きかねない。それは、この私を、ひいてはナザリック地下大墳墓を崩壊させる要因になりかねないのだからな。巨大かつ堅固なダムも、一点の蟻穴(ぎけつ)から崩落するのと同じように。おまえたちが私の行為行動に、的確な指摘や疑問を差しはさむことで、私の導き出す答えはより完璧な正答へと近づくことになる」

 

 アインズは、陶然と吸血鬼の頬を染めるシャルティアをはじめ、守護者たち全員を見渡した。

 そのなかでも、いろいろと含んだ笑みを浮かべる悪魔二名に強く頷く。──いろんな意味で。

 

「今回の作戦においては、ズーラーノーンの現有戦力を測る上で、我が魔導国の冒険者は有用な効果を発揮するだろう。なかでもフォーサイトは、オリハルコン級のプレートを獲得したのみならず、今回の任務に際し、クレマンティーヌとカジットという、とりわけ強力な助っ人をつけてやった。雑魚モンスター程度であれば、たやすく掃滅してくれることだろう」

 

 それに、アインズは彼らと冒険者組合ではじめて会った時に、個人的な理由で気に入ってもいた。

 アインズ……モモンの質問に対し、四人の声が気持ちよく唱和した時のことを思い出す。

 彼らはすでに、冒険者として、チームとして、大切なものがなんであるのかを、十分以上に心得ている。

 

『仲間です』

『仲間ですね』

『仲間ですよ』

『仲間、だと思います』

 

 そう豪語できたフォーサイトであれば、たいていの困難は乗り越えることができるはず……アインズはそう信じることができた。

 

「無論、彼ら冒険者でも抗しきれない力の持ち主との邂逅もありえるだろう。予想外の強敵との戦いにくじけそうになることも。しかし」

 

 帝国闘技場で、魔導王は宣布した。

 死を超克したアインズ・ウール・ゴウンが、冒険者の成長をバックアップする、と。

 若き才能が開花する前に悲劇にみまわれ、命を落とすことになろうとも、そこで終わりにはさせない、と。

 

「彼ら魔導国の冒険者は、ズーラーノーンという未知の存在を、今こうして既知のものへと変えていってくれている。ただ、最高幹部だったものからの情報提供や記憶の閲覧だけではわからないことを、フォーサイトは戦いを通して、我々に教えてくれているのだ」

 

 死の城に溢れかえるモンスターの数々。

 侵入者対策から推測される、ギルド拠点の可能性。

 そんな本拠地を管理し掌握する、ズーラーノーンの盟主や副盟主たち。

 これらは、クレマンティーヌとカジット──両名の知識以上の成果を生み出し始めた。

 やはり、アインズが推進した「真の冒険者育成」という指標は、正しかったことを物語っている。 

 

「仮に、シャルティアをはじめナザリックの守護者たちを動員したとしても、敵からの手痛い逆襲を受ける可能性を考えれば、我が冒険者たちに斥候を務めさせた方が、より安全かつ盤石な態勢で挑むことができる」

 

 いかにレベル的に見劣りする現地勢力と言っても、アインズが大切に思う友のNPC(子ども)たちが、万が一にも傷つけられるような事態は、看過できるはずがない。当て馬役をさせられる冒険者・フォーサイトにはまったく申し訳ないことだが、アインズの心の天秤は間違いなく、ナザリック地下大墳墓の方へと重く傾く仕様がある以上、もはや是非もなかった。無論、これだけの危険を冒してもらう以上、彼らの身に何かが起これば、全力でバックアップするつもりなので、それで帳消しにしてもらえるだろうと考えている。実際として、魔導国の冒険者になる者はそういう危険も吟味させた上で、冒険者としての契約を結んでいるわけだ。

 魔導王は言い訳するでもなく語り続ける。

 

「聖王国では、デミウルゴスが現聖王(カスポンド)──二重の影(ドッペルゲンガー)や、魔将(イビルロード)たちを駆使して、万全の態勢を整えてくれていたし──その前の沈黙都市や幽霊船でも、事前調査は戦闘メイド(プレアデス)たちが入念に行っていたからな。──まぁ、あの時の反省も含めて、今後我々に敵対しかねない・不利益を負わせかねない存在には、今回のように我が国の冒険者たちが活躍してくれることだろう」

 

 最後に「わかってくれるか」と問いかけられ、シャルティアは涙を瞼のふちに貯めて微笑んだ。

 そんなに感動する話だったかなと内心で首を傾げつつ、アインズはもう一度おおきく頷く。

 

「さて。シャルティアのように、何か疑問や質問がある者、何か気がついたことがある者は?」

 

 発言した直後に、ふとデジャヴのようなものを感じる。

 守護者たちの視線が、ナザリックの誇る智者たちに向けられるのも含めて。

 そして、アインズの空っぽの胸の中で芽生えた──名状しがたい予感が、目の前で形を成し始めた。 

 

「──くくくく」

 

