おもちゃ開発記   作:ひなあられ
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ヤマハコピペがやって来る

 時は戦乱の真っ只中。物資は不足し男どもは徴兵され、街中は沈み込むような雰囲気が立ち込めていた。

 

 そんな陰気臭い外を眺めて溜息をつき、俺は目の前の作業に没頭する。

 

 それは見るからに複雑な文様の描かれた『何か』。見るものが見ればそれは何であるかは一目瞭然だが、それがわかるのは軍事関係者だけだろう。

 

 半々に分かれた青色のガラス体。それをピッチリと合わせて周りをサークルに嵌めた。

 

 更にそれを熊の縫いぐるみのチョーカーに取り付け、そこで俺の仕事は完遂される。後はこれを児童養護施設に送り届けるだけだ。……全く、祖父の代から続いたこの仕事も、随分と血生臭くなったな。

 

 

 俺の店は代々続く宝珠店だ。軍事として宝珠が開発される以前、素養のある子供達に魔導を触れさせる為に、簡素な宝珠を作り続けて来た。

 

 大人は複雑な術式も理解して発動出来るが、子供はそうはいかない。なので初歩的な浮遊の干渉式や移動の干渉式などを込めた宝珠を作るのだ。そして子供が親しみやすいよう、オモチャにそれを取り付ける。

 

 そうすると子供達は遊びながら、魔導とは何かを感覚的に掴む事ができる。軍事に利用される以前は、貴族などの高貴な家庭や裕福な家庭などにそれらを売っていたのだが、今では各児童養護施設にこれらを送り出す毎日が続く。

 

 そのオモチャ達の行く末に思う事はあるし、結果として未来ある子供達を戦場に送り出す手助けをしてしまっている事も理解している。だがこうして触れ合える機会が少ない魔導士は、どうしても魔導の練度に差が出るのだ。

 

 それがどんな結果を生むのかは、想像に難く無い。だから俺もこうして、血塗られたオモチャを作り続けている。

 

 

 それに今は、なによりも憂鬱な事があるのだ。こんな仕事をしている以上、何かしらの形で軍とは関わりがある。そして軍は常に人材を欲していて、それがどんな人物であれ使えればそれでいいのだ。

 

 作業台の隅に置かれた封筒。そこに広げられた手紙には、エレニウム工廠への招待状が。

 

 おもちゃ屋に勤続して15年。俺は遂に、ぬるい日常から硝煙が匂い立つ戦火へと送り出される事になったのだった。

 

 

 

 

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 さて、やたらと古い歴史を持つ我が工房も、こうして兵器の開発に携わっている訳だが……。

 

 

「何をしているルカス!貴様はただ計器を操作しておれば良いのだ!」

「し、しかしシューゲル技師、この数値には些か問題が」

「想定の範囲内だと言うことが分からんのか!?えぇい、これだから凡人は!」

 

 

 ……帰りたい。猛烈に帰りたい。あのひっそりとした古屋に帰りたい。一体なんなのだろうココは。地獄?

 

 装備開発団…だったか。上のお堅い物言いは聞くだけでも辟易とするので、正直全ての説明が右から左だった。なのでどこそこの何に配属されたとか、そういうのも何となくしか分からない。

 

 そもそも強制的に連れてきておいて、いきなり訳の分からない仕事の手伝いをやらされるとか、本当に勘弁なのだが。

 

 それだけでも色々と参っているのに、職場の雰囲気がは見ての通り最悪。毎日毎日、自分至上主義のいけすかないクソ老害が喚き散らす声で一杯だ。

 

 職場、雰囲気共に最悪。技術は完全に専門外。やらされる事は下っ端の雑用で宝珠と全く関わりが無い。

 

 俺と同じような境遇で集められた人は沢山居たが、俺のように宝珠と携わっている人は極少数だった。……いや、それだと語弊があるか。

 

 たしかに関わってはいる。だがそれは、宝珠の生産地でピッケルを振るっていた人や、かつての祖先が魔術に携わっていたなどの、本当に関わりの薄い人たちだった。

 

 俺もそういう人らと似たようなものだ。毎日すし詰めで狭い士官用の小屋で寝泊まりし、飯とも思えないような薄いスープを啜る。仕事はお偉いさん方の書類の処分や演習地の片付け、後は清掃に整頓に機材の整備。

