昼下がりの土曜日、とにかく暇で暇でしょうがなかった。五月雨に声をかけたら、暇つぶしに付き合ってくれる優しい会社の同期を二人確保することに成功した。集合は、有楽町は紅鹿舎。ピザトースト発症の店として有名な喫茶店である。
ボーっとしていてこちらの声が脳に届いているのか判別のつかない店員に注文をする。せわしない街に、似つかわしくない速度が支配する空間である。無責任なわたしは友人を呼び出したにも関わらず、何をするかをなにも決めていなかった。ぼんやりとした空間にぼんやりとした三人。私たちは何をすべきなのか。
とりあえずケーキを食べる。よいアイデアは何も出てこない。普段の私はやりたいことが湯水のように湧き出てくるのだが、その日は、水路が詰まっていたのか、何もよいアイデアが流れてこなかった。大人として、人を呼び出したからには、ある程度、その人を楽しませる義務がある。インプットなきところにアウトプットはない。行き詰ったときには場所を変えるのが肝要である。そうしたら、ちょっと東京駅まで歩いてみようと提案してみることにした。
線路沿いを歩くこと数分、”場所”はアイデアを雷のように落としてきた。
バスツアーだ。
東京駅の前にあるバス停から出ている二階建てオープンバスのあれである。
いつも多くの外国人でにぎわっているが、あえて乗ろうとしたことはなかった。それもそのはずである、東京に住んでいるのだから。しかし、二階建てのバスで都内の風を切って走るのはとても気持ちいいに違いない、そう思いたち我々は多くの観光中国人に紛れ、ツアーに申し込むことにした。
高架下のはとバスツアーの受付。コースの一覧に目を落とす。時間は必要としなかった。
極まるTOKYO夜景コース。お値段:2900円
【2階建てオープンバス】極まるTOKYO夜景|はとバス|東京観光
これしかない。一体何が極まるのか。東京が極まるのか、夜景が極まるのか、はたまた私たちが極まるのか。しかし何かが極まるに違いない。それならば、極まらない手はない。
3時間後にツアーは始まるようである。いかに時間をつぶすか。紳士淑女の集うオフィス街で遊ぶ手立てを持たない私たちは、若者のてっぱんの時間つぶしであるところのカラオケに向かい、3時間を無駄に蕩尽した。私が「君は薔薇より美しい」を歌い、カラオケは大団円を迎えた。いざ、極まるTOKYO夜景ツアー!!
バスに乗り込む。コンダクターのお姉さんがとてもきれいである。しかし、そんなプチラッキーを吹き飛ばす一つの懸念があった。そう、雨雲がもくもくと立ち込めているということである。通常のバスであれば、雨が降っていようが降っていまいが、大した問題ではない。しかしここは天井の失われた二階建てバス。これで首都高に突入しようものなら、雨粒はマシンガンのように顔を撃ち、およそ基本的人権は保障されないとみていいだろう。
いざというときはお姉さんが天井を閉めるのかななんて話していると、お姉さんがつかつかと歩いてきた。あるソリューションとともに。雨合羽であった。
これは熱い展開である。雨が降った折には、スプラッシュマウンテンがごとき興奮を与えてくれるに違いない。そして、バスは出発する。
いつもとは違う視点で東京を見ることができる。ちょっと不思議な感覚である。街ゆく人々を車窓にひじかけ眺める。柔らかく吹き付ける風が気持ちいい。ビルの隙間を縫うようにしてバスは進んでいく。
東京タワーが見えてくる。
たったら触れられそうな距離に標識や看板がある。
近づくタワー
最高にきれいだ…!
信号機の真下をくぐる
そして首都高へ
レインボーブリッジが見えてくる
ぐんぐんわたっていく。
お台場に到着
このツアーには観覧車のチケットもついていて、お台場で一時降車することになっている。
そして観覧車に乗り込む。
観覧車に乗った瞬間雨が降り出す。窓に張り付いた雨粒が夜の光を集めてとてもきれい。
夜のパノラマが広がっている。東京タワーの橙の光が雨雲に反射しているのがわかる。なんと都会的な風景か。これは何かが極まっている感じがする。何物でもない自分が何かを手に入れたような感覚がある。もちろんただの錯覚である。なにやらビルも車も光も自分もすべてが錯覚なような気がしてくるではないか、などと浅薄で不用意な感傷に浸ったポーズをキメる、そろそろアラサーな私たち。(もしかしたらもうすでにアラサー)
雨は観覧車に乗っている間だけ降った。雨に煙った夜の東京を満喫することができた。極まるTOKYO夜景ツアー。おしゃれな演出をしてくるではないか。ぐんぐんとバスは進み、銀座まで戻ってくる。歌舞伎座が光り輝いている。
そのまま、爛熟たる銀座の街を駆け抜け
ツアーは終了した。
興奮冷めやらぬ我々は、日比谷公園へと向かう。
オクトーバーフェストにまぎれてアインガービールを一気飲みする。大人になればビールのおいしさがわかるようになるのか?私はおいしいのかおいしくないのかいまだによくわからない。おいしいと思えばおいしい気がするし、まずいと思えばまずいような気がする。