 しまったと思った。

 きかなきゃよかったと思った。

 すごく久しぶりに聞くような、悪魔の微笑が耳骨を震わせる。

 アインズは、なにやらいやな流れが来たという予感を覚えつつ、守護者たちと視線の先を同じくする。

 黒っぽい微笑みを浮かべたデミウルゴスが、宣言する。

 

「君たちは相も変わらず本当に──ただ冒険者たちを有益に取り扱うこと──それだけがアインズ様のご計画のすべてだと思っているのかね?」

「くふふ」

「はぁ? どういうことでありんすか?」

「え? それって?」

「え? え? え?」

「マサカ?」

「ほほう?」

「…………ぇ?」

「前にも言ったが、皆もう少しだけ考えを深めておくべきだ。今回の計画は、私とアルベドの連名によるものだが、計画の中枢にあるのは、アインズ様が十分に整えられていた“布石”を有効利用させていただいただけ。そして、我らの主人にして至高の御方々のまとめ役であられたアインズ様が、まさかその程度の──冒険者たちをコマとして動かすだけの思考で終わるはずがない、と──考えれば分かることだろう?」

 

 おい、やめろ、デミウルゴス!

 思わず叫びかけた。

 しかし、できるわけが、ない。

 これがパンドラズ・アクターであれば「おーい、ちょっとこっちに来い」と言ってもよかったが、さすがに仲間の──ウルベルトさんのNPCであるデミウルゴスに、そんなみっともない姿をさらすわけにもいかず。

 前回はぶん殴られたような思いで放心していたが、さすがに今回は止めるべきかと手を上げかけた──しかし、遅かった。

 守護者たちが声をあげて反論する。

 

「と、ととと、当然! それくらいのことはわかってるでありんす! ……ねぇ、チビすけぇ!!」

「そ、そう! こ、こっちだって、アインズ様のお役に立てるよう、べべべ勉強してるんだよ!?」

「うぇえ! お、お姉ちゃん! 勉強のこと内緒だって、アインズ様をびっくりさせようって言」

 

 闇妖精(ダークエルフ)の姉が、弟の口を押え「しっ!! しー!!」と人差し指をたてながら制止する。

 

「不覚──マッタクモッテ、不覚! リザードマンヤトードマンタチヲ教育シテイル間ニモ、座学ニ励ンデイタガ。マダマダ至ラヌトイウコトカ!」

「……私の方も、ツアレをはじめエ・ランテルの人々に執事やメイドの手ほどきを施しながら、勉学に打ち込んできたつもりでしたが……やはりアインズ様たちの智謀の域は、遥か遠い地点にあるようです」

 

 いやー、そんなことないですよー。

 そう言えたら、どんなに……どんなに楽なことか。

 

「デミウルゴスの言うとおりね。今回の計画の真意について理解できていたのは、私たちとパンドラズ・アクターだけ……ただ、皆もあの時とは違い、それなりに状況を改善しようという意気に満ちているのは、明確な違いね」

「確かに。しかし、残念な結果を露呈しているのは火を見るよりも明らか……やはり、週に一度のペースで、私やアルベドやパンドラズ・アクターを教師とするシモベたちの勉強会を開くべきでしょうか?」

 

 え、なにそれ。

 めっちゃ参加したいんですけど?

 しかし、パンドラズ・アクターは、その、教師には向いていない気が……黒板の前でくるくるカッコいいポージングする自分のNPCを想像するだけで、アインズは精神が沈静化するのを感じる。

 ていうか、アイツも理解していたの?

 もっと早く聞き出しておくべきだったか──今さら悔やんでも無意味である。

 

「何はともあれ。まずは皆が、アインズ様のご計画の内容を完全に理解できていない事実は払拭(ふっしょく)しておくべきでしょう。いかがでしょう、アインズ様?」

「そ……そう、だな。デミウルゴス、おまえが私の計画のすべてを、皆に語ることを許可する」

「畏まりました」

 

 (うやうや)しく一礼するデミウルゴスは、アルベドと共に語り明かした。

 

 

 

 アインズ・ウール・ゴウン魔導王の計略……そのすべてを。

 

 

 

 そして、守護者たちの満面に、快哉と納得の表情が浮かぶ。

 

「なるほどでありんす!」

「そういうことだったんですね!」

「あ、ア、アインズ様は、やっぱりすごいです!」

「ソコマデヲ全テ計算ニイレテオラレタトハ……感服イタシマシタ!」

「私も。アインズ様がそこまでを見通して、アルベド様とデミウルゴス様に此度の計画を託されていたとは。英雄モモンの創造やエ・ランテルの統治、沈黙都市攻略やカッツェ平野の領土化までも、今回のご計画の一環だったなどと!」

 

 アインズは守護者たちへと微笑み──骨なので表情はないが──二人の知恵者が示したアインズの計略に、存在しない舌を巻いていた。

 

(いやー、そーいう計画だったのかー、アインズって奴はすごいなー)

 

 などと現実逃避している場合ではない。

 ないはずの胃がひっくり返りそうなほどの痛みを錯覚しつつ、アインズは賛辞をこぼした。

 