 

 正直うんざりである。ただ一つ利点を上げるなら、それはあまり仕事が少ない事だろうか。

 

 主任のシューゲル技師は、工廠に他人が入るのを馬鹿みたいに嫌う。故に中の清掃などはほぼ無い。実験に使う機材などは大抵全壊するので、細かい清掃など無意味だとみんな考えている。実際その通りなのだが。

 

 なのでやる事と言えば演習地の清掃なのだが、これもあまり関わらない。例え失敗したとしても、その結果を工廠の人間が残したがるからだ。

 

 そして実施検証が終わる頃には、その辺りに破片などが散らばっている事はほぼ無い。仕事は楽と言えばそれまでなのだが、あまりの無味乾燥さに欠伸が出る。

 

 同僚はその職場に不満は無い。日がな一日ポーカーをして、一日に数度来る命令を愚直にこなし、日が沈めばただ眠る。そんな毎日を送っていた。

 

 まぁ、俺はそんな生活も二日で飽きてしまったが。

 

 こんな所で腐りながら仕事?まっぴらゴメンだ。趣味兼仕事を奪われ、やりがいなど微塵も感じない仕事を強要される?そんなもの、俺が一番嫌いな事だ。何がなんでも俺は宝珠を作る。

 

 人の行く先を憂う心もあるが、その前に俺は技師だ。物を作ってなんぼの人間なのだ。それは俺の生き甲斐だし、それは邪魔されて諦めるようなものでも無い。

 

 

 

 早速俺は材料を集めた。

 

 毎日のように装備が吹き飛ぶこの工廠では、当然のように廃棄物が存在する。それらを規定に従って壊し、集積所に捨てるのも俺らの役割なのだ。……後は分かるだろう?

 

 装備をちょろまかし、ポケットに入れる。それだけだ。ここには軍人がほぼいない。それに奴等は装備を扱えても、装備の如何まで興味がない。古ぼけた繋ぎを着た奴が、ゴミ袋を背負って歩いていても何も思わないのだ。

 

 それに同僚には金を握らせて黙ってもらうことにした。元より出不精で酒もタバコも女もやらない俺は、常に金が余る。飯など食えればそれで良いので、住む場所も確保されているならそれでいい。

 

 工具は工廠内から失敬した物がある。管理が杜撰な上に物が散らばりがちなので、一つ二つ工具が無くなっても問題無いらしい。工廠内の清掃中にチャンスはいくらでもあった。

 

 

 さて、バラバラになった装備やらなんやらを四つほど寄せ集め、使える部位と使えない部位を選り分けて再選定した結果、なんとか一つの完成品ができた。継ぎ足しだらけで見るからに不恰好だが、取り敢えず既製品は出来たように思える。

 

 ……演算宝珠、その補助具がそこにあった。

 

 色々と調べてみたがその全容はまだあやふやにしか掴めず、せいぜいどの部位がどのような効力を持っているかが大雑把に分かる程度だ。それがどのようにして使われるかなどは、散々目にしてきたので頭に焼き付いている。

 

 ただ推測として、この補助器から使用される宝珠はべらぼうに性能が高い。いや、出力が大きいと言うべきか。

 

 今まで俺が作ってきた宝珠が自転車なら、これは間違いなく戦車のそれ。付いている機能も精度も桁違いだ。

 

 ただ、今まで作ってきた宝珠と基礎の部分は何も変わらない。軍事行動に必要な干渉術式…。これの諸元と図が見つかれば、あるいは演算宝珠の複製も可能かもしれない。

 

 

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 そもそも演算宝珠とは何か。

 

 俺はその答えを持っていないが、曾祖父さんの言葉を借りるなら『政治家』だそうだ。

 

 干渉式とは演説のスピーチ。魔力とは政治家の持つキャリア。演算宝珠は政治家そのもの。そう考えると分かりやすい、と。

 

 例えば政治家の語るマニフェストが、社会にそぐわない内容だった場合、賛同する民間人は極少数だ。当然のように政治家の持てる力は弱くなり、世を動かす力も弱くなる。

 

 これは干渉式の精巧さを表す。精巧に作られ、魔力のロスが少なければ少ないほど、事象に干渉しやすくなる。つまり上手いスピーチは人民の心を動かすのだ。

 

 しかしそんな演説も、発言する者が全くの無名の一般人ではお話にならない。名も知られず、学もないと分かっている者に、果たして人民の心は付いていくのだろうか?…答えは当然のように否だ。

 

 そういったキャリアこそが魔力。個々人によっての素質に左右され、力の大小が激しい。それに演説の内容が良くても、それを上手く伝える事が出来なければ人民は動かない。つまり干渉式の駆動のさせ方だ。総じて言えば、個人の素質が物を言う。

 

 演算宝珠とは、事象に干渉する道具である。それは人民に己の考えを訴えかける事に似ている。行き過ぎれば破滅し、弱過ぎれば見向きもされない。そんな所さえも似ていると曾祖父さんは笑っていた。

 

 

 さて、例の通りパクってきた設計図がある。と言っても複写だが。

 

 あの研究室にある専門書や設計図なんかを片っ端から記憶して、帰ってから書き取りをしていたのだ。持ち出すのは厳禁だが、それを記憶してメモするなとは言われてないしな。

 

 ただまぁ、流石は軍事と言うべきか。その宝珠は俺の作っていたものとは想像を絶する程に格差があった。

 

 まず材料が違う。俺は水銀に様々な触媒を入れて宝珠に式を書き足すのだが、ここでは針先に銀を備え付けた器具で掘るのだ。それもナノ単位で。

 

 なので宝珠が持つ干渉式の度合いは、俺の作るものの数十倍から数百倍に及ぶ。ペンで直に書き入れていた俺が馬鹿みたいだ。確かにこれならあれだけの性能が発揮できるのも頷ける。

 

 そんなこんなで色々とありはしたが、なんだかんだで宝珠は完成した。多分きっと恐らく動くであろう宝珠だ。……仕方ないだろう、試験してくれる者が誰も居ないのだから。

 

 ここに来て半年も経つ。その期間でどうにかここまで漕ぎ着ける事が出来た。あるいはここから発展させるのが、俺の使命なのだ。

 

 

 さて、ここまで緻密に掘れる道具が揃い、砕けているとはいえ上質な宝珠もある。これならば今まで容量不足で実現できなかった、様々な干渉式が試せるというものだ。全ては未来ある子供達の為に。

 

 幻覚、あるいはデコイと呼ばれる干渉式がある。元々の起源は大昔の魔女の技、ルキフゲ・ロフォカレの宝を見出す術に起因する。

 

 ルキフゲ・ロフォカレとはラテン語で光から逃げる者を意味し、あらゆる宝物をルシファーから命じられて守っているのだ。故にロフォカレを召喚し願うと、隠されていた宝を見出す事が出来ると言うわけである。

 

 これを逆手に取り、悪魔との契約として恐れられていた神秘を解体してできたのが、この光を用いてデコイを作る干渉式なのだ。基本的に干渉式は、かつての黒魔法の技を現代に改修した物が多い。中には完全新規の干渉式もあるが、そんなものは極少数に留まる。

 

 黒魔法とは言うが、そこに願う悪魔達の元の姿は神に他ならない。神の御技を模しているだけなのだ。

 

 ちなみにこの干渉式を少々弄って、『存在感を薄れされる干渉式』『音を遮断する干渉式』『認識を阻害される干渉式』を組んだ事がある。今までならこの三つで宝珠が一杯になってしまったが、この分だと余裕で入りそうだ。

 

 そしてこの、同業者が作った防護服。…防護服と言っても、それはフリルがふんだんにあしらわれた女児用の服なのだが。

 

 このドレスにはブローチの代わりに宝珠があしらわれている。これを着るだけで、外部から来る危害に自動で防御殻を張ることが可能だ。宝珠は俺が作ったが、ドレスは同業者に依頼して作ってもらっている。

 

 しかし…なんなんだろうな、この防護服は。彼女は趣味としか思えない服を作る事が多々あるが、これは色々と逸脱し過ぎている。

 

 貞淑さだとか貞操観念だとかを全力で殴り捨てたような服…。いや、確かにデザインは良いんだ。斬新ではあるし、個人的にとても好感を持てる服ではある。

 