「さ、さすがはデミウルゴス、そして守護者統括アルベド。私の話していなかった計画を、そこまで読み解いていたとは」

「とんでもございません」

「アインズ様がなすべきことには、ひとつとして無駄がないことは熟知しているつもりです。そのうえで、御身が作り上げたモモンをはじめ、魔導国で行われる冒険者育成プロジェクトなども考慮すれば、解答に至るのは当然の論理かと」

「──ぁあ」

 

 アインズは、もう、それっぽく頷くしかなかった。

 何言ってるんだこいつらとか、言えるわけないし。

 

「ム──アインズ様。ゴ覧クダサイ。フォーサイトノ様子ガ」

「うん?」

 

 コキュートスに促され、アインズは大画面を振り返った。

 奴隷たちを詰め込んだ空間──通路の前後を挟むように、未知の存在・強敵らしき男女が、フォーサイトを囲んでいた。

 

「あれは」誰だろうという疑問符を浮かびかけて、アルベドが提出してきた殲滅計画の書面に、該当する人物がいたのを思い出す。「ズーラーノーンの十二高弟、か?」

 

 アルベドを見やると、悪魔は薔薇色の微笑みをうかべている。どうやら、アインズが計画書をちゃんと読み込んでくれている事実にご満悦な感じだ。黒い翼をパタパタとはばたかせている。

 しかし、疑問が一つだけ。

 

(あれ? 死の城には、十二高弟はあんまり立ち寄らないって話じゃなかったか?)

 

 大陸各地で自分の欲望や研究や事業などに熱中する傾向が強い十二高弟は、邪神教団の総本山に近寄ることなどあまりないと、クレマンティーヌが語っていたはず。なのに、十二高弟が二人同時に現れるとは。

 何かしらのイレギュラーだろうか?

 

「どう思う、アルベド?」

「問題ないかと」

「……デミウルゴスは?」

「ええ、彼らであれば、与えられた苦難を乗り越えることも可能でございましょう」

「…………ん」

 

 そういうことを聞きたかったわけじゃないんだが……問題ないというのなら、大丈夫だと思っておこう。

 

「ところで、アインズ様」闇妖精(ダークエルフ)の右手が高く挙げられた。「ご質問してもよろしいでしょうか?」

「うん。どうした、アウラ?」

「はい。クレマンティーヌたち……フォーサイトなる御身の冒険者チームが戦う“死の城”とやらの、その、位置は?」

 

 当然の疑問だ。

 アインズは頷き、デミウルゴスに指を振って、例のものをもってこさせる。委細承知している悪魔は、どこからか大きな羊皮紙をとりだし、テーブルの上に広げる。

 

「これは?」

「見ての通り、地図だな」

 

 それを見る守護者たちは、興味津々な眼差しを向けた。

 ナザリックが入手した地図は、現在三種類。モモンが王国で手に入れた粗悪なものと、ナザリックのシモベたちが作成した近隣地域の精巧な図面。

 さらに、帝国皇帝ジルクニフが有していた、帝国魔法省のそれなりの技術者が作成したそれが、新たに加わっている。

 アインズはその中で、帝国製の世界地図──精巧性はナザリックのそれに著しく劣るが、より広範囲をカバーしている──沈黙都市を有するビーストマンの国や、隣接する亜人国家の侵攻から解放された竜王国、さらに都市国家群に属する都市・ベバードなど、帝国よりも先の土地の様子が記されている方に目をやった。

 研ぎ澄ました感覚──アンデッド支配の糸を慣れた調子で手繰(たぐ)りながら、図面を指先で追う。

 

「クレマンティーヌとカジット……我が支配下におかれているアンデッドの気配があるのは、────ここだ」

 

 アインズが骨の指で示した地点は────

 

『アインズ様』

「ん?」

「いかがなさいましたか?」

「すまん、〈伝言(メッセージ)〉だ……どうした、パンドラズ・アクター?」

 

『ご相談したい議がございます』と告げるNPCの声音は、いつになく真剣なものだった。

 ナーベラルからの連絡でなかったことに驚きつつ、……説明された内容に対し、納得の首肯を幾度も落とす。

 

「なるほど。それほどの相手か。……よい。状況は理解できた。モモンとしての力では抗しがたい敵──400年を生きる、ゴーレム使いの少年か」

 

 実に……実に興味深い。

 アインズは「なるべくならば確保したい人材だ」と囁きつつ、半ば混沌化する自分の思考に喝を入れるかのごとく、命じる。

 集まった守護者たち全員が、感銘と畏怖に震えるほどの烈声を轟かせて。

 

 

「パンドラズ・アクターよ! ナザリックが威を示せ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




果たして、アインズ・ウール・ゴウンの計画とは?
ズーラーノーンの本拠地、死の城の在り処は?
すべての謎が明らかになる時は来るのか。

次章「第五章 ──── 天王山 」



次の第五章で完結する予定。
本当は第二章あたりで終わる予定の二次創作だったんですけど……どうしてこうなった?
あと、そろそろ匿名投稿は解除したいと思います。
次回もお楽しみいただければ幸いです。


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