 なんというかこう…夢と希望に満ち溢れたような可愛らしい装いなのだが……いささかスカートが短すぎるし、これでもかと外側に膨らんでいる。パンツが思いっきり見えそうだ。足はかなり長めの靴下がセットで付いているし、靴など蛍光色かつどピンクで派手派手しい。

 

 まぁ、時代を先取りしているのだと納得しよう。売れそうにないからと譲られた品ではあるが、これなら元手はタダだからな……。それに女児向けというコンセプトもしっかりと踏襲されてはいるんだ。受けるかどうかは別として。

 

 ついでに気が狂ったとしか思えない王笏を添えて、それらを構成するデータを抽出して宝珠に書き足す。これでもまだまだ容量はあると言うのだから驚きだ。

 

 そこに子供受けしそうな、いかにも魔法といったエフェクトが出るように調整された干渉式を書き連ねていく。とは言っても基本は全てルキフゲ系統のものなので、干渉式に齟齬が起こることはまずない。安全性だけは一番に考えないといけないのだ。

 

 一番に多用するのは、やはり幻覚の干渉式。それらを歪めに歪めて、星やハートといった可愛らしい形に整形し、溢れるような光と弾むような音を追加していく。大げさに魔法陣が出てくるぐらいが丁度いい。子供は単純に可愛いのが好きなのだ。

 

 それでいて使用する魔力は出来るだけ小さく抑える。なんと言っても、使うのは小さな子供達。よって我が家の伝統干渉式をちょっとだけ使わせてもらう。

 

 それは誓約干渉式と呼ばれるもの。何かを代償として何かを伸ばす、簡単に言ってしまえばそんな干渉式だ。例えば『魔力消費量が少なくて済む、そのかわり大人は使えない』といった具合に。

 

 更に小さな子供でも取り扱えるように、表向きの干渉式はごく簡単なものにした。つまり起動と使用、それだけに絞っている。

 

 本来なら小難しい式を呼び出し、色々と調整しなければならないが、これに限ってはその辺り自動で算出する。おもちゃ屋としての歴史が長い故に、そういう類の干渉式は得意中の得意なのだ。

 

 もちろん、それだけだと危ないので呪文に頼る事にした。表向きは決め技のようになるが、それが宝珠に与えられた式を起動するキーになる。これなら子供も覚えやすい。

 

 

「………よし…完成だ」

 

 

 バキバキと凝り固まり過ぎた足腰を伸ばす。なんだかんだで二週間も作業してしまった。やはり宝珠製作は人生の糧だ。これなくして俺はあり得ない。

 

 名称は…いや、ただの宝珠にご大層な名も必要ないか。いつも通りおもちゃとでも呼称しておこう。

 

 

 

 

 

 

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 元魔導師による念入りな試験を終えて、この宝珠の安全性が証明された。同業者に一旦預けている間に、何故か子供好きのする装飾が与えれていたけれども、まぁいいかと思っている。大人が持つにはいささか色調が強過ぎるが。

 

 試験は……あらゆる意味で精神的苦痛を伴う作業だったとだけ報告しよう。宝珠内に登録されている防護服は、同業者が更にグレードアップした物を詰め替えた。流石にアレは子供に使わせられない。

 

 おっさんにフリル…なんとも正気が削られる光景だったな…。

 

 被験者も害はないとだけ聞いていた為に、試験が終わった後は壮絶に目が死んでいた。あれはあれで口止めの必要性がなくなったので、もうそれで良しとしよう。

 

 ただ同業者から少し忠告があった。この干渉式は、その中身を二・三個変えるだけで致命的な殺傷力を持つ兵器になると。実際にその通りだったので俺は何も言えず、この宝珠は封印が決定した。被験者の彼には申し訳ない事をしたな。

 

 改めて誓約干渉式を当てはめ、少し迷った末に攻撃用の干渉式を彫り込んだ。今が平和なご時世ならいいが、もしかすると有事の際に使われる事もあるかもしれない。

 

 そんな時にこれが自衛の手段になってくれればと思う。これは大人が使えない。もし仮に誓約を外して使っても、十分な火力は得られないようになっている。願わくば、この国の行く末を人物の手に委ねられる事を願っている。


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